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残光の箱庭  作者: 米田
2章
46/74

13

 朝いつもの時間に起きてボーッとする頭でリビングへ降りた。


「あ、おはよう」


 レイさんがメガネ姿でリビングのローテーブルの前に座っていた。テーブルの上には資料や本が積み上げられていて、空いたスペースにノートパソコンが置かれていた。徹夜で作業していたんだろう。

 あの後寝なかったんだ。レイさんも。


「……おはようございます」


 いつもと変わらない態度にホッとする。レイさんは立ち上がってメガネを外し、キッチンへ歩きながら私へ話しかけてくる。


「もう軽く食べて外出ちゃう?」

「そうですね……いつも通りです」


 淡々とレイさんの側で準備する。

 最近暑いので、朝早くの涼しいうちから外の作業をしている。まあそこまでとびっきり涼しいわけでもないんだけれど。

 寝不足なので倒れないようにしなきゃ、なんて思いながら外に出ようとする。レイさんが玄関まで見送りに来て、私に声をかけた。


「帰って来たら、昨日の話の続きをしよう」

「……何でしたっけ?」


 私がそんな風にとぼけると、レイさんはフッと笑って自分の目の下をトントンと指で叩く。


「隈、出来てるよ」

「……あんまり寝てないですもん」

「お互い様だね。今日ぐっすり寝れるように、ちゃんと話そうよ」


 レイさんはそう言いながら肩をすくめた。

 私はその姿を尻目に、扉を開けて、外へ出た。

 

「……いってきます」

「いってらっしゃい。気をつけてね」


 振り返らず、そのまま扉を閉めた。


 私はそのまま出来るだけ作業をのろのろ進め、レイさんも焦れて出かけてくれないかな、なんて思っていた。あまり話し合いたくない。


 暑くなってきてこれ以上作業も引き延ばすのもな、なんて思いながら家へ帰ると、当たり前にレイさんは家にいて、私の帰宅をリビングで迎えてくれた。


「おかえり。随分長かったね。忙しいの?今。手伝おうか?」

「別に忙しくないです……」


 私の素直な返答を聞いて察したのか、レイさんは苦笑した。


「話したくなかった?気まずいもんね」

「…………」

「とりあえずご飯食べる?」


 何も言葉が出てこない。こういう時、親にはすごく怒鳴られたな。返事を急かされて、余計に何も言えなくなって。私、家族には変だったかもしれないけれど、他人に対してはうまくいってると思ってたのに、どうしてだろう。レイさん相手に上手く取り繕うこともできない。


 私のそんな様子をレイさんはただ何も言わずに見ていた。しばらくして微動だにしない私を見限ったのか、スッと立ち上がりノートパソコンを手に取って。扉まで歩く。

 ドアノブに手をかけて、私の方へ体を向けた。


「仲直りしたくて焦っちゃってた。時間が必要なこともあるよね。今日はこのまま外出てくる。いってきます」

「……いってらっしゃい」


 扉が閉まった。私は息を吐いた。そのままソファに座って、クッションを抱きしめる。私、どうしたかったんだろう。何を考えても答えが出てこない。質問をしたのは自分のくせに、返事も聞きたくない。もうこのまま、また普通の前みたいな生活に戻りたい。

 

 でもそれじゃダメだ。記憶を取り戻す前の自分と一緒だ。嫌なこと、不都合なことから目を逸らして、曖昧でふわふわしたまま生きていて。

 私もどこかで変わらなくちゃいけない。分かってるよ。でも怖いよ。


 クッションに顔を埋め、顔を擦り付ける。お腹が空いた感じがしない。立ち上がってご飯を用意する気にはなれなかった。


 そのままゴロリと寝転んで、目を瞑った。外での作業の疲労も手伝って、私はすぐに眠りについた。







 扉の開く音がして、私は目を覚ます。随分傾いた夕焼けの暗い光が室内に差し込んでいて、私の体を照らしていた。そのまま自分の爪先をボーッと眺めていたが、慌てて起き上がる。やばい、今日の家事を何もしていない!ご飯もまだだ!どうしよう!

