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残光の箱庭  作者: 米田
2章
57/74

23

※注意※

最後の方に地震の描写があります。苦手な方、ご注意ください。アズマに好みのタイプを聞いてる会話の後に出てきます。

 威勢のいい掛け声とともに部屋を出たものの、向かったのは屋上だった。こっそり上から彼らの様子を窺う。

 ……暑い。多分、もうすぐ一番暑い時間帯に差し掛かるんじゃないだろうか。照り返しもキツいし。私は大きなアンテナの影に隠れるようにして座っていた。レイさんも私の隣で無表情で座っている。

 アズマさんは汗を少しもかかず、平然としている。どうなっているんだろう、この人。


「んー真っ直ぐこの棟目指して来てるねぇ。電源用意したり、ガラスを割っていたのはこの子達っぽいね?」

「じゃあ、屋上に電源取りに来るんじゃないですか?」

「ここなら隠れるところたくさんあるだろう?」

「えー!逃げないんですか?!」

「んー?でもこんな開けたところで逃げても、見つかるんじゃないかい?ここで潜んでやり過ごした方が無難だと思うけどね?」

「暑くて死にそうですよ……」


 私がそう言うと、アズマさんはうーんと唸りながら首を傾げた。 


「耐えるしかないさ。頑張ってくれ」

「かっこよさどこですか?!」

「……電源取りに来たら、もうそこの外階段から下りていいんじゃないですか?あの部屋カーテンで覆われていますし、通信に夢中なら私たちには気付かないでしょう。音もあの部屋じゃ聞こえ無さそうですし」


 レイさんが端にある階段を指差す。設備点検などのために取り付けられたんだろう。


「それでもいいよ。こっちとしては、ここに戦力が分散してるうちに東京へ行けるのはありがたい」


 その返事を聞いて、レイさんは私へ自分の被っているキャップを被せた。


「わっ」

「建物内に入ってきたら外階段に移動しましょう。バレても逃げられますし。ここより陽が当たりますが」

「私は構わないよ。暑い方が調子がいい」

「ホノカちゃんは高い場所だけど、体調大丈夫?階段は下が見えやすいし、怖いかも」

「え、全然大丈夫です。……ヒカリさん、帽子いいんですか?」


 帽子のツバを持って整えながら、レイさんの顔を見る。何でもないように微笑んで、返事をしてくれる。


「フード被るから大丈夫だよ。使って」

「やっっさしい!全然アズマさんよりかっこいい!!ありがとうございます!!」


 私がそう言うと、アズマさんは何故かストレッチをしながら近付いてくる。


「ホノカ、私ロンダートからのバク宙とかできるよ?見るかい?」

「……アズマさんって、カブトムシとか見せてくる小学生男子みたい……」

「フフッ……私、今普通に傷付いたよ……」

「対象から目を離さないでください。どうですか?入ってきましたか?」


 レイさんの冷たい声が飛ぶ。


「え?ああ、そうだね。屋内に入ったよ」

「じゃあ移動しますよ」


 急いで移動する。屋上は広く、物もたくさん置いてあるし、わざわざ入り口や電源からも反対側のここまで来ることはなさそうだし、見つかる可能性は低そう。こちらに来たら、そっと下の階まで降りればいいし。


「お、来たかな?」


 3人で息を潜める。

 ほとんど音は聞こえなかった。相手は警戒していたようで、ドアを開ける微かな音だけが聞こえた。屋上を何かを探すように慎重に歩いて、最後にハアと大きな誰かの溜息が聞こえた。反響するものがあるからか、やたら声が響く。


