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「レイさん、野宿でもするつもりですか?こんなに荷物いらないですよ」
三列シートの後部座席に、これでもかと荷物が乗っている。トランクにスペアタイヤはまだ分かる。山道だし、田舎では何があるかわからないので車を積んでいる人も多い。でも、キャンプでもするのか?というくらいの寝袋や食料や水や、果てにはサバイバルグッズまで積み込んでいる。温泉に行くのに?しかも、往復2時間で帰ってくるような距離なのに?
レイさんは荷物の最終チェックをしながら、背中越しに返事をした。
「備えあれば憂いなしってね……はい、ホノカちゃん」
レイさんはノールックで肩越しにマスクを差し出してくる。いるかな?こんなど田舎の車旅で。
「……。レイさんってずっと思ってたんですけど、心配性すぎません?」
そう言いながらも、一応渋々マスクをつけた。
レイさんが準備した荷物に比べて、私は大分軽装だ。最低限の貴重品に、道中のお菓子、バスタオルとハンドタオルだ。服装もかなりラフだ。小花柄のキャミソール、秋っぽい濃いオレンジのカーディガンを羽織って、下はデニムを履いている。
対してレイさんは大きい黒いリュックを背負い、黒色のフード付きトレーナーにキャップを目深に被って、メガネまでかけてる。キャップの上からフードまで被ってしまっているので、ちょっと近づきづらい雰囲気だ。マスクもしているけど、顔が小さいのでダボダボだ。同じサイズだよね?お忍びの芸能人みたい。でもここまで隠れたら誰も美人だなんて気付かないだろう。服もダボダボで、背が高いのでぱっと見は男性に見えなくもない。少なくともこれから温泉に行く人の服装には見えない。あれ?並ぶと私が浮かれてる感じに見えない?大丈夫かな?
レイさんがここまでする理由がちょっと分からないが、有給とって温泉行って同僚の家族とかに会ったら恥ずかしい、みたいなやつかな?それならまあ、納得。
レイさんはんーと唸って答えを考えている。
「そうかも。どれだけ手を尽くしても、安心なんてできない」
肩をすくませて、後部座席のドアを閉めた。私の方に向き直る。
昨日の夜も早く寝たおかげか、レイさんは最近で一番顔色がいい。クマもだいぶ消えた。肌も瞳もキラッキラでとっても綺麗だ。うーん、隠すの勿体無い。
「行けそう?お昼前について、散策してお弁当食べて温泉って感じでいいかな?」
「行けます!わーい、楽しみ!」
「……本当に運転任せていい?」
レイさんが心配そうに聞いてくる。運転技術の方ではなく、純粋に体調を心配してくれているようだ。
「大丈夫ですよ!なんなら助手席で寝ててもいいですよ!」
私がそう言うと、レイさんは首を振る。
「そう言ってくれるのはありがたいけど、寝ないよ。道中も楽しみたいし」
「ふふ、いっぱいおしゃべりしましょ!」
レイさんは微かに笑んで、助手席に乗り込んだ。
私も運転席に乗り込んで、席の位置や鏡を調節する。レイさんの車はとても運転しやすそうだ。畑仕事で運転する軽トラに比べたら、全然。エンジンをかけてブレーキから足を離す。そのまま門を潜り抜けた。
少し走って、畑道の方へ出る。道幅は広いので悠々と走れた。
「うちの前通るから、誰かいるかな〜〜あ!田中さんだ!」
私はゆったりブレーキを掛けた。お隣さんの田中さんは猫が好きだ。小さい頃は猫ちゃんの集まる場所を教えてもらって一緒に行ったり、今も集会所の猫の話をしたりしている。ずっと猫のことを聞きたかったんだ。田中さんは自転車に乗って田んぼ沿いを走っていた。
「田中さん!」
窓を開けて声をかけると、いつもと変わらず人の良さそうな満面の笑みを、まんまるの顔に浮かべて田中さんが振り返る。何だかホッとした。
「穂乃果ちゃん!久しぶりじゃない!お母さんに聞いたよぉ、バイト忙しいんでしょ」
「そうなの。でもね、これからはあの大きいお家でだけ働こうと思って。忙しすぎて大変だったから!雇ってくれたレイさんだよ!」
体を避けてレイさんを見えるようにする。田中さんは目をまん丸にして驚く。レイさんはさっきからこちらを見つめて黙っている。
「あらあら、そうなのね。こんにちは。穂乃果ちゃん、体に気をつけて頑張るんだよお」
田中さんはレイさんに一度ぺこりとお辞儀をした。レイさんは相変わらず無言だ。
