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残光の箱庭  作者: 米田
2章
63/74

29

 意を決して扉を開くと、部屋の中に並べられた複数のベッド、機械音、消毒の匂い、情報が一気に私の中へ飛び込んできた。


「あ……」


 その部屋には、6人ほど横たわっていた。全員、顔や体に管や機械がたくさん繋がれていて、顔の様子もよく分からない。意識は当然無い。管理しやすいようにか服も着せられておらず、巻かれた包帯からは血が滲んでいた。全員画一的な規格の元管理されているようで、家畜みたい、と表現していた言葉を思い出して思わず吐き気が込み上げてきた。シュウくんがどの人かもよく分からない。

 陽が当たらないよう、分厚いカーテンが閉められたこの部屋は、まるで絶望を閉じ込めたみたいに私には見えてしまった。


「こ、れ……」

「どうしたんだい?どの子がシュウなんだい?挨拶しないと」


 私はアズマさんを振り返った。分かるはずないだろう。ニヤニヤと愉悦を隠しきれずに口を手で覆って、私を見る。


「どんな関係で、どのくらい仲が良かったんだい?会った感想は?ハハ、可哀想に。この部屋にいる子たちはね、この状態になっても実験と称して弄られまくってるんだよ。死んだ後でも造血機能はまだあるって無理矢理生かされてたりとか」

「…………」

「どう、ホノカ。多分どれか1つでも管を外してしまったらこの子達は死んでしまうけれど、フフ、一緒に帰れそうかい?」


 心臓が早鐘を打つ。ここに来てまた自分の甘さを痛感させられた気がした。シュウくん、あの時もう死の瀬戸際だった。都合良く生きているわけがなかった。見たいものだけ見ていた自分が、嫌になる。

 寝たきりだからというからそれなりのことは頭の中に浮かんでいたけれど、こうやって目の当たりにすると、もうここにいる人たちは起き上がることはないんだろうな、と納得せざるを得なかった。

 耳には機械で呼吸を無理矢理させられている音や、何かを測る機械の規則的な音が響く。

 私は震える足で、室内に一歩を踏み出した。

 一番端のベッドから覗いていく。痩せこけていて、髪の毛も無い。処置に邪魔だからと剃られたのだろうか。この人はシュウくんじゃない。


「……シュウくんは、一回、しかも一瞬喋ったことがあるだけです。アズマさんが思ってるような、濃い関係の相手じゃ無いですよ」

「なんだ、そうなのかい?興醒めだ」


 心底つまらなさそうな声が聞こえてくる。私がどんなにショックを受けると思って楽しみにしてたのだろうか。本当に意地悪な人だ。


 この人も違う。もしかして、シュウくんはここにはいないのかも。だって、あの時だって瀕死だったんだ。あの時連れ帰ってもダメだった可能性だって、全然ある。

 私は次のベッドへ移動した。この人も違う。


 アズマさんが短く息を吐く。


「……大して仲良くもない知り合いを助けに、危険を冒してここまで来たのかい?物好きだね」

「例えアズマさんがここに寝てたとしても、私は助けに来ますよ」

「それはありがたい話だね」


 少しもありがたそうではなく、なんなら馬鹿にしたようにアズマさんは鼻で笑った。

 一番端の、窓際のベッドを覗き込んだ。この人だけ一際ガリガリだ。暗くてよく分からないけれど、皮膚の色も他の人とは違ってかなり悪い気がする。私は顔を覗き込んだ。


「――シュウくん、」


 痩せて顔つきが変わってしまっているが、シュウくんだ。間違いない。そっか、あの後ここに連れ込まれてこんな風にされていたんだ。

 あのちょっと生意気そうに喋る姿も、嬉しそうに本を眺める姿も、よく覚えている。あそこで一人で死にたい、なんて言ってたのにここまで連れ戻されて、どう思ってるんだろう。

 力なく体のわきに垂れているシュウくんの手を取り、握った。とても冷たい。腕はところどころ鬱血して、黒ずんでいた。とても痛々しい。血を抜かれたんだろうか。


「……シュウくん、あのね、シュウくんが行ってみてって言ってた建物、行ってみたよ。すごく綺麗だった。私もあそこが一番好きだな。あんな風に水が溜まること、あるんだね」


 返事は当然、無い。モニターの規則的な音だけが響く。ここにシュウくんの魂が宿っているようには思えなかった。あの日、あの図書館で本ごと置き去りにしてきたんじゃないかな。


「こんなの、あんまりだよ。でもきっと、今の世界はこんな不幸も日常なんだろうね。私、馬鹿みたい。何とかシュウくんを助けたいって思ってたけれど、シュウくんにとってはあの日、あの場所で死ぬことが唯一の正解だったんだね。分かってあげられなくて、ごめんね」


 それ以上、何も言えなかった。黙ってシュウくんの顔を見つめていた。目を逸らしてはいけないような気がした。弟の代わりなんて、馬鹿みたいなこと、もう2度と考えないように。


