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残光の箱庭  作者: 米田
2章
64/74

30

 背後でビーッと機械のアラーム音が鳴り続けるけれど、気にしない。5人目の酸素の供給を止めた。栓を根本から閉めてしまう。しばらくして、心臓の動きが止まる波長を示し、新たなアラームが鳴り響く。

 うるさかったのか、アズマさんが機械の電源を根本から引っこ抜いて音を止めた。


「……いや、ホノカ、君……」

「何ですか?」

「いいね!思ったより、頭のネジが外れてた!イカれてるよ!」


 アズマさんには言われたくない。この人きっと、私が今していることを自分がやるとしても、何も思わないはずだ。気にすることといえば、私がこれをやることによって、レイさんに怒られるのではないか、くらいだと思う。でもこれは私の意思でやっていることだ。誰にも言うつもりはない。


「……どうせ何もしないで立ち去っても同じじゃないですか。結局人殺しですよ」

「だからって能動的に殺していく必要もないだろう。大半の人間は無視して出ていくさ」

「でしょうね。それが一番楽ですから」


 呼吸が止まった彼女の手をギュッと握った。名前も分からない。見送るのが私でごめんね、心の中でそう呟いた。せめて、と思って髪の毛を整えてあげた。

 

「弔いの歌でも歌ってあげたらどうだい」

「歌?」


 アズマさんが鼻歌を歌い始める。聴いたことがない曲だ。でもちょっとクラシックとかそっちっぽい気がする。

 そういえば最近歌ってないな。ギターも全然触ってないや。レイさんともあまりのんびりした雰囲気では無かったので、リクエストされることもなかった。私は何かの洋画かドラマの中で、死んだ人のために歌われていた曲を思い出す。そしてそれを口ずさんだ。


 背後でアズマさんの拍手の音が鳴り響く。不謹慎な気もしたけれど、この人は気にしないんだろう。


「…………驚いた。君、歌が上手いんだね。声が綺麗だとは思ってたけれど……。でもそれ、こんな世の中で歌うには嫌味な歌詞じゃないかい?」

「これ以外、弔いのための曲なんて知りませんよ」


 口ずさみながら、最後の1人、シュウくんの元へ歩いた。

 私のやっていることって、やっぱりエゴなんだろう。それでも他人に、何も思っていない人間に彼らの命を好き勝手されるのはたまらなく嫌な気持ちになった。

 シュウくんの顔を覗き込んだ。起きないというのは分かっていても、どこかで期待してしまう。でも今ここで私は、彼の全ての未来の可能性を絶ってしまうんだ。

 

「……勝手でごめんね。さよなら」


 同じ手順で酸素を止めた。心臓の動きを示す波形が平坦になっていくのを、無言で眺めた。

 余韻に浸る間もなく、アズマさんが隣に来る。先ほど取りに行ったタンクを私の隣に置いた。


「終わったかい?じゃあさっさと火を付けてここから離れよう」


 あっさりそう言う。ここにいるのがアズマさんじゃなくてレイさんだったら、こんなスムーズに話はいかなかっただろう。人の心がないなあ、なんて思うけれど、今は都合がいい。


「自分にかからないように注意するんだよ」

「はい」


 ベッドの上と床に液体をばら撒く。独特な臭いが鼻をつくけれど、意識しないようにした。火種はどうしよう。私が考えていると、アズマさんがライターを取り出した。それを私に渡す。


「もう使わないから、あげるよ」

「…………」


 かちり、とレバーを下げて火を灯す。ベッドの端の布に火を付けると一気に炎が立ち上がった。ついでに先ほどの無線機もそこへ投げ込んだ。ものすごい勢いで燃え上がり、煙も出てきて咳き込む。慌てて部屋から出て、扉を閉めてしまう。

 この建物もいずれ焼け落ちてしまうんだろう。でも、いいんだ。こんなところでまた誰かが犠牲になるくらいなら、全部燃やしてしまった方が。


 部屋の中の炎が大きくなっていく様子を眺めていると、アズマさんが私の頭に手を置いて、優しく撫でてくる。


「外で鎮火を待っている人たちは悲しむだろうね。病院も燃えてしまったことに」

「…………」

「彼らが今後生きていくのに困るかもしれない、と思わなかったのかい?」


 優しい手つきに反して、私の心をヤスリで削るかのような発言をしてくる。ザラつく、猫の舌で傷を舐められているみたい。でも今は下手に慰められるより、こうやって傷つけてもらった方が楽だ。だってそれだけのことをしているから。


