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残光の箱庭  作者: 米田
2章
40/74

7

  私がホノカちゃんへの恋心を自覚したあの日、アルコールで酩酊した頭で考えたけれど、やっぱりどう考えても現状相手に想いを伝える選択肢は無かった。

 この気持ちをひた隠しにしたまま、片思いをずっと続けていくのかと思うと地獄のような気分にもなった。


 でもそもそもホノカちゃんには、前提として私が下心抜きで彼女と一緒にいたいってことが伝わらないといけない。じゃないと役割として自分は求められていると一生思い込んだままだろう。


 生い立ちから考えるとしょうがないけれど、ものすごく長期間の話になるだろうな。私はそこまで彼女の信頼を獲得できるのだろうか。


 自分のこの気持ちが、バレない自信がない。あの何でも見透かすような瞳で覗き込まれたらおしまいだ。

 何でもないようなフリをして、淡々と毎日を送らないと。

 

 そうは思っても自分がこんなにも心が揺れたことが過去にもない。自分が犯人扱いされた時でさえ、こんな風にはならなかった。

 私は夜、回る思考で眠れず、アルコールで誤魔化すようになっていった。





「……レイさん、最近毎日飲んでませんか?」


 深夜、寝静まった時間にリビングで1人で飲んでいるとホノカちゃんが寝室から降りてきた。

 バレないようにしていたつもりだったけど、分かっちゃうか。

 私は溜息を吐いた。


「ホノカちゃんはどうしたの?明日も朝早いんでしょ?」

「体が心配なんですよ。寝れないんですか?大丈夫ですか?」


 心配そうな顔で私の向かい側に座る。ホノカちゃんを尻目に私はまたグラスに口を付けた。


「眠れないわけじゃないんだけど、何かいろいろ考えちゃって……」

「考え事、ですか?」

「うん」


 言って後悔した。何で悩んでるのか、気になってしまうような話し方をしてしまった。言えるわけない、あなたについてだよ、なんて。


 どうかしてる。アルコール漬けになった脳じゃしょうがないか。

 私はまた誤魔化すように一口飲み込んだ。


「……じゃあ、私も飲んじゃおうかな」

「え?」

「それで、ガールズトークしましょ。お酒飲んでなきゃ、できないような話」


 ホノカちゃんは微笑みながら立ち上がり、キッチンへ向かった。自分のグラスを持ってきて、私が飲んでいたボトルから注ぐ。

 ホノカちゃんはパンデミックの最中に20歳になったこともあり、あまり飲んだことはない。今までは飲みやすい系統のものしか勧めてこなかったけど、これは私が好んで飲んでいるものだから飲みにくいかも。

 案の定、一口飲んで渋い顔をしてグラスをテーブルに置いた。


「……すごく渋い……」

「赤は初めてだっけ?」

「はい……サングリアは美味しいのに」

「持ってこようか?まだあるよ」

「いや、今日はこれを飲みます」


 ホノカちゃんはそう言ってグラスを煽る。うう、と呻いて先ほどよりも思いっきり顔を顰めた。


「私まだまだ子供舌なんだな……」

「そうなの?」

「癖のない甘いものが好きです」

「じゃあまだまだ美味しさが分かるのは先だ」

「分かる日が来るのかなあ……」

「分からなくても大丈夫だよ。他にも美味しいお酒はたくさんあるし」


 私がそう言うと、ホノカちゃんはそっかあ、と小さく呟いた。


「……レイさんって、いろんなこと知ってるし、落ち着いてて大人ですよね」

「まあ、8つ上だしね」

「どんなに歳が離れてても、子供な人ってたくさんいますよ」

「それを言われたら、その人次第としか言えない」


 そう答えると、ホノカちゃんはニコリと笑う。


「ね、レイさん。私、レイさんの大人な恋愛遍歴聞きたいなあ〜〜?」

「え?」

「だって、こんなに美人なんですよ?絶対ものすごいロマンチックな恋愛話を聞けるはず!」

「えー……」


 私はグラスに口を付けた。そういう話をするにはまだ自分の酔いが足りない気がした。グイッと中身を飲み干して、またボトルから注ぐ。


「大丈夫ですか?結構飲んでません?」

「まだ一杯目だし全然大丈夫」

「じゃあ大丈夫……なのかな?」

「普通の人は二杯くらいなら大丈夫じゃない?」

「レイさんは?」

「元気なら何本でも飲めるよ」


 私はボトルを軽く傾けた。ホノカちゃんは眉根を寄せて、体に悪い〜と呟きながら、また少しだけ口にワインを含んだ。


「恋愛か〜〜うーん、最後に付き合ってた人とは結婚する約束してたんだけどさ……」

「きゃーー婚約者だ!」

「そうだね。まあ、でもあんなことになったでしょ?結局、連絡も付かずに終わったなあ」


 一気に雰囲気が重くなった。私自身は全く気にしていなかったけれど、ホノカちゃんにとってはそれなりにヘビーな話だったか。だめだ、もっと酔わないと。連日の飲酒と寝不足で限界値は下がっているはずだ。私はグラスに口を付ける。


