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残光の箱庭  作者: 米田
1章
32/74

後日談2

 パンパン、と音をたてて真っ白なシーツの皺を伸ばす。生地が痛むからやめた方がいいのかもしれないけれど、きちんと皺が伸ばされた美しいシーツが好きなので、ついやってしまう。

 飛ばされないよう、洗濯バサミで端を止める。

 大量の白い布が庭に干されているのは壮観だ。青空に映えて爽やかだな、と思う。


 レイさんもせっせと大量の寝具を干している。この間までリカコさんたちが使っていた部屋の掃除をして、使い終わった寝具を2人で洗った。最近天気が良くない日が続いていたので、ついでに溜まっていた自分たちの寝具なども干した。

 乾燥機一台じゃどう考えても無理な量だったので、二人でせっせと庭へ干すことにした。


「これで終わり?」


 シーツ越しにレイさんが顔を覗かせて私に聞いてくる。


「あ、そうですね。これで全部です」


 私が伝えると、レイさんはフーッと深く息を吐いて伸びをする。


「これだけ大量の洗濯物干すと、運動になるね」


 ウッドデッキに腰掛けながらそう言う。私も洗濯かごをまとめてから、レイさんの隣に座る。

 

「そうですねえ。濡れてて重いから、持ち上げるだけでも大変ですよね」


 私はそう答えた。

 レイさんはボーッと洗濯物を眺める。

 ここ2、3日、レイさんはボーッとしてることが多い。単純に疲れたんだろうな。ここずっとリカコさんと揉めてたし、この家に全然いなくて研究所にいたから。

 最近は研究所へ行ってもすぐ帰ってくる。最低限の管理だけのために行っているようだ。帰ってきては私の隣で本を読んだり、家事を一緒にしたり、ボーッとしてる。

 しばらくお休みなのかな。無理もない。


「……リカコさんって、なんでレイさんがウイルス流したってずっと思い込んでたんだろう」


 私がそう呟くと、レイさんは首を傾けた。


「そういう風にずっと世間が言ってたからじゃない?」

「でも、ずっと過ごしてたら分かりませんか?そんなことするような人じゃないって」

「うーん、どうかな」


 困ったようにレイさんは笑い、長い足を持て余すように組む。

 

「社内で起こったことなんだから、私にも責任があるって思ってるんじゃない?」

「ええ……暴論ですよ」

「でも、そう思ってる人もたくさんいたよ。まあ、こんなことになっちゃったし、そう思いたくなる気持ちも分かるけどね……」


 何だかな。私は小さく溜息を吐いた。

 空を見上げるように、そのままゴロンと後ろへ倒れた。

 

「……リカコさん、車返してくれないかな」


 レイさんがボソッと呟いたので私はちょっと笑ってしまった。


「お気に入りだったんですか?」

「そうだよ。1番速いし、替えが利かないやつだったのにさ」

「……高いやつですか?」

「家買えるかな?」

「え?!何千万ってこと?!」

「いや?億」


 私は大きく悲鳴を上げて縮み上がった。

 レイさんと関わらなきゃ絶対縁がなかっただろう額だ!


