痺れる恋心①
「あの…ずっとその…君……ね…君じゃないか……真くん……あ、名前…名前で呼んじゃ…えへ……」
付和 音色は高校2年生である。
彼女は恋する乙女として今日めでたく好きな人に告白するというイベントを迎えた。綺麗に整えられたストレートの金髪をほのかに揺らし、持ち前の大きな瞳を細めて砂で覆われた床と木製の体育館の壁の狭間を見つめている。時々顔に視線を向け可愛らしい口を小開きにし一瞬ニヤけるような素振りを見せる。透き通るような白い腕は胸の前で5本の指を付け放ししている。誰もが羨むこの容姿端麗な美少女からの告白を受けた男の反応はもちろん…
「えっと………その…君……?……俺のことを好きになってくれた気持ちは嬉しいんだけど、…俺たち話した事無いよね?」
同じく高校2年生の平井 真は見ず知らずの女子からの告白を受けて困惑しているようだ。何を隠そう彼女はこの告白こそが思いを寄せる者へのファーストコンタクトであった。
「え?!…えっと、はいそうですけど、?!だめ!だめ?だめなの?!いや、いいって、いっ…へ?!」
彼女は付和 音色、高校2年生であるのに補足してコミュ障であった。外見からして完璧美少女のイメージを持たれがちな彼女だがその美貌に近寄る者は誰もいない。それはあまりの美しさに近寄り難いという訳では無く、彼女自身が他者と会話を行うこと、もといその言動ゆえに拒絶されることを恐れ避けているのだ。だが避けてばかりいられない事態ということもある。そのひとつがこれだ。そして結果はこうなる。
「だから、ね?本当に悪いんだけど、ごめんなさ……」
「何がダメ???私のなにがだめ?!!?ねえ!」
「いや、そのお…なんて言うか……」
相手からの拒絶。彼女が最も恐れていた結末を前にして彼女はそれを遮り打破すべく、今にも泣き出しそうな、又は刃物を腹部に突き立てそうな、そのような表情でまくしたてる。真の方も告白を断った理由を言いづらそうにしている。いくら絶世の美少女が己に好意を寄せているといっても、初対面かつこの様子を見れば断るのもおかしなことではない。
「その…とにかく付き合うことは出来ない……かな?…ってことで、ね?」
無情な言葉が風を切り、静寂を呼んだ。彼なりには柔らかく伝えたつもりなのだろうが、そんな事は現在混乱と絶望で染まりきっている彼女の心には届かない。
《やっぱりダメじゃん。私が恋愛なんて。人と上手く話せたことなんか無いのに。なんでこんなことしたかなあ?え?断る?この美女からの告白を?なんで???ねえ?私が悪いんだもんね。自業自得じゃん。》
支離滅裂な思考が言葉を変えながら自責と他責を繰り返す。そして十数秒の沈黙の後彼女には1つの言葉だけが残った。
《失恋》
その瞬間ある音が沈黙を破る。決して人の声なんかではない。銃声と形容するべき轟音。いや、この音はそれ以外のところで聞いた覚えがある。雨音と暴風が屋根を揺らす音に混じり一際目立つ、人の恐怖を煽るその音は
《雷鳴》
-----
「ダイアンくん!先程ぶりだね!」
威勢のいい坊主がスライドドアを開けて診察室に入ってきた。今日の午前8時新人の青年を連れてきて始業の合図をして以来2時間ぶりだ。ここの院長は優秀な医師大安宮 詩音、もといダイアンを気に入っているようで自分の職務を本当に全うしているのか疑いたくなるほどこの難病科に関わってくる。
「あの、院長。先程は雰囲気的に言いづらかったんですが、この病院の始業は9時からでは?」
「あれはその場の雰囲気が悪いな!こんな騒がしい事があったらすぐにでも流れで始業しちゃうよな!曲がり角で食パンを咥えた子とぶつかったらすぐに転校生紹介のHRが始まるのと同じだ!」
暴力が身近にありそうな風貌の男が少女漫画を例えに使うとはなんとも……しかも分かりづらい。
「分かりました、後で厚生労働省に行ってきます。」ダイアンは冗談とは思えない淡々とした口調で冗談を口ずさむ。
院長はこの医師の冗談に慣れているようで「やめてくれ〜」と笑顔で謝る。
そこに元気な青年が口を挟んだ。
「そういえば先輩の名前聞いてませんでしたけど、ダイアンって呼ばれてるんですね!」