「ねえ、田中さん、林のとこの猫ちゃんどうなったか知ってる?この間、一匹しかいなくて会えなかったんだよね」
「そうなの?じゃあまたあの猫嫌いのおじいちゃんが追い払いでもしたんじゃない。林の所有権は俺んだ!って言ってむかーしから聞かないんだから!」
「ああそっかあ……あれ、でも」
あのおじいちゃんって、施設に前入らなかったっけ?フッと過ぎった疑問を口に出す前に、田中さんは大きな声を出した。
「ああ!あたしおばあちゃんのとこ行かなきゃなんないんだった。忘れてたよ〜一旦家に戻らなきゃ〜」
じゃあね!と言って田中さんは今来た道を戻って行った。
「気をつけてね〜!」
そう背中に向かって叫んで、窓を閉めた。
「ごめんね、レイさんお待たせしました!」
「……田中さん?」
「そう、私のお隣さんで、あ、お隣って言っても超遠いんですけど、田舎だから。小さい頃から面倒見てくれる、猫ちゃん仲間なんですよ〜!」
そっか、と言ってレイさんが黙り込む。やっぱりあんまり人に会いたくないのかな。知り合いがいても、手を振るくらいにしておこう。誰かが作業している畑は寄らないようにして……
うちの前を通らざるを得なかったので通ったけれど、みんな出かけているようで人の気配がなかった。ちょっとホッとした。
「ホノカちゃんは猫好きなんだね」
レイさんが帽子のつばを抑えながら言う。
「大好きです!小さい頃からかな。前レイさんが送ってくれた写真、実家の猫ちゃんも可愛かった〜〜お姫様みたいに真っ白でフワフワで。やっぱり性格はツンとしてるのかなあ?」
「そうだね、結構ツンとしてたよ。でも弱ってる時には必ずそばにいてくれる優しい子だったな」
過去形でレイさんが語る。
「……もう、いないんですか?」
ザワッと胸の奥が鳴る。林に猫がいなかった記憶が蘇ってくる。どこにいってしまったんだろう。
「いないよ。……みんな、いなくなった」
「…………」
何も言えない。一緒に暮らした思い出や、積み重ねたものは本人にしか分からないだろう。レイさんは長く海外にいたから、あまり一緒にいれなかったのかもしれない。何も、言えなかった。
「……なんか、音楽でもかける?何聴きたい?」
雰囲気を変えるようにいつもより明るい声音でレイさんが言う。
「えー、なんだろ。レイさんのお気に入りの曲聴きたいです」
「んー分かった」
レイさんはスマホを操作して、曲を流した。猫の曲だ。しかもこれ、私が初めて会った時に歌ってたやつだ。私は声を出して笑った。
「懐かしい!これ聞かれたの、超恥ずかしかったです!うわ〜〜」
「思い出の曲だね。でもやっぱり、ホノカちゃんが歌ってる方が好きだな」
スマホをポイと脇に放り投げてレイさんが言う。レイさんは相変わらずストレートに私の歌を褒めてくれる。会った頃からずっと変わらない。
「えー、本家の人もそんなこと言われたら寂しいですよ」
「本家も聴いたら納得するよ」
「何それ」
私が笑うと、レイさんも笑った。
しばらく運転すると山の中に入った。レイさんは宣言通り起きていて、私とたくさん話をした。
今更ながら、レイさんの家族のことも詳しく聞いた。兄と弟がいるらしい。お兄さんがいるのは知っていたが、弟がいるのは初耳だった。知らなかった、と伝えるとレイさんは焦ったように私に質問してきたが、どれも聞いたことがない情報だった。別な人に話したのと勘違いしてるんじゃないですか?と伝えると、納得いってなさそうだったが受け入れていた。
レイさん、頭がいいから全部覚えていると過信しちゃうんだろうな。
「…………あれ?人がいる」
「…………!」
もうそろそろ駐車場に着きそうだというところで、遠くに人影が見えた。レイさんが姿勢を一気に起こして私の視線の先を見つめる。
「止まって。……ホノカちゃん目がいいね。点じゃん」
「いやー、田舎育ちだからかな」
私がふざけても、レイさんからは返事がない。空気がピリついてる。レイさんの指示通り、私は車を停止させた。
「歩いてきたのかな?あそこって塞がれてる隣町からの入り口かも。歩いてなら入れたのかな?」
「こっち、来るね」
先程まで点だった人物が、段々こちらに近づいてきた。なんだろう。タイヤ引っかかったりしちゃったのかな。
「ホノカちゃん対応しなくていいよ。ドア開けないで。私が話す」
「は、はい」
