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残光の箱庭  作者: 米田
2章
68/74

34

「まだ本調子じゃないだろうけど、ごめんね。ここに長居するわけにもいかないから」

「いえ。大丈夫です、ご迷惑おかけしました」

「…………。まあ言いたいことはいろいろあるけど。道中話そうか」

「…………」


 ああ、絶対怒られるんだろうな。決意したはいいものの、私は全く覚悟なんてできなかった。怒られるのは怖い。できれば怒られたくない。まあでも無理だろうな。

 だったらもう、ここで全部一気に済ませてしまいたい。私たちにあるわだかまりを、どうにかしたい。


 シートベルトをバックルに差し込む。私がベルトを着けたのを確認してから、レイさんはアクセルを踏んだ。


 私たちが過ごしていたのは、飛行場から近場の病院だ。最近まで誰かに使われた形跡があって、使えるものもたくさんあったようだ。もしかしたら、医師グループの人たちがいたのかもね、なんてレイさんは言っていた。真相は分からないけれど。


 私は2日寝込んだらしい。寝込んでいる時は変な夢ばかり見た。もう内容もほぼ忘れてしまうほど、たくさん。毒のせいかな?

 2日寝込んだ後はもうすっかり元気になって、日常生活を送れるようになった。レイさんは心配性なので、まだ不安みたいだけれど。


「すぐ吐いてくれたから助かった。動揺してたから、どの薬にどう合わせたかも思い出せなくて頭真っ白でさ。終わったかと思った。どうにかなって良かった」


 レイさんは頬に大きな絆創膏を貼ってある。アズマさんに踏まれた場所だ。腫れは引いたようで良かったけれど、見ていて痛々しい。レイさんの国宝のような顔を踏むなんてどうかしてる。もう私もアズマさんが大嫌いだ。次会っても、知らんぷりしてやる。まあ、次なんてないだろうけど。


「あんなにすぐ効くんですね。2時間あるならどうにかなるって思ったんですけど」

「……よりによって、1番即効性あるやつ飲んだからね。死んでたよ普通なら」


 レイさんは鼻で笑った。そして視線は前に向けたまま私に言う。


「どうにかしようなんて、思ってなかったでしょ?あのまま死ぬ気だったくせに」

「…………」

「嘘つかないで。分かるよ、すぐに」


 誤魔化そうとしたけど、ダメだった。あーあ。

 私は椅子にちゃんと座り直した。


「……このまま、村へ帰るんですか?実家へは寄らない?」

「寄らない。車もこの状態だしね。……でもまたすぐ行くことになると思う」


 アズマさんに撃たれたフロントガラスは出発する前に、応急処置でリペアキットを使って何とか走れる状態にはした。タイヤはスペアがあったので、取り替えたらしい。


「すぐ行く?」

「……場所、バレたでしょう?これからは拠点を転々として生活することも視野に入れなきゃ」

「あ、そっか……」

「いい場所あるといいんだけどね。東京の実家なんて、バレてるだろうし」

「ですよね……」

「……まあ、すぐに襲われるようなことはないだろうけど」


 ああ、立派に育てた野菜やお米たちその他諸々はどうなるんだろう。転々と生活する事になるなら、細々としたお世話はできないよねえ。まあしょうがないか。

 気を取り直して、私はレイさんに声をかける。


「旅行みたいで楽しいかもしれませんね。拠点探し」

「そう?私はもう今回みたいなトラブルは絶対ごめんだけどね」

「アズマさんみたいなモンスターはなかなかいませんよ」

「どうかな。こんな世界で生き残ってるやつなんて、ろくなやついないよ」

「……私も?」


 そう聞くと、レイさんは私を横目でチラリと見る。その目線が思ったより冷たい。そのまますぐに前を向いた。


「そうかもね。止めてるのに、毒薬飲んじゃうし」

「怒ってます?」

「怒ってるよ」

「…………迷惑かけたから?」

「本気で言ってる?」

「だって、あの場で治療してタイヤも交換してって大変だったんじゃ……」

「そんなことは、どうでもいい」


 怒気を孕んだ声に、体が固まる。レイさんが何に怒ってるのか分からない。


「そもそも何で薬盗んだの?アズマが、とか抜きで、端からどこかで死ぬつもりだったよね?」

「…………」

「シュウのこと、残念だったと思うよ。他の人達も。でもだからと言って、ホノカちゃんが死ぬ意味が分からない。シュウはもう、死ぬ直前だったんでしょ?見送っただけじゃん。積極的な殺人とは訳が違うでしょ」