「ただのあだ名ですよ。そこのお調子者が勝手に呼んでいるだけです。本名は……」
「津田さんだ!僕の高校にも居ました!苗字が津田でダイアンって呼ばれてる子!」
「あのですね……ダイアンは津田さんだけじゃありませんよ。じゃない方芸人の気持ちも考えてあげてください。そして私の名前は津田でなく、大安宮 詩音です。」
軽快なノリで先輩に話しかける新人の青年とそれに平坦な声で答えるこちらも若そうな医師。それを聞いた院長が尋ねた。
「君、まだ名前教えて無かったのかい?」
「聞かれなかったものですから。」
「完全に忘れてました!あれからすぐに仕事を教えて貰ってたもので!」
「私の朝食を邪魔した上に息つく間もなく仕事を教えろと言ってきました。」
どうやら院長のせいで勘違いしたのかそれともやる気に満ち溢れているのか始業前から彼は仕事を教えて貰っていた。彼は自分が頭の悪い人間だと思っているらしく、一刻も早く仕事を覚えて貢献しなければ捨てられてしまうと考えたようだ。
「なんと向上心のある子だろうか…!」
「即解雇したらそれは法律違反です。難病医師に選ばれる程度の知能はあるようですが、バカなんですか?」
浅葱は恥ずかしそうに後頭部に手を当てている。
「そうだ!今のうちに先輩のこと教えてください!名前を聞いた後は……性別!」
「あなたはアンケート用紙でしょうか?人は他人の名前を聞いた後にまず聞くことが性別とはなりませんよ?」
「だって!先輩は見た目じゃ分からないんですもん!」
とにかくデリカシーの無い言葉が口をついて出てくる。だが確かに詩音はひどく中性的な顔立ちをしている。鋭い目つきに丸メガネ、脱色された髪色に短いポニーテール、頭部の情報だけでいえばパッと見女性であるが、そうとも断言出来ない。さらに体つきは華奢であるがなにか女性感を感じない。声も少し男性寄りである。
「回答しない、といったところでしょうか。」
「うわ!令和みたいな回答しますね!」
本人は性別を隠す動向のようで院長も無闇に詮索していない。これは彼(女)のコンプレックスなのだろうか。
「じゃあ…えっと〜……好きな食べ物!」
質問が思いつかないなら無理するなと言いたいが彼はとにかく先輩について質問を重ねる。
「菓子パン。」
「好きな飲み物!」
「清涼飲料水。」
一問一答をさせる青年と高校生のような回答をする中性。それを優しく見守る院長。院長は頼むから自分の仕事に戻ってくれ。
「次は………」
「飽きましたね。話を切り替えてこの難病科の説明でも………」
新人のアキネーターごっこを遮り話を変えようとする。が、それと同時にデスクの電話がなり始めた。
「どうも。………はい、分かりました。」
最小限の言葉のみで詩音は電話を切る。電話の内容はというと
「患者です。診察の準備に移りましょうか。」
「はい!早速の実践楽しみです!」
「それじゃあ!浅葱君!初仕事頑張るんだよ!」
どうやら患者が来たようだ。これを機に雑談は止み、近所のおっちゃんでしかなかった院長も自分の戻るべき場所へ戻っていった。
-----
「先生よろしくお願いします。」
子供を連れた西洋人の母親が挨拶をした。だが患者本人は母親に付き添われた女子高生の方のようだ。少し髪が乱れ衣服を含めた全身に薄ら黒い汚れのようなものが見える。よく見ると煤がついているようだ。
「先輩!この子めちゃくちゃ可愛いですよ!ハーフですよハーフ!」
声を抑えつつもハイテンションで先輩にだけ聞こえるように耳打ちする。浅葱は初仕事で患者に一目惚れしかけたようだ。
「診断に関係ないことで口を挟まないでください。」
浅葱の様子もいつも通りといえばそうだが詩音はさらに普段と変わりない様子で淡白に注意をする。だがこの少女は全人類の目を引く絶世のそれであることも確かだ。むしろ浅葱の反応の方が正しいとまで言える。だがこの美少女が全身を覆う煤とボロ切れのようなシワだらけの服によってまるでマッチを売る少女のようにみすぼらしい風貌なのは何故だろうか?母親は何やら高そうな服を着ており本当に貧乏というわけでは無さそうだ。そこで1つある可能性が浅葱の頭の中に過ぎる。まさか、虐待でもされているのか?この優しそうな母親から?
