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「今日大きめの図書館に行ってくるけど、一緒に来る?帰りショッピングモールとかも寄れると思うけど」
レイさんがボーッと朝ごはんを食べている私に向かってそう言う。私は一旦口の中のものを飲み込んでから答える。
「ん、あのちょっと遠くの大きくて綺麗なところですか?」
「そうだよ」
ここから離れた、大きめの街にある内装も外装もとても凝った綺麗な図書館のことだ。蔵書も豊富で、飲食店も入っていて、勉強するところもあるので、いつも賑わっていた。
まあ世界は崩壊してしまって、今はただたくさんの本が眠っているだけなんだけれど。
でもテレビで特集が組まれていた時、こんな素敵な場所があるんだな、なんて思っていたからちょっと行ってみたかった。
「行ってみたいです。素敵な図書館ですよねえ」
「じゃあ朝ごはん食べたら出発でいい?」
「はい!楽しみ!」
そう言うとレイさんは微笑んだ。
何だかこの会話をただ横で聞いていたら、休日にのんびり過ごしているのかな、なんて思われそうな平和な会話だ。
それからレイさんはいつもの通り過剰な荷物を積んでマスクやメガネで顔を覆い(もういいんじゃないですか?と言っても頑なにやめない)、いつも通りの性別がよく分からない格好をして車に乗った。
「……レイさん、何でお家にあんなに素敵な服がたくさんあるのに、着ないんですか?」
「必要ないから」
運転するレイさんの横顔に向かって問いかけると、そうサラリと返された。
「えー?!絶対似合うのに!せっかく綺麗なネイルしたのに、泣いてますよ!ネイルが!」
「……オシャレしていく場所なくない?でも爪かわいいのはテンション上がるね」
「家の中ですればいいじゃないですか。私、レイさんのキメキメのスタイル、見たいです!」
メイクもバッチリして、隙なくオシャレしたレイさんを見たい!!
私がそう言うと、レイさんは笑った。
「じゃあ、今度ね」
「あー、しないやつじゃないですか、それ」
「気が向いたらね」
その返事にちょっと納得いかなかったけれど、いつか強制的にオシャレするイベントでもやっちゃえばいいや、と思い直した。
私たちはそんな取るに足らない話を繰り返した。そうしているうちに、目的の街に近づいてくる。
レイさんが警戒するように辺りを見渡すけれど、私が見えている範囲では人の姿は見えない。
ただ、侵入を阻むようにコーンが置かれていたり、パイプ椅子や家具などのガラクタを組んだバリケードが至る所に築かれていた。
時折降りてそれらを避けて、街の中へ進む。
「……こんな感じなんですね、外。知らなかったな」
「どこもこんな感じだったよ。自警団が検問してたし」
「そっか、もういないんだ」
どこかにちょっと生き残りがいるんじゃ無いかと思っていたけれど、こんな大きな街だったらいないか。あんなにあっという間に感染が広がったんだし、人の行き来が多い場所は感染が広がるのも早かったはずだ。
私たちだってたまたま奇跡的に生き残れただけだし。リオさんが来なかったらきっと感染が広がって死んでたんだろうな。
そうしたら今こうしてレイさんとだって一緒に居れなかった。
私はレイさんをチラリと横目で見る。
私ってもしかしてものすごーくラッキーなのかもしれない。あんな風に記憶を消しちゃってたし、そもそも高熱出して寝込んでたわけだし、レイさんがいなきゃここまで生き残れなかった。
宝くじで一等を当てるより凄い確率だったんだろうな。
でもどうだろう。そんな幸運っていつまで続くのかな。いつかレイさんはすごく優秀なパートナーを見つけて、私から去っていくかもしれない。逆に、私が役立たずで追い出されるか。
それか、言っていたように他の団体と合流して、知らない人たちと過ごすようになるのかも。そしたら私って本当に有象無象だ。取り立てて能力もない私が、優秀なレイさんと一緒に肩を並べて過ごしていけるわけない。
自分の心の底にうっすら横たわっている、諦めとか、もう死んでもいいや、みたいな感覚と、レイさんとこのまま平和に幸せに暮らしていきたいな、という気持ちがごちゃごちゃになって変になりそうだ。
レイさんに捨てられる、その時がきたらどうしよう。そういう不安で時々頭がおかしくなりそうになる。
今はまだそんな気配はないから大丈夫、私は自分に言い聞かせてゆっくり瞬きをした。
「あ、あれかな?」
レイさんがそう言った。身を乗り出して私も探す。探さなくても、すぐに目に飛び込んできた。
