24
何分経ったか、分からない。体感では、永遠に感じるほど長かった。でもきっと長くても2、3分のことだったんだろう。徐々に揺れがおさまってきた。それでも震度1〜3程度の揺れが、ずっと絶え間なく続いている。
「2人とも、大丈夫か?!」
さすがのアズマさんも少し焦ったような声を上げる。私を引き寄せ、覆い被さっていたのはアズマさんだったんだ。
レイさんもすぐ近くで倒れるように伏せていた。あの揺れじゃ誰もまともに立っていられないだろう。レイさんはゆっくり体を起こしながら、しかめ面で返事をする。
「無事です……クラクラするだけで……」
「私も……何ともないです」
そう言うと、アズマさんはホッとしたように息を吐いた。
「見なよ。この揺れで倒れたんだ。直撃したら危なかったね、ホノカ」
アズマさんが指を差す方を見ると、私がさっきまで立っていたであろう位置に太い木が横たわっていた。腐っていた部分から折れたんだろう。あれが当たっていたら無事では済まなかった。ゾッとした。
レイさんが目を丸く見開いて、アズマさんに言う。
「……よくあの揺れの中で状況を把握できましたね……」
「フフ……どうだい、ホノカ?私はかっこいいだろう?」
アズマさんが胸に手を当てながら、私の手を引いて起こす。
「アズマさん、さっきはこの人いらないかもって思ってごめんなさい……!!かっこいい!!命の恩人!!ありがとうございます!!」
私は思いっきりアズマさんの胸に抱き付いた。すぐさま抱き返される。
「んー、何か聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするが、私は心が広いからね。忘れることにするよ。さあ、ホノカ、怖かっただろう?キスをしてあげよう」
「ヒカリさんは?本当に大丈夫ですか?怪我はないですか?」
私はレイさんの元へ駆け寄る。体を起こし、立ち上がったレイさんは服についた土を払う。
「大丈夫だよ。ただ……ちょっと酔ったかな……こんな揺れ、初めてで……今もなんか、揺れてるよね……?」
「ずっと揺れてますね……酔い止め持ってますか?お水、ありますよ」
「うん……ありがとう」
口元を押さえるレイさんに、私はペットボトルの蓋を開けて渡す。
……弱ってるレイさんってちょっと新鮮だ。何かちょっと不謹慎だけど、可愛く感じる。お世話したい欲が沸々と湧き上がってくる。
「ここ、津波はこないかい?」
「海は遠いので大丈夫だと思います。ただ、川があるので、遡ってきたら心配ですね。……さすがに距離があるから、大きな被害にはならないと思いますけど……」
「なら、さっさと離れた方が安心だ」
「車、大丈夫かな」
「あー……見に行こうか」
私たちは余震に警戒しつつ、車を目指す。幸いにも無事で、特に被害はなさそうだった。ホッとした。車が無ければ、ここから離れられない。
「この地震の混乱に乗じて給油車を奪ってしまうのが楽そうだ。チャンスだね」
「……そもそもこの規模の地震で、道が無事なわけ無さそうなんですが……」
「でも、モタモタもしてられないんじゃないかい?来るよ、彼らが」
「この状況でもアズマさん探しって優先されますかね?」
「フフ……モテるって困ってしまうね」
「どうかな。もしかして案外普段と変わらないかもよ。インフラがもう死んでるから、復旧もないだろうし。まあでも、施設や設備の破損があったらそっちに手を回すことになるだろうね……」
「……そっか……そもそも震源地ってどこなんだろう。東京も揺れましたよね?きっと」
「分からない。ここが震源地に近かっただけなのかもね。ただこれだけの揺れで局所的なことってあるのか……」
私たちが話をしていると、アズマさんは車が本当に壊れていないかチェックを始め、壊れてないことが分かるとさっさと運転席へ乗り込んでしまった。
「ここでああだこうだ言ってても仕方ないさ。とりあえず車を出そう」
「いや、だから闇雲に走らせても……」
「闇雲?東京へ行くんだろう?どうせ道がやられているかどうかは、行かなきゃ分からないだろう?」
