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残光の箱庭  作者: 米田
2章
43/74

10

 シュウの話を反芻する。家畜扱い、戦争、生き残り。正直もっと詳細を聞きたかったけれど、ホノカちゃんがいる手前聞き出すのは憚れた。シュウの話も伝聞主体のものが多く、情報を深くまで知れる位置にいたとは思えなかった。


「……レイさん、それで疲れとれますか?大丈夫ですか?」


 ホノカちゃんの声が後ろから聞こえた。

 車の運転席に私は座り、ホノカちゃんは後部座席で横になっていた。外はもう暗い。夜の虫や鳥の声が聞こえてくる。

 あの後街中を散策して時間を潰し、暗くなってきてからは車中泊の準備をした。

 夜は早めに寝ることにし、交代で見張りを立てることにした。眠りにつきづらい私が前半起きることにし、いつも夜早く寝るホノカちゃんが深夜から朝方の担当になった。

 

「後で寝るから大丈夫だよ。ホノカちゃんこそ大丈夫?寝れそう?」

「うーん、いつもより早い時間だし、寝れなそうです」

「そっか。厳しそうだったら言って。一晩くらいなら徹夜は平気だから」

「え?ダメですよ。ちゃんと交代します」


 ゴソゴソと衣擦れの音が聞こえる。確かに、いつもより床に着くには相当早い時間だ。暗くなったらやることもないし、電力節約のためにさっさと寝ることにしただけだ。


「……レイさんも後ろ来ませんか?ちょっとだけ一緒に横になって、おしゃべりしましょうよ」


 ホノカちゃんがクスクス笑いながら小さな声でそんなことを言う。その悪戯っぽい喋り方での誘惑に、ものすごく揺さぶられたけれどきちんと拒否を示した。


「……狭いし、結局監視いなくなっちゃうでしょ。しないよ」

「ちぇっ。レイさん真面目だな〜」


 助手席にブランケットを持ったホノカちゃんが座る。髪をまとめていたゴムを外し、またゆるくひとつ結びに直した。


「車で横に並んでお話しするって、海の時以来ですね」

「……そうだね」

「……レイさん、まだ連絡ってきてるんですか?」

「うん。相変わらず定期的に着信きてるよ」


 私がそう言うと、ホノカちゃんはうーん、と考える。


「……シュウくんの話聞いて思ったんですけど、あんな話聞いたら怖いですね。外と連絡取るのも」

「そうだね。もう2人でずっと暮らしていくのが1番平和かもしれない」

「何にも考えずに、あの村で?」

「そう。それが1番、いいのかも」

「レイさん、折角ワクチン作り上げたのに、いいんですか?今だって特効薬の研究続けてるのに……」


 私は首を振った。……もう必要ないかもしれない。ホノカちゃんに何かあったらと思うと、特効薬は作っておきたいところだけれど、争いの種になるならワクチンだって特効薬だって別にあることを公開しなくてもいいかもしれない。

 正直、私は世界を救うとかそんな大それたことは考えてない。自分の手の届く範囲さえ守れればいい。別に人類が滅んだってそれまでだ。どうだっていい。自分が作り上げたもので更に世界が壊れていく方が怖い。

 自分の大切な子を巻き込んでまで世界を救いたいなんて気持ち、サラサラない。


「……レイさんって、いっつも優しくて誠実なのに、それが報われることなくて、何か悔しいですね」


 私は笑った。


「そうかな。難しいこと考えないで、全員にワクチン配ればそれで平和になるかもよ?私のエゴでその選択をしてるだけで」

「本当にそう思いますか?全員自由に外に出れるようになったら、次は資源を巡って戦争じゃないですか?」

「そうかもね。分からないけれど……」


 私が外を眺めていると、ホノカちゃんは急に私の膝の上へ移動しようとしてきた。

 寛げるようシートを後ろへ下げていたので、容易に私とハンドルの間に入ってくる。私は驚いて彼女の肩を掴んで止めようとしたが、そのままホノカちゃんは私の太ももの上へ乗った。


 ち、近い!近すぎる!


