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最終話 辺境の魔術師と

 王都に戻ったルークは、それは大忙しだった。


 ルークがデズモンド国王の密命を完遂し、スティリアの新皇帝を倒してその野望を止めたことを報告に行くと、王城は歓声に包まれたそうだ。ロマ国内ではかねてから、スティリアは、新皇帝となったウンブラ卿……つまりサイラスさえ排除してしまえば、ロマに報復の戦を挑むほどの国家体制は維持できないだろう、と見ていた。案の定、外務院の密偵の情報によると、スティリアは現在大混乱に陥っているそうだ。前国王の在位中から国の全実権を握っていたサイラスを失ったことで、スティリアは建国以来最大の混迷に包まれている。


 ルークはデズモンド国王から、その功績を称えて、国内最高のロマ勲章を授与されることになった。その名誉に私は驚き感激したのだが、本人は至って飄々(ひょうひょう)としていて、叙勲式に出なきゃいけないなんて、面倒以外の何ものでもないよ! と鼻を鳴らしていた。


 ニコは私達を辺境の屋敷に下ろすと、そのまま群れの元へと飛び去って行った。成獣へと成長したニコは……人間の言葉を話せなくなった。ルーク曰く、恐らくニコの成長が促されたのは、彼が群れのメスと出会って身体的な成長の力が促されたからであり……一角獣として生きるための本能が、ニコから人間世界の言葉を奪ったのではないか、とのことだった。ルークは「大人になったってことさ!」と軽やかに笑っていたが、私はとても淋しかった。けれど、きっと、ニコと思いは通じている。私がニコに話しかけ、彼がその宝石のような青い瞳で私を見つめ返す時……彼の言いたいことは、私には、手に取る様に分かった。


 フロガーは、辺境の屋敷の裏にある湖で、新しい彼女と毎日デートをしている。今回は遂に『結婚を前提にしたお付き合い』らしい。王都に遊びに来たフロガーは、デレデレと、王都外れの泥沼にある蛙専用雑貨店で、プロポーズに送るという蝶の形の頭飾りを選んでいた。今のガマガエル界では定番人気の、女性に贈る結婚のプレゼントだそうだ。フロガー情報によれば、たまに辺境の屋敷に遊びに来るニコは既にあの彼女と(つがい)になっているらしく、『俺も負けてらんねえよ!』だそうだ。


 私は今日、ルークに呼ばれて、魔術院のパーティに出席している。損傷した最上階の修繕が終わり、その完成パーティに招待されたのだ。レインが笑顔で言った。


「奥様! この度は、大変な任務、本当にお疲れさまでした! 私は、こうしてまた奥様とご同席出来て、とても嬉しいです!」


「私も、あなたにまた会えて嬉しいわ、レイン!」


 魔術院のローブ姿の彼女は、今日もまた、大好物の肉を頬張っている。マイルズがワインのグラスを手に微笑んだ。


「奥様。これからはいつでも、この魔術院にお立ち寄り下さいませ。私共は、いつでも大歓迎でございますから」


「ええ、ありがとう、マイルズさん。その……お昼に出歩くのは、あまり慣れていないのだけれど。こうしてご招待頂いて、私嬉しいわ」


 今は正午過ぎだ。もう姿が変貌しない私は、空色のドレスを着てパーティに出席していた。このドレスもあのベルが仕立ててくれたもので、ベルは今朝、「奥方の無事なご帰還を祝って!」と笑顔でこれを届けてくれた。春の空を映したような空色のドレスは、胸元に上品な真珠があしらわれ、それは優美なものだった。


 ルークはいつもの魔術師姿だ。彼は頑として、自分の正体を明かすつもりは無いらしい。あの姿で皆に畏怖されるのが、快感だそうだ。その傍らには常にテオが控えていて、何かとルークの世話を焼いている。


 パーティが終わって数日後の夜。別邸の私室で刺繍をしていた私の元へ、ルークが飛び込んできた。その後ろには、テオも控えている。


「クレア!! 朗報だよ!! 辺境の屋敷の修繕が、やっと終わったって!!」


 私は立ち上がる。魔術師の仮面を脱ぎ捨てたルークは、晴れやかな笑顔で続けた。


「デズに言って、明日から数日、特別にお休みをもらったんだ! 久しぶりに、一緒に辺境の屋敷に帰ろう!」


「本当に?! 嬉しいわ! 私、あのお屋敷が、とても好きだから」


 テオがお茶を淹れてくれながら、口端を上げた。


「坊ちゃんと奥様がお帰りになったら、フロガーも喜ぶでしょう」


「テオ、お前、フロガーの彼女に会ったか?」


「ええ。先日所用で戻りました時に、離れの私の部屋に彼らを招いて、お茶会を致しましたよ」


 私は驚く。テオが、そんなことをしているなんて。ルークは笑った。


「お前、あいつらと仲がいいからな! で、どうする? お前も、明日一緒に行くか?」


 テオはあっさり首を振った。


「いえ、今回は、私は遠慮させて頂きますよ。申し訳ありませんが、昨夜から、王都に私の娘たちが来ておりますので」


「ええっ?!」


 私は思わず声を上げる。二人が私に顔を向けた。私は慌てて言う。


「あ……その、ごめんなさい。テオには、娘さんがいらしたのね。私、そういえば、あなたのご家族のこと、知らなかったから」


 ルークが笑った。


「ははは、そういえば、そうだった! テオは、王都に奥さんと住んでるんだよ。娘さんが3人いてさ。年齢も、僕と同じくらいじゃなかったっけ? もう結婚してるんだろ?」


「ええ。三人とも、もう結婚して家を出ておりますね。一番下の娘が、ちょうど坊ちゃんと同年代です」


 テオの顔つきがとても柔らかくなる。私は、初めて見るテオの家庭的な顔つきに、なんだか嬉しくなった。ルークが笑って頷いた。


「そうか。なら、お前を連れて行くわけにはいかないな! まあいいさ。どうせ明日は、馬車じゃなくて、転移魔法で行くつもりだったんだ。帰りは馬で戻るから、こっちは気にしなくていいぞ! 娘さんと、ゆっくりしてくれ!」