「……まあ、そうですね」
レイさんは一応納得したように呟いて、車へ乗り込んだ。私も後ろへ続く。
シートベルトを締めると、車がゆっくりと動いた。アズマさんは行きよりも慎重に車を走らせる。
「……やっぱり道路歪んで割れてますね」
視線の先のアスファルトは、波打って裂けている箇所があったり段差ができたりしていた。どれも行きにはなかったものだ。
「残念だね。揺れてしまうかもしれないけど、我慢してくれ」
「ヒカリさん、酔いませんか?大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
「私で良ければ寄りかかってくれたっていいんだよ。君を片手に抱きながらドライブするのも最高だ」
「シート倒すので結構です」
「残念だね……」
アズマさんがそう言い、のんびり車を走らせる。
「走ってると、地震が来てるのかどうか分かりませんね」
「運転してると分かるけどね」
「あ、そうなんですね」
「……来たね」
「え?」
バックミラーを見つめるアズマさんと目が合う。私は後ろを振り向いた。さっき門の中で見た車が猛烈にスピードを上げて近づいて来る。乗ってるのはきっとあの4人だ。地震が来て、慌てて抜け出してきたのかな。
「うわーーー?!」
「バレたみたいだね」
「ど、ど、ど、どうします?!道が一本だから逃げ道が……」
「どうしようね」
アズマさんがハハッと笑い、レイさんが顔を顰める。追い上げてきた車の窓から、顔を出して何か構えている。何かというか、もう絶対あれは銃だろう。ガソリンに引火して、爆発炎上したらどうするんだろう。想像してサッと青ざめた。
「撒いてもらえません?」
「撒くだけでいいのかい?」
「パンクさせられたら、死活問題ですよ」
「じゃあ、ちゃんと掴まってるんだよ、2人とも」
アズマさんがそう言って、思い切りハンドルを切った。そのまま道から逸れて傍の森の中へ入る。体が車内で思い切り叩きつけられそうになって、慌ててグリップを掴む。
森の中は舗装も全くされておらず、アクセルを踏み込むたびに木の根や地面の凹凸を拾ってバウンドする。シートベルトが体に食い込み、苦しい。窓ガラスには枝や葉が叩きつけられ、視界を遮られる。
「これ、オフロード仕様じゃないんですけどっ、大丈夫なんですか?」
「逃げるならこっちしかないだろう?舌を噛むから、黙ってなさい」
アズマさんは何でもないように言い、レイさんは言われた通り黙る。
私は何とか後ろを振り向いて、相手の車を確認する。さっきこちらをスコープ越しに見つめていた人はさすがに体を引っ込めていて、撃って来る気配はなさそうだった。木の間隔が近いので、横幅のある車体では狭くて苦戦していそうだ。それでも合間を縫って、追ってきている。
「やるね」
そう言ってまたハンドルを切る。視界の端にあった斜面の獣道に、急ターンして入っていく。車体が大きく横滑りし、タイヤが土を掘り返す。枝を薙ぎ倒しながらそのままの速さで突っ切って登っていき、頂点が見え視界が開けたところで一本の太い木が現れた。
ぶつかる!そう思い目を瞑ったけれど、思ったような衝撃は来なかった。代わりに、ものすごい衝撃音が後方から聞こえてきて、私は振り返った。
同じように登ってきたのだろう。木を避けきれずに、車のフロント部分が激突してひしゃげていた。ガラスはひび割れ、動かずに止まっている。これではもう追ってこれないだろう。
「あれ、視界が悪いんだよ。どんなに反射神経良くても、ぶつかる直前の障害物は避けられないだろう」
アズマさんはそのままスピードを上げ続け、そのまま距離がぐんぐん離れた。揺れる車内で、心底ホッとした。
森を抜け先ほどの車道にまた戻ってきた。私は握り続けていたグリップを離す。力を入れすぎて、真っ赤になっていた。
「……お見事でした」
レイさんがそう平坦なトーンで言い、軽く拍手をする。私も前の座席に乗り出して、アズマさんへ向かって拍手をした。
「すごすぎますよ!あんなの、避けられませんよ普通!森の中も、よくあのスピードで走れましたね!死ぬかと思いました!」