 

「あれ?寝てた?」

「ね、寝ちゃってました。今日何もしてないです。ごめんなさい」

「眠いよね。私も今日あっちで仮眠取ったしお互い様だよ」


 レイさんが部屋の電気を付ける。明るくなった部屋が、怠惰な私を照らす。

 やばい、私の役目なのに。いじけて会話もしないで、寝込んでしまうなんて。どうしよう、こんなの呆れて嫌われて当然だ。どうしよう、怒られる。


 心拍数が一気に上がって、体を縮こまらせる。レイさんの方を見ると、こちらを気にせずカーテンを閉じるために窓へ向かって歩き出していた。私も急いで立ち上がって、手伝った。

 レイさんはカーテンを閉めながら私に何でもないように話しかける。


「たまには夕飯私が作ろうかな。いい?」

「え、でも、私の役割ですし……」

「役割?」

「家事も、食糧も……」

「確かにいつも甘えてるけど、別に2人で暮らしてるんだからどっちがやってもいいよ」


 レイさんはそう笑いながら軽く言って、着替えに二階に上がって行ってしまった。私はその後ろ姿をただ眺めていた。

 怒ってなかった。いつも通りだった。絶対私に言いたいことたくさんあるだろうに。私はじわりと涙が滲みそうになるのを、慌てて目頭を押さえて堪えた。


 少なくとも今、レイさんは私との暮らしを終える気はないんだ。どうしてだろう。レイさんは気が長いのかもしれない。

 家にいて自分の意見を言うといつも怒られてきた。でも、今なら自分の気持ちを話しても、レイさんなら怒らないかもしれない。


 着替え終わったレイさんが、リビングに現れた。そのままキッチンへ向かう。私も隣に立った。


「いつもと同じ感じでいいかな。あ、パン焼いてくれたよね。サンドイッチでもいいな。それとスープ。それでいい?」

「……はい。手伝います」

「いいよ。簡単なものだし。座ってて」

「…………じゃあ、今日洗濯してないし、洗濯機回してきます」

「明日でいいんじゃないかな。そんなに量ないでしょ?」

「でも……」

「朝頑張ったんだし、ゆっくりしてなよ」


 レイさんはそう言って、音痴な鼻歌を歌いながら調理を再開した。私は迷って、そのままダイニングテーブルに着いた。


「サンドイッチなら卵も欲しいな。鶏いればよかったのにね」

「……どこかにいるかもしれませんよ。野良鶏」

「今度探しに行くか。牛は連れてくるの大変そう」

「その場で解体ですかね」

「……肉より牛乳が欲しいな……」


 私がそう言うと、レイさんは苦笑した。

 

 本当にいつも通りみたいだ。このまま、レイさんが話したいって言ってくれた気持ちを無視してもいいのかな。それでもレイさんはずっと一緒にいてくれるのかな。私と話し合って仲直りしたいって言ってくれる人のことを無視し続けていいのかな。


 そんなことをずっと机上でぐるぐる考えていると、レイさんがご飯を運んできてくれる。綺麗に盛り付けられていて、お店みたいだなと思った。


「……美味しそう。ありがとうございます」

「ホノカちゃんがいつも作ってくれてる凝ったものに比べたら大したことないよ」


 サラリとそう言って、レイさんは椅子へ座る。そのまま食前の挨拶をし、食事を始めた。


「そういえば今後のことなんだけどさ……」


 そう言われて、私はギクっと手を止める。何を言われるんだろう。一緒に暮らすのはやめよう、とか?なるべく別々に、顔を合わせずに行動しようとか?ドキドキする心臓を宥めようとするけれど、一向におさまる気配はない。

 私は短く息を吐いて、レイさんに言った。


「今後のこと、ですか?」

「うん。やっぱり情報が少ないと後手に回るって思ったんだよね。全く外部と接触する気はなかったけど、諸々の情報を辿って東京のグループがこの村に来る可能性って、全然あるでしょ?」