「わ、すごい」
街中に忽然とそれは現れた。とんでもなく広い敷地に、箱がたくさん積み上げられたような外観の建物がビルの間に建っていた。昔は緑が整えられて美しかったんだろう。今では無造作に木々や草が伸びきっていて、美しく区切られていたはずの石畳に無造作にはみ出していた。
大きなガラス窓が嵌め込まれ、オシャレで現代的な雰囲気だ。
「よかった。荒らされてなさそう」
「綺麗な建物ですね……」
「そうだね。有名な建築家がデザインしたのかな」
「わあ……中はどうなってるんだろう」
「ね。無事だといいけど……」
車を入り口の前へ付ける。一旦外から中に侵入された跡が無いか、バリケードが中にも無いかなど入念に確認する。1番怖いのは中に潜んでいた人間に襲われることだから、とレイさんが言っていたのを思い出す。私は建物へ入る時の注意点などをレイさんに再度教わりながら、同じように確認する。
鍵は特に閉じられていた形跡はない。自動ドアは電気が通ってないため開かないので、手でこじあけた。
図書館などでは音が響くので、ゆっくり慎重に開ける。ドアは開放したまま、慎重に入り口付近から図書館の中に視線を向ける。
レイさんの後に続いて中に入る。
大きな中央階段がまず目に入った。階段の脇にも本が収められ、階段に腰掛けながら本を読むのを想定されているんだろう。
一階から上の階まで吹き抜けになっており、開放的だ。
本棚は天井付近まで高さがあり、そこにはびっしり本が詰まっている。
ガラスからは陽の光が取り込まれ、館内を明るく照らす。窓がある方には大きなテーブルがいくつも並び、そこで本を読むことを想定されているんだろう。そちら側にはカフェも以前入っていたようだが、看板は下ろされてテナントは撤退していたように見受けられる。ウイルスのせいで誰もここに来なかったんだろう。
すごく寂しく感じた。こんなに温かく人を受け入れる造りをしているのに、もう人で賑わうことはないんだ。こんなに素敵な建物なのに。
「……大丈夫そうかな。でも、見える範囲にいてね」
「分かりました」
小声でレイさんが話しかけてきたので、同じ声量で返した。
キョロキョロ辺りを見回しながらレイさんについていく。
「……広いですね」
「そうだね。本も全部無事そう。何か読みたいのある?」
「何か借りてみようかな。ネイルとか、農業のとか?雑誌系もありますもんね」
「じゃあホノカちゃんの借りたいものを先に回ろうか」
私たちはゆっくり歩いて本を探す。
ジャンルごとに階が別れているし、館内も広いので見て回るのも大変だった。レイさんが大体サクッと見つけてくれるので、大分時間が短縮されたけれど。
私1人だったら何時間も彷徨っただろうな。
農業のジャンルもあり、私はキョロキョロと本を見渡す。
レイさんは他の本を手に取って中身を眺めていた。
……水耕栽培かあ。気になるかも。レイさんが研究所でせっせとやってくれてるけど、家でもやってみたいな。
ちょっと高い場所にある。
背伸びをして本の背を掴んで引っ張って、取ろうとする。結構キツキツに本が入っているせいで、取れそうにない。
思いっきり引っこ抜くように全力を入れていると、レイさんが少し笑いながら後ろから引き抜いてくれた。
そして私の手に本を渡してくれる。
「呼んでくれていいのに。取るよ」
「あ、ありがとうございます……」
ニコリと微笑んで、レイさんはそのまま手元の本へ視線を戻した。
……すごい、脚立要らないんだ!!!
ちょっとドキドキした。サラッと自分より高い位置の本を取ってくれるって、少女漫画とかでよくあるやつ!!
私はレイさんの隣に立つ。
レイさんは私より頭一つ分くらい?背が高い。あまり気にしたことなかったけれど、こうやって改めて見ると背が高いんだなあ。
「……レイさんって、身長何センチですか?」
「え?うーん、175は無かったかな、たしか。173くらい?」
「あ、じゃあ丁度私と15センチ差ですね」
レイさんの本をめくる動作が途中で止まった。視線は本に落としたままだが、明らかに動揺している。
あ、この反応、レイさんも知ってるな。
私は無性にレイさんをからかいたい気持ちになり、にやりと笑って一歩近づく。
「……よく恋人同士の丁度いい身長差って15センチって言われますよね」
「そ、うだね……」
私はレイさんにまた近付いてジッと見上げる。
靴がコツン、と触れる。
ふーん、これが丁度いいって言われる身長差なんだ。
抱きしめるのにも、キスするにも丁度いいって。
そうかな?同じ身長の方がしやすくない?
