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残光の箱庭  作者: 米田
2章
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閑話:春を待ち侘びる話

 廃れた遊園地ほど寂しいものはないと思った。来園者を迎えるために鳴っていた音楽も止まり、今は音も響かずただ寒さだけが身にしみる。

 昔は子供達を迎えるために明るく色鮮やかだった装飾が、今は錆びたり塗装が一部分欠けていたりして、不気味に映る。人を喜ばせるはずだったはずのものが恐怖の対象になるのは、製作者の気持ちを考えるとどうしても切ない気持ちになってしまう。


 吹き荒ぶ風が冷たくて、マフラーを鼻まで上げる。もう春になったはずなのに、ここ数日雪がちらつくんじゃないか、というくらい寒かった。たまに4月でも雪が降りますよ、とホノカちゃんが言っていたのはついこの間だ。言霊ってやつかな。本当に降るかもしれない。


 ここより寒い地域で過ごしてきた私ですら寒いのだから、寒がりの彼女はさぞや辛いんじゃないだろうか、と隣を見た。でもそう言えば車から降りるときに、薄いダウンを中に羽織り、その上からフリースを着て、更にロングコートのダウンを羽織ってフードも被り、耳も首も完全にガードしてる姿を思い出して、ちょっと笑ってしまった。まるで毛がモコモコの赤ちゃんペンギンみたいに見える。これなら大丈夫だろう。


 露出している頬と鼻先が少し赤い。ホノカちゃんは寂れた遊園地を眺めて口を開いた。


「ここ、小さい頃一回だけ連れてきてもらったことがあるんです」

「家族で来たの?」

「ううん、祖父と2人だけで来ました」

「…………」


 ホノカちゃんがあっさりそう言うのを隣で聞いた。ここが1番村から近い遊園地らしい。少し遠いけれど、別にあの村から出掛けようとすればどこも同じようなものだ。それでも1度だけお祖父さんと、ということであれば、彼女の弟とご両親はよく来ていたんじゃないだろうか。彼女だけ置いて。

 何だか胸がキュッとなった。


「一回だけだけど、よく覚えてるんですよ?ここの奥にメリーゴーランドがあって……。あ、ほら、ありましたよ!」

「本当だ」


 ホノカちゃんはにっこりと笑った。メリーゴーランドも他と同じように塗装が剥げ、錆びて劣化しているのが分かった。人の手が少し入らなくなったくらいで、こんなになってしまうんだ。

 私が何を考えてるのか伝わったのか、ホノカちゃんは柵を跨いでメリーゴーランドの中に入りながら言う。


「元々古い遊園地ですし、多分前からこんな感じですよ。私が来た時はもっと綺麗でしたけど」

「そうなんだ」

「あ、これ。私これに乗りたかったんですよ。このブランコみたいなやつ。でも、自分より小さな子が乗りたがってるから譲りなさいって言われて、譲ったんだよなあ」


 ギシ、と軋む音がする。ブランコの持ち手部分を掴み、確かめるように前後に揺らす。


「……私が乗っても壊れないかな」

「大丈夫じゃない?そこまで劣化してないと思うよ」


 私も柵を乗り越え、彼女の隣まで歩いた。同じようにブランコを引っ張ってみたけれど、丈夫そうだ。天井も見てみるけれど、腐り落ちてもいない。


「じゃあ座っちゃお。えい」


 劣化を気にしていた割に、勢いよく座った。軋む音がしたけれど、それだけだ。壊れる様子は微塵もない。


「……」

「……どう?」

「こんなものかあって感じです。……やっぱりあの時乗りたかったな、って」

「…………」


 ホノカちゃんはサッと降りて、アウターに汚れが付いてないかチェックした。


「すみません、本来の目的はバッテリー回収ですよね?遊園地ならありそうって……」

「うん。でも確認だけしたかっただけだから。今日寒いし。もっと暖かくなってからでいいや。道具もないし。好きに回ろうよ」


 私がそう言うと、ホノカちゃんは静かに微笑んだ。


 それから、身長制限で乗れなかったというジェットコースターを眺めてみたり、お金がかかるからとやらせてもらえなかったらしいコインゲームをどうにか動かないか、なんて試してみたり、コーヒーカップの回転のロックを外そうと奮闘してみたり。


