第7話 新パートナーの誕生(中編)
第7話はボリュームがあるため、前編・中編・後編に分けています(内容はひと続きです)
◆2025年 現在編 (続き)
数秒の沈黙。
有村は、さっきまでの
挑発を引っ込めるみたいに、
息を吐く――
珍しく茶化さず、
椅子を引き寄せて座った。
コーヒー缶を指で
トントン叩きながら言う。
「ねえ、ひとつ質問。」
「なんだよ」
「クウマ。
迷ってるのは
“進むこと”じゃなくて、
“離れること”なんじゃない?」
息が止まった。
図星すぎて笑えない。
答えられず黙り込んだ俺に、
有村はスケッチブックを開いた。
中には、
ラフ画とは思えない熱量の
キャラクターたちがいた。
目が生きている。
呼吸してるみたいだった。
そして―
有村は目を逸らしながら、
それでも真剣な声で
語り始めた。
「…私さ。
デザインやってると、
時々不思議な感じするんだ。」
声が震えそうになるのを
抑えるためか、言葉の間には
小さな呼吸が挟まる。
「描いたはずの絵が、
勝手に動き出す瞬間がある。
木を描いたら、
枝が揺れ始める。
犬を描いたら、
しっぽ振って寄ってくる。
キャラを描いたら、
泣いたり、笑ったり、
怒ったりする。」
俺は思わず息をのむ。
「私が描いてるはずなのに―
操ってるんじゃなくて、
“生まれてくるのを
見守ってるだけ”
になる瞬間がある。
あれはね…言葉にできない。
でも、確かにある感覚。」
彼女は机上の資料棚を指差す。
「ここにはね―
止まった世界が眠ってる。
動けなかったキャラたち。
意図の途中で捨てられた物語。
誰にも気づかれなかった
始まり。」
表情は冗談じゃない。
本気で世界を
信じてる目だった。
「だから私は戻ってくる。
ここはね―私にとっての
“火種”なんだ。
まだ燃えてないだけで、
風さえあればまた燃える。」
俺は声が出なかった。
その横で、
白木先輩が作業を止め、
ふたりを見ていた。
いつもの静かで
やさしい眼差し。
でも、今日はどこか―
終わりと始まりの境界に
立つ人の目だった。
俺は気づく。
デザイン
→ 動く
→ 世界が生まれる
→ じゃあ、
そこからストーリーを
描けばいい。
逆転の発想。
でも理屈じゃなく
“腑に落ちた”。
そして―
答えが出た。
「…有村。」
「ん?」
「俺…
ここで始めていいか?
異動じゃなく。
ここから。」
有村はぽかんとした顔のあと、
小さく笑った。
「やっと言ったね。
…じゃあ一言だけ。」
「何だよ」
「ようこそ、共同開発者。」
「勝手に役職つけんな」
「じゃあ
肩書き募集中って
ことで」
俺たちは小さく笑った。
ほんの少し、
世界が前に動いた。
その瞬間。
白木先輩が静かに
立ち上がり、歩いてきた。
言葉はひとつだけ。
「―よかった。」
その声に滲んでいたのは、
寂しさじゃない。
惜しみでもない。
祝福。
その横顔は、
少し泣きそうで、
でも確かに笑っていた。
「ふたりとも…
そろそろ出発の準備が
できた顔してる。」
有村が照れくさそうに、
俺は息をのんだまま
立ち尽くす。
「でもね、間違えないで。」
白木先輩は優しく言った。
「出ていく場所じゃないの。
ここは
“いつでも帰ってこられる場所”
始まりが何度でも
生まれる部屋。
だから安心して迷って、
選んで、傷ついて―
また戻ってきていい。」
その言葉は、
祈りにも似ていた。
俺は深く息を吸った。
「…じゃあ。
始めるよ。ここから。」
「うん。」
有村が頷き、
白木先輩は静かに
微笑んだまま見守る。
資料室は変わらない。
蛍光灯も机もPCもそのまま。
でも、
景色の意味だけが、
静かに変わった。
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◆開発編
1989年8月
開発室。
冬に向かう空気が、
窓ガラスの向こうで
薄く曇っていた。
ブラウン管モニタの列。
安定しない蛍光灯。
机の上には、
フロッピーと
印刷された仕様書と、
冷めたコーヒー。
『イーム2』は、
PCゲームとしては
異例のヒットになった。
雑誌は
「PC-RPGの新しい旗手」
と持て囃し、
ファンレターも山ほど届いた。
でも―
『イーム3』は、
違う形の話題を生んでいた。
「アクションはいいけど、
これは“イーム”じゃない」
「音楽は最高。
でも、なんで横スクロール?」
誉め言葉と、不満と、戸惑い。
どちらも嘘じゃない。
だからこそ、
赤木晴斗の胸には、
重く刺さって残った。
開発室の片隅。
彼は、机に肘をつきながら、
雑誌のレビュー欄を眺めていた。
その背中を、
黒瀬は少し離れた席から
見ている。
(…他人から見れば成功だ。
でも、本人は“穴”しか
見てない顔だな。)
そこへ、
ドアがノックもなく開いた。
「赤木さん、
ちょっといいですか。」
デザインチームリーダーの真堂が、
資料の束を抱えて入ってくる。
その後ろには、
サウンドチームの新田もいた。
ふたりとも、
