第7話 新パートナーの誕生(後編)
第7話はボリュームがあるため、前編・中編・後編に分けています(内容はひと続きです)
◆後編
■1989年8月 開発編
昼休み。
赤木と黒瀬は、コンビニの袋を
ぶら下げて会社の外に出た。
うだるような暑さ。
蝉の声がアスファルトに染み込む。
立川駅から少し離れた場所に、
南北をまっすぐ切り裂くような
巨大な空き地が広がっている。
地面はまだむき出しで、
ところどころに
工事用のフェンスや重機が置かれている。
大きな看板には、完成予想図が描かれていた。
『多摩都市モノレール(仮称)計画』
高架の線路が、
ビルとビルの間を縫うように走っているイラスト。
その上を、細長い車両が
滑るように進んでいる。
「…ほんとに、
こんなの通るのかよ。」
赤木が呟くと、
黒瀬は頷いた。
「通るらしいぞ。
昨日、役所に行ったとき聞いた。
“あと一年ちょっとで、
本格的に工事始まります”だとさ。」
「1年…」
赤木は、広大な空間を見た。
今はまだ、
空が大きく切り取られている。
雲の流れ。
風に揺れる、遠くの木々。
「ここさ。」
赤木は、ポツリと言った。
「モノレールが通ったら、
空が、
レールで割られるんだよな。」
「便利にはなるけどな。」
黒瀬は肩をすくめる。
「駅から会社までの
アクセスも良くなるし。
荷物運ぶのも楽になる。
そういう意味じゃ、文明の勝利だ。」
「分かってるよ。」
赤木は笑った。
でも、その笑いは少しだけ
寂しそうだった。
「ただな―
空が“見えなくなる前にしか
できないこと”
って、ある気がしてさ。」
黒瀬は横目で彼を見る。
「たとえば?」
「…アリオンを、空に連れて行くとか。」
口にした瞬間、自分で驚いた。
言葉が、勝手に出た。頭で考えるより先に、
胸から飛び出した感じだった。
黒瀬は足を止める。
「今、なんて言った。」
「アリオンを空に連れて行く―
“地上と空を、1本の旅でつなぐ”。」
赤木は、
自分の中で何かがカチリと
噛み合う音を感じていた。
「一作目は、地上の物語。
二作目は、空を巡る物語。
どっちも“別の旅”として作った。
でもさ―
間に1本、“橋”を架けたらどうだ。」
モノレールの完成予想図が、
頭の中で反転する。
街と街を繋ぐ線路。
作品と作品をつなぐ“ビジュアルシーン”。
「CD-ROMの容量があれば、
ファンが
“脳内でやってくれていたこと”を、
こっちで一度だけ、形にできる。」
「…陸と空の間に、
一本だけ通路を作るってことか。」
黒瀬の声が、
少し低くなる。
「そう。
“地上での戦いが終わって、
すべてを守ったあと―
祈りと光に包まれて
空へ向かう”っていう、
ほんの数分の旅。」
赤木は拳を握った。
「一作目も二作目も、
単品でちゃんと成立してる。
そこに手は加えない。
ただ―
“二つの物語の間にある、
見えなかった一歩”だけを描く。」
世界樹の枯れた枝。
そこから風に舞い上がる葉。
幾千もの祈り。
地上から空へ。
ひとつの願いがバトンのように渡されていくイメージが、
赤木の頭の中で一気に広がる。
「真堂たちのビジュアルシーン。
新田たちの生音。
全部そこで“集約”させる。
あれは、
“広げるための道具”じゃなくて、
“繋ぐための道具”だったんだ。」
黒瀬は、
ゆっくりと息を吐いた。
「…ようやくか。」
「何がだよ。」
「全部、揃ってたんだよ。
お前が認めたくなくて、
見ないふりしてただけで。」
黒瀬は空を見上げる。
「モノレールが通ったら、
たしかに空は割られる。
でも、その代わりに
“人と人の距離”は縮まる。
便利さと引き換えに、
何かを失うかもしれねえけど―
どっちを選ぶか、
決めるのは俺たちじゃなくて、
乗る側だ。」
その言葉は、どこか浜崎の顔と重なる。
赤木は笑った。
「……なあ、黒瀬。」
「ん?」
「俺、今から走るけど。
お前、ついて来られるか。」
「誰のおかげで、
ここまで来たと思ってんだ。」
黒瀬は、口の端を上げる。
「走るなら、早くしろ。
昼休み終わるぞ。」
次の瞬間、
赤木は駆け出していた。
開発室のドアが、勢いよく開く。
真堂と新田が振り向く。
デスクにいた何人ものスタッフが顔を上げる。
「全員―
ちょっといいか!」
荒い息のまま、
赤木は部屋の真ん中に立った。
「さっきまで…俺は、自分の
“イーム像”ばっかり守ってた。
“これは違う”“これはらしくない”って。」
真堂が唇を噛む。
新田が指先を握りしめる。
「でも違った。
俺が守りたかったのは、
“一人で作ってる気に
なれる場所”だった。」
自嘲気味の笑いが漏れる。
「『イーム3』で、
俺は一人で勝手に走って、
みんなに“ついて来い”って言った。
結果、誰にもちゃんと手を伸ばせなかった。」
スタッフたちの表情に、
複雑な色が浮かぶ。
