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残光の箱庭  作者: 米田
2章
33/74

1

 森の中で一斉に鳥たちが鳴き叫んでいる声が聞こえる。私は緊張で汗が吹き出てくるのを感じた。鳥たちも私の姿がおかしくて笑って騒いでるのかも知れない、と思うとちょっと情けなかった。


「――まず、銃口を安全な方に向けて。絶対に人や自分には向けない」


 レイさんが淡々とそう言い、私の持ち方を直す。

 銃口は遠くの木の方へ向けられていた。

 肩に乗るライフルの重さが生々しい。今からこれを撃つんだ、と思うとドキドキする。


「次にセーフティを確認して」


 カチリ、と指示されたレバーを指で押す。


「利き手で握って、もう片方で支える」


 私はぎこちなく銃を握る。散々教えてもらったけど、外に出て本当に撃つとなると練習のようにスムーズにはできなかった。


「肩幅に足を開いて、体は少し前に傾けて……」


 言われた通りのことを、不安になりながらも淡々とやる。


「狙う時は前後のサイトを一直線に……そうそう、いい感じ」


 サイトに視線を合わせ、肩の間隔を確かめた。

 遠くにある、木に吊された的に意識を集中させる。


「じゃあ、呼吸を整えて、ゆっくり引き金を引こうか」


 とうとう撃つんだ、そう思うと少し手が震える。当たるかな、外れたらどうしよう。

 私が余計なことを考えているのを察したのか、レイさんは私に向かって言う。


「別に練習だし当たらなくても大丈夫だよ。怪我が1番怖いから、それだけ気をつけて。好きなタイミングで撃ってみて」


 その言葉に少しホッとした。失敗しても大丈夫なんだと思うと気が軽くなった。

 息をゆっくり吸って、少しだけ吐いて止めた。引き金に指を添える。


 乾いた破裂音が聞こえ、的が前後にブラリと揺れる。中央ではないけれど、当たったらしい。

 撃った反動で体が突き飛ばされたような衝撃が走り、思わず声が出た。


「反動は体で受け止めようか。思ったよりすごいでしょ?」

「は、はい」


 レイさんが手を添え、肩の角度を微調整する。


「もう一度、同じように構えて撃ってみよう」


 私はレイさんが調整してくれた角度そのままもう一度引き金を引いた。

 弾は的の中央付近に当たった。銃を構えたまま視線をレイさんに向けた。

 レイさんはびっくりしたように微笑んでいた。


「筋がいいね。普通当たらないよ?目もいいし、すぐに1人で撃てるようになるだろうね」

「本当ですか?」

「うん。狩猟もバッチリだよ」


 私は嬉しくて微笑んだ。

 それからまた何度か撃って、終わった後は銃から弾を抜いたり、落ちた薬莢を拾ったりして家へ帰った。




 ――ナリタさんとリカコさんとの暮らしを終えてから、もう1ヶ月が経った。

 段々と春の足音が聞こえ始め、日中は暖かい日も増えた。私たちはしばらくのんびり休んで過ごしていたけれど、ぼちぼちこのサバイバル生活に備え、必要なことを身につけていこうという話になった。


 この辺りの家畜は、感染源となるためにほぼ殺されてしまっていたので、生きていくためには野生の動物を狩るしかない。いつものようにナイフで仕留めるのもいいけれど、()()()()()()()()()に備えるためにも銃火器の扱いは身につけた方がいいかも、と言われ私はライフルの扱い方を教えてもらった。

 幸い、リオさんがたくさん集めていたようで弾も豊富にあるようだ。


 そんなこんなで、私はレイさんからたくさんのことを教わりつつ毎日を過ごしている。今はそちらが最優先事項ということで、レイさんも特効薬の研究は最低限なようだ。ありがたいような、もったいないような、複雑な気持ちだ。

 だからこそ早く身につけなければいけない、と教わる時も真剣にやっている。

 

