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辺境の魔術師と月下の花嫁  ー引きこもり令嬢と天才魔術師の幸せ結婚生活ー  作者: 愛崎アリサ
最終章 この地の果てで

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第80話 失われた言語

 ルークが帰って来たのは、その晩遅くになってからだった。私が寝室で一人本を読んでいると、控えめな足音がしてルークが入って来た。彼は部屋に入った途端、仮面を取り、ベッドに派手に倒れ込んだ。


「おかえりなさ……ルーク、どうしたの、大丈夫?! 顔色が悪いわ!」


 ルークはベッドにうつぶせに寝転がったまま、低い唸り声を上げた。


「う……ちょっと、無理……魔力も、体力も……もう、爪の先ほども、残ってない……」


「大変! そうだわ、あなたは、昨日から全然寝ていないんだもの! 今すぐ、ゆっくり休まないと!!」


 私は、彼が服を脱ぐのを慌てて手伝い、ブランケットをかけてやる。だらんと手足を伸ばしてうつぶせになっていた彼は、顔だけ横に向けて、目も開けずに言った。


「クレア……膝枕……」


「えっ?!」


「ひざまくら……よく……ニコに、やってやってるだろ……ニコだけ、ずるいぞ……」


 確かに私は、ニコが夜に怯える時には、たまに膝枕をしてあげている。だが、ルークがそれを知っているとは思わなかった。一体いつの間に見ていたのだろう。私は苦笑しつつ頷いた。


「……いいわよ。はい……頭を、少し上げてね」


 ルークは素直に従い、私の膝に頭を預けた。目を閉じたまま満足そうに微笑んでいるのが、なんだか可愛い。私は優しく彼の頭を撫で、いつもニコにそうしてやっているように、子守唄を歌ってやる。もうずっと幼い頃、母が私に歌ってくれた、私が唯一知っている子守唄を。


 少しして、ルークがパッと目を開けた。その瞳が驚きに見開かれていて、私は却って驚き、彼の頭を撫でていた手を止める。


「ルーク! どうしたの、大丈夫? 気分でも……」


「……古代語だ」


「えっ?」


「信じられない……! きみのその歌……それは、遥か昔に失われてしまった、カエルムの古代言語だ……なぜきみが、それを……」


 言いながら、ルークは彼の頭を撫でていた私の手を両手で握りしめ、再び目を閉じた。そして、不明瞭に何かを呟く。


「ああ……だけど、頭が働かないな……このことは、また、明日だ……でも、クレア……お願いだ、どこにも……行かないで……この先も、どうか……ずっと、僕と一緒に……」


「ルーク? ……何を言っているのかしら、聞き取れないわ……」


 ルークが何を言ったのか分からなかったが、彼はなぜか、私の手をしっかりと握っている。私は、彼の顔にそっと耳を寄せてみた。彼は健やかに寝息を立てているので、寝言だったのかもしれない。私はほっと息をはいて体を起こした。眠っているルークの頭をそっと撫でながら、私は呟く。


「古代語……この子守唄が? じゃあ、私のお母様は……」


 子守唄の歌詞の意味を、私は知らなかった。ただ、記憶の中に音として残っていた言葉を、そのまま歌っていただけだ。何の言語かなど、考えたことも無かった。それが、今は失われた言語だと聞くと、急に怖くなってくる。この子守唄は、一体何と歌っているのだろう……そして、母はなぜ、この歌を知っていたのだろうか。


「……考えても、分からないわね……明日ルークが起きたら、また聞いてみないと」


 私は、すっかり深く眠ったらしいルークの頭から膝を外し、私の手を握っていた彼の手をそっとブランケットに入れてやる。そして、自分も彼の隣にそっと滑り込んだ。


「あなたが無事に帰って来てくれて、本当に良かった……これからも、ずっと一緒にいられますように。大好きよ、ルーク……」


 私はルークに寄り沿って目を閉じる。温かくて、大きな背中。私はすっかり安心した気分で、すぐに眠りに落ちた。


 翌朝目が覚めた私は、隣にルークがいないのに気付いて体を起こす。私が支度を済ませて続き部屋になっている隣室に出て行くと、書棚の前に立って何かを読んでいたルークが顔を上げた。顔色はすっかり良くなっている。


「あ、おはよう、クレア!」


「おはよう、ルーク。良かったわ、すっかり元気になったみたいね」


「うん、おかげさまでね! 昨夜は夢も見ずに、ぐっすり眠れたよ! さて。今朝は朝から、やることが盛りだくさんだ。クレアにも色々聞きたいことが……って、だがまずは、朝食からだな!」


 ルークは窓を開けると、メイルバードを呼んでノラのところへ飛ばした。鮮やかな赤と緑の鳥は、けたたましく喚きながら階下へと飛んで行く。ルークは「よし!」と言って、大きな書き物机に分厚い書物を持って来た。


「起きて早々で悪いんだけど。これを見てくれ、クレア」


 私は、彼の開いた書物を見る。だが、何が書いてあるのか、さっぱり分からない。


「何かしら。私には読めないわ。見たことのない文字だけれど、魔術文字?」


 私が首を傾げると、ルークはにやりと笑った。


「これは、カエルムの古代言語だ。昨夜、きみが歌ってくれた子守歌。あの歌には、この言語が使用されている……信じがたいことにね!」


 私は目を見開いてルークを見る。ルークは革張りの椅子にどさっと腰を下ろして、足を組んだ。彼の灰色の瞳が、好奇心で明るく理知的に輝いている。


「昨夜、僕は過労で、歩くのもやっとの状態だったからね。この素晴らしい頭脳が完全に停止していたわけだけど。きみのぬくもりに包まれて泥のように眠ったおかげで、今はすっかり元通りさ。それで僕は、目が覚めてすぐに、きみの昨夜のあの歌の歌詞を、是非とも解読してみようと思ったんだ」


 彼は組んだ膝の上で両手を組み、まるで学府での講義のように続ける。


「この書物は、僕の師であるミラー師匠から譲り受けたものだ。師匠が言うには、これはロマ国内に唯一現存している、カエルムの古代言語で記された古文書らしい。師匠は人生をかけてこの言語の解読を試み……驚くべきことに、この言語体系の基礎を解き明かすことに成功したんだ」


 言いながら、ルークは立派な書き物机の引き出しを開け、一枚の羊皮紙を取り出す。何も書かれていない……と思ったら、ルークはその白紙の上に手のひらを向け、短く何か呟く。途端にぱあっと白い光が広がり、そこに銀色の文字が浮かび上がって来た。


「すごいわ! これも、魔法文字なのね?」


「ああ、そうだ。前にも言ったと思うけど、これも一種の鍵魔法だよ。これを読むに値しない者が容易に目にすることが出来ないように、鍵をかけておいたんだ」


 その大きな一枚紙には、私のよく知るロマ語の文字一覧と、その下に、恐らくそれに対応するであろう読めない文字が記入されている。整然と記入された表。これは、つまり。私がそれをじっと見つめていると、ルークが明るく言った。


「気づいた? そう、これは、あの偉大なる大魔道士ミラーが僕に遺してくれた、現在僕らが使っているロマ語と、失われたカエルムの古代言語の対応表なんだ。すごいだろ? これさえあれば、きみの歌の内容も、きっと理解出来るはずだ」


「私の、歌……」


「ああ。もしもそこに、何か重大なメッセージが隠されているとするなら。是非とも、僕は知りたい。あのサイラスを、止めるためにもね!」

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