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残光の箱庭  作者: 米田
2章
62/74

28

 広い基地内では裏を歩いていたこともあるからか、人とすれ違うこともなかった。ただ、外側からは火の柱しか見えなかったけれど、中は思ったよりも火が広がっていて建物も燃えていた。食堂がある棟が燃えているみたいだ。プロパンなどもあったらしいので、火が広がってしまったのだろう。 


 レイさんは燃えている建物を見て顔を顰めた。


「これは……もうダメですね。ここで暮らしていくのは……」

「そうだね。だから、ほら」


 アズマさんが指差した方を私は見る。まだ無事な建物だ。ずいぶん大きくて、造りも立派だ。その建物の入り口は全開だった。閉じないようにストッパーを使って固定までされている。入り口の近くには車が付けてあった。

 多分、ここが病院だろう。基地内にある病院ってどんなものだろう、ミリタリー色が強いのだろうか、なんて思っていたけれど、見た感じは普通の総合病院のようだった。


「見張りもいない。もうこの基地は放棄するつもりだろう」

「え?!」

「車両も減っている。今、荷物を積んで大急ぎで移動してるのかもねぇ。はは、公園に避難してる人たちはこのこと知らないな、絶対」

「なっ……」

「まあ、忍び込むなら今が絶好のチャンスだ」


 アズマさんはスタスタとその建物に向かって歩く。私は小走りで付いていった。


「え、これ、抗体がある人もそっちに移されてるってことですよね?シュウくんまだいるかな」

「…………。急ぐしかないねぇ。車もそこにあることだし」


 そうニコリと微笑んで言われる。何だか背筋がゾワッとして、嫌な予感がした。アズマさんが躊躇せずに建物の中へ入っていく。私は慌ててその後へ続いた。


 電源がまだ生きているのか、中に入ってもひんやりと涼しかった。日光がギラギラと眩しい時間帯なのに、建物の影になっているからかどことなく薄暗い。


「二手に分かれよう。時間が無さそうだ。ヒカリは院内で物資を探したいんだろう?」


 アズマさんは足を止め、レイさんに向かってそう言う。レイさんは怪訝な顔をして睨む。


「……それってホノカちゃんとあなたが2人になるってことですか?」

「ホノカはシュウに会いたくて、君は院内の物色がしたい。目的が違うんだ。分かれた方が効率的さ。まさかホノカを1人で行かせるわけにはいかないだろう?あの部屋は警備が厳しいという話はしたと思うが」


 アズマさんが私の肩を引き寄せる。

 言いたいことは筋が通っているけれど、昨日の今日だ。レイさんとしては全くもって信用ならないんだろう。冷めた表情でアズマさんを一瞥すると、そのまま背を向けて、床にカバンを置いて漁り始めた。その様子を見てアズマさんは馬鹿にしたように鼻で笑った。


「さすがに私だってこの状況でホノカに手を出すような真似はしないさ。彼女は確かに可愛らしくとても魅力的だが、状況が状況だろう?安心してくれたまえ、きちんと私が面倒を見るさ。そういう約束だ」


 レイさんが立ち上がり、私にホルスターごと銃を渡してきた。ライフルと一緒に何度か練習してきた、小口径の反動が少ないものだ。受け取ると、初めて持った時以上に重く感じた。人を傷つける用途で使わなきゃいけないんだと思うと、やっぱりちょっと躊躇してしまう。でもそんなこと言っている場合ではない。私は腰に身につけ、服の裾で隠した。


「ホノカちゃん、自分の身は自分で守ってね」

「は、はい」

「慣れてないんだろう?やめた方がいいんじゃないかい?戦闘の意思があると相手にも思われるよ?」

「ほら、親切を装ってこんなことを言ってくるから。気をつけて」

「まるで私を悪魔のように言うねぇ」


 面白そうに笑うアズマさんを見て、レイさんがとびきりの微笑みを見せた。まるでそこに本当に愛しいものがあって、好きで好きで仕方がないというような。唐突なその笑みに、私もアズマさんも目を奪われた。あまりに魅力的なその笑顔に、私は息をするのも忘れた。


 次の瞬間、レイさんはその微笑みのままアズマさんのシャツの襟ぐりを掴み、思いっきりグイッと引き寄せて噛み付くようにキスをした。


「えええええええ?!ヒカリさん?!」


 私の叫び声がエントランスホールに響き渡る。慌てて両手で口を押さえた。

 頭の中がぐるぐる回る。え、だって、レイさんって、そういうことするイメージないっていうか、ていうかアズマさんのこと大嫌いじゃなかった?!道端に落ちてるゴミを見てるみたいな目でいつも見てたのに?!え、私演技じゃない生のキスシーン見るの初めてだ?!え、そんな食べてるみたいにするの?!


