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残光の箱庭  作者: 米田
2章
47/74

14

 シャワーを浴びてそのまま部屋に来た。ホノカちゃんには事前にそのまま部屋に行くと伝えてある。正直もう平静を装うのは限界だった。髪も乾かさずにタオルでぐしゃぐしゃと雑に拭き、そのままベッドに寝転ぶ。


 昨日からずっと心臓が変に鼓動を打ったままだ。ストレスでそのうち体に何か影響が出そう。今日も寝れなかったらさすがにやばい。眠剤でも飲もう。常用したらいけないと使ってこなかったけれど、今日は使ったっていいだろう。パンデミックの最中でも飲まなかったのに。何でこんな、1人の年下の女の子に振り回されてるんだ?自分に呆れる。


 頭の中で昨日のシーンを反芻してしまう。一体何が気に入らなかったの?私の膝の上に跨って、服を脱いでいく彼女を途中まで止められなかった。あの状況でしっかりと下着姿の彼女を目に焼き付けてしまって自分にも反吐が出る。その上、手は出さないだろう、なんて高を括る彼女にもカッとしてまた手を出しかけて。あれは煽る彼女も悪い。だって、そんな事態は起こらないと言われれば、そんなの相手の気持ち次第でいくらでもひっくり返るということを伝えたかった。

 でも、そんなの全部自分に都合のいい言い訳だ。普通に据え膳だった。手を出しても、煽ったのはそっちでしょ、なんて言えるし。自分の好意は示さないまま彼女に手を出せる絶好のチャンスじゃん、なんて一瞬でも思った。

 最低最悪だ。


 その気持ちが透けてたから、どんなにいつも通り余裕のある大人ぶっても、取り繕えてなかったのかもしれない。気持ち悪かったかな。嫌な思いをさせてごめんね。


 その後の、彼女の『レイさんと一緒に死ねるならいい』って発言も、私の中の良くない何かを刺激した。ドロドロとした、自分でもよく分からない感情。そんな風に言うのであれば、彼女を閉じ込めて誰にも見せず、私だけが愛でる権利があるんじゃないか、なんて一気に思考が飛んだ。


 こんなの自分じゃない、気持ち悪いと心底嫌になる。でも、自分の中にはそういう部分があるということも認めなければ。否定しても、自分の中にそういう部分は確実にあるのだから。目を逸らしたところで何の解決にもならない。今だって頭がおかしくなりそうなのに。


 なるべく平静を装ってたけれど、それだけで精一杯だった。話したくないという彼女の意思は汲んだつもりだ。でも、彼女の状態については正直正確に把握できている自信がない。自分のことでいっぱいいっぱいだった。情けない。


 これで良かったのか、私の振る舞いは間違っていなかったのか。全然分からない。有耶無耶にしてしまったかな、やっぱり少しでも昨日のことに触れた方が良かったかな。

 分かってない子供扱いしたのが嫌だったのか?それだけ?本当に?


 何もかも、分からない。誰か正解を教えてほしい。


 私とホノカちゃんの、正しい距離感って何?こっちが聞きたい。

 何も考えなくていいなら、素直に彼女のスキンシップに喜んでいたいよ。でもそれじゃダメじゃん。曖昧に幸せな毎日を、腫れ物には触らずに生きていけば良かった?いつか膿んで、もっと深く蝕んでいくかもしれないのに。


 寝転んで天井を見上げる。何も考えたくない。早く、意識を手放したい。

 怠い体を起こして薬を飲む気にもなれず、一旦目を瞑った。そのまま眠れたらそれでいいし、眠れなければ薬を飲みに行けばいい。

 

 そんな風に考えていると、どこからか何か音がする気がした。何だっけこれ、ああ、そうだ。思い出した。ヘリコプターが飛んでいる時、こんな感じの音だった。

 疲れて耳鳴りでもしてるのかな、そんな風に考え私は寝返りを打った。

 音がどんどん大きくなってきている気がした。さすがに体を起こす。

 廊下からバタバタ走ってくる音が聞こえ、扉がノックもせずに乱暴に開けられた。ホノカちゃんが慌てた様子でベッドサイドまで駆け寄ってくる。


「レイさん!この音!」

「……ヘリ?」

「私たちのこと探しに来たのかな?!どうしよう!」

「……ヘリで来る?捕まえたいなら、車でこっそり来て気づかれないようにするんじゃない……?」

「じゃあ、誰が何のために?」

「分からない……」


 私たちが会話している間にも、ますます音は大きくなる。近くに着陸するつもりなのか? 