 テオは礼を言って下がった。私達は夜のうちに簡単な旅支度をして、翌朝すぐに、ルークの転移魔法で辺境の屋敷へと飛ぶ。


 辺境の屋敷は、修繕が完璧になされていたのもあり、何も変わっていなかった。


 2階のバルコニーに出ると、朝の爽やかな風が私達の頬を撫でた。鏡のような湖面は、朝陽を受けてキラキラと輝いている。バルコニーの下から、フロガーの声がした。


「ご主人様!! クレア!! なんだよ、突然!! 帰って来てたのか?!」


「ああ、さっきな! 今そっちに下りるよ!」


 ルークはバルコニーからそう答え、私を連れて一階に下りる。裏口を出ると、裏庭には、相変わらずカモミールの白い花が揺れていた。けれど、以前みたいに、はびこってはいない。ずっと前にみんなで裏庭を整理したから、今は、庭の片隅で可愛らしく咲いているだけだ。


 フロガーは、照れ臭そうに彼女を連れている。可愛い蛙の女の子だ。プロポーズは近いうちに、らしく、ルークに影でからかわれていた。


 ふと、翼の音と共に大きな影が裏庭を横切り、私達は空を見上げる。ルークが頭上に手を振った。


「ニコじゃないか! おーい、下りて来いよ!」


 ニコは、滑らかにこの裏庭に着地する。その隣には、ニコより少し小柄な一角獣……ニコの奥さんが寄り添っていた。ルークは、ニコのたてがみを撫でて言った。


「久しぶりだな、ニコ! ちょうど良かった、僕達も今帰ってきたところなんだ。これから数日ここに滞在するから、お前も奥さんと一緒にここでゆっくりして行けよ!」


 ニコは嬉しそうに頷いた。『分かったよ、ご主人様!』と言う彼の声が聞こえるようだ。


 私は久しぶりに辺境の屋敷の台所でお料理をして、彼らに食事を振舞う。今回は王都から食材を持って来たし、私も人間の姿だから、料理は苦じゃない。私達は久しぶりに一緒に仲良く食事をした。とても懐かしくて、幸せな時間。


 食後、ルークと共にバルコニーに上がった。眼下では、ニコ夫婦と、フロガーとその彼女が、青空の下で楽しそうに遊んでいる。湖は陽光に輝き、青々とした森を、風が吹き渡っていく。静かな昼下がりだ。


「……懐かしいわ。あの結婚式の夜……あなたに連れられてここへ来たのが、昨日のことのようよ」


 バルコニーの欄干に手を置いて、私はルークに微笑んだ。あの夜。暗い森を、得体の知れない魔術師と共に、ここにやって来たあの夜。あの時から、私の人生は、何もかもが新しく変わった。


 ルークが笑って頷く。


「うん、そうだね。あの夜は……本当に驚いたな。分厚いローブを脱いだきみが、とても不安そうで、魅力的で……僕は一生、あの瞬間を忘れないだろうね!」


 ルークは私の腰を抱き寄せた。私はくすぐったくて笑い……その胸に顔を預ける。私は、暫くそうして、無言でルークに寄り添っていた。下から、フロガー達の笑い声がする。ニコが飛び跳ねて、フロガーと追いかけっこをしていた。ルークが笑って言った。


「あいつら、楽しそうだなあ! ニコも、追いかけっこなんて、子供なんだから! あいつ、成獣になっても、前とあんまり変わらないな!」


「……ふふ、そうね。でも、ルークだって、子供みたいなところがあるわよ? よくここで、ニコ達と、全力で追いかけっこをして遊んでいたじゃない」


「えっ、クレア、見てたの? まあね。僕は、あいつらと遊ぶのは、嫌いじゃないからね!」


 私は微笑み……そっと、下腹部に手を当てた。まだ、ルークには伝えていない、大切な秘密。私は、ニコニコと私を見下ろしているルークに、言った。


「この子も……あなたに追いかけっこをして遊んでもらったら喜ぶわ、きっと」


 ルークは不思議そうに私を見つめた。私は笑顔で下腹部を撫でる。彼は暫くそれを見つめていたが……やがて、大きく目を見開いて私を指さした。


「え……え……?! あ、あの……そ、そそそ、それって……!!」


「ええ! 喜んでくれる? ルーク! 私、赤ちゃんが出来たの……あなたの子よ!」


 ルークは暫く口をパクパクさせていたが、やがて、歓声を上げて私を抱き上げた。私は、笑ってその首に腕を回す。ニコとフロガーが、私達を不思議そうに見上げた。


 私は、ルークの胸に抱かれて目を閉じる。なんて幸せな気分だろう。

 明るい太陽が、まるで私達を祝福するかのように、辺境の屋敷を温かく照らしていた。


 Fin.



最後までお読み頂き、誠にありがとうございます。

皆様からの、いいね、ブクマ、ポイント評価に励まされ、完結まで書き切ることが出来ました。応援下さった全ての方に、心より感謝申し上げます。

もし本作がお気に召しましたら、ブクマ、ポイント評価、また、作者をお気に入り登録など頂けたら、とっても嬉しいです♪

近日中に、短編を公開予定、現在公開中の短編も、未読でしたら是非お立ち寄り下さいませ。


クレアとルークの物語に最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!

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