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残光の箱庭  作者: 米田
2章
39/74

6

 自分の顔にメイクをするなんて久々だ。ホノカちゃんみたいに華やかで可愛らしいのは似合わないけれど、まあそれ相応の自分の良さみたいなのもあるので、それを活かすようにする。

 鏡の自分を覗き込んで、こんなものかと思いつつ私は髪も整えた。


 パーカーのファスナーを上まで上げる。私はそろそろ帰ってくるであろう、ホノカちゃんを出迎えるために階下へ降りた。

 予想通りホノカちゃんが部屋に入ってくる。ちょっと疲れた顔をしていた。もうすぐ農繁期を迎えるので、いつもよりやることが多いんだろう。私もそろそろ手伝いに入らなければ。

 ホノカちゃんは私を見つけると嬉しそうに顔を綻ばせた。


「あれ?レイさんがいる〜ただいま〜!」

「おかえり。お疲れ様」

「お疲れ様です!もう終わったんですか?おやつなんか食べます?」


 野苺いっぱいありました、とホノカちゃんがビニール袋の中を見せてくる。袋いっぱいの赤い実が見えた。


「すごいたくさんだね。これ、ジャムとかもできそう」

「そうなんですよ。もっと大きい袋持って行けば良かったな……あれ?」


 ホノカちゃんがジッと私の顔を覗き込む。


「レイさんお化粧してます?!なんか今日更に美しく輝いてると思ったら!」

「そうだよ。どうかな?」

「こんな美人と暮らせてるありがたみを改めて骨身に刻んでます……」


 ホノカちゃんは私に向かって手を合わせた。

 私はその反応がおかしくて笑ってしまった。


「じゃあ私もホノカちゃんの美声を聴けるありがたみを刻んでおかないと」

「それはそこまででもないですよ」

「そんなことないよ。録音させてほしいな」

「やですよ。生歌聴いてください」


 最近隙を見て頼んでいるが、毎回剣もほろろに断られてしまう。

 前回のご褒美も渡していないのに新しいご褒美で頼むのもどうかと思い、その提案はまだしていなかった。


「それはそうとホノカちゃん、この後私に付き合って欲しいんだけど、いい?」

「え?もちろんいいですよ。何するんですか?」

「ご褒美」


 私がそういうと、ホノカちゃんは一瞬嬉しそうに顔を輝かせたが、すぐに眉を顰めた。

 

「今からですか?」

「うん」


 こんな午後もとっくに過ぎた時間から?とホノカちゃんが訝しげな顔をする。近くのプールがある施設まで行こうと思ったら車で飛ばしても時間がかかる。だからだろう。


「とりあえず水着着替えておいで。着替えも持ってきてね」

「今?」

「今」


 頭にはてなマークがたくさん浮かんだような顔で、野苺のビニール袋をキッチンへ置く。その中からひとつ摘んで食べてから、2階へ向かった。

 しばらくするとホノカちゃんは着替えが終わり、またリビングへ戻ってきた。ワンピース型の水着の上に、シースルーのトップスの組み合わせだ。すごく可愛い。


「あ、かわいい。水着っぽくないね」

「そういうの選びました」


 ワンピースの裾を持って、左右に揺れる。


「じゃあここに座って」

「???」


 ホノカちゃんを椅子に座らせる。あらかじめ準備しておいた、コテやメイク道具を広げる。


「おめかしするんですか?」

「せっかくならね」


 私はテキパキとすすめていく。この間よりも色味やラメは控えめにし、なるべく水に落ちにくいものを使ったメイクにした。髪は巻いて、ポニーテールにする。巻きは濡れたら取れちゃうだろうけど、まあ最初だけでも持てばいいだろう。


「わー、かわいい。レイさんやっぱりセンスいい!」

「気に入ってくれた?よかった」


 私は広げた道具を片付ける。


「じゃあ行こうか」

「え?何もいらないんですか?」

「スマホと着替えだけでいいんじゃない?」

「ええー?!」


 驚きの声を上げるホノカちゃんに、ついてくるよう促す。不思議に思いながらも私の後ろに付いて歩いてきてくれた。


「ホノカちゃんって母屋しか入ったことないよね?」


 こくりと頷く。


「どうせ母屋でしか生活しないと思ってたから、こっちは放置してたんだよね」

「……え?あれですか?あのガラスの通路の奥の建物?」

「そうだよ」

「わ!行ってみたかったところだ!何か理由があって入っちゃダメなのかと思ってました!」

「あっちは本当に娯楽のためだけの建物だから、まあいいかなって……」


 この家は母屋とは別に建物が建っている。通路で繋がっていて行き来できるが、私は書庫以外あまり使用していなかった。

 というのも、先にここに住んでいた弟のリオが村人か招いた誰かと使用していた痕跡が見られ、掃除や片付けを1人でイヤイヤした苦い記憶があるからだ。ここで誰かと何かしていたなんて想像するだけで、ちょっとゾワッとしたことを思い出す。

