なーに言ってんだ。
「は?」
「咲の言いたい事はよく分かる。」
「そうよ、こんな事中々ないものね。」
今私は女装したお父さんと弟の姿をしたお母さんと一緒に食卓を囲んでいます。
後者に関してはお母さんのような言動をする弟なのかもしれません。
思考はとっくに止まったので真実なんて知る由もありません、
私だって訳が分かっていません。
「お母さんも帰ってきたから事情を話しやすくなった。」
「むしろこんがらがってるけど。」
「まぁそういわずにお父さんの話を聞いてあげてよ。」
弟の見た目をしたお母さんが私をたしなめます、弟に言われているような気がしてイライラします。
思春期を思い出したからでしょうか。
「あれは数日前のこと、お父さんがいつものように会社から帰ってきたときのことだった。」
新世紀のサングラスお父さんのようなポーズで話し出しました、残念ながら威厳はありません。
「夜に差し掛かろうかという時間帯だったのに明かりはついておらず、人気もなかった。
お母さんはいつもお父さんが帰る時間に合わせてご飯を作ってくれているからこの時点で何かおかしいな?、
そう思ったんだ。」
「なるほど?」
確かにお母さんは昔から規則正しい人です、私と弟が門限を破った時はすさまじい勢いで怒られたこともありました。
もちろん自身も例外はなく、いつも起きる時間はぴったり5時半。
服を着替え、洗濯機を回し、お弁当を作る。
お母さんのルーティーンは私が高校を卒業するまで変わることはなく、一度たりともさぼったりはありませんでした。
子供のころはそれを当たり前のことのように感じていたけれど、今思うと超人だと思います。
そんなお母さんがお父さんの帰宅の時間に家にいなかったとすれば確かに違和感を感じてもおかしくないかもしれません。
「電気をつけてみたら掃除機は出しっぱなしだし、取り込んだ服はソファーに投げ散らかしてある。
この時点でお父さんはもう気が気じゃなかった。」
「確かにそうなると強盗とかも考え始めるよね。」
私が理解を示すとお父さんはそうだろうとうなずきながら話を続けます。
「二階まで探したがお母さんの姿はみあたらなかった、代わりに...」
そこで話を聞くに徹していた少年が身を乗り出して、
「そう、お父さんはそこで有宇ちゃんの姿をしたお母さんと出会ったのでした!!」
と楽しそうに言い放ちました。
出会ったのでした、ではありません。
なぜにそんな楽しそうなテンションで語れるのでしょうか。
「やっぱりお母さんってことであってるんだよね?」
私の問いに力こぶを見せながら
「そうでーす、山下香織(51)でーす!!」
と元気よく少年は返答しました。
この時代を感じさせるポージングは間違いなく私のお母さんです、信じたくはないですが。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんでそんなことになっちゃったのさ。」
「いやぁ、それはお母さんにもわかんないのよ。ただいつも通りに洗濯物取り込んで掃除機かけて、あぁそろそろ
お父さんが帰ってくるから夕ご飯の準備しなきゃなぁと思ってたらね、突然眠くなっちゃって。」
「で、起きたら昔の有宇になってたと。」
「さすが咲ちゃん、呑み込みが早い。昔から国語の成績よかったもんね。」
「関係ないでしょ。それで?」
「それで?」
お母さんたちは首をかしげています。
「いや、わからないけどとりあえず有宇がお母さんなのは何とか飲み込んだよ。けどさ...」
「この格好をしている理由はなんなのさ。」
瀟洒なリップで着飾っているおじさんを指さして言います。
二人はしばらくなんのことかわからずに見つめあったかと思うと何が面白いのか笑い出しました。
「これは流石にないわよねぇ、私もそこまでしなくてもいいって言ったんだけどねー。」
ケラケラと笑うお母さんの対して、お父さんは気恥ずかしさをごまかしているようです。
何をいっているのかは元からわかっていませんが、さらに分かっていないでいるとお母さんが注釈しました。
「有宇ちゃんの姿だとはいえ男の人になったことなんてお母さんないから困ってたのよ、慣れちゃえば特に問題なかったんだけど。
だけどお父さんはそんな私を見て『自分は何も母さんのためにできていない、せめて母さんの気持ちに寄り添いたいって』ってなったみたいでねぇ...」
「それで!?それでお父さんはお母さんの恰好をしているってこと!!!!!!????」
あまりの話のつながり方に私は席を立ち声を荒げてしまいました。
このカオスは超常現象か夢か何かだと思って納得しようと思っていた私でしたがそのうちの半分が
たんなる父親の狂気によるものだと思いたくなかったのだと思います。
優しさはここにはないのでしょうか。
「お母さんはこうして取り繕っているがね、...その思いは計り知れないものだと思うんだよ。」
あいも変わらず威厳のないお父さんは真面目な表情で語りだしました。
「自分の性別や年齢が変わるなんてこと聞く機会なんて創作の中だけだ、もしそんな恐ろしいことが自分の身に起きたらお父さんなら取り乱して見れたものじゃないと思うんだよ。
だが母さんはどうだ。お父さんと今まで通り一緒に暮らしているし、咲や有宇に心配させないようにこうして直接対面するまでわざわざ言いもしない。」
思えば確かにその通りです、お母さんは私と直接会うまでは特に何か連絡してくるなんてことはありませんでした。
それは勿論自身の状況を把握しきれていなかったというものをあるでしょうがそれ以上に私たちに迷惑をかけないようにといった理由があったのでしょう。
お母さんは私たちに厳しいと同時に自分にも厳しい人です。
「普段からお母さんは自分の意見を滅多にいうタイプでもないし、何かあればお父さんを立ててくれる。正直なんで僕みたいな人間がお母さんと結婚できたのか不思議なぐらいだ。
なんなら貴方が人生での一番は何ですかと聞かれれば『お母さんと結婚できたことです!!』と胸を張って言えるね。」
「咲ちゃんの前でそんなこと言わないでよぉ。」
少年が女装おじさんの前で照れながらくねくねしています。
話の内容だけ見れば嬉しいことのはずなのですが何故だか言い切れません、何故なのでしょうか。
「ともかくお父さんはお母さんがこのままであるならこの姿を貫くことにする。これこそがお父さんがお母さんを愛していることの証明なんだ!!」
「仕事はどうするのさ。」
「お父さんは勤続25年の大ベテランだぞ、有給なんて余るほどある。」
胸の詰め物の前で腕を組んで鼻をふふんと鳴らしてお父さんは答えました。
「なーに言ってんだ、あんた。」
「あ、あんた?」
「あら、咲ちゃん!!反抗期なのね。遅めの反抗期ってやつね!!」
「反抗期どころか、結婚適齢期じゃボケ!!!」
何度目かわからない私の怒号が我が家を包みました。