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残光の箱庭  作者: 米田
1章
31/74

後日談


 あれからお互いシャワーを浴びて、私は部屋にたどり着く前にソファで寝落ちした。

 ホノカちゃんはちゃんとベッドで寝たらしいが、あまりよく眠れなかったらしい。そのまま家事をして日中を過ごしたみたいだ。


 私は昼過ぎまで寝て、一旦起きてホノカちゃんが作ってくれたご飯をいただいてから、片付けを始めた。車に積んだ大荷物を元の場所に戻したり、ナリタさんやリカコさんが過ごした部屋を綺麗に元に戻した。


 疲れた体を無理に動かしていたので、夜になるとまた猛烈な眠気に襲われる。今度こそちゃんとベッドで寝ようと早めにお風呂へ入った。


「あの、レイさん」

「ん?」


 私より一足先にシャワーを浴びたホノカちゃんが、私が上がってきたのを待ち構えていた。


「どうしたの?」

「あの……ほんと……ほんとーにまたワガママを言ってしまって申し訳ないんですけど……」


 言いづらそうにモゾモゾ体を動かしている。

 正直、ホノカちゃんの記憶が戻ったのが本当に嬉しいのと帰ってきてくれた喜びで、体は疲れているが心は浮かれている。自分でも感じたことがないくらいに。だから少々のワガママは気にしない。むしろ甘やかしたい。自分を低く見積もりがちな彼女を、とにかく褒めて可愛がって甘やかしたい気持ちでいっぱいだった。


「いいよ。どうしたの?」


 私がそう言うと、ホッとした顔を浮かべる。その姿も無性に可愛く感じる。もう会えないと思った後なので、尚更だ。私はニヤけそうになるのを口の内側を噛んで耐えた。


「ちょっと、夢見が悪くて……」

「夢見?」

「首絞められたでしょ?それでちょっと、さっきもドキドキして眠れなくて……」


 自分の首をソッと触っている。痛々しい鬱血の跡が浮かんでいる。そのうち消えるだろうが、自分でも鏡で見て驚いたのだろう。ましてやトラウマで記憶をなくしていた彼女なのだから、あんな怖い体験をして平常でいられるわけがない。

 そこに思い至らず、自分だけ寝てしまったことを反省した。


「そうだよね。怖い経験したし、当然だよ。どうしようか、何か眠れる薬でも持ってくる?」

「あ、眠気はあるんです。ただ、1人でいると思い出しちゃうから……。夜中起きて1人だと思うと、ちょっと怖いなって……」


 ホノカちゃんが私を見上げる。白目にもうっすら赤い点が散っていた。これも点状出血だ。見るたびに可哀想な気持ちになってしまう。


「レイさんの部屋のベッド、大きいですよね?一緒に、寝てもいいですか?」

「えっ」


 思わず声が出た。それを聞いて彼女の体がビクッと跳ね、即座に首を振った。


「あ、あ、ごめんなさい。やっぱり大丈夫です。明かりつけたり、音楽つけたりして何とか過ごしてみます」

「あ、待って、ちょっと驚いただけで、嫌ってわけじゃなくて」


 お互いオロオロし出した。


 実際、学生時代に研究室で缶詰になり仮眠をとる時に同性の子とベッドを共有していたし、別に抵抗もない。私の部屋のベッドの方が大きいし。

 今までお互い少し距離があったから、そんな風に言われるのが意外だっただけだ。

 でも確かに今日あんなことがあって1人でいるのは怖いだろう。


「全然大丈夫だよ。一緒に寝よう。怖かったね」


 ホノカちゃんは私がそう言うと、ホッとしたように顔を緩め、涙目で頷いた。

 そこまで我慢してたんだ。かわいそうだなという気持ちと、自分が頼られている事実に少し込み上げてくるものがあった。

 私はそれを振り払うように頭を振り、2人で寝支度を整えて2階に上がった。


「紅茶淹れようか?」

「いいです。トイレ行きたくなっても、今日は1人じゃ無理……」


 そんな風にしょんぼりして言うので、私は笑いそうになったけど堪えた。


「付いていってあげるよ?」

「……子供扱いしてます?」

「善意なんだけどな。何かあったら起こしていいからね」


 私がそう言うと、ホノカちゃんはこくりと頷いた。


「じゃあもう寝ようか。ベッド入っていいよ」

「……お邪魔します」


 ホノカちゃんはそう言って中央から少し右寄りに移動する。

 私はそれを見届けて、ベッドへ腰掛けた。部屋の電気はベッドサイドについているスイッチで消した。


「あ、どうしよう。明かり点いてたほういい?」

「う……でも明るいと寝れないので……ギリギリ大丈夫です」


 ホノカちゃんはそう呟いた。ゴソゴソと布団の中へ入り、顔だけちょこんと出している。私も少し離れた位置で横になった。


「……大丈夫?」

「……レイさん、ちょっと寝るまで近くにいてもいいですか?」

「いいよ」


 私がそう言うと、ホノカちゃんはころころ転がって、私の胸元に顔を埋める。

 え?近くない?