「――何だよ、誰もいねえじゃねえか。脅かしやがって!」

「……大体、アズマはヘリ奪ってどっか行ったんだろ?ここまでわざわざ戻ってこねーだろ。ビビりすぎだっつの」

「ヒィッ……スイマセンスイマセンスイマセン……」

「おい、こいつ大丈夫かよ。こんなんで機体を操縦なんて出来んのか?」

「副操縦士だったんだろ?どうにかなるって。お前だって、もうあんなキッツイ上司たちと暮らすのこりごりだろ?」

「ハ、ハイィ……」

「ほらな?さっさと行くぞ。何度もここに来てるのがバレたら、俺たちも怪しまれる。急げ」

「はいはい……」


 そしてしばらくドタドタと荒い足音を立て何かを探し、ドアから出ていった。バタン、とドアが荒く閉まる音が聞こえてから、緊張を解いた。


「……悪い子達だね。足抜けしようとしてるようだ」

「アズマさん人のこと言えないじゃないですか」

「さすがホノカ、よく気付いたね。さあおいで、いい子にはご褒美のキスをしてあげよう……」

「随分グループ内で嫌われてたんですね。直属の部下もあなたの影を見たって言って怯えきってたじゃないですか」


 レイさんがそう言うと、アズマさんは顎に手を当て首を傾げる。


「ん〜?そんなことないと思うが?私は人一倍部下は可愛がっていたよ?」

「えー?セクハラしてたんですか?」

「まさか!嫌がることはしてないし、間違えた時はちゃんと殴って体に丁寧に教え込んでいたし、できた時はご褒美を上げていたよ。彼らも泣いて喜んでいたさ」


 誤解だと弁解するようにアズマさんが言うけれど、私とレイさんはアズマさんの発言にかなり引いた。


「うわーー?!純粋に暴力だった!!!!こわい!!」

「…………」


 レイさんは私を後ろに隠し、私はレイさんの背中側のTシャツの裾をギュッと握った。


「あれ?どうしてだい?身体接触が一番愛を感じるんだろう?」

「こ、こわいこわいこわい……」

「ふう……まだ難しかったかな?ホノカもいつか分かるようになるさ」

「変態は放っておいて、さっさと逃げよう」


 私を背後のアズマさんから守るように、レイさんは先に階段を降りるように促した。


「正しい人間だけじゃないんだよ、世の中。悪とされる行いに救いを見出す人間だっているのさ。正しさだけじゃ、息苦しくなる」


 私はアズマさんの方を視線だけで振り向いた。獰猛な獣が獲物を見定めるような目で、私を見下ろしていた。

 レイさんはまっすぐ前を見ながら迷いなく階段を降りて行く。


「広場は必ず通らないと、車の隠し場所まではいけない。走ったら水音で気付かれるかな。でもあの部屋、音聞こえなかったよね?急いで渡ろう」

「はい」

「見つからないといいねぇ」


 カンカン、と階段を音を立てて降りる。バレそうで怖いので、音をなるべく殺すようにはしているけれど、どうしても出てしまう。一番下まで降りると、フェンスと鉄製の扉が行く先を阻んでいた。ドアノブを何度か下げるが、開かない。鎖のようなものでぐるぐる巻かれ、南京錠が入り口側に付いていた。


「開かないです……どうしましょう」

「ん?このフェンスを乗り越えればいいじゃないか」

「え、結構高さありますよ?」

「このくらいならどうってことないさ」

「おおー、ちょっとかっこいい。プラス1ポイントです」


 私がそう言うと、アズマさんはカッコつけて前髪を払う動作をした。


「南京錠開けられます?」

「お安い御用だよ」


 ピッキングの道具をレイさんがアズマさんに手渡す。それをボディバッグにしまうと、アズマさんは数歩後ろに下がった。

 助走をつけて、軽くジャンプをした。それだけで手がフェンスのてっぺんに届き、2、3歩駆け上がっただけでヒョイ、と乗り越えて向こう側へ着地した。


「す、すごい……猫?」

「ハハ、いつも自分が君たちを猫に例えてるのに、こちらが例えられると照れてしまうね。…………ほら、開いたよ」


 南京錠と鎖をそのまま地面に落とし、扉は開いた。ここも水が満ちていて、歩くたびに波紋が広がる。


「急ぎましょう。いつ見られるか分かりません」


 レイさんがそう言い、先を歩く。そのまま私たちは広場へ出た。小走りで駆け抜ける。パシャパシャと水飛沫が上がり、靴の中まで濡れる。


「……アズマさんって、最初から大きなグループにいたんですか?」

「ん?ああ……まあ、いろいろあったけれど自分の部下たちを連れて合流した形かな。まあ、部下ももう彼1人だけになってしまったが」

「1人?さっきの副操縦士の人ですか?」

「そうさ。長い付き合いの子だよ」

「ええ、なのに置いていったんですか?!」


 思わずアズマさんの横顔を見ると、ニコリと笑顔を浮かべて言った。


「もちろん、一緒に連れて行くつもりだったよ?でも、私の脇腹を刺したのはあの子だ。ボコボコにして置いてきたけど、彼らの報復も受けず、元気そうで安心したよ」

「…………」


 よっぽど恨んでたんだろうな。あっちでも一緒なんて嫌だったんだ。どこに行っても逃げられないなら、いっそやってしまおうと思ったんだ……。可哀想!幸せに生きて!