 アズマさんが急に扉を閉めた。部屋にズンズン入ってきて、ベッドの周りのカーテンを閉める。ベッドの端にしゃがんで隠れるよう、私に目と手で合図した。


「……まずいね、戻ってきた」

「こっちに来ますか?」

「多分ね。この部屋の子達は捨てていくと思ったのに、読みが外れた」


 小さな声でそう言うと、廊下から足音が聞こえてくる。2人分だ。


「――遺体が感染源になっても困るからってことですか……?」

「らしいな。どうせここに戻ってくることなんてないだろうによ。慎重すぎるって」

「でででも、確かに最初はあちこちに遺体があって処理が大変でしたし、万が一を考えると燃やしてしまった方がいいのかも……」

「じゃあお前一人で全部やれよ。往復めんどくせーし。ただでさえこっちは夜に帰ってきてすぐこの騒ぎで疲れてんのに……」

「えっでも1人でやるのは規律違反で……単独行動は禁止されてますし、その……」

「モジモジ喋んなよ。クソイライラする」

「す、すみませんすみませんすみません……」

「効率化だ。俺、一階で待ってるからお前が連れてこいよ」

「は、はいぃ……」


 ……この声、聞き覚えがある。あの、大学で出会った4人組だ。このオドオドしている人は、アズマさんの部下だろうか。こっちに帰っては来れたんだ。車壊れたけど大丈夫だったんだ。ちょっと安心した。あのまま帰ってこなかった、なんて寝覚めが悪い。


「…………」


 コツコツ、と歩く音が響いて、部屋に人が入ってきた。

 この部屋の人たちを連れていくつもりだろうか。ひとつでも管が外れれば死んでしまうってアズマさんは言ってたけれど、どうするつもりなんだろう。

 ガサガサ、ガチャガチャと何かを触る音が聞こえる。そのまま、ビーッと一際大きな機械音が響いた。これって、鳴ってはいけないタイプの音なのでは。


 考える前に私はカーテンの外に飛び出した。アズマさんは後には続かない。

 突然現れた私に、男性はびっくりして目をまんまるに見開いていた。スラッと背が高く、目鼻立ちが整った綺麗な顔の人だった。美青年という言葉がぴったりで、あんなに卑屈になる意味が分からなかった。

 思ったような人物像と違くて一瞬気が抜けてしまったけれど、私は再度気持ちを入れ直して、彼に話しかけた。


「……その人を、どうするんですか」

「あ、え、その……誰ですか……?避難民ですか……?ここは立ち入り禁止ですが……」

「聞こえてますか?その人、どうするのかって聞いてるんですけれど」


 私は一歩近付いた。すると、綺麗な顔を恐怖で歪めて、ビクビクしながら顔を庇ってその場にしゃがみこんでしまった。

 びっくりした。アズマさんほど大きくもない、明らかに体格差もある女性相手でもそんな反応だなんて。


「あっあっ……すみませんすみませんすみません……殴らないで……」

「あの、殴りはしないので、お話だけ聞きたいんですけど……」

「は、話……?」

「ここの部屋の人たちをどうするんですか?」


 男性は恐る恐る腕を解いて、私を見る。うろうろと不安そうに視線を彷徨わせてから私と視線を合わせた。


「あ、こ、この基地はもう破棄することが決定していて、この部屋の人間はそれに伴い全員遺棄することに決まりました……。死体からウイルスが発生する懸念があるので、丁度いいから炎の中にでも突っ込んでおけって」

「…………」

「え、す、すみませんすみませんすみません!!!……でも僕が決めたことじゃなくてぇ……僕も、やることやらないと殴られちゃう……」


 言いたいことは、分かった。きっと移送することも難しいような状態だから、だったらもう捨てていこうということなんだろう。どこまでも身勝手だ。

 でもそれをこの人にぶつけたって仕方がない。私は何も言わずに立ち尽くすことしかできなかった。


 そして私は次の瞬間、床に叩きつけられていた。腕を後ろに固められ、床に這いつくばる。一瞬のことで何が何だか分からない。


「すみません……避難民はここ立ち入り禁止なので……このまま連れて行かせてもらいますね」


 そう言って腰から何か通信機のようなものを取り出した。それはまずい、私がそう思った瞬間に男の人が後方へ吹っ飛んだ。床に落ちたトランシーバーをアズマさんが回収し、私に渡す。


「ホノカ、私を試してるね?ヒカリに首輪をされてる私が、言うことをちゃんと聞くか」

「分かってるなら、ワンって一回吠えればいいんですよ」

「ハハッ……ご主人様の仰せのままに。さあ、リベンジマッチだ」


 アズマさんは手を痛めないようにか、指先が出ているグローブのようなものを取り出してはめた。

 吹っ飛んだ男性はよろよろと立ち上がり、アズマさんを見て驚愕して固まった。


「ああああああ…………な、なんで……何で何で……あああああ……」

「そんなに喜んでくれるとは。嬉しいね」

「うわあああああ!!!!」


 サバイバルナイフを構えて、ヤケクソでアズマさんに向かって突進してくる。それを簡単にいなして、思い切り扉の外まで蹴り飛ばした。床に伏す彼とそのまま距離を詰めて、ナイフを掴んでいる手首を思い切り踏んだ。辛そうな呻き声を上げ、ナイフを落とす。そしてアズマさんは襟ぐりを掴んで、顔面を一発拳で殴る。せっかくの美青年なのに勿体無い、なんて馬鹿みたいなことを考えた。