 でもどうしても英語の発音はちょっと苦手だ。

 これから先、おそらく生存者とやりとりする際、英語がスタンダードだろうから知っていて損は無いと言われた。

 毎晩教えてもらってるけれど、喋れるようになる気がしない。道のりは長そう。


 リビングの机の上で、私は教科書を開きながらレイさんと向かいあう。流れるような、お手本のようなレイさんの発音の後に繰り返して英語を言う。曖昧な発音を優しく指摘され、何度も直してるのにまた同じところでつまづく。


「こんなに何度もやってるのにRとTHの発音が一生できるようになる気がしない……」


 私がボソリと呟くと、レイさんが笑う。


「難しいよね。どれもみんな悩むやつだよ。でもホノカちゃん、リンキングとかリズム感は完璧だからすぐ出来るようになるよ」

「ええ〜〜先が見えないよ〜〜」

「リスニングがネイティブレベルなのはかなり強みだよ。正解が分かってるってことだし。すぐ話せるよ」

「そうかなあ」

「うん、自信持って」


 そう片手で頬杖をついて微笑まれた。その仕草がすごく絵になって、モデルみたいで見惚れてしまう。相変わらず美人だ。


「ほら、洋楽でも歌ってもらいたい曲あるし……」

「あ〜私欲のためか〜〜」


 私は椅子の背にもたれかかった。

 そして天井をちょっと見て、すぐに閃いた。


「私がレイさんリクエストの洋楽歌えるようになったら、何かご褒美くれませんか?」


 前のめりになり、そう問いかけるとレイさんは片腕を組み、顎に手を当てる。


「ええ……何がいいかな……」

「……言って思いましたけど、私も思いつきません……」

「東京の家ならいろいろあるけど、こっちはそんなに無いからなあ……」

「この家だって何でもありますよ!」


 レイさんがそんな恐ろしいことを言うので、私はツッコミを入れた。


「うーん……どこか行くとか?」

「どこか……」

「また海行く?」

「沖縄は?」

「となると飛行機かあ。さすがに操縦したことないなあ」


 うーん、とちょっと考えてからレイさんは私を見る。


「操縦できても、燃料が無いね」

「……さすがに沖縄は冗談ですよ」


 レイさんは肩をすくめた。まるで燃料があったら行けたんだけどね、とでも言いたげだ。レイさんって底が知れない。この人ならやりかねない、と思わせる凄味がある。


「でも海とかプールで泳ぎたいかも」

「…………」


 レイさんが少し渋い顔をする。そう言えば泳ぐの苦手なんだっけ?


「へへ、ご褒美だから付き合ってくださいよ」

「……う、分かったよ……」


 顔を覗き込みながらそう言うと、レイさんは観念したようにそう呟いた。

 私はにっこり笑った。


「じゃあ私はどの曲歌えばいいですか?」


 私がそう言うと、レイさんは考えてからポケットからスマホを出して操作する。

 それをテーブルの上に置いて、再生ボタンを押した。

 

 有名な歌手の曲だ。この声は私も聞いたことある。でもテンポがとにかく速い。かなり早口じゃない?!

 ワンフレーズに言葉がギュッと詰め込まれてる気がする。


「こ、これ難しく無いですか……?!早口……!」

「ご褒美っていうにはこれくらい歌えないとね。それに割と発音もクリアだし、歌いやすい方だと思うよ?」


 レイさんが手をヒラヒラ振りながらそう言う。……確かにその通りかも。私は何も言い返せず、黙った。


「楽しみにしてるね」


 レイさんはニコリとして私を見る。そう言われてしまっては今更曲の変更を願い出るのも憚れる。

 私はちょっとテンションが下がりつつ、無言で頷いた。

 でも海やプールではしゃげるのは楽しみだな。

 私はさっき聞いた曲のメロディを頭で反芻しながら、また教科書を開いた。

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