「そっそれは……返して欲しいですね」

「そう。同じ車、どこかに無いかな」

「この辺りには100%ないと思いますね……」


 レイさんは大きく溜息を吐いて、私と同じように寝転がった。

 ぼんやりと、二人で空を眺める。風がそよそよ吹いてきて気持ち良い。2月にしては暖かくて、このまま昼寝でもできそうだ。

 私はそっと目を閉じた。 


「ホノカちゃんは、リカコさんと何話してたの?」

「え?」

「タバコ持ってくる前」


 目を開けてレイさんを見ると、空を見上げたままだった。


「……さよなら、してきました。一緒に来ないかって言われたから」

「あーーー……そうなんだ」

「でも私、ひどいこと言っちゃいました」

「なんて言ったの?」

「ナオちゃん、娘さんのこと、ずっと一人だけで悲しんでたって言ってたから、ナリタさんと話せば良かったじゃんって」

「ああ……」

「言う必要なかったなぁ」


 宙ぶらりんの足をプラプラと前後に動かした。

 私は子供も産んだことないし、子供を失った悲しみも分からない。それなのに、触れていいところじゃなかったよね。


「あの人そんなに気にしてないんじゃないかな」

「そうかな」

「そういうこと言われても、結局あなたには分からないよねって考えそうじゃない?」

「……言いそう」

「でしょ?それに、あんなにキツイ振る舞い他人にしてるんだから、自分が指摘されるのも覚悟してるんじゃない?」

「してなさそう〜〜!!」


 私が即答すると、レイさんはちょっと笑った。


「レイさんも、リカコさんにたくさん怒鳴られたんでしょ?」

「そうだね、そりゃあもう、ね」


 レイさんは遠いところを見るような目をする。

 やっぱり夜中聞こえてきた声はリカコさんがレイさんを糾弾する声だったんだ。


「傷付くこと、言いたくなりませんでした?」

「腹は立ったよ。でも私、感情的になると周り見えなくなっちゃうから、事実だけ言い返したかな」

「あーやっぱり、レイさんは大人だなぁ」

 

 私はまた空に視線を戻した。

 スズメの声が聞こえてくる。屋根にでもとまってるのかな。

 本当に陽の光が暖かくて寝てしまいそう。もうこのあと特にすることもないから寝ちゃおうかな。陽の光を浴びたシーツは温かくて気持ち良いんだろうな。ああ、今すぐ包まって寝てしまいたい。

 

「こういうの、のんびりしてていいね」

「そうですねえ」

「……私、またホノカちゃんとこうやってゆっくり過ごせて、嬉しい」


 ちょっと驚いた。いつもそういうストレートなことを日常で言うのは私なので、レイさんが自分から言ってくれるなんて珍しい。

 でも帰ってきたあの日からレイさんは私に正直めちゃくちゃ甘い。断られると思ってたのに、まだ夜も一緒に寝てくれるし、日中もなるべくそばに居てくれる。

 足も怪我しているからといって、なるべく動かないで良いようにしてくれるし、一回足元がぐらついてから手も繋いでくれるようになった。


 そんなレイさんが可愛くて嬉しくなって、私はレイさんの方へ転がった。レイさんの腕に絡みつく。

 相変わらずレイさんは良い匂いがした。


「えへへ、私もレイさんと一緒に過ごせて嬉しいですよ」


 額をグリグリと腕に押し当てると、レイさんは腕をそのままに体を少し横にずらし、私から遠ざかる。

 

「……なんか、最近距離近くない?」

「愛、もらっちゃったし、いいじゃないですか」

「まだ擦るの、それ……」


 呆れたように溜息をついた。


「からかってるんじゃないんですよ!嬉しかったから!」


 少し大きな声を出すと、まだ声が掠れる。んん、と咳払いをすると、レイさんが私を心配そうに見つめる。


「喉まだ痛い?」

「んー、痛みはもうないんですけど、掠れますね」

「早く治るといいね……」

「私に歌って欲しいんですか?」

「それは勿論。でも、今はちゃんと休んでね」


 そう言われちゃうと、何がなんでも早く喉を治さないと。乾燥も大敵だし、マスクでもして寝れば良いかな。

 

