エピローグ
それから私たちは再び、海風荒ぶ外へ出た。
朝日が出ても寒すぎて、私たちはブランケットに包まったままだった。
大きなブランケットに2人で身を寄せ合い、服が触れるか触れないかの距離で並ぶ。
昔見にきた時は夏だったけれど、冬の海もとても綺麗だと思った。白砂と薄く積もった雪と海のコントラストに目を奪われる。朝日を反射した水面はキラキラと輝いていて、雪の結晶の輝きと似ているな、なんて思った。空は紫がかった灰色とオレンジのグラデーションを描いていて、私はこんな綺麗な色が世界にあるなんて知らなかった。
「綺麗……」
「そうだね……」
しばらく無言でその風景を眺め、堪能した。
私はレイさんの方に顔を向けた。レイさんも私を見ていたようで、パチッと目が合った。
さっきの返事をきちんとしてないな、と思い私はレイさんの方へ向き直った。
「……レイさん、私ちゃんと現実と向き合うよ。もう、レイさんにばっかり辛いことさせないよ。ちゃんと、苦しいことも辛いことも、逃げないようにするから……一緒に受け止めて行くから……」
私は一度言葉を切った。
「……だから、また、よろしくお願いします」
そしてペコリと頭を下げる。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
レイさんも私と同じように頭を下げた。
私が笑うと、レイさんも安心したように微笑んだ。
私は海へ視線を戻しながら、呟く。
「……それにしても、レイさんって女の子が恋愛対象だったんですね……」
「……え?」
レイさんは私の質問が完全に予想外だったようで、間の抜けた声を出した。
それがちょっと面白くて可愛くて、私はつい意地悪をしたくなった。
「私ちょっと、さすがに何というか、考えたことなくて……その、ちょっと……」
「待って待って待って、違う違う……」
レイさんが激しく首を振った。私は首を傾げる。
「ええ……?でも手を握って私の光って……」
レイさんは自分の行動を思い出したらしく、顔を真っ赤にして必死に手を振る。
「それは!違くて!見捨ててもよかったでしょって言われたから!ホノカちゃんは私の特別なんだよって伝えたくて!」
「これは?愛は?」
私は指でハートを作って、自分の顔の横へ添える。
レイさんは狼狽えたように視線を右往左往させる。
「わ、分かるでしょ?!」
「分かんないから教えて欲しいな〜?」
ニヤニヤして顔を覗き込むと、レイさんは私から少し距離を取る。
「……からかってるよね?!」
「えへ、バレました?」
私がそう言うと、レイさんは口をパクパク開閉して、その後口を引き結んで明らかに不機嫌な顔になった。
「励まそうと思って言ったのに、茶化されるなんて!信じらんない!」
プイッとそっぽを向いてしまった。しまった。やりすぎた。
でもこういうやりとりにも幸せを感じてしまう。怒られないラインはまた知っていけばいい。
「レイさんごめんね?」
「……」
「怒っちゃいました?嫌い?」
私はレイさんと一緒に被っていたブランケットを抜け出して、レイさんの顔が向いている方へ回り込んだ。
……やっぱり寒い!
