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残光の箱庭  作者: 米田
2章
50/74

17

 その後私はぐっすり眠ってしまい、起きた時には夕方だった。初夏なので陽はまだ高いけれど、時間は遅い。寝過ぎたせいか、頭がガンガンと痛む。顔を顰めてベッドから這い出て、リビングへと向かう。

 ホノカちゃんはいなかった。キッチンで水分をとってから、アズマの部屋に足を向けた。


 扉の向こうから何かの声がする。暇つぶしに何か映像でも観てるのだろうか。私はノックをしてから扉を開けた。


「あ。ヒカリさん。おはようございます」

「おはよう。ゆっくり寝れたかい?」

「…………」


 2人でベッドに寝そべって、プロジェクターで壁に映像を映して観ていた。ホノカちゃんはちゃっかりアズマに腕枕までされていた。

 アズマは朝はおろしていたはずの長い髪を、ホノカちゃんに編まれたのか、一本の三つ編みにしていた。


 ……こんな得体の知れない女まで無害判定なの?!さすがにホノカちゃんザルすぎない?!

 私は眉を顰め口角を引き攣らせた。その私の顔を見てやばいと思ったのか、ホノカちゃんはサッと起き上がって髪の毛を整えた。


「ヒカリもどうだい?右手側が空いているよ」

「遠慮します」


 思ったよりも冷たい声が出て、ホノカちゃんの空気が凍るのを感じた。


「あっ、えっと、私そろそろ夜ご飯作りに行こっかな〜〜……?」

「いいよ。私が作ってくるよ。2人でゆっくり観てなよ。様子見に来ただけだから」


 若干声に棘が出る。でもこんな現場を見せられて、落ち着いていられる?私には無理だ。今入ってきた扉を、また開けて外に出ようとする。するとホノカちゃんが慌ててベッドから降り、私と扉の間に入った。


「いや!昨日も作ってもらったので!私が作ります!」

「え〜?ホノカ、一緒に観る約束だっただろう?」

「私それシーズン3まで観てるので、続き観てて大丈夫ですよ!」

「残念だなあ」

「…………」


 ホノカちゃんはチラリと私の顔を見て、気まずそうに視線を右往左往させて、そのまま扉から出ていった。


「……ふふ、修羅場かい?」

「いや?めちゃくちゃ仲良しですけど?」


 私が寝ていたであろう時間帯に、こいつとホノカちゃんが親密になっていたかと思うと腹が立つ。反射で張り合ってしまったが、馬鹿なことをしたかもしれない。こういう人間は、こちらの感情が揺れ動くのを見て楽しむ節がある。

 案の定、アズマはニヤリと口を歪めて笑う。


「妬いてる君もかわいいね。ああ、やっぱり人間同士の感情が生々しくぶつかってる様を見ていると、生きてるって感じがするね……!安っぽいドラマよりよっぽどいい!」

「……別にいいんですよ。縫合した箇所の糸を解いて外に放り出しても」

「失血で死んでしまうなあ」

「彼女に変なことしたら即刻追い出します」

「んん〜?私は別に、何もしていないよ?ただ、隣で一緒に観ようと言ったら彼女が横になっただけで」


 私は大きな溜息をついて頭を抱えた。

 ホノカちゃん!信用したいのに、しきれない!本当にいいのか?!初対面の相手にいきなり距離が近くないか?それでいいのか?!

 頭の中で幾度となく繰り返した問いが頭の中で回る。


 アズマは私の様子を見て心底愉快そうに笑う。


「彼女、相当無防備だよねえ……?私が怪我をしてるから油断をしていたのかもしれないが、あれは良くないね。いつでも私は手を出せたよ」


 どういう意味で、と聞こうとしたけれどやめた。答えを聞いたところで感想は変わらない。


「可愛らしいし、とっても従順そうな子でそそるね。君が手籠にしないのは真面目だからかい?勿体無い」

「…………。アズマさんは、何故海外のグループに合流しようと考えているんですか?」


 まともにこいつの話に取り合っていたら、多分腹が立ちすぎて噛み締めた私の奥歯は割れるだろう。スルーして自分のしたい話をすることにした。


「知り合いがいてね。それにあっちの方が資源も物資も豊富そうなんだ。将来的なことを考えたらあちらにいる方が生存率が高い」

「ああ、だったらそっちに行きたいですよね」

「それに夢もある」

「夢?」

「愛の理想郷をつくることさ!同志を集め、共に皆で私の目指すユートピアを……」

「人数が必要ってことですね」


 遮ってまとめた。こいつのアホな妄言に付き合ってる暇はない。


「…………。海外も同じ状況じゃないんですか?ワクチンが無い今、血清は必要でしょう?あなたの美学とやらに反するんじゃないんですか」

「その辺りは確認済みだ。あ、でもこれは交渉材料かな?これ以上の情報は、君たちが私をここに置いてくれるなら話してもいい」

「…………」


 確認済み?感染しない保証があるということだろうか?もしかして、ワクチンか特効薬でも開発できたのだろうか?

