遠峰くん、僕の映画、ダメですか?
三浦泰和は、スマホを見ながら震えていた。
SNSのタイムラインには、見覚えのあるタイトルが並んでいた。
自分の映画だ。だが、そこに添えられた言葉は——
「泣けるって聞いたけど、泣けなかった」
「感動より、監督の舞台挨拶の方が面白かった」
「ポップコーンの塩味の方が泣けた」
三浦は、スマホをそっと伏せた。
隣で遠峰クンが、冷静に報告する。
「監督、SNSで“泣けない映画ランキング”が更新されました」
「…何位?」
「1位です。ゾンビ映画が2位に落ちました」
「ゾンビに勝ったの…?」
三浦は、ソファに沈み込んだ。
明美さんが、新聞を読みながら言った。
「あなた、評論家に“日本中が涙する”って言われてたわよね」
「うん…言われてた…」
「でも今、“日本中が困惑してる”って書かれてるわよ」
三浦は、枕を抱きしめた。
「遠峰クン…僕の映画、ダメですか…?」
遠峰クンは、タブレットを見たまま答えた。
「映画はダメでも、監督はもっとダメです」
「…それ、ちょっと言い過ぎじゃない?」
「では、映画は“まあまあ”で、監督は“かなりダメ”です」
「…優しさって、どこに売ってるの?」
その日、三浦は配給会社の担当者と打ち合わせがあった。
会議室に入ると、担当者が言った。
「監督、舞台挨拶を増やしましょう。映画より監督がウケてます」
「…それって、僕が“映画より面白い”ってこと?」
「はい。監督の泣き顔が、観客に刺さってます」
三浦は、遠峰クンに目配せした。
「遠峰クン、僕、もう“泣ける映画”って言いたくない…」
「では、“泣いてる監督の映画”にしましょうか」
「…それ、キャッチコピーにするの?」
明美さんが、コーヒーを飲みながら言った。
「あなた、次回作は“泣き言集”でいいんじゃない?」
「…それ、文学賞狙えるかな…?」
三浦は、会議室の窓から空を見上げた。
雲ひとつない晴天だった。
泣ける映画を撮ったはずなのに、泣いてるのは自分だけ。
でも——少しだけ、笑えてきた。
「遠峰クン、僕、次の舞台挨拶…笑顔で行くよ」
「それはいいですね。泣き顔より、耐え顔の方がウケます」
三浦は、立ち上がった。
泣き言を武器に変える準備が、少しずつ整ってきた。