 私は心の中で、まだアズマさんの影に怯えていた彼の幸せを祈った。レイさんも同じことを思ったのか、アズマさんの話を聞いた後、非常に微妙な顔をしていた。


 広場を抜け、白い石で組まれた階段を登る。途中で振り返った。

 目の前がキラキラ光って、眩しい。水面が建物の白い壁に映って、波打っている。こんな世界にならなきゃ、この綺麗な光景も見れなかったのかな。


「ホノカ、名残惜しいだろうが時間が無いよ。気付かれてしまう前にさっさとここを出よう」

「そうですね」


 私は最後に一度シャッターを切るように瞬きをしてから、背を向けた。


 歩いて門の側まで行くと、彼らが乗ってきたであろう車が置いてあった。


「これ、パンクでもさせておくかい?」

「余計なことしないでください」

「人はいない方がいいじゃないか。道中追いつかれても嫌だし」

「下道使いましょう。他の隊にも会う可能性もあります」

「うわーじゃあ、めちゃくちゃ時間かかりますね……」


 ガサッと音がし、全員一斉に顔を上げた。


 門を抜けた先の森から、男の人が出てきた。まさか人がいるとは思ってなかったのか、イヤホンをして、よそ見しながらのんびり歩いている。

 一番反応が早かったのはアズマさんだ。すぐにタックルを入れて、相手を地面に倒した。

 そのまま背面から馬乗りになって、首を肘で締めて意識を落としにかかる。さすがに抵抗されそうになったのを、レイさんが慌てて何か薬剤を取り出し布に染み込ませ、その人の口に当てた。数回呼吸を繰り返したのち、ガクッと意識が無くなった。


 レイさんがハーッと深い溜息を吐いて、やれやれ、とアズマさんが言いながら立ち上がる。


「……もう1人いたとはね」

「…………」


 まだ心臓がドキドキしている。地面に這いつくばっているその人を、私はただ固まって眺めることしかできなかった。


「こ、この人ここに寝かせておいて大丈夫ですかね?」

「大丈夫さ。日陰だし、草の上だろう?」

「……こうなった以上、さっさと逃げましょう。バレるのは時間の問題です」


 レイさんがいつもと変わらない冷静な口調で言う。私は頷いて、歩き出すレイさんの背中を追いかける。


「顔見られましたか?」

「どうだろうね。でも、見られたものと思って行動して良いと思うよ」

「分かりました。そうしましょう」

「え?どういうことですか?」


 レイさんは額の汗を袖で拭う。


「アズマさんがこの付近にいるってバレたでしょ?多分、本気で探されるし、東京近郊の警戒度も上がるだろうね」

「ああ……なるほど……」


 アズマさんがいない方が話はスムーズなのでは?と段々思ってきた。私たちみたいな見るからに一般人を、この人たちが見つけたところでいきなり拘束してくるとも思えないんだけどなあ。レイさんだって、顔がバレなければ多分大丈夫だろうし……。


 でも協力すると言った手前、アズマさんを置いて行くこともできないし。そんな薄情なことを考えていると、アズマさんはうーんと唸って何か考え始めた。


「顔を隠してくるべきだったかな。マスク予備あるかい?」

「え?マスクしたところでじゃないですか?アズマさん、背が高いし、やたら姿勢いいし。遠くから見てもシルエットだけでバレそう」

「ふふ……何だ、ホノカ。私の見た目が好みだったのかい?いくらでも見てくれて構わないよ」


 アズマさんは私の横へ並んで、パチリと完璧なウィンクを決める。器用な人だなあ。


「うーん好みかあ。逆にアズマさんは?」

「私かい?私は老若男女問わず、全ての人間がタイプさ」

「あー!誤魔化してる!信用ならないやつだそれ!」

「…………どちらにしても、もう顔はバレてると考えるならそのままでいいと思いますけどね。今更じゃ、遅い」

「それは、そうだねえ」


 一歩、森の中へ足を踏み入れた時、言いようのない違和感を覚えた。私は足を止めて、辺りを見回す。


「…………?」

「どうしたの?」

「なんか、なんかおかしくないですか?」

「おかしい……?」

「音……そう、さっきまで蝉が鳴いてたのに、すごく静か……」

「おや、そういえばそうだね」


 そうだ、静かすぎるんだ。虫の声や鳥の声、静かであるはずがない。だってさっきあんなにも音が聞こえていたのに。自然界でこんなに何も音がしないことって、あるのだろうか。


 レイさんもアズマさんも足を止めて、キョロキョロと辺りを見る。


「……気温が高すぎるから?今、多分35℃以上あると思うよ」

「でも、なんかおかしいですよ……こんな、だって……」

「どちらにしても、車には行かないと対処しようが……」

「――待って、何か聞こえる」

「え?」

「伏せて!!!!」


 唸るような地鳴りの音が段々大きくなり、それにつれて地面の揺れが大きくなる。肩を掴んで前後に乱暴に揺さぶられているような、立っていられないほどの縦揺れに体が翻弄される。地面から突き上げられるような振動で、視界もめちゃくちゃにブレる。


 揺れの最中に腕を掴まれて思い切り引き寄せられた。そのまま派手に地面に転ぶ。誰かがその私の頭を庇うように、上に覆い被さった。

 早くこの揺れがおさまるようただ祈るしかなく、私はギュッと目を瞑った。

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