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残光の箱庭  作者: 米田
2章
36/74

4

「ねえ、レイさん。この間集めてきた服でファッションショーしたくないですか?」

「え?」


 雨が降る外をぼんやり眺めていると、ホノカちゃんがそう言う。

 春がもうすぐそこ、という段階になり、彼女も春野菜の準備などで少し忙しそうだ。でも雨なら今日は休みでいいや、なんて言って朝少し外に出ただけで、後はのんびり過ごしていたみたいだ。

 私も本腰を入れて研究を再開したが、今日は彼女に合わせ午後は休むことにした。


 この雨で暇なんだろうな。この間ショッピングセンターで服を大量に探していた。それをお披露目したいということだろう。夏服ばかりだったので、まだ寒くて着れないだろうに。そもそも、私の服じゃなくてホノカちゃんの服じゃないのか。まあでも、いろんな服を着る姿は見たいかも?


「……分かった。観客として参加するよ」

「え、レイさんも着ましょうよ……あ、でも安物だからやめときますか?」


 ホノカちゃんが服の袋を急に後ろへ隠す。私は苦笑いして答えた。

 私を高級ブランドしか身に付けない女だと思ってるのか。


「サイズ合えば何でも着るよ?」

「うーん、合うかな?着てみます?」


 ホノカちゃんは袋を漁り、私にTシャツを手渡した。結構大きめの、ダボっとしたものだ。白地で、前面に風景の写真がプリントしてあった。


「レイさん、外出る時こういうの着てるから……サイズ合いそうですか?」

「これなら大丈夫かも?でもホノカちゃん用じゃないの?」

「……こういう系、たまに事故るんですよね……楽なんですけど……」


 彼女はそう言って、目の前で服を脱ごうとした。私は慌てて止める。


「ちょ、ちょっと待って!ちゃんと人がいないとこで着替えて!」

「え?何でですか?女同士ですよ?」

「だとしても!スペースあるのに!他人の前で軽率に着替えちゃダメだよ!」

「ええ……?分かりました」


 渋々、といった感じでホノカちゃんは廊下に出る。

 その瞬間、ドッと汗が吹き出た。

 

 あ、危なかった!!!!


 知りたくない、自分が彼女の着替え中の姿を見てどんな気持ちになるかなんて!!!!ただでさえ今だにこの淡い気持ちをどう捉えて良いか分かってないのに!!!!

 

 若干疲れた気持ちになりながら、ソファへ腰掛ける。


「やっぱだめだ〜〜これ太って見えません??」


 着替え終わったのか、ドアを開けながらホノカちゃんはそう言う。

 

 確かに、ダボっとしたスタイルは普段の姿より大きく見える気がする。1番太いところの線だけ拾っているようで、それが良くないのだろう。華奢なのに、服でこうも見え方が変わるんだ。


「私ちょっとコンプレックスなんですけど……胸が大きいんですよ」

「あ、そうなんだね……」


 この間のネイルをしてもらった日を思い出す。……思い出しちゃった。思ったよ。大きいなって。

 感触も思い出しそうになったので、私はホノカちゃんとの会話に集中しようとする。


「シャツを中にしまってもダメ?」

「う、それすごい強調されるんです……」

「……じゃあそのシャツ私が着るよ」

「どうぞ」

「いや!だから!廊下で脱いできて!ここで脱ぐなら私が外出るから!」

「えー?!」


 ホノカちゃんはブーブー言いながら、廊下へ出ていく。

 ……何であの子本当に急に警戒心無くなったんだ?!

 そりゃまあ、あの海での会話を経てちょっとは距離も縮んだかな?とは思うけど、急だし近すぎる!!もっと段階を踏んでも良くない?!