目がギラギラしている。
疲れも浮かんでいるが、
それ以上に
“何かを言いたくて仕方ない人間”
の目だった。
「…どうした。」
赤木が顔を上げると、
真堂は一歩前に出た。
「CD-ROMの件です。」
ハマソンが持ち込んできた、
新しいゲーム機の構想。
大容量CD-ROM。
アニメーションも音楽も、
絵も音も、今までとは
桁違いに詰め込める媒体。
だが、赤木はあの会議で言った。
「うちは『イーム3』で
まだ飛ぶんだ。
一作目と二作目は、
別の旅だ。
安売りしたくない。」
たしかにあの時、
ハマソンの担当プロデューサー
浜崎沙耶の笑顔は、
丁寧で礼儀正しかった。
けれど、その奥にある
“何か”を、
赤木はうまく信じられなかった。
儲け話なのか。
本気の口説きなのか。
自分が天狗になっていることに、
薄々気づいていながらも。
結果、
話は保留になったまま
止まっている。
「赤木さん。」
真堂は、
CD-ROMのパンフレットを
机の上に広げた。
「これ、見ましたよね?」
「ああ。」
「正直に言います―
やりたいんです。」
その言葉に、
室内の空気が少し揺れた。
「“イーム”の世界を、
動かしたい。
今までのPCの容量じゃ
諦めてたシーン、
“こう見えたらいいのに”
って何度も紙の上で止めた場面、
全部、ちゃんと動かしたい。」
真堂の眼差しは、
真正面から
赤木に向けられている。
「空に向かって剣を掲げるシーン。
塔の上から風に吹かれる場面。
街で人々が動いているところ。
今まではテキストと
止め絵と想像力に
任せてた部分を―
絵として、動きとして、
見せたい。」
新田も口を開く。
「音も同じです。
FM音源じゃなく、
本物の演奏を収録できる。
ベースもドラムも、
ストリングスも、
全部“そのまま”入れられる。
ファンは、
雑誌の付録ソノシートに
針落として、
あの音を何度も聴いてくれてる。
だったら今度は―
ゲームの中で、
本物を鳴らしたい。」
言葉は熱い。
でも、
押しつけがましくはない。
“自分たちの仕事”
を信じている人間の声だ。
赤木は、視線を落とした。
「…分かってる。
お前らが
そう思ってくれてるのは、
すごく嬉しい。」
それは嘘じゃなかった。
「でもな。
俺にはまだ、
“どこに向かうべきか”
が見えてない。」
『イーム3』のレビューが
頭をよぎる。
世界を大きくしたつもりが、
“違うゲーム”と受け取られた。
音楽は評価され、
物語も一部では絶賛された。
それでも、
「これは“イーム”じゃない」
と言ったファンの声が、
赤木の胸の真ん中に
刺さったままだ。
「一作目と二作目は、
別の旅なんだ。
続編だけど、
世界線は少しずつズラしてる。
“同じテンションのまま
インフレさせないため”に、
ああした。」
それは、
哲学であり、
逃げでもあった。
赤木は続けた。
「ここで、
ハマソンのCD-ROMに
乗っかって、
“2本まとめて一本の大作です!”
ってやったら―
俺は、
自分で自分の足を
撃ち抜く気がする。」
真堂は唇を噛んだ。
新田も、言葉を飲み込む。
誰も、
間違えではない。
お互いの正義だ。
だからこそ、ぶつかる。
沈黙を破ったのは、
黒瀬だった。
「…なあ。」
壁際にもたれて話を
聞いていた男が、
ゆるい口調で口を開く。
「さっきから聞いてて
思うんだけどよ。」
「なんだよ。」
「お前ら、皆
“自分の正しさ”
を抱えすぎて、
隣の炎を見てねえ。」
全員の視線が黒瀬に向く。
彼は、
机の上のパンフレットを
指でトントンと叩いた。
「真堂は、
絵を動かしたい。
新田は、
本物の音を鳴らしたい。
赤木は、
“イーム”であることを
守りたい。」
「……。」
「どれも、
間違ってねえよ。
たださ―
バラバラに燃えてりゃ、
そりゃ部屋も暑くなるわ。」
苦笑いが、かすかに漏れる。
「まとめて一個の
焚き火にできりゃいいんだけど、
その“焚き火の場所”が、
まだ見つかってない。」
そう言って、
黒瀬は赤木を見た。
「…赤木。
お前が見つける番だろ。」
赤木は、返事をしなかった。
できなかった。
拳を握りしめたまま、
小さな声で言う。
「…少し、考えさせてくれ。」
それ以上、赤木を誰も追わなかった。
黒瀬以外は――。
第7話(中編)まで読んでいただき、ありがとうございます。
ここまでの「白木先輩=静かな支え」だけじゃなく、
第6話まで“コメディ側”だった有村アカネが、少しずつ物語の芯に触れていく段階に入りました。
そして過去編も、いよいよ“衝突が避けられない”ところまで来ています。
三つのレイヤー(現代/夢/過去)が、それぞれ別の事件を進めながら、感情のラインだけが同じ方向へ寄っていく――
その「噛み合う瞬間」を、ここからもっとはっきり出していきます。
後編は 12/19(金)夜 の予定です。
続きも、よければ見届けてください。
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