 ちょっと手を繋ぐとか、そういうことを想像していた。まさかこんなにピッタリ密着して寝るなんて想像していなかった。

 同じ石鹸やシャンプーを使っているはずなのに、甘くて可愛い匂いがする。ドキッとした。


「……これで寝れそう?」

「うん、ありがとうレイさん」


 安心したように私を見上げる。こんな顔をされたら拒否なんてできない。

 恋愛感情なんてないと言った手前、これはちょっとどうなのかとも思ったが、拒否もできるような状況ではない。


 まあ、彼女が落ち着くまでは受け入れるしかないんだろう。

 私は腕の中にいるホノカちゃんをそっと抱きしめた。温かい。すぐ寝てしまいそうだ。でも、彼女が寝入るのを見届けるまでは我慢しないと。


 睡魔に襲われ下がる瞼を必死で開いて、ホノカちゃんを見る。規則正しい寝息が聞こえてきた。自分に安心して体を預けて寝てしまって、あまりにも愛おしい。

 私は彼女が息をできるよう顔周りの服を避け、そのまま意識を手放した。




***



 外で微かに鳥の囀る声が聞こえる気がする。まだ起きたくない。今日くらいゆっくり寝たっていいだろう。

 布団を頭の上まで被る。


「んん……」


 掠れる、自分のものではない声が聞こえてきて、目を開けた。……そういえば一緒に寝たんだった。

 一晩経っても自分の腕の中で丸くなっている彼女をボーッと見つめる。まだ深い眠りについているようで、スヤスヤ寝息を立てていた。一度も起きずに寝れたのだろうか。よかった。


 ホノカちゃんの顔にかかった前髪を払った。形が良く、丸くて可愛いおでこが現れた。

 何となく、本当に無意識に、私はそこにキスをする。

 そのまま私もまた睡魔に襲われ、目を閉じた。





「おはようございます、レイさん。ご飯できましたよ」


 聞こえた瞬間、シャッとカーテンが開く音が聞こえて目の前が明るくなった。私は思わず寝返りを打って、光から逃げる。


「あさごはーん、できましたよ〜」


 ホノカちゃんの高く、澄んだ声が聞こえる。

 私はさすがに体を起こした。眠い目をこすって開くと、ホノカちゃんがベッドサイドに立っていた。


「おはようございます。まだ眠いですか?でもさすがにご飯食べた方がいいと思いますよ」

「……おはよ。今何時?」

「午後の一時です。めっちゃ寝ましたね」

「そっか……ここのところ全然寝る時間なかったから……」


 まだ起きない頭を必死に起こす。今日は病院の施設の復旧を……ああ、もう必要ないんだっけ……。

 ボーッとしている私を見て、ホノカちゃんは頭を傾げる。


「本当に疲れてそう。大丈夫ですか?まだ寝ます?ご飯は取っておきましょうか?」

「いや、食べるよ……ありがとう。着替えたりしたいし、ちょっと先行っててもらえるかな?」

「分かりました」


 ホノカちゃんはそう言って、立ち上がって部屋から出ていった。

 それから伸びをしてベッドから降りる。クローゼットからいつものように服を取り出し、パジャマを脱ぎ始めた。


 ホノカちゃんの方が私より先に起きたんだ。傷も後でちゃんと診なきゃ。寝れたのかな?いつ起きたんだろう。確か、夜はすぐ寝ていたし朝もスヤスヤ寝ていて……


 そこまで思い出して、私は動作を止めた。


 ――待って、私おでこにキスしてなかった?!


 自分で自分のやったことを改めて認識して、パニックになった。

 寝ぼけてたからって、寝てる子にそんなことする?!待ってこれじゃ変態みたいじゃない?!年下の女の子が寝てる最中におでこにキスするってどうなの?!ギリギリ大丈夫か?!いや親しい友達相手にもしなくないか?!


 そんな思考がグルグル頭の中が回る。自分はこういう軽率な行動をしないと思ってた。ちょっとショックだ。幸いにもホノカちゃんはぐっすり寝ていたから、気付いていないだろう。多分。きっと。


 ……忘れよう。事故だ事故。

 綺麗さっぱり忘れることに決めた。おでこが丸くて可愛くて、思わずしてしまっただけだ。ペットや子供を愛らしいと思うのと同じで、他意はない。


 脱ぎ捨てたパジャマを拾って、一階へ降りた。パジャマを洗濯室へ置いてきて、リビングへ入る。


「ごめん、お待たせ」


 ホノカちゃんが私を見て、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔をまた毎日見れると思うと、胸の内に温かいものが込み上げてくる。


「昨日はよく寝れました。本当にありがとうございました」

「よかった。途中で起きなかった?」


 ちょっとドキドキしながら聞く。起きてないよね?お願い。


「はい、ぐっすりですよ。私も起きたの1時間くらい前ですし」


 よかった!!私は心底ホッとした。これで綺麗さっぱり忘れられる。


「疲れてたもんね。今日はもうゆっくり過ごそう。あとでまた傷とかみせてね」

「はーい」


 私は椅子に座った。テーブルの上にはホノカちゃんが用意してくれたご飯が並ぶ。


「……レイさんってポカポカして本当に体温高いんですね。よく寝れました」


 言いながら、ホノカちゃんも席に着く。食前の挨拶をして私はサラダに手をつけた。


「子供体温なんだよね。ずっと」

「いいなあ。……冬の間はレイさんと寝たいなあ」


 フォークでトマトを刺し損ねた。今、なんて?


「今日も怖い夢見たら嫌だなぁ。レイさん、一緒に寝ても、いい?」


 遠慮がちに、眉をハの字にしながら私に聞いてくる。その子犬のような愛らしさに、うっと言葉が詰まった。


 断りづらい!でも寝ぼけたついでに自分が何をするかわからない!

 私が言葉を探していると、ホノカちゃんは悲しげに首を傾げた。


「……だめ?」

「う……」

「う?」

「い、いいよ……」


 私がそう言うと、ホノカちゃんはパアッと花が咲いたように顔が明るくなる。これを断れる人間はいるのだろうか。少なくとも、私には無理だ。


「わーい!ありがとう!レイさん!」

「う、うん……どういたしまして」


 私は改めてサラダのトマトを刺し直し、もしかして自分は今日から、朝まで一度も起きないような強力な睡眠薬でも飲んだ方がいいんじゃないか?とギリギリの思考を繰り返した。

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