海風が体に当たって、痺れて痛くなるような寒さだ。
「……嫌いじゃないけどさぁ」
レイさんは呆れたように笑って、さっきとは逆側のブランケットを広げ、そこに入るように促してくれた。私はその中へ入る。
「……あったかい」
「そろそろ帰ろうか。風邪ひくよ」
「……そうですね」
私たちはそれから名残惜しく海を眺め、私のくしゃみをもってお開きにした。
車に乗り込むとレイさんはまた行きと同じように道を飛ばした。太陽が上り明るいし、通って来た道なので行きよりも安全に感じた。
「もう眠い、さすがにキツイ、ホノカちゃん何か歌って……」
レイさんがそんなことを言うまでは。もちろん運転に変なところはないけれど、レイさんからそんな発言が出るとは。
「ごめんなさい、喉痛めててまだちょっと……」
実際、車のミラーで見ると私の喉は黒く鬱血していた。ものすごい力で抑えられたから当然だろう。頬にも点々と赤い出血が見られた。点状出血というらしい。1週間もすれば治るらしいけど、ちょっと不安だ。
「……ナリタさんめ……」
レイさんは心底恨めしげに呟いた。
私はまだ期限の切れてないエナジードリンクをレイさんに渡したけれど、受け取ってもらえなかった。
「もう昨日から3本くらい飲んでるからこれ以上はヤバい」
「えーーー?!無理しすぎですよ!運転変わりましょうか?」
「……足大丈夫?」
「あんまり痛くないですよ!それに明るいし、知ってる道なので大丈夫です!」
「……じゃあ高速降りたら代わってもらおうかな。あーでもそこからが長いんだっけ……」
「そんなに長くないですよ。大丈夫」
無言の状態が続くとレイさんが寝てしまうかも知れないと思い、私はたくさん話しかけた。
無事に高速を降り、私はレイさんと運転を交代する。一応私の足の状態を確認して、痛み止めを飲んでから運転を任された。
高速ほどではないけれど、比較的飛ばしながら道を進む。
レイさんも私が寝ないように話しかけてくれるが、うとうとしているのでそのうち先に寝てしまいそうだ。
私は喉の違和感が気になって、寝れそうにはないので大丈夫なんだけどな。そんなところにも優しさを感じる。
「……そういえば、記憶が戻ったら伝えようと思って、ずっと言ってなかったんだけどさ……」
レイさんは瞼を少し閉じかけながら私に話しかける。
「何かありました?」
「研究所の……村のね?あそこに衛星で通信できる特殊な通信設備が置いてあるんだけどさ、定期的に2箇所から通信がきてて……」
「え?他に生き残ってる人がいるってことですか?」
レイさんは頷いた。
一気に肩の力が抜けた。なんだ、まだ生き残りはいたんだ。それもそうか。私たちが生き残っているなら、同じように集団で生き残ってる人たちもいるのかもしれない。
「連絡とってるんですか?」
「ううん。取ってない。私が生きてるって知ったらどういう反応するのかなって……」
「……」
世間ではレイさんはパンデミックの犯人とされている。身元を明かしづらいのだろう。
「ただ、私が持ってるワクチンが正しい働きをしているってことを知れば、どこの団体も欲しがると思うんだよね。こんな風になってしまったのだから、まともな人間はエートンのワクチンが欠陥だということは理解しているだろうし。だから、どこかに合流したいと思えばワクチンで交渉できると思う」
「それって、ここを出て他の人たちと暮らすってことですか?」
「そう。そういう選択肢もあるよってこと、伝えておきたくて」
レイさんはモゾモゾと座り直しながら言った。
自分たち以外にも生き残りがいるということで少し心は軽くなったけれど、他の人と暮らすってどんな感じなんだろう?レイさんが来る前の、リオさんが統治していた時代を思い出す。……あれなら合流するのは遠慮したいな。
「どうしようか?返事もまだしてないし、どんな相手かもまだ分からないんだけれど」
「返事をすることも含めってこと?」
「うん、そう」
私は悩んだ。さっき2人で生きて行くことを決めたはずなのに、また選択肢が広がって、新たに決めなくてはいけない。現実を生きるって、大変だ。
レイさんは私の方を見て、反応を窺っている。
「…………いいんじゃないですか?今決めなくても」
「え?」
私はのんびりアクセルを踏み続ける。しばらくは真っ直ぐに進み、同じような景色が続くはずだ。
「だって、私たち久々にまた2人で暮らすんですよ?少しは満喫したくないですか?ちょっと二人暮らしを堪能してから、それから2人でまた考えましょう」
素直に私がそう言うと、レイさんはちょっと眠気が覚めたような、驚いた顔で瞬きをした。それからクスッと笑って、窓に肘をかけ頭を手の甲に預ける。顔を斜めにして、私へ微笑んだ。
「そうだね。そうしようか」
もう窓の外の太陽は完全に昇っていて、夜明けの余韻は残っていなかった。空は真っ青に透き通っていて、雲一つない。
帰ったらすぐにシャワーを浴びて寝よう。起きたら、レイさんが好きなシチューでも作ろうかな。
頭の中で、どんな野菜が残ってたっけ、なんて冷蔵庫の野菜室を思い浮かべながらアクセルを踏み続けた。
一章終わりです。
ここまで見てくださってありがとうございました。
続き書いてますので、お待ちください。