「随分腑抜けたね。刺された私が間抜けみたいじゃないか」

「うぅ……わあああああああああ」

「いっ……!!」


 アズマさんが思いっきり頭突きを鼻頭に喰らう。手で押さえた隙間から血が滴り落ちた。鼻血だろう。

 彼がサッと立ち上がって、床のナイフを拾い上げて構える。アズマさんはすぐに手をどけて血をべろりと舌で舐めた。


「ひどいな。女性の顔を傷物にするなんて」

「あ、あ、あ、アズマ様が悪いんです……!!あなたがあなたが……!!」

「何でも人のせいにするのは良くない癖だと教えたはずだが」

「だ……だって……だって……!!!」

「……ここでゴチャゴチャやっていたら、またドヤされるんじゃないのかい?下に連れて行かなくちゃいけないんだろう?あの部屋の子達を」


 アズマさんがグイッと顎で指し示す。ハッとした表情でこちらに視線を寄越し、ごくりと息を呑んだ。そしてグシャグシャと頭を掻きむしって、うう……と唸り出す。

 この人ずっと思っていたけれど、情緒が全然安定していない。大丈夫なのだろうか。アズマさんだけじゃなくて、同僚の人たちからも当たられてたのだろうか。


「ああぁぁあ……もう終わりだ……!!!僕は生きていけない……!!みんなから嫌われて、居場所なんてないんだ……」

「何を言ってるんだい?また私と来ればいいだろう?君も私の理想郷の一員なんだから」


 アズマさんがそう平然と言ってのけると、恐怖と悲しみで歪んだ顔でアズマさんを見る。


「嘘だ!!!!僕を置いていった!!1人にしないって約束だったのに!!裏切った裏切った裏切った……!!」

「仕方ないだろう。あの時はヘリの燃料が1人分しかなかった。君は乗せられないだろう」

「ほら、僕を見捨てたじゃないか!!もう終わりだ!!!」


 錯乱した状態でナイフを投げ捨て、腰のホルスターから銃を抜く。ビリッと緊張が走った。


「一緒に死ぬ約束は守ってくださいよ!!アズマ様!!!」


 アズマさんは、やれやれという風に手を広げた。そして私を見ながら言う。


「うーん、顔は可愛いんだけどね……ちょっと反応が過敏なんだよな。でもまあ、手がかかる子ほど可愛いって言うだろう?」

「度がすぎますよ!弩級のメンヘラじゃないですか!怖いんですけど!」

「普段はもっと落ち着いてるんだけどね。トラウマが刺激されたのかもしれないねぇ」


 バンッと空気を裂くような音が聞こえた。発砲したのだろう。こんな狭い廊下で撃つなんて信じられない。アズマさんには当たってないようだ。


「ハハッ下手くそ」


 一瞬も躊躇せずに彼の元へ一直線に走っていって、勢いのまま頭を抱き込み、膝蹴りを顔面に入れる。さっきの頭突きの何倍も痛そうだ。

 そのまま、フラフラと千鳥足を踏み、その場にばたりと座り込んだ。ピクリとも動かない。アズマさんは銃を奪って、セーフティをかけて自分の懐へ仕舞い込んだ。


「し、死んじゃいました?」

「まさか、このくらいで。脳震盪でも起こしてるんだろうね。彼からは燃料のことも聞きたいし、殺しはしないよ」

「……アズマさんさすがぁ……」

「ワンワン」


 ふざけてそう言うアズマさんを労って、私はハンカチを渡した。アズマさんはそれを受け取り、鼻から出た血を拭う。


「さて、どうするんだい?ベッド上の子たちはもう死ぬ運命にあるようだけど」

「…………」

「まさか全員連れていくなんて、馬鹿みたいなこと言わないよね?電源もない上に、車だってない。何かコードを外してしまえば亡くなるような子達だ。連れていけやしないだろう」

「…………」

「さっさと逃げたほうが賢明だと思うけどね。いずれ、おかしいと思った隊員が来てしまうだろう?」


 私は一度息を吐いて、短く吸った。そしてアズマさんに微笑む。私の笑顔を見て面食らったようで、言葉をつぐんだ。

 ベッド上の一人一人を見つめてから、私は言う。


「私が全部引き受けます。この6人は、私が見送る。もう、好き勝手させません」

「はい?」


 驚いてひっくり返ったような声がアズマさんから出る。いつも人をからかって笑っているアズマさんのそんな姿、初めて見た。


「ガソリンありましたよね?持ってきましょう。ここはもう、私が燃やします」

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