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残光の箱庭  作者: 米田
2章
42/74

9

「……レイさん、シュウくんと一緒に行動しちゃダメなんですか?」


 1番上の階の、最奥の書架の間でホノカちゃんが小声で話しかけてくる。

 チラリと視線を中央階段の方へ向けた。棚の隙間から視線が通るので、シュウが来たとしても気付ける。

 私も小声で返事をする。

 

「一緒に行動よりも、私たちが住んでる場所がバレるのは相当まずいよね?そこまでのリスクは背負いたくないよ。あの話聞いたでしょ?私たち、狙われるよ?」

「じゃあせめて、シュウくんが、えっと、眠るまでの間一緒にどこかで過ごしませんか?」


 少しイライラしてきた。何で今日出会って1時間未満の人間にそこまで優しさを与えなければいけないんだ?彼女の優しさが他人に分けられていると思うと心の底で嫌な気持ちが渦巻く。

 ……それとこれとは別だ。感情と切り離してきちんと考えなければ。

 私は下唇を噛み締める。少し考えてからホノカちゃんへ話しかけた。


「シュウにまず確認しないと。1人で過ごしたいかもしれない」

「じゃあ一緒に過ごしたいって言われたらレイさんは許可してくれるんですか?」

「ええ……うん……まあ……」


 本音を言えば嫌だった。自分が、死の間際にいる一回り近く歳下の男の子に嫉妬してるなんて、自覚したくない。認めたくもないし、今この場で相応しい感情でもない気がした。

 でもそんなこと彼女には言えないし。いつもの「冷静な私」なら、どう判断するんだろう。もう分からなくなってしまった。

 自分が情けなさすぎて溜息が漏れた。


「……レイさん、どうしたの?」

「いや、どうもしてないよ」

「疲れちゃいました?寝れてないから?昨日のお酒のせい?」

「大丈夫だよ。お酒はちゃんと抜けてるし、昨日はあの後すぐ寝れたよ。ありがとう」


 ホノカちゃんは私の顔を心配そうに見上げる。目を覗き込まれそうになって、サッと視線を避けた。自分のこの情けない気持ちを見透かされたくない。


「……でもいつもと違いますよ?」

「う……本当に大丈夫……」

「……本当?手、触ってもいいですか?」

「手?いいけど……」


 ホノカちゃんが私の右手を両手で掴む。そのまま手のひらを上に向け、マッサージをし始めた。親指の付け根の膨らみを、一生懸命押してくれる。


「あ、気持ちいい」

「レイさん手冷え冷えですよ!いつもポカポカなのに!」


 そういえばホノカちゃんの手の方が温かく感じる。最近暑く感じる日も増えてきたというのに体は冷えたままな気がした。


「寝不足だからかな」

「かもしれませんね。寝る前にもやりましょうか?」

「いいの?嬉しい。ありがとう」

「寝れるといいですね。寝酒は体に悪いですし」

「うん……そうだね」


 触れている手が優しくて温かくて気持ち良い。何だか眠くなってきた。今度は左手、と言われたので左手を差し出した。同じようにマッサージしてくれる。


「……なんか、弟みたいで放って置けないんですよ」

「シュウが?」

「はい。あんな可愛らしい感じじゃなかったけど、でも自分より歳下の子ってやっぱり守ってあげたくなるというか……」


 シュウが可愛いかどうかは置いておいて、その気持ちはよく分かる。私もホノカちゃんに対して庇護欲みたいなものが湧いていたから。

 ……落ち着いてきたら嫉妬なんて本当に馬鹿みたいに思えてきた。年長者が年下に対して持つ気持ちなんて大体みんな同じだろう。私、何をそんなに気にしてたんだろう。


「そうだよね、分かるよ。でも、自分たちの安全を確保して、だよ。自分の身を差し出してまで守る関係性ではないし」

「そ、っか。そうですよね」

「うん。相手もそこまで差し出されても、大きすぎて受け入れられないんじゃないかな」

「そっか……」

「出来る範囲で寄り添おう。とりあえず話さないと」

「うん……ありがとう、レイさん」


 ホノカちゃんは私の手をギュッと握り、微笑む。その穏やかな微笑みを私は愛しいと思う。その手に思わず頬擦りしたくなる気持ちを抑えて、私も微笑んだ。


「……じゃあマッサージおしまいです。本探しに行きますか?」

「ありがとう。すごく気持ち良かった。……行こう」


 それから私たちは必要な本を選び、シュウの元へ戻った。シュウはまた先ほどと同じ本を開き眺めていた。


「それ、お祖父様がデザインした建物の写真?写真集になってるんだ」

「そうだ。ここに置いてあった」


 チラリと表紙のタイトルを見る。見覚えのある建築家の名前が載っていた。世界でも名の通っている、著名な人物だ。この人の孫なのかシュウは。


「へー!すごいね、こんなにたくさん!」

「そうだな。ここだけ、来たことがなかった」

「え?他は全部回ったの?」


 シュウは頷く。


「パンデミックのせいで予定が無くなったから……」

「じゃあ全部回れて良かったねえ。どこの建物が1番好きなの?」

 