 会話が途切れ、無言になった部屋にドラマの音声が響く。アズマはリモコンを手元に手繰り寄せ、スイッチを切った。途端に部屋に静寂が訪れる。


「君たちはずっとここで過ごすつもりかい?2人で?」

「今のところは、そうですね」

「別に、乗せていってもいいんだよ?大勢で暮らした方がいいじゃないか」

「それは人によりませんか」

「閉じた世界で2人だけで暮らしていくのかい?ああ、それも甘美な響きだね。2人の愛で溢れた箱庭もいいかもしれない。でも、残念だね。私の理想郷に君たちのような可愛らしい子も……」

「放っといてくれません?私たち、平和に暮らしたいだけなので」

「まあ、君たちの道が分たれたとき、また頼ってくれ。私の胸を貸そう」


 ……私たちが喧嘩別れするとでも?!カチンときたけれど、こんなことでいちいち腹が立っていてもしょうがない。

 もうこれ以上は無駄だ。探っても意味がない。私は黙った。アズマは1人でペラペラと喋っていたが、聞く価値がないと判断して私は全て無視した。


「お待たせしました〜〜。ご飯できましたよ〜〜簡単なものですが……みんなで食べられるように、持ってきました、よっと」


 カチャカチャと、トレーに乗せた食器から音が鳴る。私はすぐに立ち上がってそれを受け取った。


「ありがとう。重いね、これ。他に何か運ぶものある?私行くよ」

「大丈夫ですよ。飲み物とか持ってきちゃいますね〜」


 ホノカちゃんはそのまままた翻してキッチンへ戻っていった。


「彼女、料理も上手だし、気も利くし、明るくて可愛いし、魅力的で本当素晴らしいね?」

「…………」


 私は無視してトレーからサイドテーブルに食器をうつす。食器をいじる私の横で、アズマは痛みで呻きながら体を起こす。わざわざ体をこちらに近づけ、私の顔を覗き込む。そして底意地の悪そうなニヤケ顔を浮かべた。

 カトラリーを並べ始めた私に彼女は囁く。


「何だか押しにも弱そうだし、私と一緒に海外来ないかって本気で誘おうかな?」

「…………」

「別にいいよね?君たち付き合ってるわけでも無いんだろう?」

「…………」

「まあ君に許可を取る必要もないね。だって何を選ぶかは彼女の自由だ!」


 私はフォークを逆手に持って思い切り振り上げ、そのまま思い切りトマトに突き刺した。自分の顔とアズマの方に果汁が飛ぶ。


「うわ?!」

「……どうぞ。召し上がってください」


 私は微笑みを浮かべ、アズマに差し出した。頬についた汁は指で拭い、そのまま舐めた。


「たかだか1日一緒にいたくらいで、ホノカちゃんを値踏みしないでもらえますか?彼女に対して失礼です」

「…………」


 アズマは無言で私からフォークを受け取った。勢いでひしゃげたトマトが、フォークの先で項垂れている。


「君は意外と情熱的なんだね。ギャップがそそるよ」

「…………」

「はい、お待たせしました〜。あれ?アズマさんサラダ食べたかったんですか?食べやすいようにアズマさんのは野菜サンド多めに作ったのに」

「ああ。そうだったんだね。本当にありがとう」

「……何かありました?大丈夫ですか?」

「何でもないよ。大丈夫。作ってくれてありがとう。食べてもいい?」

「はい。どうぞ」


 その後も私はアズマのふざけた話を無視して食事を続けた。食器を下げ、後片付けをしにホノカちゃんとキッチンへ降りた。キッチンで後片付けをしながら、私はホノカちゃんに話しかける。


「…………どう、アズマ」

「うーーーーん……」


 珍しい。ホノカちゃんが言い淀むなんて。そんなに悪い印象なのだろうか。

 言葉を探すように視線を右往左往させ、私に言う。


「悪い人じゃないですけど、癖のある人ですよね。あれもほんとの話かな……」

「え?嘘ついてる?」

「うーん……何となく、ですけど。……シュウくんのこと助けようと思うほど、すごく善人には思えないというか……納得はしてないけど、得もないのに人を助けるような人じゃなさそうというか、打算的というか……」


 意外だ。そんな風に思っていたんだ。結構人に対して甘いところがあるので、ホノカちゃんはアズマを好意的に見ていると思っていた。……え?じゃあなんであんなに距離感が近いんだ?