 記憶を失くしていたときは、もうちょっと節度があった気がする。雇用者と労働者みたいな。


 着替え終わった彼女は手にシャツを持ち、私に手渡してくる。

 

「はいレイさん。シャツどうぞ」

「ありがとう」


 ホノカちゃんは次の服を着ていた。

 白地に優しいピンクの花柄がプリントされた華やかでフェミニンなワンピースだ。足首が見えるくらいの長さで、動くとふんわりと裾が広がる。

 スタンドカラーと細めのボウタイが少し大人な雰囲気で、袖はフレアに広がってる。さりげなくフリルやギャザーが使われていて、動くたびに揺れて可愛かった。

 はっきり言って大正解だ。めちゃくちゃ可愛い。あー、これ大学生がデートとかで着るようなやつだろうな。

 春の花みたいに柔らかく華やかなホノカちゃんにはぴったりだ。


 私が凝視していたのに気付いたのか、彼女はスカートの裾を持ってくるんと回る。


「これ、マネキンが着てたやつ真似しちゃいました」

「すっごい似合ってるよ。かわいい。デートとかに良さそう」

「え〜〜?!レイさんめっちゃ褒めてくれる!ありがとう!」


 彼女は照れたように両手で頬を押さえながら微笑む。

 色の薄い髪がサラッと揺れる。それだけなのにドキッとした。


 あーあ、パンデミック前の世界だったら、何でも好きなもの買ってプロにでも頼んで、好きなようにオシャレさせてあげられたのに。

 こんな世界じゃ私がしてあげられることなんてすごく少ない。

 あまり固執してなかったけど、お金と人脈なんてそれはもう有り余るほどあった。この子のためならいくらだって使ってあげたくなる。

 まあ、無いものに固執しても仕方がない。


「……せっかくだし、メイクする?道具貸そうか?」

「え!やった、したい!久しぶり!」

「髪もやってあげる」

「わーい!」

「じゃあ衣装部屋行こうか。あそこにコテとかあるし」

「えー?!そんな部屋まであるんですか!」


 浮かれてるホノカちゃんもかわいい。私は部屋まで案内し、彼女を鏡台の前に座らせる。

 引き出しを開けて、入っている道具の説明をする。


「色も限られてるんだけどね……。やっぱり別邸扱いだから、本邸よりは数少なくて……」

「いや、十分ですよ!!!てかこのドレッサーも女優さんが使ってるみたいなやつだし!!!コスメも私のポーチの百倍くらい詰まってますよ!!!!わーー、デパコスだらけ!!!!」


 ホノカちゃんが宝物でも触るように恐る恐る取り出す。

 私はコテを取り出して、スイッチを入れて温め始める。 


「巻くだけでいいかな。ポニーテールとかも似合いそうだけど」

「えー、レイさんヘアアレンジとかもできるんですか?」

「簡単なのだよ」

「すごーい!私髪巻いたことないので巻いてみたいです!」

「分かった」


 ヘアピンのようなもので髪を分けて止め、サイドの内側の髪から巻いていく。

 ホノカちゃんの髪はサラサラでツヤツヤだ。髪を痛めるようなこと、してないんだろうな。癖もない真っ直ぐの髪をコテで巻いていく。


 ホノカちゃんはたくさんあるコスメを唸りながら吟味していく。

 最初は楽しそうにいろいろ見ていたのに、段々顔が曇っていき、手を止めて俯いてしまった。


「……選ぼうか?」

「すみません、ちょっと分からなくなっちゃって……」

「そうだよね。……ベースは下地とパウダーだけで良さそう」


 ホノカちゃんの肌質に合いそうな、そして誰でも使えるような無難なものをいくつか出す。

 

「これは一時期ランキング1位だったかな。ツヤ感がすごい。こっちは結構マットな感じになる」

「あ、じゃあこっちで……」

「パウダーは?これでいいかな」

「は、はい……」


 顔を強張らせながら彼女は受け取る。

 その様子に違和感を覚え、声をかける。

 