「ハハ。私も死んだかと思ったよ。楽しかったね」
本気か冗談か分からないようなことを言われ、私とレイさんは黙る。
「……ただ、このバッテリー残量だと、目的地まではいけませんね」
レイさんが運転席へ視線を送り、そう言う。メーターを確認すると、無茶な運転をしたからか、バッテリーが大きく減っている。
「おや、本当だ。持ってきた電源で充電するかい?」
「……いや、非常用なので使いたくないですね……」
「じゃあどうする?」
「……私の使ってたマンションが道中にあるはずなのでそこに寄りましょう。ギリギリ行けるかな……。ソーラーカーポートがあったはず。途中で充電できる場所があればそっち寄ってもいいですし……」
「ではそこを目指そう。道案内は任せたよ」
そう言って、車を走らせた。
森を抜けてかつての生活圏に出てきても、揺れの大きさに対して被害は小さく感じた。道路の大きな陥没が1箇所と、ビルのガラスが割れているところがあったり、あとは古い建物が倒壊しかけているくらいだった。
レイさんが使っていたマンションとやらに到着する。駅近の便利そうな立地で、タワマンなのかと思ったけど、外観は戸建てが何軒か集まったような感じだった。内向きの造りになっていて外からは中が見えないようになっていて、門の中に入ると大きな建物が一棟と、それに繋がるように通路や階段が伸びた少し小さめの建物に分かれていた。それに庭まで付いている。
駐車場にはソーラーパネルが乗ったカーポートがあり、レイさんがいじるとまだ使えそうとのことだったのでそこで充電をした。
今日はもうここで夜を明かそうということになり、車から降りて準備を始めた。夏なので、まだ陽は高い。
「なんか、想像のマンションと違いました」
「ああ、背が高くて棟がたくさんある感じの想像してた?」
「そうです。タワマンの最上階だと思ってました」
「ここは空港近いから、便利でさ。家族で使ってたんだよね」
「あ、ホテル扱いなんですね」
「毎回予約するのもめんどくさくて。鍵あればすぐ入れるでしょ?」
……毎度レイさんのお金持ちエピソードを聞くたびに規格外でびっくりする。めんどくさいからでマンション買っちゃうんだ。すごいな。
「地震でも壊れてなくて良かった。東京の方はどうだろうね。どれくらい揺れたんだろう」
「そうですね……」
シュウくんはこの地震で無事なんだろうか。貴重な人間として手厚く保護されているだろうけれど、とても心配だ。
少しだけホッとする。弟の代わりにしようと思ってるのかと悩んだけれど、ちゃんと純粋に他人を心配できる気持ちはちゃんとあったんだ。
「私、部屋確認してくるよ。あと、軽く掃除も」
「手伝いますよ」
「いいよ。変なものあったら困るし」
レイさんはチラリと遠くでストレッチをしているアズマさんに視線を流す。
「……何かされたら大声で呼んで。すぐ来るから」
「わ、分かりました」
くるりと踵を返して、カードキーを使い室内に入っていく。私はそれを見送って、今日使いそうな荷物を確認しようとする。
「――ホノカ」
「うわ!?」
急に耳元で声がして、驚いて声を上げてしまった。振り返ると、アズマさんが私のぴったり背後に付いている。私が驚いたのを見てニヤニヤしながら、腰に腕を回してくる。
「何?!なんですか?!本当にびっくりした!」
「ふふ、驚く顔も可愛いね」
「暑いから引っ付かないでくださいよ」
「暑いからこそ、お互いの体温を感じられていいんだろう?」
「えー?それ寒い時の方じゃないですか?」
「私もホノカちゃんと同意見ですね」
「うわっ?!」
私とアズマさんは同じタイミングで後ろを振り向く。アズマさんをゴミでも見るような目で見下ろし、腕を組んで仁王立ちしている。
「ひ、ヒカリ居たんだね」
「叫び声が聞こえたから急いで戻ってきたんですよ。ほんっと油断ならない。あなたは私と来てください」
「また後でね、ホノカ」
そう言ってアズマさんを部屋の中へ連行していった。
私は苦笑いして、懲りないアズマさんの情けない後ろ姿を見送った。




