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残光の箱庭  作者: 米田
2章
52/74

19

「東京まで同行します。ただし、いくつか条件があります。それが呑めないなら行きませんし、ここから即刻出ていってください」


 レイさんが淡々と目の前のアズマさんにそう告げる。アズマさんはいつも通り悠然とした姿で目の前に座っている。姿勢が綺麗だ。顔には変わらず、うっすら微笑みを浮かべている。


 ……アズマさん、ジャケットとかも冬は羽織るのかな。私、スーツフェチだから気になるな。絶対似合いそう。あ、レイさんもスーツ似合うだろうな。2人とも背が高くてスタイルがいいし、並んでるのを見てみたい。何かコンビもの映画とかドラマに出てそう。SP役とか、警察官とか。

 真面目なクール系と、ノリの軽い遊び人のコンビって割と王道じゃない?犬猿の仲って設定のほうが二人の今の関係には近いかな?アズマさんも美人だけど、私はレイさん派かな?真面目な人の方が応援したくなるというか。レイさん、頼んだらスーツ着てくれないかな。二人で並んで欲しいな。

 

 ピリッとした雰囲気から逃げるように、そんなバカみたいなことを考える。

 昨日レイさんとは今日話す内容について話し合っていたけれど、だんだん話が難しくなっていってよく分からなくなった。この場はレイさんに任せよう。

 

「おや、まるで私が君たちの同行を望んでるみたいじゃないか。私は親切で一緒に来ないか提案しただけなんだがね?」

「くだらない駆け引きは面倒臭いので無しにしましょう。私たちに会った時から当てにしていたんですよね?アズマさんの手伝いも勿論やりますよ。危険のない範囲で」

「ふぅん?話が早いね。ヒカリは嫌がると思っていたよ。ホノカの説得が効いたかな?」


 レイさんの隣に座る私にアズマさんが視線を寄越す。私は何もしていないんだけれどな。アズマさんは机の上に両肘をつき、手を組んだ


「まあ、内容にもよるけど呑むしかないね。私1人よりは人数が多い方が成功率は上がるのだから」

「ではいろいろ確認したいのですが……」


 レイさんが質問を重ねていく。国内外のことや、東京のグループの規模など多岐にわたる。アズマさんからの返答は私たちの想像の域を出なかった。国内にはもう大人数の生き残り集団は東京にしかいないだろうし、確認する術もないと。仮に生き残りがいたとしても私やレイさんのような家族単位や個人単位でしかいないのでは、とのこと。

 国外についても同じだ。連絡を取れてるグループ以外のことは分からないし、どこも大体似たような生活をしているらしい。ただ、アズマさんがこれから行こうとしてるグループは少し様子が違うみたいだ。


「あそこはね。復興を目指しているんだよ。ここから世界を立て直そうと。面白いだろう?」

「……復興?」

「ああ。詳しくはボカされたが、感染についても心配はあまりしなくてもいいと言われてね。恐らく、ワクチンを作り上げたんじゃないかい?研究者もいるらしいし。ま、私の予想だがね」

「…………」


 レイさんは大きな反応をしなかった。全く変わらない表情で、ゆっくり瞬きを一度した。何を思ったんだろう。私には分からなかった。

 いろんなことが頭を巡ったけれど、何も言えない。どこからレイさんがレイさんであることがバレてしまうかなんて、分からない。

 ワクチンの存在は抗体が無い人々にとっては希望の光かもしれないが、私たちにとっては特に何でも無いことだ。無反応でもおかしくないかもしれない。


「復興を目指しているから、優秀な人材の受け入れは歓迎だと言っていたよ。君たちも歓迎されると思う」


 私はどうかなあ。レイさんならみんな喉から手が出るほど欲しい人材だろうけど。


「……私たちはここで静かに暮らしていきたいんです。海外にも行きません。だから、ここにいること、この場所のこと、私たちの存在は誰にも言わないでください。これがまず絶対条件です」

「本当に興味ないんだね。まあそうか、ここならしばらくは暮らしていけそうだ。しかし、それでいいのかい?先々を考えたら、合流した方がいいと思うがね」

「東京のグループのように、壊滅する可能性だってありますよね?結局どこに行ったって先は分かりません。なら、自分たちが納得できる選択肢を選びます」

「……ホノカも同じ考えかい?」


 私は頷いた。よく分からないグループに1人だけで飛び込む勇気、私には無い。私たちの返事を聞いて、アズマさんは悲しそうな表情を浮かべた。


「残念だ……君たちのような可愛らしい子猫ちゃんたちとお別れだなんて……いずれ私の理想郷にも誘いたかったのに……」


 理想郷って何だろう?聞こうと思ったけれど、レイさんの話の腰を折りたくなくて私は黙った。


「あとは、そうですね。実際に海外のグループと通信してるところを見せて欲しいです」

「ああ、それは別にいいよ。一度一報は入れようと思っていたんだ。ただ、設備がないねぇ……」

「それなら見当は付いてます。東京へ行く前にそこに寄りましょう。ダメだったら、他の候補のところへ」

「いいね。さすがだ。ヒカリは優秀で助かるね」


 アズマさんがウインクをレイさんに送る。アズマさんの顔を見ず、手元のタブレットに視線を落として無視をした。さすがに十日も経てばいちいちイラつくことも無くなったのか、レイさんはスルーが上手くなっていた。