レイさんが私にキスをするなら、ちょっと屈まなきゃいけないし、辛そう。
私が背伸びをすればいいのかな?
そんなことを考えていると、レイさんは本に視線を集中させたまま徐々に顔を赤くさせる。
いつもクールなレイさんが取り乱す姿って、本当にかわいい!
私はニヤニヤしたままマスクを少し下にずらし、顔を覗き込む。
「……試します?」
「っはぁ?!?!」
一際大きなレイさんの叫び声が館内に響き渡った。
レイさんはやってしまったと言うように口を押さえた。
館内はまたシン、と静かになる。
「……冗談ですよ」
「…………」
その場にヘロヘロとしゃがみ込むレイさんを見下ろす。
レイさんは顔を膝に埋めたまま、くぐもった声で私に言う。
「……ホノカちゃん、やめようか」
「……ごめんなさい」
私が素直に謝ると、レイさんは大きいため息をついた。
「あの、私の本は、もう十分なので、レイさんの本探しに行きませんか?」
「…………。そうだね」
レイさんは立ち上がり、私の顔を見ないで上の階へ行くように促す。慌てて後ろから追いかけた。
この階は難しそうな専門書ばかりで、私には理解できなさそうなタイトルの背表紙が並んでいた
それらに圧倒されていると、レイさんは私の方へ振り向く。
「本重くない?座って待ってていいよ。ここ開けてるし、書架からも見えそう」
「あ、分かりました。じゃあここに座ってますね」
私は端っこの椅子に座る。ここなら辺りも見やすいし、何かあってもレイさんのそばにすぐ逃げられるだろう。
ここも昔はきっとたくさんの人が本を読んでいたんだろうな。でもそれが今私だけのための空間になってるって贅沢かも。ちょっと埃っぽいけど。マスクをしていて良かった。
警戒は切らさないようにしつつ、のんびり館内を眺めた。差し込む光が心地良くて、ちょっと眠くなってきた。
しばらくすると、レイさんがこちらへ戻ってくる。さっきまで軽そうだったバッグがパンパンに膨らんでいた。
「お待たせ。もう車戻ってもいい?」
「いいですよ。重そうですね」
「うん。これでも厳選したんだけどね……」
この量、私なら数週間かかりそうだけど、レイさんならあっという間に読んじゃうんだろうな。読むスピードも異様に早いしな、レイさん。
中央階段から入り口まで下りる途中でレイさんが足を止める。私も不思議に思いながらも、足を止めた。
レイさんが振り返る。
そして視線を私と同じくらいの高さになるように、私の一段下まで距離を詰めた。
「ふーん。これくらいか」
「?何がですか?」
「ホノカちゃんと同じ目線」
レイさんがおでこに敬礼でもするように手を当てて、ジェスチャーで高さが同じ、と示す。
「ああ、そうですね。ちょうど1段分くらい?」
「……同じ視線の方が良いような気がするけどね」
「?キスがですか?」
「違くて!ほら、同じ高さで同じものを見れるから」
「確かに、ちょっと視線ズレると見え方違いますもんね」
レイさんは頷く。
え?それを確認したかったの?レイさんって可愛い。
私はちょっと笑った。
「じゃあ私、頑張って背を伸ばさないと」
「踵に刺激与えると良いらしいよ。トランポリンとか」
「結構ワンパクな方法ですねえ。大人でも伸びるのかな」
「やってみる?トランポリン、どこかにあるかもよ」
「レイさんも一緒にやってくれますか?」
「そしたら私の背も伸びちゃうよ」
2人で顔を見合って笑った。
そのまま階段を降りて、外に出る。私は図書館を振り返った。
「また来ますよね?」
「そうだね。まだ読みたい本あるし」
こんなにバッグをパンパンにしてもまだあるんだ。今度は軽トラで来た方が良いのかもしれない。
私は車に乗り込み、シートベルトを締めながらレイさんに聞く。
「次も付いてきて良いですか?」
「もちろん」
その返事に安心して私は微笑んだ。
「この後どうしようか?ショッピングモール寄る?」
「そうですね。トランポリン見ましょう」
「あ、本気なんだ」
「へへ。一緒に200センチ目指しましょう」
「一緒に大きくなるプランなんだね……」
レイさんは笑って、そのままエンジンをかけて車を発進させた。




