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第79話 家族

 ルークが私を抱きしめて小さく嗚咽していると、背後からトコトコとニコが入って来た。子供のニコは、無邪気に声を上げる。


「あっ!! ご主人様が、泣いてる!? ボク、大人の男の人が泣いてるのって、初めて見た!」


「ッ……うるさいな! 感動の再会シーンなんだから、お前はあっちに行ってろよ!」


 ルークは急いで袖で涙を拭きながら、ニコを追い払う仕草をした。ニコの背に乗っていたフロガーが、頭の後ろで両手を組んでため息をつく。


「フーン、いいじゃねえか。愛し合う二人の、感動の再会か。こっちまで涙が出てくらあ」


 とても泣きそうにもないフロガーの声に、すっかり涙を納めたルークが振り向いた。


「……フロガーじゃないか! お前、回復球から出られたんだな!」


 驚いて声を弾ませるルークに、フロガーはいつになく真剣な顔をして頷いた。フロガーはニコの背から頭にぴょん、と飛び移って、背筋を正して言う。


「……ご主人様。あんたは、俺の、命の恩人だ。これで俺は、ご主人様に二度も命を助けられた。おりゃあちっぽけで、愚かで、取るに足りない小さなもんだが、この生涯をあんたに捧げる。命をかけて、あんたに仕えさせてくれ。本当にありがとう、ご主人様」


 フロガーはそう言って、ニコの頭に手を付いてルークに頭を下げる。ルークは晴れやかに笑った。


「気にするなよ。お前達は、僕の家族だからな! 家族の危機を救うのは当然だろ」


 テオが開け放してあった扉を閉めてやって来る。彼は胸の前に右腕を置き、頭を下げた。


「お帰りなさいませ、坊ちゃん。皆、貴方様のお帰りを心からお待ち申し上げておりました……!」


「うん。心配をかけてすまない、テオ。遅くなった。……今回のことは、完全に僕の失態だ。魔術院のことも……クレアのことも」


 そしてルークは私を引き寄せ、再び私の額にキスをする……と、彼は私を見下ろして、目を見開いた。


「……クレア、きみ、マントが……!」


「ええ。……私、知られてしまったの。ここにいるテオと……マイルズさんと、レインにもね」


 私達から魔術院での一部始終を聞いたルークは、眉を寄せて舌打ちをした。


「地底の精霊、アゼルか……サイラスの奴!! つくづく、忌々しい男だ!!」


 ルークは話している間中、ソファで私を抱き寄せて体中を優しく撫でてくれていた。さすが、いつだったか私の体を観察した、と自信満々に言っていただけはある。彼の手の動きは私の体の鱗の向きを熟知していて、手のひらに傷を付ける心配も無さそうだ。私はほっとして身を任せる。バナシアの傷薬のおかげで出血は止まっているものの、こうしてルークの手のひらのぬくもりを感じられるのは嬉しい。治癒魔法をかけてくれているわけでもないのに、なんだか回復が早まりそうだ……と思っていると、ふいに私のうなじがチリチリし始める。ルークの魔力が、急激に増幅しているせいだ。私は、ルークの顔を見上げた。


「あ、あの……ルーク?」


 ルークは私を抱き寄せたまま呪詛(じゅそ)めいたことを呟いている。私室の窓が、ビリビリ、と震え始めた。ニコとフロガーが怯えた顔で辺りを見回す。テオが、涼しい顔でルークを(いさ)めた。


「……坊ちゃん。お怒りは十分承知しております。ですが、魔力の暴走にはくれぐれもお気をつけ下さい。……いつぞやも、ございましたでしょう。坊ちゃんを侮辱した執政院(しっせいいん)の重鎮にお怒りになって、この別邸の一角を吹き飛ばしてしまったことが」


 ルークはピタリと呪詛の呟きを止めて暫くじっとしていたが、やがてはあ、と深呼吸をした。と同時に、恐ろしく高まっていた魔力が沈静化していくのを感じる。


「……そうだったな。ありがとう、テオ。僕の可愛いクレアがこんな目に合わされたと思うと、どうしても怒りが収まらなくてな……。うっかり、同じ(てつ)を踏むところだった」


「あの時は、修繕に多額の費用と時間を要しました。今再びこのお部屋を吹き飛ばせば、ノラを初めとした使用人が遂に反乱を起こすかもしれませんよ。もうこんな傍若無人な主には仕えていられない、とね」


「……お前、涼しい顔して平気で失礼なことを言うな。……分かったよ、大丈夫。僕も、あの時よりは大人になったんだから。……でも、クレア。本当にごめん。僕がいれば、こんな怪我をさせることはなかったのに」