いつになく真剣な声だったので、私は指示通り大人しくしていることにした。
マスクをしているのに、目だけで全力でニコニコと微笑んでいると分かる若い男の人が近づいてきた。歓楽街で呼び込みをしている人みたいな笑い方だな、と思った。
窓をノックしてきたので、レイさんが窓を少し開ける。
「こんにちは!まさかこんなところで人に出会えるなんて……!諦めなくてよかった!隣町経由で来たんですが、この先は配給などありますか?」
「いえ、ないですね。そもそも人がいません。首都圏へ行くのをお勧めします。」
会話の内容がよく分からない。配給?人が、いない?それにこの人、どう考えてもおかしい。この人の演技がかったような言動や所作が、RPGに出てくる村人みたい。落ち着かないように、ずっと腕をさすり続けている動作も気になる。
レイさんの対応も、通り一辺倒というか教科書的というか、言い方や態度は相手に合わせて穏やかなのに一才隙がない。
「そうですか……でもこの様子だと首都圏も壊滅してるでしょう?どうしたらいいか……」
「首都圏の方が物資も施設も、きっと人手もありますよ。自動車で向かった方が無難です。道はまだ使えますし。お一人ですか?」
「いや、仲間が複数人います。」
「でしたら、みなさんで向かわれた方がいいかと思いますよ。私たちもここへ来ましたが、他の家族と合流して東京へ向かうつもりです。」
私たちは家族ではないし、別にお互いの家族と交流もない。多分、この人に私たち2人だけというのを知られたくないんだ。何で?緊張で口が渇く。
喋る必要もないのに。レイさんの考えていることも分からなくて、少し怖い。
「ああ、お二人だけではないんですね。女性2人の旅では心許ないですもんね。いやしかし、何でこんな世の中になってしまったのか……きっともうどこもまともに機能していないし、もしかしたらこの国に私たちだけかもしれませんよね」
女性2人だけでは心許ない、というのが引っかかる。そんなの、治安が悪いところでしか聞いたことがない。この辺りは田舎なので人目はないけれど、治安が悪いと言うことは全くない。
私が知らない間に何かあって、治安が悪くなったのかな。やっぱりレイさんは、私たちが女2人のみである、ということを知られたくなかったようだ。胸がザワザワする。
「…………まだ、わかりません。この辺りは人の往来が少なかったから感染の波も遅かったみたいです。そうなるともっと他にも無事な集落があるかもしれません。その人たちが物資を求めて東京に向かう可能性なくはないですし。私たちのように」
「でも結局ワクチンがないから、人が集まれば感染するかもしれない。僕たち、前回接種からもう随分日が空いてしまっていて……もし在庫あればいただけませんか?」
「すみませんが、私たちもないんです。お互い感染しないように、祈るしかありませんね」
レイさんがにべもなくそう言うと、男性から表情がサッと消えた。腕をさする動作もピタッと止まる。
「…………」
「では、先を急ぐので……」
レイさんがそう言って窓を閉じようとボタンに手をかけた時、男性は頭をガシガシとかきむしり始めた。
「ああああああああ!!!!!!!!クソが!何が信頼のネレイドだ!あいつらのせいで!!!!クソクソクソクソクソクソクソ」
急に激昂して、男がガンガンガンガンガンガンと私たちが乗っている車体を何度も蹴り付ける。蹴り付けてる最中にバランスを取れなくなったようで、もたついて転んだ。
体が固まって動かない。
昔、父が弟に怒って殴り合いを始めたのを思い出した。暴力を間近で見ていると、怖くて体が硬直する。頭が真っ白になって、何も考えられない。体は動かないのに、心臓の鼓動のリズムはどんどん速くなる。
それに何で急にネレイドが出てくるんだろう。海外の大きな製薬会社だ。数年前に、何か新しいワクチンを開発したとかでニュースになっていた気がする。何もかもわからない。
レイさんは身動ぎもせず、男の動向を眺めているようだ。
「す、すみません。取り乱しました……」
男はよろめきながら立ち上がり、息を乱しながらも再び笑顔を張り付ける。もう胡散臭さしかない。得体の知れない怪物が、目の前に人間の皮を被って現れたように思えてしまう。
「こんな世の中ですからね。しょうがないです。では私たちはこれで」
レイさんの声は、どこまでも冷静で温度がない。
