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10月は1日おきに更新してきましたが、忙しくなるのでこれからは決まった頻度では更新できないかもしれません。3日おきだったり、4日おきだったり……。お待たせしてしまうかもしれませんが、続きは書き続けていくのでよろしくお願いします。
長時間に渡る話し合いで、全員に疲労の色が少し見えてきた。ふぅ、と私が小さく息を吐くと、レイさんは端末から顔を上げた。
「………聞きたいことは大体聞けました。また質問するかもしれません」
「いつでも歓迎するよ。でも、今度はもう少しリラックスした状態で話し合いたいね。例えば、ベッドの中とか」
「今日はもう解散しましょう。お疲れ様でした」
当然のようにアズマさんの発言を無視して、レイさんが立ち上がる。私はそのまま机の上に上体を投げ出した。アズマさんはその場に立ち、ストレッチをする。
「はあ〜〜お疲れ様でした〜〜」
「ふふ、疲れたのかい?」
「ちょっと難しい話は苦手です」
「誰でも長時間座っていたらそうなるさ」
「……二人はどうぞ、先にお風呂行ってください。私は後で入ります」
レイさんが私たちに向かってそう言う。そしてそのまま部屋から出て行った。
「分かった。じゃあ、ホノカ一緒に入ろうか」
「アズマさん、毎日誘ってきてマメですね」
「魅力的な子が目の前にいたら、誘わずにはいられないんだ」
アズマさんは私の背後に回り込む。私の長い髪を片側に流し、両肩に触れた。そのまま肩を揉んでくれる。ずっと座っていたのでちょっと凝ったかもしれない。絶妙な力加減でとても気持ち良い。
「や〜〜気持ち良い〜〜極楽〜〜」
「あまり凝ってないね」
「そうなんですか?」
「畑仕事でしゃがんでることの方が多そうだから、腰とか足の方が凝ってるんじゃないかい?」
肩に置いてある手が、ツツ、と背を指で辿り段々下がっていく。何だか変な手付きで、くすぐったい。私は逃げるように体を捻って後ろを向いた。
「わ、何かくすぐったい」
「凝ってるからじゃないかい?」
「そんなことがあるんですか?」
「あるさ。さあこっちにおいで……」
「うーん?別に揉んでもらうほど痛く無いので大丈夫ですよ?」
「…………」
アズマさんが私の耳に顔を寄せる。耳にアズマさんの吐息がかかる。その距離でアズマさんが囁いた。
「ホノカは本当に私と一緒に来ないのかい?ヒカリに遠慮しているんだろう?」
「え?そんなことないですよ?」
「本当に君の意志かな?ヒカリに絆されて甘やかされて、思考を停止していないかい?ここが1番だなんて、どうして信じられる?」
「ええ……?」
そりゃあ、確かにここが1番かなんて聞かれたら、そんなのは分からない。でも、こんな世界じゃ行った後にやっぱりあっちの方が良かった、なんて思っても戻ってこれない。それに別に今ここでの生活に不満なんて無いし、どこに住んでるのを想像しても、そこにはレイさんがいる。私やっぱり、別にここでいいかな。
レイさんはずっと私の意思を尊重してくれてる。そこは揺らがない。だから私はこんなに穏やかで幸せな気持ちでいられたのだから。
私の耳元からアズマさんが離れる。両手を私の首と肩の境界付近に置き、首の付け根あたりをマッサージされる。首は苦手だ。気持ち良いけれど、ざわざわとした不快感が勝つ。
「ふーん?でも、ヒカリがいつかどこかに行ってしまったら、君1人じゃないかい?」
「それは……」
「可愛い子羊1人で何ができる?ヒカリがいなくなっても、群れの中なら安全だ」
「…………」
ぐらり、と大きく音がした気がした。だって、いつもそれを気にしていたから。それを第三者に指摘されると、何も言えなくなってしまう。そっか、他の人から見てもそう思うよね。私1人になってしまったら、何ができるんだろう。1人は嫌だ。
心臓がザワザワしている。首の不快感とともに。視界が揺らいでるような感覚になって、少し気持ち悪くなってきた。
「ヒカリも君も、2人一緒に私と来れば解決さ」
「……う……」
「来てくれるだろう?なあ?」
「な、んでそんなに、私たちを誘うんですか?」
「単純に、私も1人じゃ心細くてね。一緒に来てくれたらありがたい」
「だったら、ヒカリさんの方を誘えば……」
「ガードが硬いからね、あっちは。それを崩すのもそそるが……。それに、ヒカリはホノカが来なきゃ来ないだろう?」
「そんなことないですよ」
「あるさ。ああ、本当に可愛いな君は……」
アズマさんが私の喉にも指を伸ばす。体がぎくりと固まる。ただ添えられているだけなのに、冷や汗が止まらない。
「あ、アズマさん手どけて……」
「いいね……怯えてる君が、1番、可愛い……」
熱のこもった、溶けているような声が聞こえてくる。私はアズマさんの腕を払おうと首元の手を掴んだが、びくともしない。あ、この人この状況に興奮しているんだ、本当に絞められるかもしれない。反応をしなければ良いのだろうけれど、無理だ。恐怖で脳が染まる。
そんな私の様子を見てか、アズマさんは荒い呼吸で愛おしげに私の喉を指でなぞる。そのままグッと少し指に力を入れられた。ゾッとする。
「あのっ、首、なんか、気持ち悪くて、手が……」