 でも今回ホノカちゃんがプールか海で泳ぎたい、と言っていたので私は改めてここを使えるように、何日もかけて準備をしてきた。


 黒い箱のような母屋から出ると、開放的な渡り廊下が現れる。両側がガラス張りになっていて、一気に外の光が差し込んだ。スチールの骨組みが一定のリズムで景色を切り取り、まるでひとつひとつのフレームが写真のようだ。


「うわ、すごい、素敵」


 ホノカちゃんが呟いた。

 

「こういうの好き?」

「好きです!あまり細かいことは分かりませんけど、黒くてシンプルで閉じた作りだったこっちの建物から、急に光が差し込んでこう、開けた感じになって、素敵ですよね。こっちが生活のための建物で、こっちが娯楽のための建物だからそういう風にしたのかな?って」

「そこまで汲み取れるなら、設計した人も喜んでるよ」


 キョロキョロ見渡すホノカちゃんとゆっくり歩きながら移動した。

 エントランスホールを抜けた先に、ガラスのハイドアがある。ゆっくり開くと、ホノカちゃんから悲鳴が上がる。


「わああ!何これ!すごい!何これ!やばい!語彙が失われる!え?!待って、プールなの?!ここ!!!」


 ドアの先には、またガラス張りの大きな空間が広がり、光が差し込んでいる。天井と外側に面している側はガラスになっていて、黒いスチールの骨格で区切られている。足元にはグレーのタイルが広がっていて、その上には観葉植物や、ガーデンソファやテーブルが置いてある。空間の半分でそれは途切れ、その向こうには水面が広がっていた。光を受けてキラキラと反射している。壁から絶えず水が小さな滝のように流れ込んでおり、循環しているので清潔に保たれているはずだ。

 

「なんかこう、えっと、高級ホテルかと思いました!!」

「そこまでではないと思うけど……」


 私がそう言うと、ホノカちゃんが激しくブンブンと首を振る。


「あ、しかもキッチンまで備え付けてある!何これ!本当に何?!」

「アウトドアリビング?みたいな……」

「プールがあるのに?!リビング?!」


 中へ入るよう促すと、恐る恐る部屋の中を歩き回りだした。コメントがいちいち可愛い。


「あ!なんかプールに可愛いのいっぱい浮いてる!浮き輪だ!フラミンゴ?かわいい!」

「ホノカちゃん浮き輪いるの?」

「プカプカ浮きたいです」


 ホノカちゃんは私を見て、首を傾げる。


「レイさんは?レイさんも入りますよね?」

「約束したからね」

 

 私がファスナーを下ろしパーカーを脱ぐと、ホノカちゃんは悲鳴をあげた。


「え?何?」

「いや!なんか!いつもレイさん露出少ないから!ゆるい服多いし!」

「……そうかな」


 ボトムも脱いで畳んでソファにかけた。別に露出が極端に多い水着を着ているわけではない。タンキニの上にシースルーの色の濃いトップスがセットになったものだ。意図せずトップスがホノカちゃんと似たものになった。


「ひーー脚長い、体薄い、これがモデル体型か〜〜〜!!!」

「……な、なんか改めてジッと見て言われると恥ずかしい……」


 ホノカちゃんはこれしかない!と私の横から見た体の太さを表現する。私は両腕で体を隠した。


「こちらは眼福ですよ……ありがとうございます」

「どういたしまして……?」

「……レイさん、このプールわざわざ準備してくれたんですか?」

「そうだよ」


 ホノカちゃんがプールに入りたい、と言った時から準備を少しずつ始めた。大量の水を使うので大丈夫かどうか確認したり、施設が壊れてないかチェックしたり、清掃したり。

 使わないだろう、と思っていたから椅子やテーブルも雑に片付けてしまっていた。それを元の位置に戻したりなど、いろいろ。

 言わないけど、苦労はした。


「絶対大変だったはず!だってこっち使ってないって言ってましたよね?!え〜〜嬉しい!ありがとうございます!」


 ホノカちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねながら、私に抱きつこうとしてきた。抱きついてきそうな気配を察知していたので、肩を掴んで止める。


