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残光の箱庭  作者: 米田
2章
37/74

閑話:何でもない日の話

ただポッキーゲームするだけの話なので、ここまでの話読んでなくても大丈夫だと思います。

 高速のサービスエリアってワクワクする。知らない土地の知らない食べ物とか、その土地限定の味のお菓子とか、やたら美味しいソフトクリームや、変な自販機。キッチンカーでいつもは食べないクレープを頼むのも好きだった。

 私はいつも休憩で寄るたびにワクワクしていた気持ちを思い出す。


 だから今回もちょっとワクワクしていたけれど、割れたガラスを避けて室内に入った途端にその気持ちは萎んでいった。

 荒れた室内を眺めて溜息を吐く。自販機は硬いもので殴ったりこじ開けられたりして、中身が取り出されていて空っぽだった。品物が置いてあったであろう棚は空っぽで、床は誰かが食べ散らかしたお弁当やカップ麺の空ゴミで散らかっていた。

 そうだよね、以前とは違って社会はもう成り立ってないんだ。人類はほぼ死に絶えて、生き残りはほぼいない。

 夢もワクワクもない。私はまた溜息を吐いた。


「……まあ、どこもこんな感じだよね」


 隣で声が聞こえた。振り返ると、レイさんが肩をすくめながら室内へ入ってきた。いつも外に出る時は必ず着けているマスクを今は外していて、美しい顔を惜しげもなく晒している。あまりにも整った顔が、この荒れ果てた室内で唯一輝いている。この周りだけ、浄化作用がありそう。


 レイさんは中の様子を一瞥し顔を顰め、ポケットからマスクを取り出して着けた。あーあ、残念。

 でも中がこんなに荒れてたらしょうがないか。私も自分の鼻にきちんとマスクがフィットしているか手で触って確認した。


「帰る?こんなんだし」

「え!嫌です!一応何かあるかも!」

「……分かった。探してみようか」


 レイさんは奥へ進んでいく。進みながら、手袋を取り出してはめていた。私も慌てて身につける。

 フードコートのような場所も荒れ果て、ガラクタやゴミが散乱しているばかりで目ぼしいものは見当たらなかった。

 お土産コーナーの衣類などは比較的残っていたけれど、あまり可愛いと思える物は残っておらず持って帰る気にならなかった。

 

 真ん中に大きく謎のゆるキャラがプリントされたTシャツを見つける。大きなサイズで、いつもダボダボした服を着て外に出ているレイさんにピッタリじゃないかと思って手に取る。

 私はそれを持って遠くからレイさんに合わせてみる。美人がこういう変なの着ていると可愛いかもしれない。


「レイさん、このTシャツどうですか?ご当地キャラの」

「……着るものに拘ってないわけじゃ無いからね?オーバーサイズであれば何でもいいわけじゃないよ」

「えー、レイさんみたいな人が着たら可愛いのに」

「誰が着ても同じじゃない……?キャラ物だし……」

「隙のある美人って可愛いじゃないですか」


 私がそう言うと、レイさんは呆れたように笑った。私はその衣類を棚に戻し、何気なく下を覗き込んだ。


「――あ!!あった!!レイさん、ありましたよ!!」

「何があったの?」

「これ!じゃん!!」


 私は棚から取り出したものをこれ見よがしに掲げた。細い棒状のプレッツェルにチョコをかけたお菓子だ。賞味期限もまだ切れておらず、箱も損傷していないので食べられそうだ。表面には謎のキャラのイラストが描いてある。コラボしたからこの棚に置いてあったのかな?


 レイさんは私からその箱を受け取り、しげしげと眺める。


「お菓子があるの珍しいね。箱も開けた形跡なさそうだし、食べられそう。良かったね」

「あれ?レイさんは食べないですか?」

「私はいいよ。甘いの好きでしょ?ホノカちゃんが食べて」

「ええー……うーん、分かりました」


 私はそのパッケージを大事に仕舞い、また店内の探索へと戻った。

 結構時間をかけて探したけれど、やっぱりそれ以外には何も見つからなかった。ここを拠点にしてた人がいたのかもしれない。それも尽き、彼らはどこへ行ったのだろう。きっともう、多分、無事ではないんだろうけど。


 私たちは埃を払い、マスクを脱ぎ捨て、手袋を外す。手も一応洗って、消毒した。そして車内へ戻る。

 レイさんは運転席で水筒から水を飲んでいた。私は鞄から先ほどのお菓子を取り出して、箱を開ける。


「あ、食べるの?」

「はい。二袋入ってるし、ひとつだけ……」


 レイさんにも、遠慮せずにこのお菓子を食べて欲しかった。そこで私はちょっとした遊びを思い付いた。


「レイさん、ポッキーゲームしましょ?」


 私がそう言うと、レイさんは手に持っていた水筒を下へ落とす。蓋を閉めていたので中身はこぼれなかったが、鈍い音を立てて足元へ転がった。

 レイさんは一瞬動作を止めた後、首を振りながら落ちていた水筒を拾い上げる。


「いやいやいや……しないから……」

「えー?なんで?楽しいのに」

「た、楽しいかな……とにかく、いいよ1人で食べなよ」

「ははーん?レイさん、負けるのが嫌なんだ?」


 私がそう言うと、レイさんは私の顔を見る。


「は?」

「私、結構得意なんですよ?みんな照れてすぐ折っちゃうけど、私からは折りませんからね!レイさん照れ屋だからスタート時点ですぐギブアップしそう。あーあ、私のファーストキスは今日も誰にも奪ってもらえないな〜〜??」


 こんな見え見えの挑発に、レイさんは乗らないだろうな。いつも余裕があって大人でクールなレイさんだから、これも鼻で笑われちゃうかな?なんて思っていたのに、徐々にレイさんの顔がムッとしたように険しくなっていく。

 あれ?意外と負けず嫌いなのかな?

