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残光の箱庭  作者: 米田
1章
13/34

閑話休題:3

 いつものように夕飯を作り終え、そろそろレイさんが帰ってくる時間だなとぼんやり思っていると、やっぱり鍵が開いた通知が来て、レイさんが廊下を歩く音が聞こえてくる。

 そのままリビングの扉が開くのを待っていると、ゴツンという大きく鈍い音が聞こえ、扉が揺れた。びっくりして固まっていると、5秒くらいしてからゆっくり扉が開いた。


「ただいま……」

「れ、レイさん?!大丈夫ですか?!」


 レイさんがよろよろと扉の隙間から出てきた。慌てて駆け寄ると、片手でおでこをさすっている。


「あたま……いたい……」

「ぶつけたんですか?!大丈夫ですか?冷やします?」


 レイさんのおでこの髪をよけ、さすっている部分を見る。赤くなっている。何で扉に激突したんだろう……


「冷やさなくていい……大丈夫……」


 何だか、声のトーンも元気がないし顔もしょんぼりしている。

 普段落ち着いているレイさんからは想像もできない有様だ。こんなの初めて見た。


「ど、どうしました……?何かありました?」


 私が聞くと、レイさんは荷物をその辺に放り投げ、ソファにうつ伏せに倒れ込む。


「れ、レイさん……?」


 普段とあまりにも違う姿にどうしていいのか分からない。何があったんだろう。

 私が名前を呼びかけると、モゾモゾと芋虫のように動き出す。そして、


「研究がーーーーー!!!!!詰まったのーーーーーーー!!!!!!なんでーーーーー!!!理論的には完璧なはずなのにーーーー!!!!!」


 クッションに顔を埋めて叫んでいる。一応うるさくならないように気を使っている。


「なんで、なんで?やっぱりどっかでミスしてる?確認し直すか?どうやって?人も機材も試薬も何もかも足りないのに?また最初から?」


 ぶつぶつぶつぶつ、ずっとクッションに何かを呟いている。要するに仕事がうまくいってないってことかな?でも今は家に帰ってきてるんだし、一旦忘れればいいのに。


「レイさん?ご飯ありますよ?着替えて晩御飯にしましょ?」

「でも絶対あそこは合ってる……設定ミスか?いやでも……」


 レイさんはぶつぶつ言いながら、フラフラと立ち上がって着替えに行った。

 私はとりあえず食卓に晩御飯を用意して出す。


 戻ってくる時もそこかしこに体をぶつけてきたらしく、体をさすりながら椅子に座る。

 無言で私の作ったご飯を口に運んでいく。いつもだったらこのタイミングでいろんな話をしたり、ご飯が美味しいと褒めてもらえるのだけど、今日はいただきます以外、ずっと無言だ。


「ごちそうさまでした……煮物が美味しかった……」

「あっえっうん、はい、お粗末様でした……」


 私がそう答えると、レイさんはしょんぼりしたまま食器をキッチンへ持っていき、そのまままたソファに倒れ込んだ。


「レイさん、大丈夫ですか?」


 私も慌ててご飯を食べ終え、レイさんが倒れ込んでいるソファに向かう。

 レイさんが寝転がっているので、顔付近の床に座った。


「もうだめだ……どうせ私なんて大きい賞一回とったくらいの実績しかないし、それもチームで受賞したんだし、私には能力なんてなかったんだ……何もできないダメなやつなんだ……」


 ぶつぶつとそんなことを言うので、思い切り吹き出して笑ってしまった。

 私が笑うと、レイさんは思いっきり拗ねたような顔をする。子供みたいで可愛い。


 普段、大人として冷静沈着に振る舞っているレイさんの姿を見れるなんて、なんだかラッキーだ。落ち込んでいる本人には悪いけど。何だかとっても甘やかしたくなってしまう!


「ごめんなさい。でもレイさんは何でもできるすごい人ですよ?この間も洗濯機サクッと直してくれましたし」

「……あんなのマニュアルがあれば誰でもできる」

「そんなことないですよ、私は分かりませんでしたよ?他にもレイさんができて、私にできないことってたくさんありますよ?そんな私はダメな子ですか?」


 ソファに顔だけのせると、レイさんと私の顔の距離がかなり近くなる。レイさんは拗ねた顔のまま、小さくダメじゃない……と呟く。


「……でも、今研究詰まっちゃってるし……きっと私以外ならできちゃうんだ」

「ふふ、レイさんってあんまり挫折した経験がないんですか?」


 私がそう聞くと、苦虫を噛み潰したような顔で私を見る。


「それよく言われる……何で?何かダメなの?」

「なーんにもダメじゃないですよ。でもね、やっぱり誰も成したことをないことをしようとすると、誰でもちょっとはうまくいかないことがあるんですよ。何でもサラッとできちゃうレイさんには耐え難いのかもしれないですが、まあ何事も経験ってことで、ね?」

「やだ!!!悔しい!!!!」


 レイさんが一際大きく叫び、クッションを抱きしめながら左右に揺れる。小さい子みたいで本当に可愛い。

 何だか今まで感じたことのない場所から何かが湧いてくる。これが母性なの?


「レイさん、かわいい」

「え?」


 私がそう言うと、レイさんはぴたりと動きを止める。


「いっつも冷静沈着で大人なレイさんが、こうやって子供みたいに拗ねちゃってるの、すごく、すごーく可愛いです。えへへ、今日は隣で子守唄でも歌ってあげましょうか?私、得意ですよ、寝かしつけ」


 そう言ってレイさんのお腹をポンポン撫でながら、子守唄を歌う。猫が出てくる子守唄だ。

 レイさんは私を瞬きもせず見ながら、少しも動かない。子猫はどんな夢をみてるのかな、そんな感じで一番を歌い終えると、レイさんがものすごい勢いで腹筋を使って起き上がる。


「わ!びっくりした」

「…………」


 自分が信じられないという顔をして、両手で両頬をパンっと打つと、レイさんは私に向き直る。


「情けないところをお見せして申し訳ございませんでした。非常に厚かましいですが、先ほどまでの私の振る舞いを忘れていただけませんでしょうか……何卒……」


 深々と頭を下げるレイさん。私は大声を上げて笑った。

 レイさんは顔を上げたが、打ったからか恥ずかしさからか、顔が真っ赤だ。


「本当に……ごめん……何か……我を失ってた……」

「レイさん可愛かったですよ?いつもきっちりしてるのに、取り乱しちゃって」


 私がそう言うと、レイさんは悲鳴を上げる。恥ずかしそうな困惑したような、ちょっと複雑な顔をする。


「忘れてよ!恥ずかしい!」

「へへ、また落ち込んだら私に甘えてくれていいですからね」


 私がニコニコ笑うと、レイさんは何も言えなくなってしまったようで、そのまま口をへの字にして黙り込んでしまった。


「レイさん、レイさんと暮らすの、私楽しいです。幸せ」


 今私が思っていることを素直に口に出すと、レイさんはまた顔を真っ赤にして体をわなわなと震えさせた。


「ホノカちゃん、分かってやってるでしょ?!わざと?!私で遊んでる?!」

「思ったこと言ったまでですよ。これからもよろしくね、レイさん」


 レイさんの手をギュッと握る。振り解きもせず、されるがままだ。


「お手柔らかにね……」


 そう呟き、レイさんはがくりと項垂れた。

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