 ホノカちゃんがそう聞くと、シュウは手元の本をパラパラとめくり、あるページを見せた。その建物に私は見覚えがあった。


「あ、すごい、神殿みたい。神々しい感じがする。これ、何の建物なの?」

「大学。一時期ニュースにもなってたけど、知らないのか?」

「知らないや。そっか、こんな綺麗な大学もあるんだね」


 ホノカちゃんはシュウの隣に座り、肩を寄せる。あまりにも近すぎるのでは?と思ったけれど、シュウも困惑したように距離を離す。

 他のページを見てもいい?と聞き、シュウは手渡す。ホノカちゃんはパラパラとページをめくり、眺めた。


「……この建物のどこが好きなの?シュウくんは」

「祖父からここの話を直接聞いてたんだよ。だから思い入れは深い」

「そうなんだ……」

「言いたいことがあるなら言えば?」


 シュウがそう言うと、ホノカちゃんは少し黙ってから、言いにくそうに口を開いた。


「その……他の建物は全部結構しっくりくるというか、目的が分かるんだけど、ここだけちょっと雰囲気違うよね……?こんなただ綺麗なだけの建物作りたかったのかなって……」 


 ホノカちゃんはそんなことを言うが、私は特になんとも思わなかった。

 海外の大学に在籍していた頃、研究成果を国際シンポジウムで発表したことがある。その会場がここだった。白亜の建物がどこかの島みたいだなとか、神殿っぽい造りをしてるんだな、くらいの印象しかない。


 シュウはニヤッと笑う。


「行ってみたら分かるさ。ここに来る前に寄ったんだ。すごく良かった。もう一度見たい。もうそんな時間は残されてないけど」

「……連れて行ってあげようか?」

「いいんだ。ここもすごく好きなんだ。……でも人に使われてこそだ。移動するよ」


 シュウは立ち上がったがよろめき、右側へ倒れそうになる。ホノカちゃんが慌てて立ち上がり支えた。もう体の右側は動かないのだろうか。全体的に力が入っていない気がする。


「この体でどうやって移動するの?無理だよ。最期まで付き合うよ」

「はあ?誰が頼んだそんなこと。嫌だね、さっき会った他人に看取られるなんて」

「でも……」

「移動はするし、迷惑はかけない。他に質問がないなら、俺は行く」

「…………」


 ホノカちゃんは私に困ったような顔を向ける。本人が望んでないんじゃ仕方ないだろう。私は肩をすくめた。


「……別に移動せずにここにいてもいいけど。ただ、私たちは今後もここを使いたいから、遺体はどうにかしないと。だから近くに待機して、亡くなった頃にまた戻ってくる。それでもいいなら」

「……死んだ後のことなんてどうでもいい。それでいい」


 私はホノカちゃんに視線を送る。まだ心配そうだけれど、一応は納得したようで頷いた。


「死体、埋めるの大変だろ?水にでも沈めてくれ。そうだな、近くの湖にでも」

「……湖?どこだっけ……」

「あるよ。まあ、遠くもないし、シュウの車で行けばいいか……」


 シュウは鼻を鳴らし、また階段へ座り込んだ。ホノカちゃんはシュウが座ったので手を離す。


「じゃあもう行ってくれ。発症してもう日が経っている。……今日か明日でもう終わるはずだ」

「……そっか……」

「裏に待機してる。明日の朝もう一度見に来る」

「……あっ、何かあったら、これ貸すから……鳴らして」


 ホノカちゃんが私があげたスマートウォッチを外し、シュウに手渡す。ああ、あれならバイタルの通知も来るし、いいかもしれない。

 シュウはしげしげとそれを眺め、腕に付ける。指でいじり、操作を確認している。親機である私のスマホが震えた。使い方は心得ているようだ。


「……分かった。何かあれば鳴らす」

「うん……」

「じゃあ、後のことはよろしく」

「……分かったよ。バイバイ」


 シュウは階段の踊り場に散らばっている一冊をまたひとつ拾い上げ、ページを開いた。


「行こう」


 ホノカちゃんに声をかける。名残惜しそうにシュウに視線送りながら、階段を降りた。

 入り口に辿り着き、外へ出る。ホノカちゃんはまた一度後ろを振り返ってから私の後ろへ付いてきた。


「……」

「どうしようか。今日は車中泊かな。2人では初めてだね」

「そうですね……」

「まだ陽も高いし、この辺り見て回っても……」

「……レイさんもシュウくんも、落ち着いててすごいなぁ……」


 私は立ち止まって後ろを振り返る。ホノカちゃんは目に涙を溜め、顔を伏せた。


「何かある度にこうやって動揺しちゃうの、やめたい……」

「……私もシュウも、麻痺してるだけだよ。ホノカちゃんの反応が普通だと思う」

「……そうかな……」

「私も最初の頃は泣いたり怒ったりしてたけど、あまりにも続くから慣れちゃっただけ。こんなの慣れなくていいよ」

「…………そっか……」


 ホノカちゃんは涙を拭うように親指で目をなぞる。そして数歩進んで私に近寄ってきた。私は前を向き再び歩くのを再開した。

 

「弟も死んじゃったのかな……」

「叔父さんのところへ行ったんだっけか。どうだろう。行ってみる?今度」

「……いいんですか?」

「いいよ。私も里帰りを仲間に手伝ってもらったし」

「……ありがとう、レイさん」


 背中でか細い声が聞こえた。私は手をヒラヒラと振って応える。

 ……やっぱりあんな風に言っていた家族でも、彼女にとっては大事なんだろうな。私と弟はあんな風に終わってしまったけれど、ホノカちゃんと弟は穏やかな関係性のままでいられたら。

 私は心の中でそう願った。


「レイさんは何度も車中泊してたんですよね?どうでしたか?」

「いい思い出は正直ないね。交代で仮眠取りながら運転してたよ。まだ人が生きてた頃だったからトラブルも多かったし。全然楽しくなかった」

「じゃあ楽しい思い出も作りましょう」


 ホノカちゃんはそう言って少し笑った。

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