『第5話:計算外の祈り』
第4話、
「……計算外だ。こんなこと、一利もない」
逃亡の最中、二人が出会ったのは、病に倒れた一人の少年でした。
効率を優先すれば、見捨てるのが正解。
合理性を取れば、足を止めるのは間違い。
しかし、零の瞳に溢れた「ある記憶」が、冷徹な王の心臓を激しく叩きます。
孤独王が選ぶのは、無慈悲な演算か、それとも――。
二人の孤独が重なり、一つの「奇跡」を導き出す第5話。
王都を臨む荒野の村。そこは、重税と病に侵され、死の臭いが漂う場所だった。
俺たちは追っ手を撒くための経由地として、その村を通り抜けようとしていた。
「おい、零。止まるな。ここでの滞在時間が120秒を超えれば、追撃を許す確率が――」
言葉が途切れた。
零が、道端に倒れた小さな子供の前で立ち止まっていたからだ。
泥にまみれた少年は、激しい熱に浮かされ、掠れた声で「おかあさん……」と呟いている。
「……おじさん。この子、私と同じ。……独りぼっちになる」
「放っておけ。この病の致死率は**85%だ。薬もないこの状況で、俺たちができることは0%**だ」
俺は冷たく言い放ち、彼女の腕を引こうとした。
だが、零の目から大粒の涙が溢れ出した。
「……思い出したの。お母さんが、私を施設に預ける時……今のこの子みたいに、ずっと私の手を握って……『ごめんね、愛してるよ』って。……私、その時の熱い手の感触、一生忘れられないの。……忘れちゃいけないのに、痛いよ、おじさん……!」
零の「完全記憶」は、悲劇だけではない。かつて受けた、わずかな温もりさえも、今この瞬間のことのように彼女を焼き続けていたのだ。
「……チッ。計算が、狂いっぱなしだ」
俺は天を仰いだ。
ここで薬草を探し、調合し、治療を施せば、追っ手に追いつかれる。俺自身の生存確率は、限りなくゼロに近づく。
だが、俺の脳はすでに、この村に自生する薬草の分布と、最速の調合手順の演算を開始していた。
「零。300秒だけ待て。……それ以上は、俺の命を懸けても捻出できない」
俺は村の裏森へ疾走した。
「神の頭脳」をフル回転させ、植物の成分を分子レベルで分析する。
本来、俺の能力は破壊のためにある。だが今、俺は初めて、誰かを「生かす」ためにその演算能力を限界まで絞り出していた。
鼻から血が滴る。脳が熱い。
60秒の限界を超えて能力を使い続ければ、俺の神経系は焼き切れる。
「……ああ、そうだ。俺は……最初から、こうしていれば良かったのか」
薬を少年の口に流し込み、熱が引いていくのを確認した時、遠くで騎兵の蹄の音が聞こえた。
俺はふらつく足で立ち上がり、零を抱き上げた。
「……おじさん、鼻から血が……。私のせい……?」
「……違う。計算ミスだ。……お前の願いを叶えるためのコストが、予想より少しだけ高かっただけだ」
俺は零の耳を塞ぎ、静かに笑った。
彼女には見せたくない。これから俺が、血を吐きながら追っ手を殲滅する姿を。
「零。……貴様が覚えているべき記憶は、母親の手の温かさだけでいい。あとの地獄は、俺が全部塗り潰してやる」
俺は、迫り来る50名の軍勢を前に、静かに拳を固めた。
脳内の警告音が鳴り響く。だが、不思議と心は静かだった。
解は、出ている。
第5話をお読みいただき、本当にありがとうございました。
「俺が全部、塗り潰してやる」
かつて自分の復讐のためにしか力を使わなかった孤独王が、初めて「誰かの記憶」のために戦う決意をしました。
脳を焼き切りながら戦う孤独王と、彼を信じて寄り添う零。
二人の運命は、ここからさらに加速していきます。
次回、第6話。
「名前のない花、意味のない日々」。
激闘を終えた二人に訪れる、束の間の、けれど大切な時間について書こうと思います。
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皆様の応援が、孤独王の脳を冷却する何よりの特効薬になります!