 ルークは何度もため息をついて悲しい顔をする。私は首を振った。


「平気よ。それに、皆さんが、本当に私に良くしてくれたから。……私、嬉しいわ。皆さんが、こんな私を……受け入れてくれたこと」


 ルークは神妙な顔をして頷いた。そしてテオに顔を向ける。


「すまない、テオ。それと……感謝する」


 テオは平然と首を振った。


滅相(めっそう)も無い。私は貴方様の従者。これしきのことで、動ずるわけがございませんよ」


「……そうだったな……。僕だって、そんなことは重々承知していたさ」


 ルークが目を閉じてふふ、と笑った。テオも背筋を伸ばして目を閉じ、微かに口端を上げる。私は、この二人の間に流れる空気感に、密かに感動してしまう。阿吽(あうん)の呼吸と言うのは、こういうことを言うのだろう。彼らの間には、長い年月を主君と従者として過ごして来た者たちの、揺るぎない信頼が横たわっている……。


 私は耳をピクリと動かした。誰かが廊下をやって来る。この足音は……女中頭のノラだ。ほどなくして、ドアがトントンとノックされた。


「ご主人様。いらっしゃいますかね? 王宮より使いの者が来ております。国王陛下からのお呼び出しだそうで」


「分かった、すぐ行く」


 ルークは言って立ち上がり、私の手を取ってキスをした。


「デズの所へ行って来るよ。魔術院があんな有様だからな……ちょっと時間がかかるかもしれない。本当はずっときみのそばにいてあげたいんだけど、本当にごめん、クレア。出来るだけ早く帰って来るから。きみは僕が帰って来るまで、ここでゆっくりしてて。……ニコ、フロガー。クレアを宜しく頼むぞ!」


 ニコが「任せて!」と鼻を鳴らし、フロガーが「おうよ!」とニコの背で飛び跳ねる。ルークは仮面を被りながら言った。


「テオ、馬車をエントランスに回してくれるか」


「はい、只今」


 二人が扉に向かうのを立ち上がって見送っていたら、ふいにルークがぴたりと動きを止め、踵を返して私のところへ足早に戻って来た。そして、私をがばっと抱きしめる。


「あ、あの……ルーク?!」


「……行きたくない。本当は、行きたくない……ここでずっと、きみを抱きしめていたい……ああ、くそっ……僕の分身を生み出せる魔術があれば……!」


 ブツブツ呟くルークに、私も本当はあなたと離れたくない、と我儘を言いたかった。けれど私は、そんなことは言い出せずに、その背にそっと腕を回す。ひとしきり私を抱きしめていたルークは、やがて意を決したようにその身を引きはがし、自分に言い聞かせるように早口で呟いた。


「すぐに帰って来る。すぐに帰って来る、すぐに帰って……」


「坊ちゃん。お時間です。参りましょう」


 冷淡なテオの声に、ルークは「うぐぐ……!」と唸りながら、半ば連行されるように部屋を出て行った。フロガーが呆れた声を上げる。


「あんな様子で大丈夫かよ、ご主人様。王様に会うんだろ?」


 ニコが、私に体を摺り寄せながら答えた。


「大丈夫じゃない? だってご主人様、王様と仲良さそうだもん。あの王様、辺境のお屋敷にも、何度か来てくれたよねえ。それより……ねえ、クレア。怪我大丈夫? お薬、ボクがもらってきてあげようか?」


「ありがとう、ニコ。大丈夫よ。ほら、見て。もう、ほとんど治っているから」


 私の肉体は、非常に回復力が高い。昔から、ちょっとしたかすり傷なら、ほんの一時間程度ですっかり完治していたのだ。ニコとフロガーが、傷だらけだった私の腕を覗き込んで「おおー」と歓声を上げた。ニコが興奮して飛び跳ねる。


「ホントだ! 傷、もう塞がりかけてる!!」


「すげえなあ、クレア。あんたが血を流してた時はどうなることかと思ったが……こんなにすぐに、治っちまうもんなんだなあ。あの薬のおかげなのか? レインって姉ちゃんは、古い薬だって言ってたけどよ。すげえ効き目じゃねえか。さすが、賢者の薬ってだけはあるなあ」


 感心したように言うフロガーの言葉に、私の胸はざわつく。カエルムの賢者。それは、一体どんな存在なのだろう……。


「……ええ、そうね。傷の治りが早いのは、この薬のせいなのか……私のこの奇妙な体のせいなのか、私にもよく分からないわ。でもとにかく、私はもう大丈夫だから、心配しないで。……ほら、ニコ。窓を開けてあげるから、フロガーと一緒に裏庭で遊んでくるといいわ。フロガー、ニコはね、ずっと一人で遊んでいて寂しかったのよ。あなたが戻って来るのを、ニコも私も、ずっと待っていたわ」


 フロガーは「よせよ!」と照れて顔中を手で撫で回しながらも、嬉しそうにニコと裏庭に出て行った。ニコも大喜びで、フロガーと蝶を追いかけて遊んでいる。陽は既に高く、損傷した魔術院と、その隣にそびえる立派な王城を照らしていた。


「ルーク……国王陛下と、一体何を話しているのかしら……。それに……サイラスは、一体どうなったのだろう……」


 私は窓辺に立ち、胸騒ぎを抑えられないまま王城を見つめていた。


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