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カタカタと、アズマさんが英文を打っていく。分からない単語は都度レイさんに聞いていくけれど、文法はそこまで難しくない。勉強の成果が出ているのかな。
「……アズマさん、英語できるの意外ですよね」
「あれ?言ってなかったかい?私は両親は日本人だけれど、生まれも育ちも海外だよ。日本には仕事の関係で駐在していただけさ」
「聞きましたよ。ドラマ一緒に観てた時に。でも、意外だなって。こんなに日本語上手なのに、第一言語じゃないってことですよね?すごいな〜ずっと日本にいたようにしか思えない」
「おや?褒めてくれているのかい?フフッありがとう。私の両親はスパルタでね。みっちり詰め込まれたのさ」
「あー、厳しかった反動でこんな感じになっちゃったのか」
「逆さ。こんな感じだから厳しかったんだよ。両親の教えが無ければ、私は手の付けられないクソガキのままだっただろうね」
あっさりそう言う。この人自分のことヤバい人間だっていうのは自覚しているんだ。
「ご両親に感謝ですねえ」
「出来た人たちだったよ。私とは違ってね」
「…………」
レイさんが厳しい表情で画面上のやり取りを眺めている。
アズマさんは海外のグループの人に連絡を取れなかったことを詫びて、自分がどうにか無事なことを伝えていた。相手も心配していたようで、連絡が来たことを喜んでいた。その後は改めてそちらへ向かうこと、それに当たっての必要な情報のやり取りをしていた。アズマさんの軽口を交えた話も相手はユーモアだと捉えているようで、軽快に応じていた。
テキストだけのやり取りだけれど、本当に他の国にも生き残りはいるんだ、ということを感じられて少しホッとした。
「…………」
「君も何か送ってみるかい?というか、紹介しなくていいのかい?」
「結構です。いないものとして扱ってください」
「……あっちに行ったら、ペロッと喋っちゃうかもしれないよ?」
「強制力は、確かにないですよ。でも、私たちのことを喋ったところで何かメリットあるんですか?ワクチンがあるなら、私に価値は無いも同然でしょう」
「仮にも君、医者だろう?私より需要あるさ」
「ワクチンが開発できるような体制のところなら、私みたいな専門医でもない医者、需要ありませんよ」
「ふーん……じゃあもうそろそろ終わらせてしまうけれど、いいかな?」
アズマさんと目が合う。私は首を縦に振った。特に聞きたいことはない。レイさんは黙って画面を見つめている。
「……いいですよ」
レイさんがそう言うと、アズマさんは鼻を鳴らしてから文字を打つ。
相手は最後に、『そういえば、君の愛しい小鳥は見つけられたの?』なんて聞いてきた。よくアズマさんが言う軽口の一つを茶化してるのかな。アズマさんはハーレムとやらを作りたいようだし。
『残念ながら、私の小鳥はまだ自由に空を飛んでいる』と、アズマさんが返した。
「……これ、still flyingで通じるのに、何でfreeって入ってるんですか?」
「こいつがそういう人間だから」
「ふふ……味気ない文章じゃつまらないだろう?どんな飛び方をしているか表現することで、相手に想像してもらっているんだよ……私の小鳥ちゃんをね」
そっか、単純に動詞を修飾する副詞なんだ。空を飛んでいるのに、自由って添える意味があるのかなって思ってたけど。アズマさんらしい表現なのか。どこでもブレずに自分のキャラを通していてすごいな。
さて、と言いアズマさんは立ち上がる。
「やることは終わったね。水浴びに行こうじゃないか」
「片付けてからですよ。まずバッテリーをちゃんと戻しましょう」
「いや別に湖に行く予定は無いんだけど……」
片付け始めたレイさんの隣へしゃがみ、手伝う。レイさんは手早く線を外して、アズマさんの方にポータブル電源を押した。
「ん?」
「片付けておくので、屋上にこれ戻してきてください。時短です」
「そのままで良くないかい?」
「次使うときがあるかもしれません。充電しておきましょう」
「私は使わなさそうだけどね」
「へえ。あっちに行ったら私たちと連絡は取らないつもりなんですか?意外と薄情なんですね」
レイさんの顔に、私とアズマさんの視線が集まる。
「え?してくれるのかい?バレたくないんだろう?」
「アズマさんが隠せばバレませんよ」
意外だ。レイさん、もうアズマさんとは関わりたくないのかと思っていた。同じことを思ったのか、アズマさんがクスクスと嬉しそうに笑う。
「ふふ、何だ、やっと素直になったのかい?いいよ、お安い御用さ。戻ってきたら、じっくり愛を語らおう」
そう言って床から電源を持ち上げ、さっさと部屋から出ていく。スキップでもしそうなくらい軽快だ。足音が聞こえなくなってから、レイさんが低い声で私に話しかけてくる。
「――アズマ、やっぱり何か隠してる。何かを探すように指示されてる」
「え?何でわかるんですか?」
「あの不自然な鳥のやり取り。鳥は見つけた?に対して、『Mine's still flying free in the sky.』って返してたでしょ?」
「はい。ちょっと、なんか違和感あるなって……still flying “freely”じゃないのかなって……副詞なら……」