「それは別に、何とも。どうにでもなりますから」

「本当にそうかい?この暑さだ。具合悪くなる人たちだっているだろうね」

「……そうかもしれません。でも、もう私は選びました。外でただ事態が好転するのを待っている人たちも、選ぶべきです」


 私がそう言うと、撫でる手つきが止まった。


「は、随分傲慢だね。まるで神様みたいだ」

「…………」

「結局、やってることは変わらないじゃないか。君がやるか、あの子がやるかの違いだけだろう。くわえて、君は使える建物を破壊までして。ただの自己満足のエゴじゃ無いかい?」


 アズマさんの顔を見つめる。私が傷付く様子を見逃さまいと、目が爛々と輝いている。この人はずっとこうやって生きてきたんだろうな。羨ましい。もしかしたら、こういう人間に救われる人もいるのかもしれない。分かる気がする。


「私、アズマさんにそうやって責められると、安心します。自分は間違ったことをしているのに、慰められる方が怖いから。ありがとうございます」


 そう言うと、アズマさんは面食らったようで、口を噤んだ。そして、咳払いを軽くしてから、仕切り直すように話し出した。


「まあ、何はともあれ、ここから逃げよう。ヒカリはもう終わったかな?」

「この人、どうするんですか?」


 私は廊下の壁でもたれかかって気絶している男性を指差す。私とアズマさんで運ぶしかないんだろうか。


「起こして歩かせるよ。運ぶの面倒くさいだろう」


 そう言って前髪をグッと掴んで、頬を平手打ちし始めた。相変わらず暴力に躊躇がない。


「うう……」

「歩けるかい?行くよ」


 男性はボーッと虚ろな表情のまま、立ち上がる。先程までの錯乱した様子とは違って、まだダメージを引きずってるのかおとなしい。


「あの、大丈夫ですか……?」

「…………」


 返事も無い。アズマさんがやれやれ、というように溜息を吐いて肩を貸す。


「エレベーター使いますか?」

「鉢合わせても嫌だから、このまま階段で行くよ」

「分かりました」


 私たちは先程来た階段へ向かう。行きよりもずっとゆっくり移動する。

 途中階で人の気配がして立ち止まった。さっきの男の人かな、なんて思っていたけれど帽子ですぐに分かった。レイさんだ。


「ヒカリさん!良かった合流できて」

「大丈夫だった?ホノカちゃん」

「…………はい」


 私がそう答えると、少し目元の険が和らぐ。そしてチラリと私の後方にいるアズマさんを見て、その隣にいる知らない男性を見て、うんざりとした表情を浮かべた。


「……誰ですか、それ」

「話は後だ。さっさとここから出よう」


 そう言われ、ヒカリさんは納得いかない様子だったけれど渋々階段を下り始める。


「正面は見張りがいるはずです。どうしましょう?」

「入り口は何ヶ所もある。そっちを目指そう」


 そして、救急車などが出入りするような裏口から外へ出た。外へ出るとアズマさんはすぐに男性から離れ、レイさんの方へ近付く。


「約束は守っただろう?薬をもらえないかい?1時間もしないうちから具合悪くなってきたんだが、本当に大丈夫かい?これ」

「ホノカちゃん、本当に何も無かった?少しでも何かされてたら遠慮なく言って?」

「あれ、これってホノカ次第で私死ぬ?」

「何もありませんでしたよ。薬あげてください」


 レイさんは舌打ちしてカバンの中からピルケースを取り出す。


「あっ」


 ガシャン、と音がしてケースが下へ落ちる。私の足元まで薬が散らばり、慌ててしゃがんで拾い集めた。効能ごとに飲み合わせがあるためか、小さな袋に複数の形や色の違う薬がまとめられていた。なので袋を拾い上げるだけで簡単に集められた。これが裸の状態で、小さい薬がバラバラに散らばってしまったら集めるのは大変だっただろう。

 

「…………。大丈夫ですか?私の方のは拾っておきました」

「ごめん、ありがとう」


 私に背を向けて袋を拾い集めていたレイさんへ手渡す。レイさんはそれを受け取って、ケースへ片付けた。その時に一瞬顔を顰め、辺りをキョロキョロと見渡したけれど、すぐに諦めたように視線を手元へ戻した。

 そして違う袋からそれぞれ薬を取り出して、手に取る。アズマさんの顔も見ずに薬を差し出した。


「どうぞ」

「口移しで飲ませてくれないのかい?」

「別に捨てたっていいんですよ」


 そう言ってレイさんは手のひらを返して地面へ落とそうとする。アズマさんは慌てて手を出して薬を受け取った。


「冗談さ」


 冗談には聞こえなかったなあ。手のひらの薬を口の中へ放り込んで、用意しておいた水で飲み込んだ。とりあえずホッとした。いくらアズマさんだって、死なれたら寝覚めが悪い。