 私は更に煽るように足を組んで挑発する仕草をする。


「レイさんってゲームとか何やっても負けないのに、こういうのは弱そうですもんね〜〜!」

「……そんなことない」


 聞いたことのないような不機嫌な声だ。私は内心、笑いを堪えながら、意地悪なニヤリとした笑みを浮かべて更にレイさんを煽る。


「でもやりたくないんですもんね?口ではそうやって強がるのに、実際やるとなると逃げちゃうんだ〜〜?」

「…………」

「レイさん、怖いんだ?私に負けるのが!」


 私が言い切ると、レイさんは私の手から乱暴にパッケージを奪い取り、袋を開ける。そしてそこから一本引き抜き、私の口に差し込んで咥えさせた。


「ん!」

「……ファーストキス奪われたって、泣かないでよ。嫌ならさっさと折ってね」


 ……意外だ。レイさんってこんなに負けず嫌いだったんだ。でも、頭も良くて結果を残すような人って負けず嫌いなのかも。じゃないとそこまで辿り着けないよね。


 私は運転席のレイさんの方へ手をついて身を乗り出して逆側の先端を差し出した。挑発するように、口で上下に揺らす。

 レイさんは眉間に少し皺を寄せたまま、私に体を寄せた。そして私の頭の後ろに右手を回し、押さえる。

 ……あれ?何か本当にキスするみたいじゃない?


 レイさんが口を開いて先端を咥える。

 嘘みたいに綺麗な顔が目と鼻の先に据えられる。まつ毛は長いし、目が大きくて吸い込まれそう。本当に綺麗。形の整った唇が咥えた先端の逆側に自分がいると思うと、ドキドキした。


 あ、待って、これ、相当恥ずかしいかも?!


 そう思う間に、レイさんの顔が眼前に迫ってくる。私は硬直したまま動けず、自分で折ることも出来なかった。後退しようと後ろへ顔を引いたけど、頭を強い力で押さえつけられるため下がることも出来ず、ただレイさんが近付いてるのを待っていることになった。

 もう、唇まで残り数センチも無い。レイさんは私の唇へキスするように、顔の角度を変えて先端を咥え込んだ。

 私は思わず目をギュッと瞑った。


 

 ぱきん、と折れた衝撃が加わって、その後に頭の後ろが軽くなった。

 しばらくしてから目を開けると、レイさんがもぐもぐと口を動かし口の中の物を咀嚼していた。手元のパッケージの文字を、読んでいる。


「……あんまり甘くないね。ビターなんだ。キャラ物なら甘そうなのに、謎だね」

「……私が勝ちました?」

「どう考えても私の勝ちでしょ。照れちゃって、かわいいね」


 レイさんが私の方を見て、ニヤリと笑った。その勝ち誇ったような笑顔に力が抜けて、ドッと汗が出てきた。恥ずかしくて顔から火が出そう!あんなに煽ったのに、負けたし!

 私は口元にほんの数ミリだけ残っているお菓子を急いで噛んで飲み込み、レイさんへ叫ぶ。


「わ、私今まで本当に負けたことなかったんですよ!」

「へえ?1ミリも食べ進んでなかったよ?」

「だって!頭の後ろ押さえられると思ってなくて!何か本当にキスするみたいじゃないですか!卑怯!」

「頭押さえちゃダメなんてルールありません〜〜何にもゲームの進行に問題ないです〜〜」

「ルールって言うならレイさんが先に折ったじゃないですか!」


 私がそう言うとレイさんは人差し指で自分の唇をつつきながら意地悪く笑う。こんなにあからさまに意地悪な顔をするのは初めてだ。……レイさんって、相当な負けず嫌いだったんだ。


「何?あのままキスして欲しかったの?」

「い、意地悪……」


 レイさんは私がそう言うと、声を上げて笑って車の扉を開けた。外へ出てから少し屈み、私に言う。


「ファーストキスはちゃんと好きな人にとっておきなよ。手、汚れたから洗ってくるね」


 そう言って扉を閉じた。

 私はその姿を見送ってから、両頬に手を当て、思いっきり叫んだ。

 

「美人ってずるい〜〜!!あんなのドキドキしちゃうじゃん!!レイさんじゃなければ勝ってたのに!!」


 私はレイさんが置いていったお菓子の袋を手に取り、中身のお菓子を勢いで口に放り込んだ。レイさんは甘くないって言ってたけど、私には何故かやたらと甘く感じて仕方がなかった。

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