第一話 新米大聖女の憂鬱
聖女とは、最上級の回復魔術を扱え、人々の身も心も癒す存在――と定義されている。
この国――ステラでは、回復魔術の素養を持つ人間が生まれやすい。
その理由は女神ステラの加護だとされており、女神の加護であるがゆえに女性に発現しやすいとされているが、実際のところはよくわかっていないようだ。
まあ女性に多いのは事実なので、理由についてはあまり深く考えても意味はないのかもしれない。
或いは、深く追求すると宗教と学問が対立しかねないため、互いに触れないようにしているか……
私としては是非研究をしてもらい、可能であれば男性にも高度な回復魔術を使えるようになって欲しいと思っている。
そうすれば、わざわざ聖女が戦場に出向く必要もきっとなくなるだろうから――
「ここにおられましたか、大聖女様」
「……もう見つかっちゃった」
「当たり前です。かくれんぼなんて、昔さんざん私とやったじゃないですか。今更この屋敷に隠れる場所なんてありませんよ?」
私と同い年であるこの少女――スザンナとは、もう14年以上の付き合いである。
物心つく頃にはこの屋敷で一緒に遊んでいたため、かくれんぼなんて飽きるほどやり尽くしていた。
「だったら、空気読んで探さないでよ……」
「ダメです。今日は大聖女様の親衛騎士団が配属される日なのですから、しっかり身だしなみを整えてお出迎えませんと」
「うぅ~、それが嫌だから隠れてたのに……。というか、その大聖女様っていう呼び方もやめて欲しいんだけど……」
「大聖女様を大聖女様とお呼びするのは当然のことではありませんか」
「……でも、それだとお母様と区別がつかなくなるでしょう?」
私の母であるペールギュント・ヴィーナスは、大聖女の中で最も強い力を持つとされる存在だ。
家族とはいえ、同列のように扱われるのは正直恐れ多い。
「今この屋敷に住んでいる大聖女様はカティリーナお嬢様だけなのですから、何も問題無いですよね? それに、ペールギュント大聖女様は今や教皇様ですので、教皇猊下とお呼びするべきしょう」
「それはそうだけど……、スザンナったら絶対私のことからかってるでしょ? 」
スザンナは私の専属メイドとして働くようになってから昔のように笑わなくなり、クールで凛々しい顔つきになった。
でも、それは演技であり、本当は昔のまま変わっていないことを私は知っている。
現に今も、喋りながら一瞬口角が上がったのを見逃さなかった。
「……まあ、ここなら私達二人しかいないし、演技はいいかぁ。フッ、アハハッ! いやぁ本当、改めておめでとう! カティリーナ!」
そう言って肩をバシバシと叩いてくるのは、真面目な専属メイドのスザンナではなく、私の良く知る友人のスザンナだ。
久しぶりにスザンナらしい快活な笑顔を見た気がする。
「ありがとう――って言いたいところだけど、スザンナにそんな他人みたいな態度取られるようになるなら、正直ならなければ良かった……かも」
「ん~? 私が真面目にメイドの仕事し始めたのと、カティリーナが大聖女になったことに因果関係なんかないけど?」
「え、えぇ!? じゃあ、どうして急に他人行儀になったの……?」
大聖女はこの国だと人間国宝クラスの扱いを受けるため、教皇であり国王でもあるお母様に次ぐ地位を持っている。
だからてっきり、スザンナは私が大聖女に昇格したことで身分的な問題を気にするようになったのでは? と思っていたんだけど……
「どうしてって……、あ、もしかしてカティリーナ、私が身分の差とか気にして他人行儀になったとか思ったの?」
「えっと、うん……」
「おバカねぇ、そんなこと今さら気にするワケないじゃない。そもそもカティリーナは、聖女とか大聖女になる以前にヴィーナス侯爵家の娘でしょ? 平民の私とじゃ最初から天と地ほどの身分差があるんだから、その差がさらに開いたからって急に態度を改めたりしないわよ」
「で、でも、私は、純粋な貴族じゃないし……」
