プロローグ -生涯忘れることのない光景-
プロローグのみ男視点となります。
※この作品は↓と少しだけ繋がりがあります。この作品単体でも問題無く読めますが、固有名詞などは他作品を読むと登場済みだったりします。
・お転婆令嬢は誰かに攫ってもらいたい
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・破門され国外追放となった聖女、何故かモフモフ達に愛され女神扱いされることに……
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アルストロメリア王国第八騎士団、団長――それが私の肩書………………だった。
現在第八騎士団は壊滅状態であり、生き残っているのは恐らく私しかいないと思われる。
率いる騎士団がもうないのだから、騎士団長などと名乗る資格はないだろう。
(……いや、仮に団員が無事だったとしても、第八騎士団は既に――ッ)
私の闘志が揺らいだ瞬間を狙いすましたかのようにのように、森の奥から鋭い矢が飛来する。
眉間を精確に狙った矢――しかしその精確さゆえに軌道が見切りやすく、なんとか剣で弾くことに成功した。
「くッ……」
だが、恐らく魔力で強化されていたのだろう。
体力も魔力も尽きかけている今の私では急所から逸らすのが精一杯であり、滑るように軌道を変えた矢は不運にも左目の瞼を削るようにかすっていった。
どうやら眼球には届いていないようだが、出血と痛みでとてもではないが目を開けていられない。
そして、この塞がった視界で次の矢を防ぐことは、もう……
諦めが頭を過った瞬間、今まで立てていたのが嘘であったかのように力が抜け、膝から崩れ落ちる。
剣に縋るようにして何とか倒れることは回避したものの、最早立ち上がる力は残っていない。
殺された団員達のため一矢報いようと燃やしていた闘志も、今や完全に尽きてしまっていた。
(エバ……)
死を目前にして思い浮かんだのは、私達を切り捨てた王国への恨みでも、仲間を失った哀しみでもなく……、楽しく笑う妹の笑顔と、その妹を救うことのできなかった後悔だった。
ヴァレンシュタイン伯爵家は、世間的には魔道の名門として知られているのだが、いくつかの問題を抱えていた。
一つは、その血筋による問題だ。
アルストロメリア王国はかつてガイエスト帝国の属国であったが、英雄シュバイン・アルストロメリアの活躍により独立を果たした。
その原動力となったのが、「自由への渇望」である。
誰よりもそれが強かったシュバイン・アルストロメリアがその旗頭となり、結果として文字通り自由を勝ち取ったのだ。
そして、ヴァレンシュタイン家はその血をより濃く引き継いだ一族の一つであり、それゆえに自由過ぎる性格の人間が多いという問題を抱えていた……
当然と言えば当然だが、世代を重ねれば他家との交わりにより血は薄まっていくものだ。
しかし、英雄の血が強すぎるのか……、今でも同世代に一人や二人は自由過ぎる子どもが生まれる傾向にある。
……そして、今の世代は特にそれがより顕著であり、私を含め全員が何らかの問題を抱えていた。
長男である私――ギースは、跡継ぎの立場を放棄して家を飛び出し、騎士の道に進んだ。
長女であるニーナもまた家を飛び出し、商人の道へと進んだ。
ここで流石に危機感を感じた父――カーズは、子ども達が出奔しないよう監視網を構築したのだが、結果としてその犠牲となったのは次女であるエバだけであった。
次男のゼルは外の世界に興味を持たず、ひたすらに魔道の研究を続ける学者気質だったためそもそも外に出る心配がなく、三男三女以降は教育や精神魔法を駆使することで幼少期から矯正をしていたらしい。
私は商人気質のニーナと、学者気質のゼルとは気が合わなかったが、活発なエバとは気が合い良く二人で遊んでいた。
だからエバが将来冒険者になりたいという夢も知っていたし、応援もしていた。
しかし、結果としては私とニーナが家を出たせいで、エバの夢を閉ざすこととなってしまったのである。
私はそのことに負い目を感じており、いつか直接謝りたいと思っていたのだ。