責めるでもなく、哀れむでもなく―
ただ“聞いている人間”の顔。
「だから今度は逆をやる。
俺が、お前らの炎に自分を投げ込む。」
赤木は、
壁に貼られた『イーム』
のポスターを指差した。
「一作目。地上の旅。
二作目。空の旅。
―その二つの間を、繋ぐ。」
真堂が、息をのむ音が聞こえた。
「CD-ROMでやるのは、
“二本分のゲーム”じゃない。
二本の物語を、
“一つの祈り”にまとめる作業だ。」
赤木は、真堂を見る。
「真堂。お前の絵で、
“陸と空の間”を見せてくれ。
塔の上から見た世界も、
空に浮かぶ島も――
全部、お前の線で繋いでほしい。」
新田を見る。
「新田。お前の音で、
その通路を鳴らしてくれ。
地上で戦った曲も、空に舞い上がる旋律も
全部ひっくるめて、“一つのテーマ”にしてほしい。」
そして、部屋全体を見渡す。
「……これは、『イーム4』じゃない。
『イーム0.5』でもない。
“俺たちが、今までやってきたことの総集編”だ。
そのうえで、
ちゃんと新しい一歩にもなる。」
沈黙。
最初に拍手をしたのは、黒瀬だった。
パチン、と一つ。
それに続くように、
ぱらぱらと手が鳴り始める。
やがて、それは一つの大きな音になった。
真堂は目尻を指で拭い、
新田はうつむいたまま笑った。
「…遅い。でも、間に合いました。」
「音楽チーム、全力で地上から空まで鳴らします。」
赤木は、小さく頷いた。
「じゃあ―次は外との戦いだな。」
会議室。
電話機のダイヤルの前で、
赤木は一度だけ深呼吸した。
ハマソンの代表番号。
内線をいくつか渡って
開発部のフロアへ。
そして、浜崎沙耶につながる。
> 『はい、
ハマソン開発第三部、
浜崎です。』
相変わらず、落ち着いた声。
あの時、北海道から来たと
言っていた彼女の、
少しだけ早口な標準語。
「レジェンズソフトの赤木です。」
『…赤木さん。
先日は、貴重なお時間をありがとうございました。』
用意されたような、整った返答。
でも、その奥にかすかな緊張が
混じっているのを、今は感じ取れた。
「―やります。」
『…はい?』
「CD-ROMの『イーム』、
一作目と二作目を、
繋ぐやつ。」
受話器の向こうで、短い沈黙。
それから、小さく息をのむ音。
『本気…なんですね?』
「もちろん。
ただし、条件がある。」
『伺います。』
「“安くまとめるための編集版”
にはしない。
新しい一作として、“陸と空の間”
を作らせてほしい。
絵も音も、
うちの連中が全力を出せる形で。
そのうえで、
あなたたちのハードの力も、
全部使わせてほしい。」
受話器越しの沈黙が、
今度は少し長く続いた。
『…実は。』
浜崎の声が、僅かに震えた。
『最初の打ち合わせのあと、
うちのチームで散々言われたんです。
“売りやすくまとめればいいじゃないか”って。』
彼女は、少しだけ笑う。
『でも、どうしてもそれが嫌で。
“あの世界は、そのまま持ってくるだけじゃダメだ”って言い張って。
…正直、半分くらいは通じてない気がしてました。』
「今、通じましたよ。」
『ええ。やっと、
同じ空を見て話せる気が
します。』
その言葉に、赤木の胸の中の何かが
ふっと軽くなる。
「じゃあ―始めましょう。」
『はい。陸と空を繋ぐ、
お互いの“はじまり”ですね。』
電話を切ると、会議室の外には、
既に何人ものスタッフが集まっていた。
真堂、新田、プログラマーたち、
デバッガー、営業の若手まで。
「どうだった?」
「…決まりだ。」
赤木は、短く答えた。
「陸と空をつなぐ。
『イームⅠ&Ⅱ』
(タイトルは仮)―やるぞ。」
歓声が上がる。
その音は、どこか祈りにも似ていた。
黒瀬は、少し離れた場所でそれを見ていた。
(…やっと、“一人で戦わない場所”
に来たな、赤木。)
彼は静かに目を閉じる。
窓の外。
まだ何も走っていない立川の空き地の上に、
未来のレールの線が、薄く重なって見えた気がした。
お読みいただき、ありがとうございます。
過去/現在/夢――三つの軸が交差しながら、ひとまず序盤のクライマックスまで来ました。
ここから先、物語がさらに大きく動いていきます。
そして次回、第8話は内容が濃くなったため 前編・中編・後編 に分けて、3夜連続更新します。
12/20(土)夜:第8話(前編)
12/21(日)夜:第8話(中編)
12/22(月)夜:第8話(後編)
連続更新で追ってもらえると、いっそう楽しめる章になっています。
もしよければ、ブックマーク/★評価/ひと言感想など、どれか一つでも残していただけると励みになります(もちろん、読んでもらえるだけでも嬉しいです)。
また、作者はテンション高めで書いているので、誤字など見つけたら遠慮なくご指摘ください!
それでは、次回もよろしくお願いします。