スザンナの言うことは理解できるのだけど、私自身がそれを認めていないため納得はできない。
「……カティリーナ、まだそんなこと気にしてたの? 血なんか繋がってなくても本当の家族だって自分で言ってたじゃない!」
「家族だとは、思ってるよ。……でも、貴族にとって、やっぱり血統って大事だと思うから」
私は物心つく前から、ヴィーナス侯爵家の令嬢として育てられてきた。
自分で言うのもなんだけど、お母様からもお父様からも、たっぷりと愛情を注がれていたと思う。
だから私も、お母様とお父様のことが大好きだったし、同時に尊敬もしていた。
そしてそれゆえに私は聖女を目指し――、真実を知ってしまったのである……
聖女になるには、いくつかの条件がある。
まず当たり前ではあるが、性別は女であること。
年齢に制限はないが、聖女学校に入れるのは12歳までなので、それが実質的な年齢制限となっている。
他にも一定以上の回復魔術が行使できることなど、規定値が公開されていない曖昧な条件もあるが、その中の一つに純潔であることというものがある。
無知だった私は当時、何をもって純潔と判断されるのか理解できていなかった。
そして、聖女学校でその意味を知ったとき、私は愕然とした。
お母様――ペールギュント・ヴィーナスは今もなお大聖女として健在だ。
それはつまり、聖女の条件である純潔を守っているということを意味する。
……そう、私は、お母さまの本当の子ではなかったのだ。
あの時は本当にショックで心が折れそうだったけど、そんな私を励まし前を向かせてくれたのがスザンナだった。
もしスザンナがいなければ、私は多分、聖女になる夢を諦めていたと思う。
「そりゃあ多少は大事だとは思うけど、血統なんかよりももっと重要なことがあるって言ったでしょ?」
「……愛と、友情?」
「そう! 私はカティリーナのことが大好きだし、一生の友達だと思ってる! たとえ貴族だろうが聖女だろうが、獣人や悪魔だったとしても! ずっと一緒にいるって決めてるんだから! 言っておくけど、嫌だって言っても逃がさないからね?」
「スザンナ……」
私だって本当はスザンナと同じ気持ちだ。
だから、それをハッキリと言葉にしてくれて本当に嬉しく思う。
……でも、じゃあ何であんな風に他人行儀な態度になったのだろう?
「……ただ、ねぇ? 私がそのつもりでも、周りが許してくれるとは限らないじゃない? だから、ちゃんと真面目にメイドできること証明してさ? ママみたいにメイド長でも目指そうかなぁ……なんて思ってね」
「っ!? メイド長!? スザンナが!? …………ぷっ、アハハッ♪ ぜ、全然、似合わない!」
「な、なんですってぇ!?」
スザンナは小麦色の肌が良く似合う、とても活発な女の子だ。
健康的で体力もあり、スタイルも抜群とメイドにしておくのがもったいないくらい魅力的な容姿をしている。
チラリと自分の胸元を見て、何故か少し寂しい気持ちになった。
本当、一緒に遊んでいたハズなのにどうしてこんなに差が出たのか……
まあ、そんなスザンナなので、正直いつかは別の道に進むかもしれないと考えていたし、それならそれで応援するつもりでいた。
でも、まさかそんなことを考えていたなんて、嬉しい気持ちと照れくささで、顔が少し熱くなってくる。
「ぐぬぬ……、って、何赤くなってるの……? 言っておくけど、私はその気はないからね?」
「っ!? ち、ちが、私そんなつもりじゃ!?」
「ホントォ~? カティリーナって昔から私にベッタリだったからなぁ~?」
「ご、誤解だよ! 私は聖女を目指してたから、その、男の子にはあまり近付かないようにしてただけで……」
これは半分本音で半分嘘だ。
昔、スザンナと遊んでいるときに男の子と何度か遭遇したことがあるけど、なんとなく怖くて後ろに隠れていた記憶がある。
今はもう怖いと感じることはないけど、正直苦手意識は若干残っていた。
「じゃあ、大丈夫だよね? 親衛騎士団の皆さん、もう待ってるよ」
「…………」
やっぱり、行かなくちゃダメだよね……
はぁ……