「レイさんの寝室って、加湿器ありますか?」

「あるよ」

「じゃあ今日使って良いですか?」

「いいよ……いや待って、今日も私と寝るの?」

「当然ですよ」


 私はレイさんの腕にギュッとしがみついた。まだ一人で寝るのは怖いし、寒い時期は温かいレイさんと一緒に寝たかった。

 レイさんが片手で両目を覆う。

 そんなに私と寝るの嫌かな。もしかして一人じゃないと寝つき悪いタイプ?確かに私より先に寝たとこ。見てないなあ。それなら申し訳ない。


「あ、ごめんなさい。迷惑だったら自分の部屋戻りますよ」

「迷惑では、その、ないんだけど……」

「寝相悪いですか?私」

「悪くない……」

「もしかしてイビキですか?!わーーすみません!!」

「イビキもかいてない……」

「……?」


 私はレイさんの顔を見た。ちょっと赤い気がする。


「……照れてるんですか?」

「う……」

「何で?もう3日くらい一緒に寝てるじゃないですか」

「……距離がすごい近くない……?」

「ええ?!」

「いや、その、怖くてってのは分かるんだけど、抱き枕みたいにずっと抱きついてくるし……」

「でも、レイさんも寝る時ちゃんと抱きしめてくれてるじゃないですか」

「え、だってそうじゃないと怖くて寝れないって言うから……」

「ええ〜〜?!」


 びっくりだ。今更そんなことを言われるなんて!

 確かにくっつくと温かいし安心できるので積極的にくっつきに行っていたけど、レイさんは恥ずかしかったの?!


「待って、やっぱだめだ、一緒に寝るのはいいけど、今日からは抱き枕挟もうか」


 レイさんは私の腕を丁寧に優しく離し、起き上がった。


「レイさんとくっつくとあったかいのに……」


 私が残念そうにそう言うと、湯たんぽだったのか……と呟かれる。


「とにかく、体調落ち着いて、夜が怖くなくなるまでの間は一緒に寝るけど、くっつくのはナシだよ」

「はーい」


 私が素直にそう返事すると、レイさんはホッとしたように短く息を吐いた。

 何だかちょっと傷付く。


「レイさん私とベタベタするのそんなに嫌なんですか?」

「え?!」

「ちょっと傷付きました」

「え、ええ〜〜……?」


 私も起き上がり、レイさんの隣に座る。レイさんの顔を覗き込むと困ったように眉根を寄せていた。


「嫌とかじゃなくて、単純に距離感の問題かなぁ……」

「そうなんですか?」

「恥ずかしいから」

「そっか……」


 私は立ち上がり、レイさんの目の前で手を広げる。

 レイさんは不思議そうに私を見る。


「抱きしめ納めです」

「は?」

「もう今日の夜はダメなんですよね?じゃあこれで最後!」

「なっ……」


 レイさんの顔が真っ赤になった。茹でたタコみたいで面白い。


「でもレイさん、今までも私を抱き締めたり手を繋いだりはしてましたよ?」

「り、理由があったでしょ?!何もないのにしないよ!」

「理由?ありますよ?」

「何?!今はなくない?!」


 慌ててしどろもどろするレイさんに私は言う。


「寂しいな、レイさん」


 だめ?と首を傾げると、レイさんは両手で頭を抱えて俯いてしまった。

 そんなに嫌かな。

 でもこうなると意地でも抱きしめて欲しくなる。

 手を広げたまま待っていると、レイさんが急に立ち上がって思い切り私を抱きしめた。

 背の高いレイさんの胸元に私は埋もれる。


「わ!」

「――はいおしまい!」


 レイさんはパッと私を離した。

 そのまま私に顔を見せず後ろを向いて、洗濯カゴを持ってスタスタと部屋の中へ入ろうとしている。

 行動が早い!!


「え!レイさん待ってください!」

「待たない」

「ええー?!怒りました?!」

「怒ってない」

「怒ってるやつだそれ!」


 私は慌ててレイさんを追いかける。

 レイさんの顔を見たかったが、足の速さが尋常じゃない。窓の鍵をかけカーテンをサッと閉める頃には、歩いてランドリールームへ消えていってしまった。

 ……まあいいか。夜一緒にねれるし。

 私はそう思い、のんびりコーヒーでも淹れることにした。


 夜は宣言通り、どこに隠してあったのか知らないけれど、とんでもない大きさのクマのぬいぐるみを渡された。

 それが壁のようになりレイさんにちょっかいはかけれなかったけれど、相変わらず私が寝るまで待っていてくれているのが分かり、それに安心して私は眠りに落ちた。

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