「違わないです。私の中では」

「じゃあ、何?私も同じ?ナリタさんを殺した殺人鬼なわけ?」

「リカコさんが押しつけただけじゃないですか。違いますよ」

「でも私が殺したよ?同じじゃん」

「違うんですよ。私の中では」


 レイさんはイラついたように短く息を吐いた。


「私の中でも、ホノカちゃんは違うよ。死んで贖罪しようとするのは、理解できない。そもそも、死ぬのが贖罪になるのか、という意味でも。無理矢理生かしてた医者たちこそ断罪されるべきだと思うけどね。楽にしてあげたいと思ったホノカちゃんを責める気にはなれない。生存者のために犠牲になり続けて、お願いだから殺してくれってシュウも思ってたかもしれない」

「…………。レイさんには、分からないよ。私が差し出せるのは命くらいしかない。もしかしたら、助かったかもしれない人たちを見送ったんだよ?私、この後の人生、笑って過ごしていく資格なんてないよ」

「助からないよ。シュウの状態、見たでしょ?そもそも出会った時点で瀕死だったじゃん」

「分からないよ、そんなの」


 埒があかないと思ったのか、レイさんはイライラしたように指先でハンドルを叩き始めた。


「じゃあ、ホノカちゃんを失う私のことはどうでもいいわけ?」

「…………」

「ねえ、答えてよ」

「……上手く言えないんですけど」

「うん」

「ずっと、ずっと思ってたんですけど……私って必要ですか?私じゃない誰かでも、別に私になれるじゃないですか。こんな、何もできなくて迷惑ばかりかけて。そのくせ、わがまま言って、我も強い。いくらでもまともな他の人、いるでしょ?要りますか、私」

「…………」

「東京にも、案外人がいるんだなって。海外にも。ああ、レイさんひとりぼっちになることは無いかなって――」


 そこまで言って、思い切りブレーキがかかった。ベルトが体に強く食い込む。体が引っ張られて跳ねた。車が、停まる。


「どっどうしました?」

「…………」


 俯いたレイさんの顔は見えない。どうしたんだろう、そう思っていると拳を思い切り振り上げて、クラクション目掛けて振り下ろした。警笛の音が鳴り響く。他に車はいない。

 レイさんの手、震えてる。息も荒い。こんなに怒ってるところ、初めて見た。アズマさんに対する怒りよりも、ずっと激しかった。

 

「ごめん。今全然、冷静じゃない。運転できない。外出てくるね」

「え?ちょっ……」


 私が止めるのも聞かず、レイさんはシートベルトを外してさっさと降りて行ってしまった。

 ……レイさんが何に怒ってるのか、全然分からない。

 私が頑固だからかな。私がいなくなったらレイさんはどう思うんだろう。農作物の管理とか、狩猟とかで困っちゃうかな。でも、それだってレイさんなら何とかしちゃうだろうし。それに、優秀なレイさんならみんな一緒に暮らしたいと思うはずだ。私じゃなくても、きっといろんな人がレイさんに手を貸すだろう。だから、私がいなくなったところでレイさんがどう思うかなんて、想像できない。そりゃ一緒に暮らしてたから悲しいかもしれないけど、ちょっと泣いたらすぐに忘れてしまうと思う。私のことなんて。

 でも、今ので嫌われてしまったかな。もうそれならそれでいいんだ。レイさんが私と一緒にいたくないなら、その気持ちを尊重したい。拠点を転々とする話も出ていた。私は家族を探しがてら、北へ向かってもいいかも。