「ま、待ってください!もしよかったら一緒に行きませんか?」
窓にベッタリと男の両掌が張り付く。ゾッとした。怖すぎる。速くこの場から逃げたい。こんなことされて一緒に行くわけないでしょ、と私は叫び出しそうだったが、男は真剣だ。
「ごめんなさい、合流する家族もおりますので」
「……いや、そうですよね。失礼しました。東京行かれるんですよね?またお会いしましょう。僕たちも目指します」
そう言って車から離れた。レイさんは会釈して窓を閉じる。
窓には男性の手形がベッタリだ。それにもゾッとして、私はすぐさまブレーキから足を離した。ハンドルを握る手に汗が滲んでいるのが分かる。
鼓動も全然おさまらない。むしろどんどん心臓の音が大きくなって、私の体の中で響く。
「とりあえず遠くに一旦止めよう。スモークしてあるから、車内は見えてないと思う。車の速さには追いつけないだろうし、一先ず大丈夫」
バックミラーを覗きながらレイさんが言う。
「レイさん、あの人何?!超怖いんですけど!!!!!何言ってるかも、全然分からない!!!何なの?!」
震える声で叫ぶと、レイさんは安心させるためか右手を差し出してきた。ぎゅっと握る。
「私たちからワクチンとやらを強奪したいんだろうね」
「え?!何で?!襲われるってこと?!意味わかんない!ワクチン?が欲しいんでしょ?持ってないよ!何かの中毒の人なの?!」
本当に、意味がわからない。心臓の音が頭まで響いてきて恐怖で何も考えられなくなる。運転だけに集中したいのに、できない。息もうまく吸えない気がする。鼓動で視界が揺れている。
「……ホノカちゃんは運転のことだけに集中してていいよ」
「で、できないよ、あんな怖い人が、ぼ、暴力振るうなんて、やだ……」
「待って、止まって!」
「え?」
ハンドルがぐにゃりと曲がる。咄嗟に私は急ブレーキを踏んだ。強くシートベルトに締め付けられて、一瞬息が止まる。
車が止まり、更に上がった心拍数で視界が歪む中、周りを見渡す。衝突はしていなかったし、ガードレールを突き破って崖からも転落はしていなかった。ただ、大幅に反対車線にはみ出していた。
自分がしでかしてしまったことの大きさに気付いて、今度はサッと体から血の気が引いた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、わた、私が」
ガタガタ震える手をハンドルから離した。ブレーキだけは離してはいけないと、足に力を込める。
「大丈夫?よく堪えたね。崖側にハンドル切らなくて正解だった。ちょっと一旦休憩しようか。後ろの席に移動できる?」
レイさんはこんな時でも極めて冷静なトーンで私に呼びかける。ゆっくり静かに車の停止手順を指示し、シフトレバーをパーキングに入れたのを確認した後ガタガタ震える私の代わりにシートベルトを外してくれた。私はもたつきながらも後ろへ移動した。続いてレイさんも、フードを脱いで帽子をダッシュボードに置いてから、後部座席に移動する。レイさんは手早く私と自分のマスクを外し、私の手首に親指を当て脈を取る。
「私の目を見て。息ゆっくり吸って吐ける?浅くしか吸えてなさそう。車は鍵閉めてるし、スモークもある。必要ならカーテンは閉められるし、中見られないし安全だよ。誰か来たって、私が運転してさっさと逃げればいい。水飲めそう?ちょっとだけ飲もうか」
ペットボトルの蓋を開けて私に渡す。少し落ち着いて息はできるようになってきたけれど、まだ手が震えて飲めそうにない。レイさんは一旦ペットボトルをドリンクホルダーに置いた。
成人する年齢になっているのに心底情けないけれど、怖くて怖くて仕方がなかった。自分で震えを止められる気配がない。誰かにどうにかしてほしい。
「レイさん、ギュッてしてほしい、怖い」
「いいよ」
相当情けない声が出たけれど、レイさんは間髪入れずに私を抱きしめてくれた。片手で優しく後頭部を撫でてくれる。
レイさんから、薔薇のようないい匂いがする。それに人の体温ってこんなに安心するんだ。
気付いたら涙がポロポロと溢れていた。でも不思議と、泣いた分だけ心が落ち着いていくのを感じる。
「……うちの猫も、これくらい甘えてくれてたらな」
レイさんがボソリと呟いた。耳元で喋られるとくすぐったい。
「でも、たまに甘えてくれるのが可愛いんじゃないですか?」