「どうします?レイさん」

「…………」


 もう正直このまま何もかも放り投げて寝たかった。でもそんなわけにもいかない。私は顔を押さえて溜息を吐いた。


「見に行くか……」


 ベッドから降りて立ち上がる。ベッドサイドの引き出しを開けて、銃の準備をする。その様子を眺めてホノカちゃんは不安そうな顔をする。


「だ、大丈夫かな……」

「今こんな世界でヘリ操縦できるって、十中八九東京の軍隊グループの人間だろうね。自衛隊ならパイロットいるだろうし、所持してるヘリもあるだろうし。東京からここまでなら距離的にも全然来れる」

「うわあ……」

「……仮にシュウと私たちがいたことが相手にバレてても、ここの場所までピンポイントで分かるはずない。ここの場所が分かるようなものは残してきてないし、会話が聞かれてたとしても分かるようなことは一言も話してない。と、なるとシュウ関連ではなさそうだし……」

「…………」


 準備を終え、ホノカちゃんへ向き直る。


「私だけでサクッと行ってこようか?」

「……言いましたよね?1人で残るのは嫌なんです」


 いつもの明るい彼女の表情ではない。少し険しい顔で私を見上げる。背後でうるさいくらい、バラバラとヘリコプターの音が聞こえてくる。


「分かった。行こう」


 そう言って私は扉を開け、廊下へ出る。ホノカちゃんも私の後へ続いた。




 家の外へ出ると鼓膜が破れそうなほどの爆音が響き渡る。どうやら高度を下げ、今はもう管理されていない草だらけの田んぼへと着陸するようだった。

 ホノカちゃんの方へ振り向いて声をかけようとしても、うるさすぎて何も聞こえない。


 ……月明かり以外何もなく、ましてや通信インフラも死んでいる。このあたりの詳細な地図もないだろうに、夜間着陸なんて無謀じゃないか?近づくのは危険かもしれない。爆発でもしたら普通に死ぬだろう。家の中にいたほうが良かった?


 とりあえず着陸の方向は分かった。一旦待機だ。敷地外へ出なければ、爆発したとしてもここは安全だろう。そのくらい距離がある。

 私はホノカちゃんへ一旦ここで待つようにジェスチャーで合図する。彼女は頷いて、私の後ろへついた。


 一際ヘリの音が大きくなると、唐突に音が止んだ。シン、と辺りが夜の静寂に包まれる。先程までの爆音のせいで、耳の中はまだワンワンと何か響いているような感覚があった。

 無事に着陸したのだろうか。恐ろしいほど腕の良いパイロットなのかもしれない。


「……音、止みましたね……」

「そうだね。見に行ってみる?」

「はい……」


 私たちは家の敷地外へ出る。向かいの荒地は遮るものもないので隠れられない。明かりを消して目を慣らす。

 そこには思った通り、周りの草をなぎ倒してヘリコプターが一機、座していた。周りに人影はない。まだ機体の中にいるのだろうか。


「うわー……こんなところにも降りられるんですね……」

「ホノカちゃんが管理してる畑と田んぼじゃなくて良かったね」

「あ!そんなの悲しすぎる!絶対やだ!新米食べられなくなっちゃう!」


 そんな呑気な会話を交わしていると、機体からゆっくり人が降りてくる。1人だ。中には他には人はいそうにない。頭に何かヘルメットのようなものを被っていた。地面に降りた後、それを外す。脇に抱えながらこちらへまっすぐ歩いている。こちらが見えているのだろうか。こんな暗がりで?この距離で?

 彼女は私たちから大分離れた距離で止まり、ヘルメットを抱えた手とは逆の手でこちらへ向かって手を挙げる。


「――やあ。こんばんは。今夜は月が綺麗だね」


 女性の声だ。ハスキーな声が響き渡る。明らかにこちらへ話しかけていた。バレているなら仕方ない。武器を持っていないことをアピールするために手も上げたんだろう。

 私は隣のホノカちゃんへ視線を送り、立ち上がった。ホノカちゃんも私に続いて立ち上がる。


「ああ、今日は何て運がいいんだ。こんなに可愛い子猫ちゃんに会えるなんて!それも2人も!」

「…………」

「子猫?」


 ホノカちゃんは辺りをキョロキョロと見回す。そういう意味では無いと思うけれど。私は呆れて脱力した。何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。何だこいつは。


 そのまま手を上げながら、変人が歩みを再開した。


「初めまして、私のことはアズマと呼んでくれ。2人だけかい?他の村人は――……」


 そこまで言って、その変人――アズマはバタリと前方へ倒れた。


「ええーー?!何?!どうしちゃったんですか?!」


 ベルトから銃を引き抜き、下へ向けて構え、アズマの方へ駆け寄る。気絶しているようで反応がない。ふと体に視線を向けると、腹部から血が滲んでいる。

 私は舌打ちをして銃をしまった。シンプルに面倒臭いと感じた。


「……放っておこうかな……」

「うそでしょ?!レイさん、ダメですよ!この人東京の人なら、お話聞けるかもしれないじゃないですか!助けましょ!」

「…………」


 だって、今こんなに自分のことで手いっぱいなのに、他人のことまでは考えられない。せめて今だけでも休みたかったのに。

 私は深い溜息を吐いた。


「……運ぼうか。引きずっていけばいいかな」

「車椅子持ってきましょうか?」

「そうしようか……乗せるまでも大変だな」


 そうしてホノカちゃんに一度車椅子を持ってきてもらい、背が高く手足が長いアズマを苦労して乗せて家まで運んだ。

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