 アズマさんは最初驚きの表情を浮かべていたが、そのまま目を閉じてレイさんの腰を抱いた。ノリノリだこの人。レイさんはアズマさんを掴んでいる手とは反対の手で帽子を外し、私をチラリと見てからそれで口元を隠した。


 いや待って、めっちゃ絵になる!!美形2人のキスシーンって、需要ありそう!!スマホで写真を撮りたいけれど、さすがにだめかな?!だめだよね?!


 私が脳内で葛藤を繰り広げているうちに、レイさんが思いっきりアズマさんを突き飛ばした。

 アズマさんは少しよろけ、2人の距離が離れる。アズマさんの唇にはわずかに血が滲んでいて、それをベロッと舌で舐めた。ニヤニヤと嬉しそうな顔をしている。

 レイさんの唇にも血のようなものがついていたけれど、すぐにハンカチで口を覆ってしまったので分からない。心底嫌そうな、何なら気持ち悪そうな顔をしていた。


「驚いた。まさかヒカリから求めてくれるなんて。……で、私に何を飲ませたんだい?」


 飲ませる?口移しってこと?私はレイさんの方を見た。帽子を被り直しながら、レイさんは言う。


「毒です。2時間以内に解毒薬を飲まないと死にます」

「「えっ」」


 サラリとレイさんがそう言い、私とアズマさんがハモる。

 レイさんがマスクを着けながら、とても嬉しそうに笑う。こんなに笑顔で嬉しそうなレイさん、初めて見たかもしれない。


「スッキリした!本当にあなたが大っ嫌いだったので、絶対いつか飲ませてやろうと思ってました。死に方もいっちばん苦しくて、いっちばんキッツイの選びました。飲んでくれて本当に嬉しいです」

「げ、解毒薬は飲ませてくれるんだよね?」


 アズマさんが焦った様子でレイさんに近付く。スッと笑みが消え、それ以上近付くなと言うように手を出して静止させる。


「ホノカちゃんの口から何も無かったと聞ければ渡します。少しでもホノカちゃんが怪我したり、手を出したりしてたら渡しません。奪おうとしても無駄です。似たような錠剤たくさん持ってきたし、全部劇薬なので。どれか分からないでしょう?……あー今、最高の気分」


 レイさんはそう言うと、私の方を見る。


「ということで、ホノカちゃんは何かあったら教えてね」

「へっ?!は、はい」

「ホノカ!急ごう!私についてきてくれたまえ!安全に!迅速に!シュウとやらに会いに行こうじゃないか!」

「わっ分かりました!急ぎましょう!」


 そう言って私は焦って急ぐアズマさんの後ろを走って追いかける。階段を長い足で飛ばして駆け上がっていって、私は付いていくのがとても大変だった。


「いやー、2時間って言ってるけど、あれギリッギリの時間を言ってるんじゃないだろうね?あわよくば死なないかなって思ってそうだ」

「アズマさん!何ノリノリで飲んじゃってるんですか!ペッてすれば良かったのに!」

「完全に不意打ちだったからねぇ。あんなミューズのような微笑みを向けられたら、拒めないだろう?中身が何なのかも気になったし。ハハッ」

「ハハッじゃないですよ!信じられない!」

「さすがに死にたくはないけどね。でも、そこまで嫌われてるなんて光栄さ。あんな美人に殺意を向けられてると思うと、正直興奮するね!」


 変態だ!!それで口の中に入れられたもの飲んじゃうんだ!!ちょっとアズマさんのことが理解できない。

 レイさんもまさかそこまでアズマさんを嫌ってただなんて思わなかった。確実に飲ませるために、絶対嫌であろうキスまでして。昨日のやり取りを思い出す。キスしたら、嫌いになるかなんて。あんな質問、こんな状況と比べたらあまりにも滑稽だ!!

