後日談:鏡−①
叔父の住んでいる場所は、村からずっと北にある山の中だ。山小屋を建てて自給自足で暮らしているらしい。その様子を動画にして配信していて、結構人気を博していた。父や祖母は遅くに産まれた子だからと甘やかしすぎたんだ、結婚もせずにブラブラと、とよく愚痴っていたが、私は叔父が好きだった。いろんなことを経験しているから話も幅が広いし、お友達も個性的だった。ワイルドで子供の頃はなかなか体験できないようなことをさせてもらって遊んでくれたし。女の子にこんなことさせないで!と母には怒られていたようだが、全く気にせず、私を山の中へ連れ出していた。
でも、確かに親の立場だったら、叔父みたいな人に連れ出されてたら心配かも。川の中に投げ込まれて私は大喜びで笑っていたけど、よく考えたら死んでたかもしれない。そういえば弟は絶対に叔父に連れて行かれないようにされてたな。万が一がないようにだろう。
あんなに文句を言っていたくせに、結局疎開先が叔父のところなんて、今考えるとどう考えてもおかしいのに。叔父と家族は会うことができたのかな。そして、文句を言いながらもうまくやっているかな。
なんて、そんな期待をしてみるけれど、現実は甘くないって分かっている。遺体が見つかれば御の字で、生きてるか死んでるかも結局分からないままなのがオチだろう。それとも、その方がどこかで元気にやっているという、淡い期待を持ったまま生きていけるからいいのかな。諦めに近いような期待を胸に抱えたまま生きていくのは、毒になるのか薬になるのか、私には分からなかった。
「ホノカちゃん、気を付けて」
レイさんが私へ注意を促す。山道にある木製の階段に苔が生え、滑りやすくなっていた。転んだら最悪だ。シャワーも容易に浴びられる環境ではない。慎重に段差を進む。山道ならレイさんより慣れている私の方が歩くスピードも早いだろうと思ってたのに、何故かそこまで差がない。元々の身体能力の差なのかな。
叔父の家には車で直に行けるルートもあるけれど、状況がどうなっているのか分からないのに安直に突っ込むのは危険では、という話になり、途中で車を止め山道から回ることにした。もし荒れていたら別のルートも考えていたけれど、問題無さそうだったのでそのまま進むことになった。
「北の方は涼しいですね。うちも昔はこのくらいだったのに」
「そうなんだ。このくらいだと、夏は楽だね」
「本当ですよ。熊もいなくて、良かった」
「そうだね。急所撃っても即死しないらしいから、どうしようかと思ってた」
「え?そうなんですか?」
「らしいよ。まあでも、今は人間なんて滅多に会わないだろうから、怖がって寄ってこないかもね」
そんな曖昧な祈りのようなものを頼りに、ここまで歩いてきたんだと思うと少しゾッとした。運が良くて助かった!
勿論、レイさんのことだから、いざという時のことは考えているんだろうけど。私だって熊の怖さは分かっているし、ここに無防備に飛び込んできているわけではないし。
肩に背負うライフルを、今一度掛け直す。
「ホノカちゃんの叔父さんって、どんな人?」
「え?うーん……サバイバルとか好きで……大雑把で大胆なのに手先とか器用だし細かくて……博識で……あと美人が好きでしたよ」
「へえ。結婚は?」
「してないけど、彼女はいたんじゃないかなあ。遊びに来る度に知らない女の人が隣にいたような」
「モテたんだね」
「そうですねえ。あ、叔父と私は顔も似てるって言われてて、でもその時叔父ひげもじゃだったから、小さい頃は嫌で泣いたなあ」
「小さい女の子が、髭の生えた成人男性と似てるって言われたら傷付くだろうね」
「本当に。髭剃ったら、まあ確かに似てるんですけどね」
「あ、そうなんだ」
階段の先が見えてきた。レイさんが私の先を歩く。木々が無く、開けた場所に入る前に一度止まって周りを確かめた。問題ないと判断し、一足先にレイさんは階段を上り切った。
私は一度上るのを躊躇った。小さく息を吐いてから、足に力を入れる。階段を上り切った先には、画面の中で何度も出てきた立派な木造の建物があった。広い庭には、小屋が他にも点在している。サウナにハマって作ってみた、なんて動画も上がっていたし、このどれかひとつがサウナのはず。そして、他の小屋にも何かしらの用途があるのだろう。