「え……それは……お相手が早々に感染しちゃったってことです、か?」

「いや?本当に初期に私がメッセージ送った時は返事きてたと思うんだよね……。でも報道が出てからは一切返信こなかった気がする。私のスマホもいろんな連絡きてパンクしてたから、分からないけど」

「え、婚約者なのに?」

「そうだよ。まあ、あっちも私の婚約者として周りが騒いで大変だったのかもしれないよね」


 社内で感染者が出てからは、正直慌ただしすぎて記憶が怪しい。私も恋人になんて構ってる余裕もなかったし、あっちもそれどころではなかっただろう。


「……レイさんが1番誰かに寄りかかりたい時に音信不通なんて……」

「うーん、でもそういう感じの人じゃなかったからね。どっちかっていうと、1番気楽に付き合えたから一緒にいたかな。私、あんまり甘えたい気持ちとか無いし」

「そっか……」


 ホノカちゃんはワインも飲んでないのに渋い顔のままだった。私は笑ってグラスを持った。


「だからまあ、そんなにロマンチックなことはないよ」

「大分渋かったです……」


 グラスの中身をゆらゆら揺らし、ホノカちゃんはそのまま一口含んだ。


「長かったんですか?その人とは」

「そうだね。3年くらい?」

「アプローチはお相手の方からですか?」

「そうだね」

「やっぱり。レイさんくらいの美女なら当然かあ」

「関係あるかな」

「え〜〜バリバリありますよ。あれじゃないですか、女の子からもモテたんじゃないですか?王子様的な」


 私は笑った。


「そんなの、ないよ。卒業式にボタンとか名札とか売り切れたくらいかな」

「それですよ!すごい、でもそうですよね〜〜レイさんモテモテだ〜〜」

「……ホノカちゃんは?モテそうだけどね」


 さり気ない風を装って聞いたけど、内心は複雑だ。聞きたいような、聞きたくないような。でもこの機会を逃したらもう聞けない気がする。

 ホノカちゃんはペロリと舌を出しておどけてみせた。


「モテないですよ。2、3回付き合ってみたけど高校生の恋愛ですからね」

「あ、でも彼氏はいたんだね」

「ノリですよ。全然長続きしませんでしたし。飽きたって言われておしまいです」


 ホッとした。これで忘れられない人がいる〜なんて言われてたら、相当なダメージを喰らったかも。私は安心してグラスを飲み干した。ボトルから注ごうとすると、ホノカちゃんに止められる。


「ダメダメ!二杯までですよ!」

「全然酔ってないから大丈夫だよ」

「顔赤いですよ!今日はやめてください!」


 ボトルを奪われ、遠くに置かれる。私は空になったグラスの淵を、溜息を吐きながら指でなぞった。

 水でも飲もうかな。立ち上がってキッチンへ行き、水を注いでテーブルへ着いた。


「……私、高校生の時一瞬年上の男の人と付き合ったんですよ」


 席へ着いて水を飲むなり、そんなことを言われたので私は咽せそうになった。努めて平静を装って、返事をする。


「どれくらい上の人?」

「15くらいかな?叔父が結構旅とかアウトドアが好きな人で、そのバーベキューの集まりに連れてってもらったことがあるんですけど、その時に喋って面白かったから意気投合して、まあノリで」


 高校生の15個上って倍の年では?クラクラしてきた。酔いが回ってきたのかも知れない。


「海外とかもたくさん行ってて、高校生の子供からしたら大人で世界がたくさん見えて素敵だなって」


 そのくらい、別に私だって何ヵ国も行っててたくさんの世界を知ってて、何ヶ国語も喋れますけど?喉元からそんな言葉が出てきそうになって、言葉を飲み込んだ。


「でも、そういう人ってすぐどっか行っちゃうんじゃない?定期的に会うの難しそうだね」

「そうですね。結局その後数回連絡取って自然消滅しました。まあ、デートもしてないし、付き合ったうちに入るのか分かりませんね」


 そこまで親密な仲じゃないというのは分かって良かったけど、この子やっぱり不安だ。好きと言われたらすぐ受け入れてるんじゃないか?