 頭の中がぐるぐる回って、何も分からなくなる。そもそも、この階段をこんなハイペースで駆け上がって、酸素が足りてない。


「ちょ……アズマさん、速い……」


 私がそう言うとアズマさんは振り向いて、自分の唇に人差し指を当てた。静かにするように、というジェスチャーだ。

 扉の奥から人の足音が複数聞こえる。バタバタと忙しそうに走り回っていた。呼吸を整えながら、扉の向こうに意識を集中させる。


「この階ですか?」

「そうだ」


 ストレッチャーか何か、カラカラと押す音が聞こえる。やっぱり眠っている抗体持ちの人を運んでいるんだろうか。一先ず音が止んだところで、アズマさんがそっとドアノブを押してドアの外を確認する。


「いないよ。こっちにおいで」


 そう言われ、私は扉の外へ出た。目の前がすぐナースステーションだった。ただ、ガラスで遮られていて、扉を開けてすぐ隣にあるガラス戸から中へ入る必要があった。ガラス戸はやはり中にいた人を移送するためか、大きく開け放たれていた。

 人の気配は無い。アズマさんが躊躇せずに中へ入っていく。私は後ろをついていった。


 コツコツ、と廊下に私たちの足音だけが響く。病室は陽の光が入ってきていて、とても明るい。対して、廊下までは光が届かず、病室とのコントラストが強くて物寂しく感じた。

 使われていないのか、各病室は扉が閉まっていた。荷物置き場にされているのか、よく分からないガラクタが置いてあったり、使ってなさそうな発電機や側にガソリンが入ってそうなポリタンクが置いてあったりした。安全管理に疑問を感じるけれど、何か過去にあって、ここにしまわれているのだろう。

 ……もしかしてここにシュウくんはもういないのかもしれない。それくらい、人のいる気配が全くしなかった。


 もう使われてない部屋には、過去ウイルスに感染した人々も入っていたのかもしれない。もう随分時間も経っているし、きっと消毒も済んでいるはずだし、そもそも人が出入りしたんだから大丈夫だ。それでももしかしたら、なんて思ってしまい、私はアズマさんに尋ねる。


「……アズマさんは、まだ抗体あるんですもんね……」

「出て行く直前で血清打ってきたからね」

「誰か、抗体持っている人たちと喋ったことがあるんですか?」

「ここに寝かされていた子たちとは交流なんてないさ。眠り姫ばかりだしね」

「そっか……姫?」

「私にとってはみんなかわいいかわいいお姫様さ」


 ああ。女性ばかりなのかと思った。男性も姫にしてるのかこの人は。

 アズマさんは一拍置いてから話を始める。


「嫌なシステムだ。研究だとか何だとか言って、あんな風に弄り回すなんて。私には理解できないよ。愛がないね」

「弄り、まわす?」

「全く、本当に研究したいのか、趣味で人の体を好き放題してるのか分からないよ。よっぽど私より趣味が悪いと思うけどね」

「何の話ですか……?」

「あれ?ホノカには言ってなかったっけ?――ああ、ヒカリに口止めされてたんだった」


 わざとらしい口調だ。どうしてこの人はこうも逆毛を立てるような、ちょっと人の心をざわめかせたり不安を煽ることをするんだろう。趣味なのかな。


「まあ、見れば分かるだろう」


 コツコツと、靴音が響く。頭の中で、さっきの話と靴音がこだまする。意味を知るのが怖い。シュウくんに会うのも何だか怖く感じてきた。アズマさんの後ろを、ただついていく。


 廊下の奥には2部屋あった。手前の部屋は光が漏れていて、それを見るだけで少しホッとした。その部屋を覗くと、中は空っぽで誰もいなかった。慌てて連れて行かれたのか、乱れたベッドの上に医療器具や何らかの道具が散乱していた。シュウくんの姿が見えないことに動揺もしたけれど、どこか安心してしまう自分もいた。いないなら、しょうがないと。


「ああ、やっぱりこの部屋はもう移動したのか。誰もいないね」

「シュウくんも、もう移動したんですね」

「…………」


 アズマさんはただ静かに私に微笑む。優しげに見えるけれど、目の奥には不快な好奇心が渦巻いている。私がどんな反応をするのか、確かめたくてしょうがないような。


 指先が冷えて震える。アズマさんは私の背中を優しく押して、隣の部屋へ導く。嫌なのに、歩かざるを得ない。この人、私に何を見せようとしてるんだろう。怖い。


「……さあ、隣の部屋はまだ人がいるみたいだよ。会っておいで」


 光が溢れる隣の部屋とは正反対に、薄暗く光のない部屋へと私は歩みを進めた。

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