家の前には花壇のようなものがあって、葉が生い茂っていた。紫の小さな花が咲いていたり、毒々しい色の花が咲いていたり、手入れされていないのか植物が好き勝手伸び切っていた。手入れされていない、ということは家主が長い間不在だということだろうか。頭に過ったけれど、その割には荒れていないような気もする。花壇以外は整然としていて、もしかして、という期待が淡く輪郭を象った。一度、深く呼吸をする。
「う、何か、すごい匂いですね」
私は鼻を押さえる。咲いている花のせいか、独特の甘ったるい匂いが漂ってくる。家の前に生い茂っているあれはハーブなのだろうか。ここまで香るなんて、すごい。
「……そうだね」
レイさんは下がっていたマスクを鼻の上まで引き上げる。そして花壇へ近寄って一度眺めた。無言でそれらを観察してから、建物の方へ目を向ける。それから入り口にある階段を登って、扉の前に立ちコンコンとノックをした。私はキョロキョロと周りを見渡す。おしゃれなのか何なのか、花壇で採取したらしいハーブを麻の紐に通して干してある。紫の小さな花が、山の涼しい風に吹かれ揺れていた。
中から音はしない。レイさんは何度かノックを続けるが、3度目でやめた。ドアノブに手をかけると、あっさり扉は開いた。
「…………」
「入りますか?」
「いや……一旦もう少し周り見ようか。外に出てるだけかもしれないし」
「分かりました」
階段を降りて、庭から伸びる小道を歩いた。小屋の裏へ出る。そこも一帯開けていて、畑や納屋があった。表に生えていたハーブは、こちらにもたくさん生えていた。
「あ!」
「え?」
「鶏!!鶏がいる!!」
私は走ってフェンスへ駆け寄った。10羽前後の鶏が囲われた空間に放牧されていた。私が走って駆け寄ったからか、全員一斉に逃げていく。
「えー!卵!卵食べたい!卵焼き!目玉焼き!ゆで卵!卵かけご飯!オムレツ!」
「我慢してたんだね、ホノカちゃん」
私が食べ物の名前を叫ぶと、レイさんは笑った。
「卵好きなんです。でも、好きな食べ物の話って切ないじゃないですか!だってもう食べられないのに!それにうちにもいたんですよ、鶏!ウイルスが動物にも感染するって分かっちゃっていなくなったけど……。この子達は大丈夫なのかな」
「さあ……。動物は感染しても発症はしないからね」
「そっかあ。2匹くらい持ち帰っても……」
「家主が許してくれるかな。それに移動のストレスは大丈夫?」
「ううっ……んん……ギリいける……?8時間なら、真っ暗にして途中水飲ませれば……」
「あ、本気で検討してる」
「卵は大事な栄養源ですよ!レイさん好きじゃないんですか?!」
「私、割と食事って作業の一つというか、面倒臭いからあんまり興味ないんだよね。でもホノカちゃんの作るご飯は美味しくて大好きだよ」
「うわ!!痩せてる人の思考だ!!グミとか主食だったタイプでしょ!!」
「正解。よく分かるね」
レイさんは驚いたように目を見開いた。不健康にも程がある!と思ったけれど、グミもなかなか手に入らない今の世界だからこそ、レイさんは健康な食生活を送れているのかもしれない。何か皮肉だなあ。
私はフェンスから手を離して、辺りを見回した。他に動物はいないか確かめたけれど、いなさそうだった。でも、地面に刺さっている木の杭には紐が繋がれ、その先に首輪が結ばれて落ちていた。もしかしたら他にもヤギとかいたのかもしれないけれど、今はいないみたいだ。
「誰もいなさそうですね」
「車見に行こうか」
「そうですね」
私たちは裏庭を後にして、駐車場へ向かうことにした。駐車場には運搬用の軽トラックや、キャンピングカー、簡易的なガレージには趣味のバイクが置いてあった。
「あ!」
私は走って一台の車へ近寄る。白い車体が、砂埃や泥はねで汚れている。でも、これは間違いない。ナンバーも見覚えがある。
「うちの車だ……!!」
「…………」
「じゃあ、ここまでは来たんだ、そっか……」
服の袖で、汚れた窓を擦る。車内のミラーには見覚えのあるお守りがぶら下がっていた。交通安全、と書かれた赤いお守り。毎年神社で古いものはお焚き上げして、新しいものに買い替えていた。
ホッとしたのと同時に、複雑な気持ちになる。ざわざわと胸の中が騒いで仕方がない。再会はほぼ諦めていた。それが、会える可能性がゼロではないかもしれないとなって、今更どうすればいいのか分からなくなってしまった。
会いたいような会いたくないような。私を捨てていった家族を探しにここまで来て、何て言うつもりだったんだろう?