 月明かりの淡い光を拾って、こんな暗闇でもホノカちゃんの瞳はキラッと輝いていた。腰と腰が密着する。意識したくなくても、彼女と触れ合う部分に意識が集中してしまって、心臓が跳ねる。

 彼女の両手が私の肩を掴む。私は自分の手をどこにやっても彼女の際どい場所に触れてしまいそうで、軽くバンザイの状態になってしまった。


 クスッと彼女が笑って、私の手を自分の腰に誘導する。済し崩し的に彼女の腰に腕を回す形になった。

 ……細い。人の腰を細いと騒いでいたが、ホノカちゃんも十分華奢だ。それに私と違って細くて骨張ってるだけじゃなくて、すごく柔らかくて女の子って感じがする。


 やばい、変な気持ちに、なってきた。このまま好きなように彼女の体を触りたい。自分の顔が赤くなっていくのを感じる。自分にそういう欲があるなんて自覚したくなかった。彼女をそういう対象として見てしまう自分に対して激しい嫌悪感と、彼女に対して深い罪悪感も覚えた。

 とりあえず、自分が男じゃなくて良かった!自分がどう思ってるかなんて、彼女に絶対伝わってほしくない!


 私は最大限平静を装ってホノカちゃんへ顔を向ける。こんなに暗かったら、私の顔色が変わっているのも分からないだろう。本当に暗くて良かった。


「……急にどうしたの?パーソナルスペースの話、いつもしてるよね?」

「レイさん、全部自分で背負おうとする。良くないですよ?本当は自分の選択のせいで、大勢の人が死んだって思ってるんじゃないですか?」

「……!」


 ホノカちゃんの瞳が、私を覗き込んでくる。近い。色素の薄いキラキラした瞳に、心の奥まで覗かれているようだ。私はこの、ホノカちゃんの少し神秘的で全てを見透かすような瞳に敵わないし、正直自分の全てが彼女の前で無防備に暴かれると思うとひどく興奮した。

 私は観念するように、視線を逸らして呟いた。


「……シュウだって、私のワクチンを届けていれば……」

「受け入れましたかねえ?レイさんのワクチン、受け入れたの私だけだったの覚えてますか?あの時のこと思い出せますよね?レイさんのことみーんな疑ってましたよ?自業自得ですよ。彼らの」


 あんなにシュウのことを心配していたのに、自業自得だなんてあっさり言った。彼女の極端に揺れるその感情に、私はひどく惹かれてしまった。

 背中にゾクリ、と何かが走る。 


「レイさんのワクチンを欲しいっていう人たちには、ちゃんと疑ってきたこと土下座して謝ってもらって、きちんと反省したら話を聞くことにしましょう?渡すかどうかはよーく考えてから、ね?」

「……うん、分かった」


 私がそう素直に答えると、ホノカちゃんは女神のようなたおやかな笑みを浮かべ、私の頭を撫でた。私は甘んじてそれを受け入れる。胸が歓びでいっぱいで、動けない。


「ホノカ、ちゃん……」

「私、怒ってるんですよ?世界中の人が、レイさんのこと信じなかったの。レイさんも全部自分で背負っちゃダメですよ。せっかく作り上げたんだから、全員にワクチンを配ってみんな助けて、幸せな世の中にしたかったですよね?」


 私は頷いた。そうだ、そのために仲間と作ったのに。自分の手の届く範囲だけ守れれば、なんて思い込んでいるけれど、本当は世界中の人が安心できるようにしたかった。でもそれが争いの種になるなら、誰にも渡さない方がいい。それが例え見殺しすることになっても。喉が詰まった。


「……ワクチンを渡せば……抗体持ってる子が狙われるって事態も解決できたかもね……」

「それこそ、レイさんに関係なくないですか?やってる方が悪いじゃないですか。私たちみたいに小規模の団体に分かれて生きていけば感染リスクだって低かったのに。結局、何を尽くしても、虚しい結果になるかもしれませんよ。ワクチンだって特効薬だって、こんな世の中じゃ全員に行き渡るくらいの在庫作れますか?奪い合いになりかねませんよ」