 そんな風にボーッと考えても、全然レイさんが戻ってくる気配がない。1時間くらい経って、さすがにこの炎天下、外にずっといるのはどうなんだろう、と思い水を持って外に出た。

 数十メートル後ろの木陰にレイさんは座っていた。帽子を目深に被っていて、顔が見えない。

 水を顔の前に差し出す。顔をゆっくりと上げてくれる。帽子のツバの下から少しだけ目が見えた。レイさんは無言で水を受け取って、顔に当てる。


「……私運転しましょうか?」

「…………」

「1時間経ちましたよ?」


 私がそう言うと、驚いたように手元の時計を確かめる。


「…………本当だ」

「運転しますよ。とりあえず今日中にはあっち着きたいですもんね」

「大丈夫。いいよ。後半疲れたらお願いするかも」


 そう言って立ち上がる。私はレイさんの後に続いた。

 車はまた、動き始めた。




******



 あれから私たちは必要最低限しか喋らず、帰宅した。村へ着く頃にはもう真っ暗だった。

 空模様が怪しい。もうすぐ降ってきそうだ。ここ数年の夏の天気は変わりやすくて、急に激しい雷雨になることもある。やっぱり暑くなったからかな。無事村へ着いた時にはまだ何とか降っていなかったけれど、直に大雨になるだろう。遠くで雷の音が聞こえる。


 片付けもそこそこにもう寝ようとなったところで、激しい雨が降ってきた。稲妻が空に走る。フラッシュのように窓がピカピカ光って、少し怖くなった。

 案の定、激しい雷が近くに落ちたらしく、部屋の電気が一斉に消えた。


「…………」


 レイさんが苦い顔をする。もうあとは寝るだけだったのに、と顔に書いてある。はあ、と溜息を吐いてスマホのライトを付けて立ち上がった。


「ちょっと……確認してくる。すぐ電気付くはずなんだけど……。寝てていいよ」

「手伝えることないですか?」


 私がそう聞くと、レイさんは私の顔も見ずに首を振る。そのまま扉から出て行ってしまった。


「おやすみなさい……」


 行ってしまったレイさんに向かって、そう呟いた。とは言っても、激しい雨の音、落雷の轟音、エアコンが切れて蒸し暑い部屋、とてもじゃないけれど寝れそうにない。

 とりあえず寝室に向かって横になるけれど、一向に眠気が訪れない。しばらく粘ったけれど無理だ。私は起き上がって、部屋の電気を付けようとする。まだ付かない。あれ、大丈夫かな。この雨の中で作業してるのかもしれない。やっぱり手伝ったほうがいいんじゃないか。

 そう思い、パジャマから着替えて、玄関へ向かう。


「……あれ?」


 靴を履こうとして気付く。レイさんの靴がある。棚を見ても、防水の靴もそのままだ。外に出たんじゃないんだ。じゃあどこへ行ったんだろう?

 私はそれから、レイさんの部屋へ向かった。ノックをしても返事がない。さすがにこの状況で私を無視してるわけでもないはずだ。それから各部屋を回ってみたけれど、レイさんは見当たらない。

 途方に暮れた私は、あまり足を踏み入れたことのない、離れの方へ行ってみることにした。プールで遊んだっきり、入ったことはない。もしかして、そっちの方に電気設備があるのかも。


 ガラス張りの廊下を歩く。雷の光で、チカチカ世界が瞬く。抜けた先のエントランスも誰もいない。さすがにプールにはいないだろう。私は1番奥の部屋の扉を開けることにした。


 まるで図書室のような部屋だった。というか、図書室なんだろう。雨のせいか、少し湿っぽい。背の高い本棚がたくさん並んでいて、本がぎっしり詰まっている。私が知ってるような本なんて無さそうだ。どれもこれも専門性が高そうな本ばかりで、娯楽の本がない気がする。タイトルを読んでもこれっぽっちも理解できない。何だか頭痛がしてきた。レイさん、ここにある本全部読んでるのかな。まさか、さすがにね。