「抱っことかさせてくれなかったんだよ。膝の上で撫でてみたかった。こんな感じだったのかな」
「こんな大きくて人懐っこい猫、いないですよ」
「じゃあ今日は貴重な体験ができた」
レイさんが軽口を叩き、私はそれが面白くてちょっと笑った。
そう話してるうちに、震えはおさまった。お礼を言って涙を拭き、水を飲んでいる間に、レイさんがドライブレコーダーを確認し始めた。カーナビの画面に先ほどハンドルが曲がった場面がリプレイされる。
「……あれ?」
さっきは気付かなかったけど、地面に何かバラバラと落ちている気がする。パッと見では分からないけれど、目を凝らすと見えてくる。レイさんは一番わかりやすいところで映像を止めた。
「道路に何か撒かれてたね。多分パンクしてる。パンクの通知きてないから、そこまでまだ空気抜けてないかも。だからハンドル、ブレたんだろうね。しばらく走行できるとは思うけど、スペアに交換しないと。でもモタモタしてたら、あいつらが来る」
「あいつら?」
なぜ複数人なんだろう。あの不審な男1人じゃないのだろうか。
「…………。ホノカちゃんが言ってた通り、薬の乱用でもしてるんだろうね。それで、薬が手に入らなくなったから通行人を襲って荷物奪ってるんじゃないかな。薬やってると判断もまともじゃないだろうし。多分仲間同士でいろんな場所こうやって張ってて、相手が車なら罠で足止めのためにパンクさせて、自分の仲間が集まるの待ってるんじゃない?」
こうやって襲われた人、前にもいたんだろうね、とレイさんが言ってどきりとした。
「警察呼びますか?」
私がそう言うと、レイさんは笑って首を振った。
「襲われた後ならまだしも、前だから助けにも来ないだろうね。パンクだって、あいつがやった証拠はない。車体蹴られた程度じゃ、ね」
「そ、そっかあ……」
どうすればいいんだろう。車を置いていけばいいのかな?荷物漁れば満足するかな?登山道は把握してるし、徒歩で下山できないかなあ。
レイさんにそう伝えると、難しい顔をして黙る。
「……荷物だけが目的じゃないと思う。女2人は心許ない、なんていうくらいだから。それに、村に帰ること知られたくない。追われても困る。人数増える前に撃退しないといけない。私たちから手を引きたいと思わせないと」
「げ、撃退?」
危ない言葉が聞こえてきた。聞き間違いじゃないよね?
レイさんはドライブレコーダーを元の位置に戻した。そして膝立ちで3列目の荷物を漁り始める。
「危ないことするんですか?」
「正当防衛ってやつかな」
「正当防衛……」
話し合いは無理だろうと思っていたけど、どうにかならないのかな。でもレイさんがどうにもならないって言うなら、そうなんだろう。私は武器も使えないし、格闘技を習っていたわけでもないのでお役に立てなさそう。でもレイさんに全て任せるのは気が引ける。
「あ、私、罠ならはれますよ!」
怪我させちゃうかもしれないけど、現れそうなところに置いておけば引っかかってくれそう。こんな時に狩猟経験が役に立つなんて思いもしなかった。レイさんが持ってきたサバイバルグッズを流用すればどうにかなるだろう。
「時間があればそれも良かったんだけどね。今すぐ解決しなきゃいけなさそうだから」
目当てのものが見つかったのか、レイさんは私の隣へ座り直した。
「ホノカちゃんはここで待ってて。私が外出たらすぐロックして。もし30分経って戻って来なかったら車で戻れそうなら村戻って。2階の私の部屋に入れば、ええと、親への連絡先とか書いてあると思うから」
あっさりとレイさんがそう言う。映画とか漫画のセリフを現実で言われてるみたいで実感がない。何だか、フワフワしている。これが夢だったらいいのに。
「ちゃんと戻ってきてください。温泉もまだ入ってないですよ!」
「じゃあ安心して入れるように、追い払ってくるか」
扉を開けながら、レイさんが手を振る。そのままスライドドアは閉まって、私はロックをかけた。
無音の車内で、また不安で心臓の音が大きくなる。落ち着け、落ち着け。レイさんは帰ってくる。信じて待つしかないんだ。
「レイさんが無事帰ってきますように……」
車内でそう小さく呟いた。
私は私でできることはないか、レイさんが帰ってきた後にすぐにスペアに交換できる準備を整えようと、座席を倒して三列目の荷物の中を探し始めた。