「…………」


 この子、時々妙に鋭い。そういう風に言われてしまえば、何も言えない。実際何もかも足りてない。資料も、物資も、人手も。

 

「いいよ、レイさん。何にも背負わないで、私と一緒に生きていきましょうよ。ワクチンも特効薬も、与える人を選んじゃっていいんですよ」


 でも、何かそれって、


 私が視線を合わせると、ホノカちゃんは微笑む。瞳だけ異様にキラキラ輝いていた。


「神様になっちゃいましょう?彼らが、そうさせたんですよ?」

「…………」



 彼女の不思議な声が、脳内で響く。


 冷静に、ならなきゃ。

 私、このままでいいのかな。ホノカちゃんが言うことに呑まれて、従って。

 ああ、でもそれってすごく楽かも。霞む頭で彼女の言うことだけ聞いてればいい。何て甘美な誘いなんだろう。


 私はホノカちゃんの顔の横に垂れた1束の髪の毛を耳にかけてあげ、そのまま頬に手を添える。その手に彼女は頬擦りし、その感触に私は得も言われぬ喜びを感じ、震える。


 そのまま顔を近付けて、唇を重ねようとして――




「…………いや、待って、あの、ちょっと、冷静になって思い出してるんだけど、」

「?何ですか?」

「私、完成後にいろんな人に触れ回ってたから、完璧なワクチンが存在するってことはどこからか漏れてると思うんだよね……」

「んー?なるほど?」

「……だから、多分、私が生きて、あの村にいるってことがバレれば……」

「…………。マズイですね」


 私は頷いた。そうだ、何で忘れてたんだろう。もしかしてあの通信、私が生きていることを確認するために発信してるんじゃないか?ずっと気になっていた。何故人のいる可能性が低そうなあの辺鄙な村に連絡を取ろうとする人間がいるんだろうって。私が最後日本に渡ったことは、研究メンバーは知っているはずだ。詳細な行き先は話していないけれど、隠していないので私が潜んでいるであろう場所は大まかに何箇所かに絞れていてもおかしくない。弟もいたはずのこの村が1番の候補に上がっているんじゃないだろうか。


 東京の生き残りたちは恐らく私がワクチンを持ってることは知らないんだろう。知っていたら、直接あの村まで来るはずだ。私の東京の実家を漁れば、この村のことが出てくる。

 となると、やはり海外の生き残りグループが発信しているのか。


 ……一緒にワクチンを開発したメンバーはどうなっているんだろう。彼らは無事家族の元へ帰れたのだろうか。優秀な彼らのことだから、生き延びていると信じたい。ワクチンがあることは隠して生きているのだろうか。研究メンバーは入れ替わりが激しかった。誰が最後までメンバーにいたか、外部から把握は難しいんじゃないんだろうか。最後までメインで開発していた私だけが狙われているのかもしれない。そう思いたい。


 単に生き残りがいるか確認するためにあの研究所に発信してるのかと思った。違うんだ、しつこく私がいないか確認しているかもしれないんだ。

 ゾッと背中に悪寒が走った。


「……ヤバい、リカコさんってどこにいるんだろう……」

「……分かりません。死ぬって言ってたけど、あの人のことだからしれっと生きてるかもしれないし……」

「でも抗体持ちでしょ?東京に向かったなら捕まってるんじゃないかな」

「……。シュウくんに確認すべきでしたね……」

「シュウは私たちのこと知らなそうだったし、東京には行ってないのかも。もしかしたら本当に死んでるかもしれない」


 私たちはお互い、無言になった。ここに来て、一気に考えることが増えた。

 全て私の思い過ごしかもしれない。何も証拠はない。この妄想に近い推論は、何もかも見当違いかもしれない。

 それに相手が海外なら、海を渡ってこの国に来る手段は今ほぼ無いに等しいので、あまり危険性は考えなくても良いのかもしれない。


 ただ、東京のグループに情報が伝わった時、私たちは一気に窮地に立たされる。今ですら抗体持ちを動物のように管理している団体だ。強硬な手段をとってくるだろうことは想像に難くない。