「私たちは東京でシュウという男の子に会いたいんです。抗体を持っていたので、捕まっている可能性が高いのですが」

「分からないなぁ。名前まで把握していないね」

「それなら、抗体保持者のいる場所まで案内してもらえますか?」

「それは構わないよ」

「では、建物についてなど、詳しく聞きたいのですが……」


 そこからは東京のグループがどこを生活拠点にしているかとか、建物内がどうなってるかとか、そういう話になっていった。東京の地図を見てもちんぷんかんぷんで話についていけなかったけれど、レイさんはサクサク理解していって、シュウくんがいるであろう病院内の簡単な見取り図を作ってくれた。

 アズマさんが図を指さしながら説明する。


「この部屋に抗体保持者は全員いると思うよ。いるなら、この中だと思うね。ここにいなければ、一般人が暮らしている方か……」

「そこは監視されてるんですよね?」

「ああ、そうだね。他グループで事件があってから、より厳しくなったからね」

「…………」


 レイさんは口に手を当て考える。そんな厳しいところ、どうやって侵入すればいいんだろう?アズマさんの顔を見ても、先ほどと1ミリも変わらない表情を浮かべていた。何かアイデアがあるのかな。パチリとアズマさんと目が合い、ニコリと微笑まれる。


「どうやったら入れますか?入れてくださいって頼めば、入れてくれます?」

「ハハ。面白いことを言うね。まず無理だね。理由もないだろう」

「……えっと、姉ですとか言っても?」

「余計に会えるわけないじゃないか。大事な人間のあんな姿を見たら、何をするか分からないだろう?だから家族すら入室禁止だね」


 あんな姿、と聞いてドキッとした。そんな状態なのか、みんな。


「……私が、抗体保持者って言ったら、中入れます?」

「ダメ。危ないことはしない」


 私がそう言うと、レイさんの鋭い声が飛んできた。レイさんは信じられない、とでも言うように顔を顰めて私を見ている。その厳しい視線から私はすぐに目を逸らした。


「あの部屋に入る前に、君は眠らされるだろうね」

「そっか……」

「考えるから、待って。まだ時間はあるし」

「はぁい……」


 結局、私の浅知恵じゃどうにもならないんだろうな。私は二人が話しているのをただ黙って聞いていた。

 シュウくんのことを考えているうちに、弟のことを思い出した。


 私の弟は、小さい頃はとっても可愛かった。どこへ行くにも私の後ろをついて歩いていて。それがだんだん大きくなるにつれて親と同じ、私を見下し始めた。中学生くらいになってからは変な自信を持ち始め、女の子を見下すのに興味津々だし、私よりもテストの点数が低いのに、頭の良い高校に入れると何故か両親ともども信じていた。


 両親の思考をトレースしているような弟を私は諦めてしまったけど、諦めてなかったら弟は今も生きていたのかな。まだ探しには行ってないから生きているのかもしれないけれど、もう会うことはない気がした。死体が見つからない限り、死んでるなんて断定できないだろうし、そう都合良く見つかるとも思えなかった。

 昔は可愛くてとても素直だったんだ。あんな親が近くにいれば、素直さ故に思考も染まってしまうだろう。それって、弟の責任なのかな。10代なんてまだ全然子供だ。私も少し前まで10代だったけれど。それでも私、姉としてもっと何かできたんじゃないかな。


 その後悔を、シュウくんに重ねてるんだ。ここで私あの子を見捨ててしまったら、私きっとまた後悔する。アズマさんが来たのもきっと何かの縁だ。それなら私はシュウくんを助けに行きたい。



「……機体は実はもうあるんだ。近くの施設に隠してある。ただ、燃料が足りなくてね。給油車を奪いたいんだ」

「そうなんですね。それもさっき言ってた基地内に?」

「ああ、そうだね。私がヘリを奪って逃げたばっかりに、そっちも多分、警備は硬いだろうね」

「…………」


 余計なことしやがって!ってかこっちに飛んでくるんじゃねーよ!てことは給油車奪取に失敗してヘリに乗ってきたってこと?!警備厳しくなるに決まってるじゃねーか!ふざけんなよ!

 というレイさんの声が聞こえた気がした。聞こえた気がしただけで、レイさんは無言で無表情だ。でも、圧を感じる。アズマさんは全く気にしてる素振りはない。

 

「ただ、プロは小隊に満たない程度の人数しか生き残ってないんだ。民間人の方が人数が多い」

「30人くらいですか?」

「そんなものだ。だから、そっちにそこまで警備に人数も割けないさ。1番大事なのは、血清がある病院の方だからね」


 じゃあ、病院に入る方が難しいのかな?どうすればいいんだろう?ドラマや映画のように派手にドンぱちするとか?でもレイさん、危ないことはしないって言ってたしな。それに、私なんて完全にど素人だし。レイさんだって、パンデミック後に軍に追われたり警察に捕まったり、本当に大変だったといつだかお酒に酔った時にポツリと愚痴っていた。ドンぱちはしないんだろうな。


 私は机の上に置いてあるグラスに口を付けた。冷えていたはずのアイスティーは、時間が経ってぬるくなっていた。


 レイさんの質問は続いていく。

 これ以上の話は聞いていたって、私は役にも立てそうにないな、と思った。聞いて何となく内容を把握しておく必要はあるのかもしれないけれど、そもそも覚え切れないし。


 飲み物、入れ直してあげようかな。2人のカップを確認し、私は立ち上がってキッチンへ向かった。

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