「どうしたの?」

「なんか、ちょっと自分が住んでた世界と違うというか、場違いというか……」

「そんなことないよ」


 ホノカちゃんは気後れしているのか、さっきよりも元気が無いし、不安そうだ。

 あれ、楽しくなかったかな。

 私は屈んでホノカちゃんの顔を覗き込む。


「……やめとこうか?」


 私がそう聞くと、少し青い顔をこちらに向ける。暗くて、目は悲しげに光を湛えている。

 そのあまりにも儚げで痛々しい様子が私の胸を打つ。

 同時に、そんな表情を私にだけ見せてくれるのかと思うと、何か良くないものが胸に芽生えたような気がした。


 迷った後、言うのを決心したように何かを飲み込んでから、彼女は口を開く。


「…………私が、メイクしても、笑いませんか?」


 震える声だ。

 私は反射で答えを返した。


「笑わないよ。むしろ、キラキラした姿もっと見たいな」


 その言葉を聞いて、ホノカちゃんが視線を彷徨かせる。


 察した。きっとホノカちゃんの家族が何か言ったんだろう。その言葉が棘のように刺さり、ずっと彼女から抜けないんだ。根深い問題って、こういうことか。

 過去を振り切ったと思っても、何かをきっかけにして思い出して、こうやって彼女を立ち止まらせてしまう。

 私にできるのは、寄り添うことくらいだ。歯痒い。


「……私がやってもいい?プロみたいには上手くできないけど」

「いいんですか?」

「うん。馴染みのない道具じゃ、やり方も分からないよね。……この部屋も道具もいつでも使っていいし、やり方も教えるから、おしゃれしたら見せてね」


 何でもない風に言うと、ホノカちゃんは少しホッとしたように笑った。


「一旦、髪巻いてもいい?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」


 私は手早く髪を巻いていく。前髪も巻き終わり、仕上げにバームを髪につけていく。

 緩く毛先が巻かれ、フェミニンな雰囲気になる。いつもより少し大人っぽい印象になった。服の雰囲気にマッチして、これだけでもすぐに出かけられそうだった。


 別に顔だってメイクしなくても、透明感のある肌、ほんのりピンクに染まった頬に同じ色の唇、色素が薄くて印象的な瞳、全部素敵でそのままで十分だ。正直、私みたいに血色が悪くないので、すっぴんでも全然問題ない。

 でも髪も巻いたことだし、折角なら最大限に可愛くしたかった。


「どうかな?髪。これでいい?」


 鏡越しにホノカちゃんに問いかけると、目の中に星が散ってるみたいにキラキラ輝かせ、髪の毛に触れる。


「――すごい!レイさん、魔法使いみたい!こんなに上手に髪巻けるなんて、さすがですね!」

「そ、そうかな」

「うん!!すごくかわいい!!自分じゃうまくできなくて諦めてたんです!すごーい、さすが!」

「でも自分のやるのって難しいから。喜んでもらえてよかった」


 ホノカちゃんは私の方を勢いよく振り向いて、とびっきりの笑顔を見せる。


「すごく、すごーくうれしいです!本当にありがとうございます!」


 先ほどの不安な様子から打って変わって、大輪の花を咲かせたかのような笑顔を私に見せる。

 揺らぐその彼女の姿に、私はどうしようもないくらい心を乱される。

 

「ど、どういたしまして……」


 絞り出すようにそう返事をして、私はコテをしまうために顔をすぐに背けた。

 一旦深呼吸をして落ち着こうとする。次に使う道具をゆっくり準備し、ホノカちゃんの方を向いた。


「髪一旦とめちゃうね」

「はい」


 顔周りの髪を、跡がつかないピンでとめる。

 私はホノカちゃんに、ベースの塗り方を伝えた。

 自信が無さそうに恐る恐る塗っていたが、別に指示通りにやっているし、変なところはない。

 ホノカちゃんは別に突飛なセンスをしてるわけでもないし、手先も器用なので変なメイクなんてしないだろうに、何で周りは茶化したんだろう。不思議だ。


 肌のトーンが整っただけで、輝かんばかりだ。正直これだけでも可愛いけど、やっぱりもっとキラキラしたらテンション上がるだろうな。


「アイメイクやっていい?」

「お願いします」

 

 今日の服装がデート用なら、メイクはピンク系でまとめた方が可愛いだろうな。その系統のカラーで揃えていく。彼女に似合う色を集めると、春を連想するような物ばかりになった。

 