 肩の力が抜ける。今後って、そういうことか。


「そう、ですかね。ここまで来るのって結構大変なことのような……」

「普通ならね。でも見たでしょ?プロの軍隊にここまで来られたらおしまいだよ」

「……逃げます?ここから」

「こんな優秀な場所、他にないよ。ここを捨てるのはあまりにも惜しい。だから、相手がどこまで知ってるか情報を得よう」

「……え?直接東京のグループとやりとりするんですか?」

「ううん。海外の方のグループと」

「今度連絡来たら、返事をするってことですか?」


 私がそう聞くと、レイさんは首を振る。


「ここで返事をしたら、ここに人がいることも確定してしまう。通信が取れる別の場所で、身分を隠して連絡を取ろうと思う」

「……そんなところ、ありますかね?」

「そう、私も考えてて……シュウが見せてくれた白い建物、あの大学にはそういう施設があったはず」


 思い出した。あの不思議な建物。円形で中心が窪んでいて、神殿みたいな造りで、真っ白で綺麗な。でもちょっと、あの本の中では浮いていた。


「無事、なのかな施設……」

「シュウが見に行ってみるといいって言ってたから、建物自体は無事なんだと思ってたけど……」

「……行ってみないことには分かりませんもんね」


 私がそう言うと、レイさんは頷いた。

 

「どこにあるんですか?」

「東京方面だよ」

「……ちょっと怖いですね」

「そうだね。でもシュウの言い方的には誰もいないのかもしれない」


 頭の中でいろいろ考えてみるけれど、レイさんが言うように情報が無ければ後手に回るというのは、その通りだと思った。

 もしあの時、声をかけた相手がシュウくんじゃなかったら?抗体あるんです、なんて呑気に伝えて捕まってたかもしれない。ゾッとする。私、あの時すごく危ないことをしてたんだな。今更怖くなってきた。


「……でもレイさん、私衛星通信のこととかよく分からないんですけど、もし相手が連絡してるのがここの研究所だけだったら、他のところから連絡したところでバレません?この研究所から連絡先を抜いたんだなあって……」


 レイさんはうーんと唸り、腕を組んで椅子の背に体を預ける。


「まあそこは賭けなんだけど、そんな大掛かりな通信設備をどこも持ってるわけではないし、生き残りのグループも多くはないと思うんだよね……シュウも東京側で連絡とってるの2、3つって言ってたし」

「てことは……?」

「うちには2か所から連絡が来てるし、東京と連絡とってるのと同じ団体なんじゃないかな……多分」

「ああ……じゃあ東京から逃げ出してきたってことにして連絡するんですか?保護してもらいたい的な?」

「察しがいいね。そんな感じだよ」


 レイさんは指を鳴らして私を称えた。ちょっと照れる。

 

「じゃあ、もう明日にでも行くんですか?」

「ううん。少し準備もしたいし、まだ先かな。ホノカちゃんにも確認したかったし」


 レイさんはサンドイッチをかじる。私もスープに口をつけた。ちょっと冷めていたけれど、美味しかった。


「賛成ですよ。何も知らないって怖いですもん」

「よかった。じゃあ追々話も詰めていこう。一昼夜で戻って来れないだろうし」

「あ、そうか」


 そしたら結構大掛かりな準備になりそう。東京方面に行くなら、ちょっと楽しいところにも行ってみたいな。もう遊具は動かないだろうけど、テーマパークとかも見てみたい。修学旅行で行ったっきりだ。

 

 そんなことを呑気に頭で考えていると、レイさんが神妙な面持ちで私を見る。


「……ごめん。2人で行くつもりだったけど、私1人で行ってきてもいいね。危ないし」

「……え?」

「シュウの件だって、危なかったでしょ?わざわざ2人で行く必要ないのかも」


 あれは私が嫌がるレイさんを無理矢理図書館に行きたいと引っ張ったから。私のせいだ。足手纏いになるなら、付いて行かない方がいいのかもしれない。私、余計なことばかりしてるのかな。


 でも置いて行かれるのは嫌だ。一緒に行きたい。レイさんがそのまま帰って来なかったらどうしよう。あっちの方が快適だって、1人の方がいいってなったらどうすればいいの?そんなの、考えたくない。私、また捨てられちゃうのかな。


