3話 律の幸せ
雨が静かに降る放課後、掃除当番が回ってきた律は、一人で黙々と教室の床を掃いていた。
本来ならあと四人はいるはずだが、不真面目な奴らが多すぎる。
HRが終わり、教室の隅にある掃除用具入れからホウキを取り出すところまでは確かに律を含め五人いた。しかし。
――まじ疲れた〜。掃除もういいっしょ。
――だな。
――私部活行かなきゃ。
――私は塾だ。
めいめいにサボる理由を高らかに宣言し、ものの一分ほどで切り上げて帰った。挙げ句、岩戸ももう帰ろうぜ、ときた。
いやいや、ダメだろう。勝手に共犯みたくされても困る。律にサボる意思はない。
確かに今日の授業は疲れたけど……だからってサボっていい理由にはならない。
あかりと洋太を待たせることになるなと思うと心苦しいが仕方ない。あとできちんと説明して詫びよう。
はぁ、と重いため息をついたとき、廊下から聞き馴染んだ声が律を呼んだ。
「あれ、掃除まだ終わってねえの? つか、他の奴らは?」
言ってすぐ、洋太は悟ったように「あぁ~」と唸った。
「そういうことかよ。下で掃除当番の奴見かけたからてっきり終わったんかと思ったけど……。まぁ、それにしては早すぎるもんな」
様子見に来てよかったわと言い、洋太は掃除用具入れからホウキを取り出した。
「ごめん、待たせて」
「じゃなくて?」
「……うん、ありがとう」
「よし、さっさとやっちまおーぜ」
洋太はすごい。いつも相手が自分を責めずに済むように立ち振る舞う。意識的にそうしているのか、改まって訊いたことはない。だが、無意識だろうなと律は思う。意識的にやっているとしたら、いつかどこかで綻びが生じる。
洋太とは家が近く、あかりと出会うよりも前から洋太のことを知っている。親の言によると、お互いにハイハイをしているときからの間柄らしい。長い付き合いの中で、洋太は一度も人との接し方を変えたことはない。少なくも律の前では。
あかりと洋太はよく些細なことで口喧嘩を始めるが、洋太はあかりを傷つけるような踏み込み方はしない。お調子者のように見えて、たぶん三人の中で、一番大人だ。
「洋太」
「なにー」
律に背を向け床を掃いている洋太にそっと投げかける。
「いつもありがとう」
「なにがー」
わかっているくせに。思わず笑ってしまった。むすっとした顔をして振り返った洋太を見てまた笑う。
黙々と一人で掃除をしていたときより、随分と気持ちがラクになっていた。勝手な理由で掃除を放り投げられ、少なからず気分はよくなかった。
ホウキの柄に、手のひらを挟んで顎を置いた洋太は、「律だからしゃあないなーって感じ。あかりだってそうだろ」と、少し口先をとがらせて言う。
「……うん、そっか」
言い方はぶっきらぼうだが、じわりじわりと律の心を温めてくれる。
「あかりは?」
「今日は店手伝う約束してるって言ってたろ。だから先帰ったぞ」
そうだった。早く掃除を終えて帰ろう。きっと遅い遅いと言いながら待っている。
「まぁ律だからねぇ〜」
下校し、洋太とともにまどか屋に寄った律は、あかりにことのあらましを説明して詫びた。するとあかりも洋太と同じことを言う。
この二人は、律の性格だからどうしようもないと投げやりに言うのではなく、律の性格だからこそそうなった、ということを正確に理解してくれている。しょうがないなと肯定的に、好意的に受け取ってくれる。あかりからは、よく頑張りましたと花丸まで貰った。
「洋太も手伝ってえらいじゃん」
「上からかよ」
「なにか言った?」
「いーえ、別に」
『未来の大魔女あかりちゃん特製』だと言う、やけに渋い薬茶を飲みながら、「まじないの効力ゼロ茶の間違いじゃね?」「そんなこと言うなら飲むな!」と相変わらず言い合っている二人をゆったりと眺める。
ああ、なんか、幸せだな。
梅雨空を掃いたような六月の夕暮れ。こういう時間がずっと続けばいいのにと、律は純粋に、そう思った。