 それからホノカちゃんに教えつつ、順番にメイクをしていった。

 彼女は何でも一度教えただけで上手に出来てしまう。私が褒めに褒めて、やっと少しメイクを施す手に戸惑いがなくなってきた。


 台上に出していたコスメを引き出しをしまう時に、引っかかっていた物を取り出す。細かいラメが入った、クリアなアイライナーだ。


「あ、これ似合いそう。下瞼に少しのせると、瞳がキラキラ輝くんだよ」

「そうなんですか?」

「つけよっか。目、瞑れる?」


 私がそう指示すると、ホノカちゃんは優しく瞼を閉じる。

 下瞼の中央、黒目の下に、ラメをのせる。


 「目、開けていいよ」


 ホノカちゃんがゆっくり目を開けた。


 あ、やばい。可愛い。


 上にカールしたまつ毛のせいか、より目がぱっちりと開いて見える。

 いつもキラキラ輝いている瞳が、ラメの光を拾って更に潤んで輝く。

 その目でパチパチ、と瞬きをして私を見る。

 

「かわいい」


 思った言葉が濾過などされず、そのままスルッと口から出た。いつもならそんなことは無いのに。ちょっと恥ずかしい。思わず口元を押さえた。


 ホノカちゃんは私の言葉を受けて、鏡に視線を向ける。


「わ、ほんとだ。すごい目元が華やかになりましたね!わーーなんか私じゃないみたい!」

「似合うね、ピンクもラメも」

「えへへ。レイさんの見立てが良かったんですねえ」


 春の陽だまりみたいなほんわかした笑顔だ。彼女のくるくる変わる表情にいちいち私の心臓が反応してしまう。


「……あとチークとリップかな。肌ツヤツヤだし、ハイライトは目頭くらいでいい?」

「わーい、楽しみ!」


 ハイライトの入れ方も教え、チークもつけてもらう。

 最後のリップは色を選んでもらうことにした。


「どれがいいかな。こっちのピンクはちょっとオレンジ寄りで……これはコーラルピンクかな。こっちは青っぽいピンクに見えるけど、意外と肌に馴染むと思うよ」

「うーん……じゃあこのコーラルピンクで」


 私の手の中にある物を指差す。

 はい、と渡そうとすると、ホノカちゃんは私を上目遣いでじっと見つめる。うるっとした目で見つめられ、私の心臓が跳ね上がる。


「レイさん、塗って?」

「……リップ?」

「うん、だめ?」


 ダメ押しとでも言うように、こてんと首を傾げる。

 か、かわいい、かわいい、かわいい

 何も考えられない、ダメだ、私今冷静じゃ無いかもしれない。

 何とか落ち着こうと呼吸をするけど、無理だ。親指の爪の根本を隠して強く押す。痛いけど、冷静さを取り戻すのには全然足りない。

 

「い、いいよ」

「やったー!」

「ちょっと口開けてね」


 私がそう言うと、ホノカちゃんは少し上を向き、目を閉じてうっすら口を開く。

 


 あ、やばい。

 キス、する時みたい。


 キラキラ光った目元に、色が付いて上気したような頬、薄く開いた唇。

 このまま唇を重ねて食んだら、どんな反応をするんだろう?


 そんな考えが脳を支配して、私は金縛りにあったように動けなくなる。

 ……これ、無理じゃないか?誤魔化せる?こんなに可愛いと彼女に対して思ってて、今だってこんな、キスできるものならしたいって、この無防備な姿を見て思って。


 グラグラ、自分が揺れる音がする。

 今まで自分は理性的で、冷静な方だと思っていた。感情の揺れも少なく、どんなに追い込まれて、誰からの信用を得られなくても、事実とは違うと冷静に割り切れた。だからここまで生き残れたんだと思う。揺らいで傾いてしまったら、背中に隠していた鉄の塊に手を伸ばし頭を撃ち抜いて、すぐに自分の全て終わらせていただろう。

 でも今、自分がハッキリと揺れているのを感じる。

 

 もういいんじゃないか?全部気にしないで、このまま自分がしたいようにすれば。

 世界だって壊れてる。私だって別にいつまでも常識的に理性的にいなくてもいいのでは。客観的に見て、自分はよくやってきた方だと思う。

 目の前の女の子は、傷を抱え、儚くて揺らいでいる。自分に自信がなくて、だから今まで隣にいた私がすることは正解なんだって思うはず。

 私が今ここで手を出したって、きっと何も言わず微笑んで受け入れてくれるだろう。逃げられないように頭を押さえてキスして、そのままベッドに押し倒して自分のものだって刻んでも。