「大丈夫?」
「……はい」
「ねえ、叔父さんは車持ってなかったの?」
「え?そんなはずは……」
「軽トラやバイクはあるけど、叔父さんの普通車はないね」
「……」
そういえば見当たらない。こんな山の中に住んでいるのだから、車はあるはずだ。移動に困ってしまう。軽トラを普段から乗り回すタイプでもないし、どうしてだろう。
「もう一台、ここに車置けるスペースあるよね。今、もしかして出かけてるのかな」
「あ……」
レイさんが指を差した方には、確かに一台分のスペースがある。それに、車のタイヤ痕が残っていた。
「本当だ……!!叔父さん、生きてたの?!」
「まだ、叔父さんかどうかは分からないけれど。でもやっぱりここ、人が生活してるよね」
「そう、ですね……」
「…………」
レイさんは口に手を当てて、難しい顔をする。そっか、叔父さんかどうかはまだ分からないのか。無人で暮らしやすそうな家だったから、誰かが移り住んだのかもしれないし。だったら、一旦引いた方がいいのか、そうレイさんへ聞こうとすると、遠くからエンジン音が聞こえてきた。私たちはパッと顔を上げて、音の方向へ顔を向ける。
4輪駆動の大きな車がこちらへ向かってくる。この間のカーチェイスを思い出して、少しドキリとした。もちろん、軍用車ではないのだけれど。
スモークで隠れて、中が見えない。車は空いているスペースに雑に駐車した。ガチャ、と運転席の扉が開いて、人が降りてくる。
「――叔父さん!!」
間違いない。無精髭が結べるくらい長くなっていて、目もどんよりと落ち窪んでいたけれど、私の知っている叔父さんだった。私は叔父さんの元まで走っていって、腰に抱きついた。ブワッと、あのハーブの甘ったるい独特の匂いが鼻腔を満たす。
「無事で良かった!!本当に良かった!!」
「……穂乃果か?!」
私は何度も頷く。叔父は私の両肩を掴んで、顔をまじまじと見つめた。そして、大粒の涙を両目からこぼし始めた。力が抜けたのか、私の両腕に縋りながら、膝をつく。
「生きてたのか……!!そうか……!!良かった……!!良かった……」
その姿を見て、私もポロリと涙が落ちてきた。まさか、身内にまた会える日が来るなんて、思わなかった。私は叔父さんの頭を抱きしめた。
レイさんは私たちのその様子を、ただ黙って後ろで眺めていた。
しばらくそうやって再会の喜びを噛み締めた後、私はレイさんをまだ叔父さんに紹介していないことに気付いた。
「あ、叔父さん、紹介するね、私と今一緒に暮らしてるヒカリさんだよ」
「……はじめまして、ヒカリと申します。姪御さんにはいつもお世話になっております。本来でしたらお二人水入らずの場に、私が同席してしまい申し訳ございません。かねがねご親族のことは伺っておりましたが、こうしてご無事なお姿を拝見でき、私としてもこれ以上の喜びはございません」
レイさんは帽子を取って胸に抱えて、深々と頭を下げた。非常に丁寧な挨拶で、混乱した。私の家族だから、丁寧に接してくれるのかな。別にいいのに。叔父さん、こんな髭を生やした、テキトーそうな感じの人なんだし。叔父さんは涙をゴシゴシ拭ってから、レイさんをジロジロ眺めた。
「……彼氏か?」
「女の人だよ!声女性でしょ!」
どこかで見たやり取りだ。レイさんは外に出る時の格好が男性のように見えるし、身長も高いせいか性別を間違われやすい。マスク外したら一発で女性だと分かるのにな。
「そうか、ヒカリさんも無事で何よりだ。ゆっくりしていってくれ」
そう叔父さんは言い、髭でよく分からないけれど、多分微笑んでレイさんと握手をした。
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