「あは、この間も思ったけど、首でも絞められてたのかい?なんだ、そういう趣味があるなら教えてくれれば良かったのに」
「苦しいし、本当にやめて……」
「…………」
突然、アズマさんの手がスッと離れた。そしてそのまま扉の方にスタスタと歩いて行った。
解放された瞬間ドッと汗が出てきた。心臓がドキドキしてうるさい。荒い呼吸を整えて、アズマさんの方を見る。
「残念。意外と隙がないんだよなぁ……」
「…………?」
扉が突然開き、レイさんが入ってきた。扉の隣に立つアズマさんを訝しげに一瞥して、キッチンへ歩く。
「じゃあ、私が先に頂くとするよ。後から入ってきてくれても良いからね」
そう言ってアズマさんは出て行った。
……誰がこのやり取りの後一緒に入ろうと思うんだろう。やっぱりアズマさんって変わってるよなぁ。
首元を押さえ落ち着こうと深呼吸を繰り返していると、レイさんが私の側へ寄って来た。
「どうしたの?すごい汗だよ?何かあった?」
「……何でもないです。ちょっと、気持ち悪くなっただけで……」
「具合悪い?横になる?水用意しようか?」
心配そうにレイさんが顔を覗き込んでくる。レイさんの優しさに、じわっと涙が滲みそうになった。自分の弱さがちょっと嫌になってきた。
でもレイさんには言えない。言ったらきっと、アズマさんを追い出そうとする。そしたら東京行きはきっと無くなっちゃう。昨日の話し合いでもすごく渋っていた。私が譲らないから折れてくれただけだ。
アズマさんは表面上は優しげだし、口調も丁寧だ。それに自然に触ってくる。でも、ちっとも仲が良くなってる気がしないし、油断ができない。あちらも全く私に心を許してる感じはしない。
それに対してレイさんは、不用意に私に触ってこないし、私がくっつくとちゃんと距離を取りなさいと言ってくる。でも、私の少しの変化にも気付いて心配してくれるし、この人の隣だと安心だ、という感じがする。
レイさんが私に注意してることの意味が、分かったような、分からないような。信用できない人間ほど、親密さを演出するために気軽に触ってくるってことかな。でもそれって、アズマさんが特殊なだけなような気もしなくもない。
「大丈夫です。ありがとうございます……」
「…………」
レイさんは先ほどと同じ、私の隣の椅子に座る。
「……アズマに何かされた?」
「いえ、特には……」
誤魔化すように首を振る。レイさんは頬杖をついて私を見つめる。
「……本当に、何もされてない?」
「…………はい……」
「……そっか」
レイさんは溜息を吐いた。体がギクッと強張る。その溜息は、本音を言わない私への呆れの溜息かな。怖い。
レイさんが離れていきそうで、嫌だ。どうする?いつもみたいにくっついたり抱きついたりして、確かめてみる?でも今レイさんに触れて、言葉で確かめようとしても、それが嘘か本当かなんて私に分かるのかな。
どこまでも、何をしても、私ってずっと不安だ。
心の中なんて見えないはずなのに、暴いて、見て、触って、確かめたくなる。
見えない何かを信じるのはとても怖い。永遠なんて無いって、どこかで分かってるから。いつか、レイさんだってきっと私に呆れてどこかへ行ってしまうんだ。
壊れるほど叩いてみて、壊れない方が不安だ。壊れると、『ほらね、壊れたでしょう?』って安心できる。
今、ここでハッキリと分かった。私って、レイさんを信じるのが怖いんだ。だから、嫌だって言われてるのに触って確かめてみたり、話し合いを拒否してみたり、東京へ行きたいって言っておきながら嫌いになってほしくない、なんてレイさんを困らせるようなことばかりしてるんだ。
レイさんもここまでしたら私を見放すのかな、って。
だったら、最初から全て壊れたままのものの方が、いいのかもしれない。アズマさんみたいに、私を大事でも何とも思ってない人の方が、楽だ。だって壊れるものがないから。信じたいと思ってて、愛されたいと思ってて裏切られるより、最初から期待してないものの方がずっと楽。
大事にされるより、雑に扱われる方が安心するなんて、私どうかしてる。そんなのって、幸せになれないんじゃないかな。でも、今だってレイさんに溜息を吐かれただけで、こんなにも怖い。
だったらアズマさんに付いていっちゃった方が、楽かもしれない。
みんなが感じてる幸せって、もっと穏やかでふわふわで温かいものだと思ってた。こんなに苦しくならなきゃ手に入れられないものだなんて、知らなかった。
信じるって辛くて苦しい。二度捨てられた私には、もうどうしたらいいのか分からない。リカコさんと親のことだって私は信じていなかったはずなのに、勝手に期待して勝手に裏切られた気になって、それだけでもとても苦しかった。
レイさんに捨てられちゃったら、私はどうなってしまうの?
視線も合わせず、私たちの間に沈黙が流れた。
「……それでも、何かされたら、教えてね」
「……はい……」
「ちゃんと助けたいと思ってるから……」
「……はい」
こうやって向けられる優しさも、私がうまく受け取れなくて、辛い。
レイさんは気まずそうに立ち上がり、キッチンへ行って自分の分のコーヒーを入れ始めた。ついでに私の分の紅茶も机に置いてくれた。
「ありがとうございます……」
そのまま頷いて、コーヒーを持ったまま扉から出ていった。
私はカップに入った紅茶を、しばらくの間ただ眺めていた。