 彼女はそれが自分の役割なんだって、きっと納得するはずだ。

 このまま感情に流されたって、誰も私を責めはしない。そもそも責める人間自体、もういないのだから。


 私はホノカちゃんへ手を伸ばした。





「――はい。馴染ませられる?」

「はーい……わ!かわいい!なんかすごい、幸せそうな顔になりましたね!」

「多幸感メイクってこと?」

「そう!それです!」


 淡いピンク系統でまとめたので、すごく春っぽくて可愛らしい仕上がりになった。ホノカちゃんにぴったりだ。


「どう?自分でも出来そう?色変えたり、ラメやめたりすれば普段遣いも出来そうだね。分からないところあった?」

「だ、大丈夫です!分からなかったら聞きます!」

「うん、いつでも聞いて」

「わー……これ写真撮っちゃお」

 

 ホノカちゃんはスマホを取り出し、鏡越しの自分を撮り始めた。

 こんなに喜んでくれるなら、やって良かった。


「私、ちょっと手汚れちゃったから洗ってくるね。もしイヤリングとか着けたかったら、引き出しに入ってるから好きにしていいよ」

「え、本当だ。レイさんありがとうございます!」


 私はホノカちゃんに微笑んだ。

 扉を閉めて、早足で洗面へ向かう。入ってすぐに扉を閉め、そのままズルズルと床にへたり込んだ。

 ドキドキと、胸が嫌な鼓動を打つ。

 ぐしゃぐしゃに頭をかきむしる。


 恐ろしい!自分が何をしようとしてたか、考えたくない!

 私は、こんな世界だからこそ、ホノカちゃんに対して誠実にありたい。

 ダメだ。いくら何でも自分の気持ちに蓋をしなければいけない。衝動的に全てダメにするところだった。

 これじゃ感情的に動く他人に対して批判できない。自分も彼らと同じだ。

 やっぱり、感情的になるのは向いてない。全部台無しにしてしまう。やめだ、やめ。

 冷静にならなきゃ。落ち着いて。考えて。何度も思考を濾過して。


 これは、好きという気持ちではない。年下の女の子を、可愛らしいと思い、世話を焼きたくなるのは当然だ。

 ましてや、ホノカちゃんは私を暗闇から救い出してくれた、光そのものだ。特別な女の子に対して、そういった感情を持つのは当然だ。恋愛感情だと錯覚しては、いけない。

 別に愛し方は何通りもある。恋愛に当てはめなくたっていい。落ち着いて、いつもの通りに。


 深呼吸を繰り返す。数秒かけて息を吸い、少し息を止め、長く息を吐き出す。繰り返すと心臓の鼓動も落ち着いてくる。

 そのまま立ち上がり、手と顔を洗った。少しスッキリした。私の気持ちはもう揺らがなかった。



 部屋へ戻ると、ホノカちゃんは笑顔で私を迎え入れてくれた。

 髪を耳にかけていて、選んだイヤリングを耳に当てている。


「レイさん!見て!これかわいいですね!蝶のデザインの!」

「うん、すごく似合うよ。着けないの?」


 そう言うとホノカちゃんは嬉しそうに鏡を見ながらイヤリングを着けた。 


「……デート行けます?私」


 立ち上がり腕を後ろで組んで、少しはにかみながら語りかけてくる。

 メイクも髪も服も完璧だ。以前のように世界が平和なら、声をかけられないわけがないくらい可愛い。


「私が男だったら、食事でもどうですかって誘ってたよ」

「えー?!レイさんに誘われたらすぐ付いて行きますよ!私!」

 

 クスクスと楽しそうに笑うホノカちゃんが眩しい。

 すごく可愛いな、とは思うけどもう揺らがない。少し安心した。


「じゃあレイさん、今日はおめかしした私をどこに連れて行ってくれるんですか?」

「え?」

「こんなに可愛くしたんですよ?責任もってデート連れて行ってくださいね」


 イタズラっぽく私に微笑む。

 あまりにも可愛いそのお誘いに、私は笑ってしまった。


「……じゃあ、映画でも観に行きますか?うちの中で申し訳ないけど」

「ちゃんとエスコートしてくださいね」

「もちろん」


 私たちはそう言って笑い合いながら、部屋を出てリビングへ下りた。

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