 ……何も情報がない状態で外部と連絡を取らなくて、本当に正解だった。ホノカちゃんのファインプレーだ。提案通り、待って良かった。


「……今何かできることって、あります?」

「無いかな。とりあえず、今まで村にいても何もなかったし、すぐここでやることはない、と思う。……」


 ホノカちゃんは相変わらず私の太ももの上に座っている。いや、改めて思うけど上に座る意味、ある?


「あの、ホノカちゃん。そろそろ下りない?何でずっとここにいるの?」

「え?だって寂しいじゃないですか。後部座席で1人で寝てるの」

「もう充分だよね?!下りて!」

「えー?!嫌ですよ!今日ずっとここにいます!ここで寝る!」

「パーソナルスペースの話散々したよね?!」


 しばらくギャーギャー言い合って、やっとホノカちゃんは助手席へ帰って行った。

 ……危なかった!あの話を思い出さなければ、雰囲気に流されて手を出してたかもしれない。結構ギリギリだった。

 本当に良くない!気を引き締めないと!あの日、ホノカちゃんに手は出さないと誓ったのに!!また全部台無しにしようとしてた!!


 今は大分背筋も凍る話を思い出したので、頭の中は冷静でクリアだ。

 それともう一つ、私はホノカちゃんへ話さなくてはいけないことを思い出した。


「そういえばさ、ホノカちゃんシュウにも距離近かったよ?本当に気をつけてね」

「え?そうでした?」

「大分くっついてた。シュウはまあ、違うけど……気をつけた方がいいよ。勘違いして手を出してくる人間もいるし」

「ええーー?!そうなんですか?!隣に座ってるだけなのに?!」


 ……本当に今まで距離感で何も言われてこなかったのかな。心配になってきた。距離感について子供向けに説明した絵本を図書館とかで借りてきた方がいいかもしれない。


 不意に私のスマホが激しく振動した。ポケットから慌てて取り出すと、バイタル異常の通知だった。心拍が大幅に下がっているという内容だ。


「……シュウくん……」


 ホノカちゃんは泣きそうな声を上げる。

 不思議だ。さっきはあんなに女神のように見えたのに、今は普通の女の子だ。彼女に何のスイッチが入ったらああなるのだろう。ワクチンを打ってと頼んだ時もあんな感じだった。

 でもシュウが死ぬことに動揺するこの子は、あまりにも普通だ。


  そこでまた頭にフッと疑問が過った。


「……そもそも、シュウの話って本当?」

「え?」

「何で追跡対策が万全って言ってたんだろう。追われてた?何で?誰に?」

「…………」


 詰めるべきだった。あの時に。冷静じゃなかったな、何でスルーしたんだろう。


「ここに、誰か来るってことですか?」

「……分からない……」


 どうする?今から行って、シュウは話せる状態なんだろうか?……無理だろう。そもそも、本当の話をするかどうかも怪しいのに。

 バイタルの様子からしても、死ぬと言う話は嘘じゃなさそうだ。移動もしてないし。


「でも、それなら、スマートウォッチ渡すのまずかったですかね……?」

「あ」

「私たちの情報、そこからバレないですか?でも、誰も来なければいい話かな……」


 得意な人間がいれば、私たちの居場所はログを解析してバレるだろう。マズイかもしれない。シュウと誰かが接触したという痕跡を残したくない。


「回収しよう。シュウには悪いけど、放っておけない」

「……車、ここで大丈夫ですかね。バレないかな」

「大丈夫だと思うよ。それも考慮して裏に止めたし。……私、取ってくるよ。すぐ戻る」

「え、無理……こんな暗いところで1人になりたくないです。それに、知らない人が来ても1人で対処できる気がしません」

「じゃあ一緒に行こう」


 私とホノカちゃんは車から降りる。足早に、図書館の方へと向かった。

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