「気持ちだけ受け取っておくね……」

「くっ……最近ガード固い……」


 つまらなそうにホノカちゃんが離れていく。


「もう泳いでもいいですか?めっちゃ楽しみ〜!」

「あ、その前に……」


 私は備え付けの冷蔵庫の方へ歩き、中から取り出す。横に置いてあったグッズも手に取り、身につける。

 ホノカちゃんは私が振り返った瞬間、顔を見てケラケラ笑い出した。

 パーティーグッズのサングラスだ。バースデーケーキのイラストがフレームになっており、その上にHAPPY BIRTHDAYとデカデカ書いてあるサングラスをクイッと中指で押し上げた。

 ホノカちゃんの澄んだ笑い声が響く。


「まって、レイさん何それ!急にずるい!」

「ハッピーバースデー、トゥーユー……」

 

 私の音痴な誕生日の歌を聴いて、ホノカちゃんは更に笑い声をあげ、お腹を抱えてソファに寄りかかる。失礼な。


「ひ、ひぃ〜〜まって、なに、ずるいよ〜〜!!」

「誕生日、今日だよね?おめでとう」

「え?そうなんですか?」

「4月でしょ?」

「え、そうです。そっか大雑把に今4月真ん中、後半とかってしか把握してなかったから、忘れてた……」


 ホノカちゃんがそう言う。私は毎日記録しているので今日が誕生日だときちんと分かっていた。

 私はトレーを差し出す。


「ケーキとかじゃなくて申し訳ないんだけど……」

「え?!何これ!かわいい!すごい!美味しそう!」

「サングリアだよ」

「えー!ワインセラーのやつですか?すごーい!ありがとうございます!嬉しい!」


 赤い液体の底に、凍らせたラズベリーやブルーベリーの類が沈んでいる。グラスの淵には蜂蜜を塗ってそこに白い砂糖を付け、シュガーリムにした。庭でまだギリギリ採れている苺に切り目を入れて、淵に飾りつけてデザートドリンクの完成だ。