 その他も一通り回ったところで、私たちは観覧車の前に来た。かなりの大きさだ。山の上にある遊園地なので、乗れば遠方の街まで見渡せるんじゃないんだろうか。今日は寒いし、空も澄んでいるから絶景が拝めるはずだ。まあ、観覧車が動いてればの話だけれど。


 止まって動かない観覧車は、壊れた時計のようにも思えた。もうこれから先、ここが稼働することはないんだろう、2度と。


「…………」

「観覧車は乗ったの?」

「どうだったかな。もう忘れちゃいました」

「そっか」


 ホノカちゃんは観覧車のてっぺんを見るように上を向く。フードが落ちて、長い髪がサラッと揺れた。


「…………」


 彼女の横顔を眺める。薄曇りの空の色が瞳に映っていた。いつもより輝きが落ち着いているけれど、それもとても綺麗だと思った。

 

「……私、ダメですね。せっかく祖父が連れてきてくれたのに、楽しかったことよりも出来なかったこととか、悲しいことばっかり出てきちゃって。今ここに来たら、思い出塗り替えられるのかなって思ったけど……」


 言葉を切って、彼女は黙った。そしてフードを被り直し、観覧車に背を向けた。


「寄り道ばかりしてすみませんでした。バッテリー探しましょう」


 彼女は歩き出す。私はその隣に並んだ。


「……私さ、結構傍目から見ても恵まれた環境で生きてると思われてると思うんだけど……家族で遊園地も来たことあるし」

「……?……はい」

「うちって家族仲結構良かった方だな、とか、あそこ行って楽しかったな、とか思ってたんだけど……。でもさ、何を思い出しても、最後に、あ、あの時も弟は私のこと大嫌いで憎んでたんだなー……って思うと、何か全部色褪せるというか」


 ホノカちゃんは歩みを止める。私も歩くのをやめて、近くの錆びたベンチに腰掛けた。彼女もすぐに隣に腰掛けた。


「……だから、私も同じ。まだ全然、処理できてない。いつか飲み込めたら、いい思い出もあったな、なんて思えるのかもね」

「……処理できてないだけ?」

「そう。悲しいことって、消化するために時間がかかったり、人に話したり、考えたり、そういうことがやっぱ必要だなって思うから」

「そっか……そうかも」


 納得したように、ホノカちゃんが頷く。

 そして、座っている私の肩に頭を預けてきた。


「……おじいちゃんには申し訳ないけど、私も両親と弟と来てみたかったな。遊園地」


 ポツリ、と呟いた彼女の頭に、私は傾け頬を寄せた。


「私にホノカちゃんみたいな可愛くて素直な娘がいたら、全世界の遊園地に連れて行ったのにね」


 私が半分本気、半分おどけてそう言うと、ホノカちゃんは少し笑った。


「ふふ。レイさん、パパっぽいですもんね」

「え?パパ?」


 驚いて聞き返すと、ホノカちゃんはイタズラっぽい微笑みを浮かべ、私を見上げる。


「だって、私のわがまま全部聞いてくれそうだし、彼氏とかできたら怒ってきそうじゃないですか?ママより、パパっぽいですよ」

「…………」


 否定できない。そういえば自分の父親もそんなタイプだった。厳格なのに、私には少し甘かった。父親似、と言われて育ってきたけれど、そんなところまで似たのか?


「そっかー、レイさんの子供だったら楽しそうだったな。来世はそうだといいな」

「……今世でもちゃんと可愛がるよ?」


 私がそう言うと、ホノカちゃんは子供のように瞳をキラリと輝かせ、照れたように微笑んだ。

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