 顔に出ていたのか、ホノカちゃんはちょっとバツが悪そうな顔をして私から顔を逸らす。


「……でも、まあ、抗体持ってる人の扱いが嫌だって思ってるのは、本当だと思いますよ。東京同行もしてくれると思います」

「いや、だから行かないって……」

「……レイさん、今特効薬の研究、うまくいってませんよね?」

「…………」

「アズマさん、言ってましたよ。東京ではワクチンとかの研究もしてるって。何か役立つ資料とか、持って来れるかもしれませんよ?」


 その方面でアプローチされるとは思わなかった。ホノカちゃんの顔を見る。図星だ。何もかも行き詰まりを感じている。正直データも足りていない。


「私、アズマさんのことはちょっとまだよく分からないですけど、シュウくんのこと助けられるなら助けたいです。それに、きっと一人で機体を奪うなんて無謀ですから、アズマさんは私たちを必ず巻き込むはずですよ。危ないことされる前に、有利な条件で東京同行してもらった方がいいかも」


 それは私も思っていた。多分アズマは今回、海外へ逃げるつもりで小型機を奪おうとしたのに、それが無理でヘリに鞍替えしたんじゃないんだろうか。

 となると、一度機体を奪われたのだから、更に警備の目も厳しくなっているだろう。1人よりは人数が多い方が成功率が高いと考え、私たちを協力させようとしているのではないか。

 ただ、それにしては随分私を煽る。そういう性分なのかもしれない。嫌なやつだ。


「…………でも、アズマやたら迫ってくるし、一緒に暮らすのキッツイな……」

「あー、あの人あんなこと言ってますけど、あんまり人に興味ないですよ」

「え?」


 ホノカちゃんはお皿を軽く水に通しながら言う。


「人からの反応や刺激が好きなだけです。レイさんのことも気付いてないでしょう?普通、人への興味があるなら、顔見ただけでレイさんのこと分かりますよ。無視してたらあっちが飽きるはずです」

「……ホノカちゃんって、何?占い師とかなの?何か……エスパーとか?」


 私がそう言うと、キョトンとした顔で私の顔を見て、ケラケラと笑い始めた。


「まさか!そんなわけないじゃないですか!大体目を見たら分かりませんか?」

「分からないよ!何それ!特殊能力じゃん!」

「えー?じゃあ私の目をよーく見てください」


 そう言ってホノカちゃんは手をタオルで拭き、私の方に顔を向ける。


「ええ?」

「ほら、よく見て?私ってどんな人間ですか?何考えてると思います?」

「はい?!」


 照明の光を受けて、キラキラ光る色素の薄い瞳が向けられる。ドキッとした。改めて見ても本当に綺麗な目だ。不思議な色。どうしたらこんな鮮やかに綺麗な色の瞳にになるんだろうか?

 背伸びをして、ホノカちゃんは私の顔を更に覗き込む。私はその光から逃げようと、少し後ろに体を反らす。


「……ほら、話し方とか、表情とか、振る舞いとか、動きとか……目とか、それで人っていろんなことが分かりますよ」

「……でも長く一緒に暮らしてるし、今更目を見たところで、何が……」

「分かりますよ?そうですね、レイさんは……」

「わ、私?!」

「…………」


 無言でジッと私の目を覗く。心の底まで見られているようで、たじろいだ。


「な、何か分かった?」

「んー、レイさんは……」

「私は……?」


 ホノカちゃんはクスッと笑い、背伸びを止める。冷蔵庫の位置まで私から離れ、くるりと背を向けた。


「食後に甘いものが食べたいなーって思ってますね。はい、これ。凍らせたものを削ってシャーベットにしてみました!さっき味見したら美味しかったですよ」


 冷凍庫から出したそれは、多分この前摘んできて冷凍した野苺から作ったんだろう。私の手に渡される。


「あ、ありがとう」

「へへ。アズマさんにも渡してきますね」


 ホノカちゃんはそのままスプーンと器を持って、扉の向こうへ消えた。

 私はシャーベットを口に運んだ。


「……あ、美味しい」


 自分に甘いものを食べたいという気持ちがあったかはよく分からないが、口にしたそれはとても美味しかった。

誤魔化されてしまったけど、彼女には私の目の中に何が見えたんだろう?少し怖かったけれど、確かめる気にもなれなかった。私は大人しくその場で残りを平らげた。

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