 奥まで進むと、大きなテーブルがあった。テーブルの上は散らかっていて、本が積み重ねられたり、読みかけなのか開きっぱなしだったりした。

 積み上げられたうちの一冊を手に取って表紙を眺める。


「あ、これ……」


 見覚えがあるシールが貼ってある。私たちが通っている図書館のものだ。レイさん、何の本を借りたんだろう。難しい本なんだろうな。タイトルを読む。


「…………」


 タイトルだけを読んで、ザワッとした。私はライトを当てて、慌てて他の本のタイトルも確認した。ジャンルはどれも似通っている。多分、どれも心理学に関するものだと思う。入門書のような本は、まだ分かる。勉強したかったのかなって。問題は、それ以外だ。どれもPTSD、愛着、家族間の問題とやらについて集めた本だった。

 ジリ、と胸の奥が焦げつくような感覚がした。専門用語でよく分からないけれど、これ、多分全て私に関する本だ。

 愛着って何だろう。聞いたことがない。震える手で、比較的イラストが添えてあって易しそうなタイトルの、愛着に関する本のページをめくる。数ページ読んで理解した。簡単に言うと、愛着とは幼少期に形成される親との特別な結びつきであり、それは安心感や信頼感の土台となり、その後の対人関係や自己肯定感の発達に不可欠なもの、と記述されていた。


「…………ははっ」


 乾いた笑いが無意識に漏れた。

 なんだ、私ってやっぱりおかしいやつだったんだ。そりゃ、そうだよね。多分私と親との間で、特別な結びつきなんてない。そもそもの土台が無いんだから、どんなに頑張っても安心感や信頼感なんて得ることができないんだ。


 ああ、レイさん分かってたんだ。恥ずかしい。

 親から愛されないだけで基本的なことも獲得できないんだ。なんか笑える。それって、私が悪いわけじゃないのに。どんなに頑張っても、私って人と同じようにはなれないんだ。

 他の人から見ても、私っておかしかったのかな。距離感について指摘されたのもそういうことなのかな。もう分からないや。自分が、ガラガラと崩れていくような感覚がする。


 本を元に戻して、椅子に座る。何だか力も入らない。しばらく動けなかった。稲妻の光で部屋が明滅するのをただ眺める。


 ――そういえば、図書館に行き始めたのって、いつからだっけ。もう随分前からな気がする。そんなに前からこの本を読んでいて、それでも私と一緒にいてくれたのかな。


 明滅する光の中、私はふともう一度机の上に視線を戻した。机の上の本には、よく見ればそれぞれ付箋やメモが付けられていた。全ての本にだ。丁寧に読んだことが窺える。一度読めば頭に入る、なんて言って、メモをしているところなんて一度も見たことがないのに。

 全部で何冊くらいあるんだろう。数えて、30を超えた辺りでやめた。レイさん、これ全部読んだんだ。


 …………そっか、レイさんは私を知ろうとしてくれてたんだ。


 ストン、とその事実が胸の中に落ちた。胸の中に落ちて、その弾みで私の目から涙が押し出された。

 私だって、自分の中の問題を見ないフリをしていたのに。私の知らない私を、レイさんは知ろうとしてくれたんだ。レイさんは一度だって私にお前はおかしい、だなんて言わなかった。私のスキンシップが激しければ、パーソナルスペースについて教えてくれた。それだって、目的は自分を守るためであって、私が嫌がれば強制はしなかった。常に私を尊重してくれた。

 これが愛じゃなかったなら、何なんだろう。ひけらかさないで、見返りを求めないで、ただそばに居てくれた。こんな私でも、レイさんは静かに、私が思うよりずっと、ずっと大事にしてくれていたんだ。


 誰も私の心の大事な場所には触れさせなかった。レイさんでさえも、私は怖くてドアを開けずに拒んでいた。それでも、ずっとノックし続けてくれていたんだ。


 雨の音がやけに大きく聞こえる。しばらく私は、嗚咽を漏らし泣き続けた。

次で最終話です。

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