 ケーキでも作れれば良かったんだけど、クリスマスと被りそうだったのでやめた。

 サングリアにシュガーリムって普通はしないけど、映えるしいいか、と思ってやってみた。


「かわいい!写真撮っていいですか?!てかここも!本当に綺麗だしめっちゃ写真映えそう!」


 ホノカちゃんはスマホでパシャパシャと景色とお酒を撮り始めた。


「レイさんも!撮りましょ!」

「いいよ」

「あ、サングラス一旦したままでお願いします」

「ええ……」


 私がサングラスを外そうとすると止められた。ジョークグッズなのに。

 それからホノカちゃんがサングラスを付けたり、ツーショットを何枚か撮って、サングリアは一旦冷蔵庫へしまった。お酒を飲んでプールはちょっと怖いから。


 階段から入水し、水に浸かる。久しぶりだ。ガラスから差し込んでくる西陽のおかげで、水温は冷ためだけれども、寒すぎることもなかった。

 私は適当に浮かべていた浮き輪の中からひとつを取り、それにつかまってプカプカと浮かび始めた。


「きゃー!つめたーい!さいこー!」


 ホノカちゃんは元気に泳ぎ回り、クロールや背泳ぎを華麗に私の横で披露する。……本当に泳ぐんだ。

 びしょ濡れの顔でニコニコ笑っている。プールの端まで辿り着き何かを喋っているが、聞こえない。


「え?聞こえないよ?」


 私がそう大きな声で言うと、ホノカちゃんは少し考えてから水の中に潜った。そこからしばらく浮かんでこないので、ハラハラする。


「……溺れた?」


 そう呟いた次の瞬間、私の浮き輪の中に水飛沫をあげて現れた。潜ってここまで泳いできたのか。

 私の鼻先にホノカちゃんの顔がある。水面に反射した光を瞳が拾い、キラキラと輝いている。髪も顔も水が滴っていて、それが太陽の光で輝いていた。

 目の前が輝きすぎてチカチカする。でも私はその輝くホノカちゃんから目を離せなかった。


「――レイさん、本当にありがとう!私、すごく幸せ者だね!こんな素敵なところに連れてきてもらえたの初めて!嬉しい!大好き!」


 本当に幸せそうに目を細めながら、ホノカちゃんが満面の笑みを浮かべる。

 キラキラ、目の前が瞬く。宝石みたいだ。

 その瞬間、まるで世界中の幸せがここに集まったかのような多幸感に、脳が溺れて痺れる。


 あ、好きだ


 私があの日、厳重に閉じたはずの感情の箱の蓋から、抑えた気持ちが溢れ出る。

 ――無理だ。もう誤魔化せない。

 ハッキリと自覚してしまった。彼女のことが、好きだ。溢れる愛しさを止められない。

 こんな風に目の前に急に表れて、私の心をいつも奪っていく。

 だめだ、勘違いだ、考え直せ、なんて頭のどこかで警報音が鳴っているけれど、そんなのもうどうでもいい。

 頭の奥が痺れてゆっくり溶けていくような、そんな感覚に支配されて私は呼吸も上手くできなかった。


「わ、たしも、ホノカちゃんのこと……」

「『大好き』?」


 ホノカちゃんはニヤリと微笑み、顔を傾ける。

 私の心の奥まで見透かすような、強烈な輝きを放つあの瞳で見つめられる。

 

「うん、大好き」


 熱に浮かされたような、自分でも聞いたことがないような声が出る。ホノカちゃんはフフッと笑い、私を抱きしめる。急な行動に、私の心臓は跳ね上がり、体は硬直した。普段より露出が多い分、肌で触れ合う部分が多くて生々しく感じる。


「えへ、今日は誕生日だから特別いいですよね?」

「うん……」

「私も、レイさんの誕生日お祝いするから、楽しみにしててくださいね」

「うん……」

「……え?BOTになっちゃった?」


 ホノカちゃんが一旦体を離す。私の顔を、至近距離でじっと見つめる。


「照れちゃいました?」

「うん……」

「…………」


 私はホノカちゃんから視線を外した。浮き輪の中で、距離を離すこともできない。穴の中で、密着したまま無言が続く。自分の気持ちがバレませんように、と思いつつ、こんなに態度に出てるのに、バレないのは無理がある!と心の中で叫んだ。

 

「レイさんってもしかして……」


 やばい、どうしよう、バレてる。心臓が破れそうなくらい、早鐘を打った。


「あれですか?超お嬢様学校とかに行ってました?」

「……え?」

「あんまりこう、人と接触が無いような、ベタベタしないような環境にいたからこんなに照れちゃうんですよね?」

「ん?」

「あ、でも待って、女子校の方が逆にベタつくのかな?!青春とか無いような、勉強漬けの学校ですか?!それもありそう〜!!だから免疫ないんですね!」

「…………」


 全身から少し力が抜けた。バレてない?それもそうか。あんな思いっきり海で恋心を否定したし、ただの人の接触とは免疫のない人間に思われてるのか。

 良かった。心臓が止まるかと思った。


「そうだね、こうやって触ってコミュニケーションは取ってこなかったよ。あんまり普段から好意を口に出して言うこともなかったし……」

「そっかあ。じゃあ私との生活で慣れてくださいね」


 ホノカちゃんが私の胸に抱きつく。上目遣いでこちらを見つめるので、また心臓が飛び跳ねた。


「い、いやいやいやいや!!!!!おかしいでしょ!!!離れて!!!パーソナルスペース!!!!」

 

 焦って距離を取ろうとするが、狭い浮き輪の穴の中で距離が取れるはずもない。


「今日は誕生日だから特別じゃないんですか?」

「もう散々ベタついたでしょ!!!おしまい!!!」

「えー?!」


 私はホノカちゃんの腕を引き剥がし、一旦潜ってプールサイドまで離れた。

 浮き輪に残されたホノカちゃんは、不満そうにプカプカ浮かびながらこちらを見る。


「レイさん、もう諦めましょう?私はこれからも隙あらばひっつきにいきますよ?」

「怖いこと言わないで……適切な距離を取っていこう……」

「私にとっては適切なのにな〜」


 私はプールから上がった。

 酒でも飲まなきゃやってられない!

 冷蔵庫にあるボトルを取り出して、グラスにワインを並々と注いだ。

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