「……で、その人誰ですか」

「あ、そうだった。この子は私の部下さ。さあ、自己紹介して」


 アズマさんは先程から微動だにしない男性の肩を掴み、顎先を無理やり掴んで正面を向かせる。焦点が合わなかった瞳がこちらを捉え、パチリと目が合った。

 やっぱりすごく顔立ちが綺麗だ。さっき殴られたせいで顔がところどころ腫れていたけれど、その傷すら何だか彼の顔を引き立てているように感じた。目の色がグレーのような不思議な色をしていて、目を引く。モデルさんと言われても通用するだろう。年齢も私より少し上かな、という感じで若く感じた。

 彼はすぐに私からレイさんへ視線をうつして、それから口を開いた。


「……アズマ様の部下です。ケイと申します」


 それだけ言ってあとは黙ってしまった。

 先ほどまであんなにヒステリックに叫び、怯えてた人物とは思えない。とても落ち着いた態度だった。一回気絶してリセットされたのかな。動かなくなったスマホを再起動する様子が頭に浮かんだ。

 

「彼は副操縦士として私に付いてきてくれる予定だ。そうだよね?」

「はい。アズマ様の命じるままに」

「……悪趣味……」


 レイさんがボソッと呟いた。整った顔でひたすら無表情にアズマさんの命令に従う彼は、はっきり言ってものすごく異様に映った。操り人形みたい。

 アズマさんがそういう風に教育したとしか思えなかったんだろう。私もちょっとアズマさんを怖く感じた。


「良かった。さっきまで錯乱した状態だったから困ったけれど、落ち着いてくれたんだね」

「はい」


 落差が大きすぎて、ちょっと怖い。またバグってしまったら、あんな風に取り乱すんだろうか。


「じゃあ、本題に移ろう。燃料はどこだい?」

「既に確保して隠してあります。まだ移動はしてないはずです」

「私が帰ってくることを信じて待っててくれたんだね!健気ないい子だ」


 アズマさんが嬉しそうにケイさんの頭を撫で回し、心底ホッとした声を上げた。内心、気が気じゃ無かったんだろう。でも、私も安心した。これで無事、アズマさんたちは日本を発つことができる。結局私たちがいなくても、問題なかったんだな。随分振り回された気がしたけれど、全て丸く収まりそうだ。


「燃料問題も解決しましたね。良かったです。ではここで解散しましょうか。お疲れ様でした」


 レイさんがとてもあっさりした口調でそう言う。え、ここでお別れか。考えてみれば、別に飛行場まで一緒に行く必要はなさそう。専門的すぎて、手伝えることもなさそうだし。お見送りもここで十分か。


「え?見送りには来てくれないのかい?」

「必要ありますか?リスクを侵す必要、こちらはありません。さようなら」

「短い間でしたが、お世話になりました。無事着くといいですね」


 レイさんに倣い、簡潔に挨拶をする。ペコリと頭を下げると、嘘だ、とでも言うようにアズマさんは大袈裟に両手を広げて嘆いてみせた。


「分かった、ちょっと待ってくれないかい?まだ出発に伴って足りない物もあるかもしれない。それで、無ければそのまま別れよう。彼に確認する時間が欲しい」


 アズマさんはそう言ってケイさんの方に顔を傾けた。彼は直立不動でアズマさんの動向を見守っている。私はレイさんを見た。レイさんは溜息を吐いて、肩をすくめた。


「どうぞ」


 そう言うや否や、アズマさんはケイさんへ話しかけ始めた。レイさんは私の耳元に顔を近付けて小声で話す。


「もう行こう。プロ2人じゃ何かあった時に分が悪すぎる。さっさと逃げよう」

「え?わ、分かりました」


 そう言われ、駆け出そうとするレイさんを慌てて追いかけようとする。


「あ、ホノカ。さっき落とした薬だよ。ほら、拾いきれてなかったやつ」

「えっ?あっ」


 アズマさんがそう言い、何故か私に何かを投げる。飛距離が足りず、手前に落ちたそれを慌てて拾い上げようと小走りで近付くと、レイさんの叫び声が聞こえる。あれ、これボタン?薬じゃない……?


「ダメ、待って――」

「はい、捕まえた」


 いつの間にか私の目線と同じ高さにしゃがむアズマさんと目が合う。首の後ろにバチッと鋭い痛みが走って、私の意識はブラックアウトした。

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