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第2話 姿を見せてはならない

 ドアがノックされた。この気配は。私は尖った耳をピクリと動かし、ドアの向こうに声を掛ける。


「お父様ね?」


「そうだ。クレア、支度はもう済んだかい? 入ってもいいか?」


「ええ、どうぞ」


 ドアが開いた。父は花嫁の父親らしく正装に身を包んではいるが、その顔には隠しきれない憂いがあった。父は室内に入り私の姿を見ると、儚く微笑んで頷いた。


「可愛い娘クレア。とても、よく似合っているよ」


「ありがとう、お父様。このドレスは、亡くなったお母様が婚礼の時に着ていたものを仕立て直したのよ。すごく素敵でしょう」


「そうだな……」


 父は暫く物思いに沈んだあと、私のごつごつした両手を握りしめて静かに言った。


「いいか、良くお聞き、クレア。私は、今回の縁談が上手くいくよう願っている。そのためには、決して、昼間はお前の夫に会ってはならぬ。陽の光が見えたらすぐに、どこにでも、どんな理由でもよいから身を隠すのだ」


「ええ、分かっているわ」


「今回の縁談……一体なぜ、あの得体の知れぬ魔術師が、お前を指名して来たのか分からない。だが国王陛下の命とあっては、私には断ることなど出来ぬ。それに……気を悪くしないで欲しいのだが。お前にとっては、これが最初で最後の縁談かもしれないのだ。親としては、どこか期待する気持ちも、無いわけではないのでな」


 口ごもる父に、私は苦笑した。それはそうだ。私に結婚を申し込もうなどという奇特な人間は、もう二度と現れないに違いない。父はひどく真面目な顔で続けた。


「それから、これだけは言っておく。何が起ころうとも、私はお前の味方だ。何かあればすぐ、この屋敷に逃げて来るのだぞ。私はお前が傷つくのが、何より怖い」


「ええ、分かったわ。ありがとう……お父様」


 父は、私の醜い頭をそっと撫でた。そして、メアリの手から一輪の白バラを受け取り、私の耳にかけてくれる。私は苦笑して言った。


「ありがとう。でも……似合わないのではないかしら。今はまだ昼間だもの」


「いいや、お前は美しい。どんな姿であっても。クレア、お前は、世界一美しい私の娘だ」


 そして父は私を抱きしめた。父は心から恐れている、私が傷つくことを。私が他者から、恐怖されたり、罵倒されたり……最悪の場合、殺されたりすることを。人は自分と異なる存在を警戒し、時には攻撃するもの。たとえ私に、人々を害する気など無くても、人々が私を外敵とみなして攻撃してきても、何の不思議もない。それほどに、私の昼間のこの姿は、恐ろしいものだった。私は、父の背中に化け物じみた腕を回して囁いた。


「ありがとう、お父様。今までこんな私を愛情こめて育ててくれたこと……感謝致します」


 メアリがまた鼻をすすり始めた。私はぴくりと耳を動かす。廊下の向こうから足音が聞こえてくる。この足音は、父の再婚相手、つまり私の継母のアイリーンだ。


「お父様。アイリーンが来るわ。もう出かける時間なのね」


 私の耳は、とても良い。やろうと思えば、屋敷の外に広がる町の、どこかの家のテーブルから落ちたスプーンの音さえ聞き分けられる。普通の人間にはとても出来ない芸当だ。父は私を離し、流れる涙を強引に手の甲で拭って言った。


「ああ、そうだな。クレア。どうか、お前に、神の加護があらんことを……」


 メアリが手慣れた様子で、私に分厚いマントを着せ掛けてくれた。足元まで覆い隠す長いマントで、白狐の毛皮の縁取りがされたフードもついている。私はフードをしっかりと頭にかぶった。誰にも、私の姿が見えないように。この世界で私の姿を知る者は、父とメアリしかいない。アイリーンですら、私の姿を見たことはないのだ。部屋を出る時、メアリが私に深く礼をした。


「クレアお嬢様、どうぞお元気で。メアリはいつまでも、お嬢様の幸せをお祈り致しております」


「メアリ。今まで私に仕えてくれて、本当にありがとう。あなたの親切は、生涯忘れないわ」


 私は涙で顔をくしゃくしゃにしたメアリに別れを告げ、父とアイリーンと共に、馬車で北の森目指して出発した。婚礼の儀は、その魔術師が住むという、北の森の教会で行われるそうだ。初めて会う、私の婚約者。それは一体、どんな人間なのだろう。私達の馬車は、幾分弱まってきた雨の中を、北の森目指して慎ましく進む。

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