 当然だ。役立たずで足を引っ張るだけの存在なら、置いて行った方がマシだ。レイさんに付いていくに値しない。仕方ないよね、私は出来損ないだもん。


 あ、それとも危ないことなら私がやった方がいいのかな。レイさんが行くより、私が行ってきて、無事終わればそのまま帰ればいいし、何かあったとしても危険な目に遭うのは私だけだし。


 そんな思考を脳内で繰り返していると、手が震えてきた。慌ててスプーンを一旦置く。バレないようにテーブルの下に手を隠し、両手でぎゅっと拳を握った。


「あ、の、私が行ってきましょうか……?」

「え?」

「私でもできるかな、って……」

「…………。機器の設定とか、できる?研究所のものと同じタイプだったら教えられるけど、違うタイプだったらお手上げじゃないかな。まあ、私も知らないものだったら別の施設を探しに行くしかないんだけど……」

「そっか……」


 やっぱり私じゃ役に立てなかった。じゃあもう黙って待っているしかない。 

 取り繕うのは得意なはずなのに、うまく笑えてるか自信が無い。引き攣った笑顔を顔に浮かべて、


「私じゃお役に立てなさそうなので、ここで待ってますね」

「…………」


 レイさんは私の顔を見つめる。あまり見ないでほしい。笑顔さえ上手に繕えない自分なんて、価値がない。レイさんは綺麗で優しくて、私には眩しすぎる。


「それ、本音?」

「え……」

「ホノカちゃん、いいの?私に付いて行きたくないの?」

「だって、私じゃ何も……」

「そうじゃなくて。ホノカちゃんは、私と離れてもいいの?それとも、危ないから行きたくない?」

「…………」


 レイさんはいつも通りのトーンだし、表情もいつもと変わらない。冷静だ。揺らがない、まっすぐな光が瞳に宿っている。

 それに比べて、私はオドオドうろうろしてる。そんな私が、レイさんと一緒にいたいって言ってもいいのかな。


「危なくて行きたくないって気持ちなら、尊重するよ。毎回外で怖い目に遭ってるから。でも、違うんだよね?自分が代わりに行く、なんて言うくらいなんだから」

「…………」

「どうしたい?私、ホノカちゃんが来てくれるなら心強いよ。無理強いはしたくないし、危ない目にも遭わせたくないけれど」

「あ……」

「でも、危険はあるよ。捕まって東京に連れて行かれるかもしれないし、襲われて殺されることだって全然あるよ。否定しない。どうしたい?ホノカちゃん」

「私……」


 レイさんは私の返事を待ってくれている。喉が詰まったような感じがして、声を出しづらい。一度それを飲み込むようにしてから、声を出した。


「私、置いて行かれたくない、別にいい、危険でも。レイさんと一緒に死ねるなら、それでもいい」


 何言ってるんだろう。気持ち悪いことを言ってる自覚はある。それでもレイさんなら聞いてくれるかな、なんて都合のいい希望を持ってしまった。


 怖々レイさんの顔を見る。案の定、レイさんの瞳の奥に濁ったものを見た気がして、すぐに目を離してしまった。やっぱり、自分の気持ちを言うなんて烏滸がましかった。黙っていれば良かった。


「……分かった。行こう、一緒に」


 私はパッと顔を上げた。レイさんはいつも通りの表情だ。私はレイさんの顔をじっと見つめた。


「……いいんですか?」

「いいよ。元々は2人で行くつもりだったし。でも、まあ、ホノカちゃんは嫌かもなって思っただけで。危ない目に遭わせるのも本当は嫌だし」


 それだけ、とレイさんは肩をすくめた。

 ちょっと拍子抜けだ。そっか、なんだ、それだけか。私だけ重く受け止めすぎてたのかな。ちょっと恥ずかしい。 


「ごめん、食事時に長い話しちゃったね。スープ温め直そうか?」

「いえ、冷めても美味しいので大丈夫です。このままで」


 レイさんは微笑んで、私たちは食事を再開した。スープはすっかり冷えていたけれど、私は気にならなかった。

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