 ホノカちゃんも酔ってきたのか、若干赤い顔でグラスを傾ける。一杯も飲み切ってないけど、慣れてない子が飲んだらそんなものか。


「どういう人がタイプなの?やっぱりそういう歳上?」


 私が聞くと、ホノカちゃんはゆったりと微笑む。その少し気怠げな雰囲気に、ドキッと胸が鳴った。


「あんまり気にしたことないかなあ。好きになった人がタイプですよ。あ、でもあんまり高圧的な人は好きじゃないですね」

「……今まで付き合った人の中で、好きな人っていたの?」


 私が恐る恐るそんなことを聞くと、ホノカちゃんは視線だけ天井に向けて考える。


「そういえば、いないかも。好きになれそう、くらいのノリだったかなあ。好きで好きで仕方ない、みたいな恋愛ってしたことないですね」

「あ、そうなんだ」


 内心ホッとした。誰も彼女の1番ではないんだ。私にもチャンスがあるのかな、と思いながらすぐにそんな淡い考えは打ち消す。そもそも恋愛対象が男なのに、希望を持つのは浅はかだ。


「レイさんは?好きな人いましたか?」

「私もそういう、恋焦がれるみたいなのはないんだよね。一緒にいて楽だとか、そんな感じ。自分のやることにずっと忙しかったからかな」

「そっかあ。それもレイさんらしいかも」


 頭の中が、回る。心臓が鼓動を打つたびに、視界が脈打つ。酔ったみたいだ。手元のグラスを口へ運ぶ。


「……こんな世界でも人が生きてるなら、今も恋愛して、子供とか持つ人いるのかな」


 子供、という単語が出てきてゾワッとした。こんな世界で子供を持つってどんな神経なんだろう。考えたくもない。満足に育つかも分からない、こんな状況で。ワクチンもないのに?

 原始の子育てはそんなものだったかも知れないけれど、安全な世界を知った上で子供を産めるか考えてしまう。可哀想だし、過酷な運命を背負わせたくない。


 私が顔を少し顰めたのを見て、ホノカちゃんは声を出して笑った。


「レイさん、顔に全部出てる!」

「……可哀想じゃん」

「そうかな。案外、楽しめるかもしれませんよ。こんな世界も。ルールも何もないんですから」

「私は無理かな……」

「でも、私かレイさん、どっちかが男だったら子供できたかもしれませんよ?」

「へ?」


 あまりの突飛な発言に声が出る。頭の中が霞んで、思考ができない。ホノカちゃんは上気した頬でクスクス笑って、目を細める。自分の手をお腹に持っていって、愛おしげに撫でた。

 その少し艶っぽいような慈愛を感じるような所作に、体の奥で何かがビリッと走る。


「健康な男女がひとつ屋根の下で暮らしてるんですから、可能性としてはありますよね。レイさんみたいな人とだったら、こんな環境でも安全に子育てできそう」

「は……」


 ごくりと唾を飲み込んだ。

 何言ってるか、分かってんの?え、待ってそれ、私が男だったら受け入れてたってこと?え?子供?ホノカちゃん似の色素が薄いやんちゃで可愛い子?それとも、私みたいな可愛げの無い感じの子供?でも、ホノカちゃんっぽいところがあれば可愛く思える気がする。ホノカちゃんが優しく子供を抱き上げて微笑んで、それがあまりにも眩しくて愛おしくて……


 そこまで考えて私は勢い良く顔をテーブルに伏せた。勢いが良すぎて額を強打したが、気にしなかった。ガンッと音が鳴って部屋中に響く。ホノカちゃんが悲鳴をあげた。


「え?!大丈夫ですか?!酔っちゃいました?!」

「自分の……思考が……信じられなくて……ちょっと冷静になりたかった……」

「え?どういうことですか?」

「なんでもないよ……」

「何でもなくは無いと思うんですけど……」


 テーブルの冷たさが火照った体に心地良い。額もズキズキと痛むが、冷静になれてちょうど良かった。


「……ホノカちゃんさあ、次付き合う人、変なのだったら私認めないからね」

「え?」

「私だって海外たくさん行ってるし、何ヶ国語も喋れるし、良い学校も会社も出てるから。せめて私以上のスペックじゃないと。年齢差も大きすぎてもダメだよ」

「えー?!生き残った人の中にレイさん以上の人なんているかな……」

「平和な世の中だってなかなかいないんじゃない?」

「何それ!レイさん、娘の彼氏を認められないパパみたいじゃないですか!」

「だって、遍歴聞いてると心配になるよ!付き合う前にちゃんと私の前に相手連れてきて!」

「ええーーーー」


 私は何を言ってるんだろう。どう考えても変なことを言っている自覚はあるけれど、言わずにはいられなかった。せめて私が悔しくなるくらい良い男じゃないとやってられない。そんな日が来たら、私生きていけるのかな。

 盛大に溜息を吐いた。


「でも、確かにレイさんと一緒に暮らしてたら、相手への要求値上がっちゃいそう」

「ん?」

「だってレイさん、美人で頭も良くて、優しくて完璧だもん。レイさんと暮らしてたら、彼氏とかいらないかなって」


 こんな世界で出会いもないですしね、と言ってホノカちゃんはグラスの中のワインを飲み干した。やっぱり渋そうな顔をしていた。


「…………」

「末長くよろしくお願いしますよ」


 ホノカちゃんは空っぽのグラスを、私の水が入ったグラスへ軽く合わせた。高い音が鳴って、私の頭のなかで響く。


「……うん。よろしくね」


 私はこの何とも言えない、幸せなような虚しいような気持ちを、グラスの中の水と共に飲み干した。

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