「そう。fly freeって、“束縛から解放される”とか、“自由の身でいる”って意味があるんだ。だからstillが付いてると……」
「まだ束縛から解放されたまま……?まだ自由の身のまま……あ、見つけたけど、まだ捕まえてないってこと……?」
「そういうこと」
私がそう言うと、レイさんはパアッと顔を輝かせる。
「すごいね。確実に勉強の成果が出てるよ。副詞の違和感にもよく気付いたね」
「えへへ、嬉しい」
ほのぼのとした空気が流れ、私はレイさんに頭でも撫でてもらおうかと近づきに行ったけれど、すぐにレイさんは咳払いをして話を戻した。
「……それを私たちに隠してるアズマは、やっぱり信用できないよ」
「何を探してるんでしょう?」
「分からない。でも見つけたけどまだ泳がせてるってことは……」
「…………」
「やっぱり“レイ”かな。探してるのは」
「……バレてるってことですか?」
「まあ、そうだよね。顔も別に整形してるわけじゃないし。顔以外でバレるような要素は全部潰してたけど」
「私、無意識のうちに名前呼んじゃってたかな……」
「それはないよ。他人の前では“ヒカリ”って呼ぶルール、ちゃんと徹底してたよ」
「そっか……」
レイさんの写真は確かにネットで出回っていた。学生時代の写真なども見かけたけれど、何度も目に入ったのは社員証の写真だ。長い黒髪と下ろした前髪のイメージが強く、今とはスタイルが全然違う。一度もレイさんに会ったことない人がレイさんって結び付くかなあ。人の顔をよく覚えてる私でも、再会した時に髪をバッサリ切って前髪を分けていたレイさんを見た時は、誰か一瞬分からなかった。
それでも、アズマさんは確証を持てたのかな。人の顔の違いがちゃんと分かる人なのかな。
「……捕まえて、どうするんでしょう」
「連れて行きたいんじゃない?……やっぱりワクチンなんて無いのかも。私を当てにしてるのかもね」
「…………」
「いずれにせよ、最後まで気を抜かないようにするよ。最悪、機体の中に入らなきゃ連れて行きようがないから」
私の不安そうな顔を見て、レイさんがニコリと微笑む。
「大丈夫だよ。殺せはしないってことでしょ?なら、やりようはあるよ」
「…………」
「ホノカちゃんの方が心配だよ。気をつけてね。なるべくアズマの側に寄らないで、私の側にいて」
「何でですか?」
私が純粋にそう聞くと、視線を一度下に落としてから私を見据える。
「だって、人質にでも取られたら、私頷くしかないよ」
「…………」
優しく微笑んでるのに、瞳は悲しみを湛えていた。私はその瞳から目を離せず、何も言えなかった。
レイさんはそのままフッと息を吐いて、視線を逸らしてから立ち上がった。
「だから、気をつけてね」
「……はい」
コツコツ、と足音が聞こえてくる。アズマさんのものだ。私たちはそのまま無言で片付けを続けた。
足音が近付いてきて、ガラッと扉が開いた。いつもの調子でアズマさんが口を開く。
「んー?まだのんびり片付けしているのかい?早くした方がいいんじゃないかい?」
「何かありました?」
「あれ?ホノカでも聞こえてないのかい?確かに、ここは音が聞こえにくいかな?」
「音?」
「12時の方角から3人来ているよ」
「ええ?!」
レイさんがすぐに窓へ向かう。カーテンの端が少し開いていて、そこから覗き込んだ。
「……」
「どうする?」
「あれ、あんたのお仲間じゃないの?」
「まあ、そうだね。東京へ置いてきた、可愛い可愛い私の元仲間達さ」
「ここに呼んだんだ?」
「まさか!手段がないね。第一、私は見つかったら拘束されてしまうだろう?」
「そんなの、どうだって言える」
「あは。ここまで来て信用されてないのかい?」
アズマさんが腕を組んで壁に寄りかかる。こんな言い争いしてる場合かな。
レイさんは顎をツン、と上げてアズマさんを見下すように冷たい視線を送る。
「どこに信用できる要素があった?」
「少なくとも、提供できる情報はすべて渡したよ。誠意と見てくれていいと思うね」
「アズマさん!あの!私、アズマさんのかっこいいところ見たいな〜?」
私はピリピリとした会話に我慢できず、割って入った。
「ん?私は常にかっこいいだろう?ホノカ」
アズマさんはカッコつけて、前髪をかきあげる。美人なのでとても絵になるが、今はそんな場合ではない。
「え?どこがですか?怪我して情けないところと、酔って暴れた印象が強いですよ?」
私がそう言うと、アズマさんの動作が止まる。レイさんは愉快そうに口元を歪めた。
「フッ……そんな失態もあったね……私もまだまだ未熟だ……」
「かっこいいところ見せて、私をキャーキャー言わせて?アズマお姉様?」
両手を組んで頬に当てる。キャピッとした声で頼むと、アズマさんも満更でも無さそうな顔をする。そして私の腰を抱き寄せた。
「……可愛いホノカのお願いなら、私も頑張るしかないね」
「やったー!このまま無事東京へ連れて行ってくださいね!」
「エスコートなら任せてくれたまえ」
「…………」
レイさんの非常に冷たい視線が刺さる。でも、今だけは許してほしい。さっさとここから抜け出さないと、鉢合わせてしまう。
アズマさんは扉を開けて、恭しく私の手を取った。
「さあ。行こうじゃないか。2人はただ私の後ろを付いてきてくれればいい」
「かっこいい!ただ付いて行きまーす」
「…………」
はあ、と呆れたようなレイさんの溜息が聞こえたけれど、そのまま3人で扉から出た。