「ここには誰の紹介で来られました?」
詩音も浅葱と同じようなことを1つの可能性として考えながらもまずは定型文の質問から診察を開始する。ここで少女が話し出すことは無く、代わりに母親が説明をした。
「はい、ここは近くの病院の形成外科医の荒井さんから紹介されました。」
「お母さん日本語上手ですねえ!」
「ええ。両親はイギリス人でしたが産まれた時から日本に住んでますので。」
また浅葱が診療に関係ないことで口を挟む。
「なぜ形成外科に?」
それを遮るように詩音は質問をしていく。
「音色ちゃん、説明できる?」
「…ふぁ!…えっと…う、うん…えっと……」
突然話を振られた少女はひどく動揺して言葉がすぐに出てこない。その様子を見てまた浅葱が耳打ちをする。
「コミュニケーション障害でしょうか?」
「さすがにこれだけで判断するのは早いですがその可能性は高いかもしれませんね。CDは難病を併発しやすいですから。」
2人で何か話す医師を前に少女は説明を始める。
「えっと、どうやら私、学校で意識を失ったみたいで、その前にやってたことは、えっとその、それで記憶………」
なかなか話がまとまっていない様子だが、母親からの補足などを交えて要約するとこうだ。
《事の発端は昨日の午後4時、彼女は近所の高校の生徒でその時体育館裏で思いを寄せる男子生徒に告白を決行していた。すると急に体に衝撃が走り意識を失ったようだ。落雷のような音を聞きつけ先生や生徒が集まってきて救急車を呼んだ。救急隊員は状態から見て感電と判断し、形成外科にその少女を運び込んだ。だが体育館裏に電気を発する物は生徒のスマホ以外になく漏電した形跡はない。空も快晴で落雷の可能性もない。そこで形成外科医荒井は難病による超常現象によるものと疑いこちらに患者をよこした。》
「なるほど。それでは結果からお伝えします。」
3分クッキングの如く事前に用意されていた検査結果が提示される。詩音は小さな板のようなものを取り出した。インフルエンザ検査キットを少し大きくした物といったようなものだ。だがインフルエンザのように1本か2本の線があるという訳では無い。その板には鮮血の赤を背景としてリトマス試験紙のような青色でハートにギザギザの模様が入った絵が現れていた。
「なんですか?これ?」
「難病を検出するものです。事前に採取した付和音色さんの血液を使用しています。難病患者でなければ、これは全面本来の血液の色で満たされます。しかし、難病患者の血液を使用した場合このように青色の紋様が現れます。紋の形状は症状によって様々ですが。」
詩音の説明が終わると同時に親子両者が結果について理解したようだ。
「付和音色さん、あなたは難病です。この症状、そして紋様は前例がありマニュアルにも序盤に載ってあります。この症状の名前は……」
《ショートシンドローム》
名前の安直さは味だと思って許してください。