だからエバが悪魔に攫われたと聞かされたときは、動揺して前後不覚に陥った。
落ち着いてから詳しく話を聞いたところ、どうやらその悪魔はヴァレンシュタイン家の数代前の先祖であるらしい。
これこそがヴァレンシュタイン家が犯した禁忌であり、王家にも秘匿していた最大の問題である。
かつて、イブリーシュ・ヴァレンシュタインは魔道を極めんとするあまり、邪道に手を染めた。
イブリーシュは自らの魂を変質させ悪魔となり、より高次な存在へと進化したのである。
しかし、そんな文字通り悪魔の所業が認められるハズもなく、イブリーシュは封印されることとなった。
……その封印を、悪魔にそそのかされたエバが解いてしまった――、よりにもよって他家も集まる婚約パーティの日に。
ヴァレンシュタイン家が邪悪な存在である悪魔を生み出してしまったことは、王家にすら秘匿している大罪。
そんなものを他家に知られるワケにはいかず、パーティに参加していた貴族には全て精神魔法で記憶の改ざんを行ったそうだ。
しかし、たとえ記憶を改ざんしたとしても必ずどこかに綻びは生じるし、参加者以外の記憶を改ざんすることは困難であるため違和感はどうしても発生する。
結果、ヴァレンシュタイン家はエバの婚約相手であったオーランド家を筆頭に、多くの貴族から恨みを買うこととなった。
とはいえ、魔道の名門であるヴァレンシュタイン家を直接害するような真似はできなかったのだろう。
そうして狙われたのが、長男である私の率いる第八騎士団――というワケである。
まあ、これはあくまでも私の仮説でしかないので、実際のところは違うという可能性もある。
ただ、私と第八騎士団はそもそも騎士団の中でも煙たがられていたので、貴族の不満を解消するために使い捨てられたとしても不思議ではなかった。
……それでも、ここまで徹底的に潰しに来るとは思っていなかったが。
私の戦意が完全に尽きたと見抜いたのか、森の中から私達を狙っていたと思われる者達が姿を現す。
「夜鬼……、なるほど、これが悪魔の、正体、か……」
警戒しつつも深入りせざるを得なかった理由が、今回の討伐対象である。
聖女大国ステラは中立国であり、防衛以外の戦力を持たない。
そのため国内で目撃された魔物については、国外の騎士団や冒険者などに討伐が依頼されることがある。
今回がまさにそれなのだが、対象となる魔物が問題であった。
……討伐対象は、悪魔である可能性が高かったのである。
魔界以外で悪魔が目撃されることなど滅多にないため、今回もどうせ誤情報だろうというのが大半の見解であったが、父から事情を聞いていた私としてはその可能性を否定できなかった。
だからこそ、どこかでヴァレンシュタイン家の犯した禁忌を知った誰かの策略により嵌められたのだと思っていたのだが、魔物の正体が夜鬼であったのならば罠ではなかったという可能性も出てくる。
理由は単純で、夜鬼の見た目が悪魔に酷似しているからである。
しかし、残念だ……
もし本当にエバを攫った悪魔だったのであれば、最後に呪ってやるくらいのことはできたかもしれないのに――
そんな恨み言を心の中で呟いた直後、唐突に視界が真っ白になる。
一瞬意識が飛んだのかと思ったが、私の目には白以外にも金や銀の装飾が映っていた。
「よく、生きていてくれました」
「っ!?」
純白の正体が衣服だということにはすぐ気づいたが、理解が追い付かない。
振り返った少女は、全く見たことのない顔だった。
……だというのに、一瞬エバと見間違ったのは、私の心が見せた幻か――
「ジェラルド様、バーナード様、魔物をお任せできますか?」
「問題ありません、大聖女様。私とジェラルドであれば、一匹も残さず殲滅可能です」
「先に行くぞ」
少女の前に立っていた金髪の男が笑顔で答え、もう一人の黒髪の男は振り向きもせず一瞬で姿を消す。
その先に立っていたハズの夜鬼は、いつの間にか首がなくなっていた。
「全員は無理かもしれませんが、可能な限り助けてみせます」
「……?」
少女が何を言っているか、私には理解できなかった。
しかし次の瞬間、少女の背中から翼のような光が溢れ出す。
――ああ、私はこの日のことを、生涯忘れることはないだろう……