12/29
あれから2日は過ぎました。
お母さんは姿が変わらず、お父さんは姿を変えていません。
そして私は変わらない現状に慣れてしまっていました。
いままでこんなことなかったので今回初めて気が付いたことですが、カオスもしばらくすれば慣れてしまうのです。
『美人は三日見れば飽きる』と同じく『弟になった母親も女装をする父親』もなれるんです。
恐ろしいことです。
「ふんふんふん♪」
上の階からお母さんの鼻歌が聞こえます、洗濯物を干しているんでしょう。
昔から何か作業するときは決まって、その時はまっている曲を口ずさみます。
もしどんな曲か気になる場合は『音楽 人気 最近』と調べてもらえればヒットするでしょう。
「ふんふふふん♪♪」
絶妙にリズムがとれていません。
お父さんは、お母さんの思いは計り知れないといっていましたが本当にそうか疑ってしまいます。
「何か考えことか?」
「よくもまあそのなりで悩み相談に乗れると思ったね。」
「辛辣で悲しいな、娘よ。」
相変わらず女装したおっさんが前の席に腰掛けます。
いや、恰好は一昨日と違って原宿でスカウトされるのを待っているタイプの女子が着ていそうな
もこもこ服なのがより鬱陶しいです。
この人もう楽しんでるだろ、それどころかわざわざこの為だけに買ってるな。
「どうした、変態。」
「咲ってそんなにお父さんに厳しかったっけ。」
「化け物には化け物の作法で返すのが礼儀であろう。」
当然のことですね、頭のおかしい人には調子に乗らせないように冷たく返すのが定説です。
「そんなひどい態度をとるならお父さんも考えがあるぞ。」
「何されても私はひるまんよ、今の状況なら。」
「買い物に行ってくるけど何かいる?」
「私が行かせていただきますのでどうかご容赦くださいませ、父君。」
「うむ、よろしい。」
なんという脅迫でしょうか、やっていることは自爆テロと同義です。
女装した小綺麗なおっさんがカゴをカートに入れる。
女装した頭が寂しいおっさんが熟しているアボカドをカゴに入れる。
女装した定年近いおじさんが-
おじさんのゲシュタルト崩壊で気分が悪くなってきました。
なんでアボカド買ってるんだよ。
-それをいうとお母さんは問題ありません。
少年が買い物に行っても『お利口だね』と言われるだけです。
ほっこりする日常が女装するおじさんをかき消してくれます。
半額シールを狙っていく子供は少し特異かもしれませんが許容の範疇でしょう。
けれどお母さんはあれから家を出ていません。
「母さん、戻らんな。」
「そうだね。」
「心配か?」
「...心配だね。」
お母さんの鼻歌はまだ階下の私たちに届いていますが、私たちの声はお母さんに届いていません。
背徳感ではないのですがなんだか申し訳ない気持ち自分の気持ちの中をうごめいています。
お父さんが自分だけそのままでいれなかった気持ちがわかるような気がしなくなくもなくもないような気がしてきたような気がしてきました。
「なんだか失礼なことを考えているね、咲ちゃん。」
「安心しなよ、現在のお父さんの株価は底値だから。」
「お父さんショック起きてる!?」
この人はどれほど状況を理解しているのでしょうか、わかりませんが現状を話せるのはこの人だけです。
「お母さんをなんとか戻してあげたいけど医者の所に連れて行ってもね。」
「子供になってって話しても信じてもらえないだろうしねぇ、そもそも保険証が使い物にならないよね。」
「確かに、いい着眼点。」
「人事畑の人間をなめないでいただきたい。」
鼻をならすお父さんが癪に障ります、この人が会社の未来を担う新卒を決めていると考えるとお先真っ暗な気がします。
お先ブラック企業です。
ですが言っていることは正しいです。
私は政府の組織に誘拐されるみたいなことばかり考えましたが、保険証が使えないのはリアルに面倒です。
今は問題ありませんでしたが、何かあって病院に駆け込むとなった時に保険証を見せれない状況は誘拐とかを疑われるかもしれません。
10歳ほどと思わしき少年を監禁した容疑として警視庁は本日未明
会社員の板橋 咲容疑者(27)を逮捕しました。
板橋容疑者は容疑を否認しており『彼は私のお母さんだ。』と意味不明な供述を続けているようです。
現場にはほかにも原宿系のもこもこウェアを着た禿散らかしたおっさんもいたようです。
コメンテーターの○○さんはー
いやな想像をしてしまいました。
何とかしてこの妄想が現実にならないように私たちは全力で抗わないといけません。
「やるよ、お父さん。」
「ん、なに?買い物行くの?じゃあお父さんお酒で割る用のシークワーサーのやつ買ってきてー。」
「ほざくなよ。」
「ほざくなよ?」
無神経な発言に反射で反応してしまいましたが、戦いはここからです。
逮捕されないために、ではなくお母さんをもとに戻すために私たちは全力で戦うのです。