8.2023シーズン鮎解禁
2023年6月25日(日) 5:00
昨日の夜は囲炉裏端で美味しいアメゴの塩焼きや牛肉、畑で採れた新鮮な野菜をバーベキューで堪能し少し後に合流した女将の美和子とアルコールを交えての楽しい歓談を2時間ほどで切り上げ21時半頃には宿泊する離れに戻った。
離れの部屋にはいつの間にか布団が敷いてありいつでも寝られる状態になっていたが女たるものそのまま床に入るわけにもいかない。少しだけ肌の手入れをしつつ、事前に準備していた350mlの缶ビールの栓をあけた。
肌の手入れと言ってもちょっと化粧水を馴染ませる程度で切り上げると、スマホを取り出して日課ともいえるSNSを開き、ネット上で仲良くなったブロ友の記事やインスタの写真を覗いては「いいね」を押して歩きだした。
主要河川が鮎釣り解禁して一ヶ月も経ったこの時期、ネット上でも賑やかに釣果自慢があちこちでアップされている。
ここ数年の空子の動向であれば、5月の内から早期解禁される河川に出向いては、竿を出すのが通例となっていたが、今年に限っては、仕事の用事や家の用事、他の趣味の用事が重なって、空子自身の鮎釣り解禁には至って居らず、だたただ他の仲間の釣果を口惜し気に眺める日々を送っていた。
一通りSNSチェックを終えてウェザーニュースのアプリを開くと、今居る高知県高知県長岡郡大豊町の天気を確認する。
『私の晴れ女は健在やわぁ』
梅雨時期には珍しい一日中晴れの予報だ。
『明日は良い釣りができますように』
窓の外の星を眺めては心の中でつぶやく。
350mlの缶ビールも空になって時刻は11時少し前、まだ眠くはないが灯りを消して布団の上に横たわった。
明日の釣りのことを思うと興奮してなかなか寝付けなかったが、いつの間にか気を失うとあっという間に日の光明るさを瞼の下の網膜に感じ取った。
高知の6月、4時前には明るくなりだし5時には明るさに耐えられずに目を覚さまし起き出した。
朝食は7時にお願いしてある。
まだ、2時間もあるが居ても立っても居られない。
部屋に持ち込んだ竿を出しては少しだけ伸ばしてみる。
空子のメインロッドはG社の高級ロッドだ。フラッグシップとまでは行かないが上位ランクの8.5m。
友釣りの竿で一番スタンダードな9mのロッドよりは少し短めの竿ではあるが部屋の中で全部伸ばすにはさすがに長すぎる。
『やっぱり、初期はソリッド穂先にした方がええやろうか?』
ソリッド穂先をケースから取り出すと、それまでロッドの中に仕込まれていたチューブラー穂先と入れ替える。
『でも、昨日見た魚は結構大っきかったしなぁ』
そう思うとまたチューブラー穂先と入れ替える。
『いやでも、やっぱり』
そんな、鮎釣り師のあるあるな行動を何度か繰り返した後に結局ソリッドに決めて尻栓をしめた。
『もう、決めた。もう、終わりにする!』
そう決心して竿をロッドケースに戻すと
『竿より、自分の準備をせんとな』
6月も下旬、日が照っていれば紫外線の量は盛期の8月よりも多い。
日焼け止めファンデーションをこれでもかと厚塗りにしたり、厚塗で白になった肌色に合わせた薄いナチュラルカラーの口紅を引いたりと女の楽屋部屋を手際よく仕上げていった。
時刻は6時40分
まだ、早いと思いながらも朝食会場となる、併設のカフェへ歩いて行った。
カフェに入ると窓際のテーブル一つにクロスが掛けられて、ペーパーナプキンとナイフ、ホーク、スプーンが並べれている。昨日の晩からの宿泊は空子一人だったので準備されているテーブルは一か所だけだ。
入ってきた空子に気が付くと美和子は
「クーちゃん、おはよう、早いのね?ごめんね、朝食の準備まだ終わってないの。でも、コーヒーは飲めるからコーヒー飲んで待っててくれる?」
「おはようございます。コーヒーいただきます」
美和子はにっこり微笑むと大き目のマグカップに保温してあったコーヒーを注ぎ、温めた牛乳を注いで空子の座るテーブルに持ってきてくれた。
「朝はカフェオレの方が良かったわよね?」
そう言いながら空子の前に置いてくれた。
前に来たときに言った空子の好みを覚えていてくれる。
そんな美和子の心遣いとおもてなしが、いごっ荘をリピートしてしまう理由の一つだ。
「ありがとう。いただきます」
夏の朝ではあるが山の上のここは空気が少しヒンヤリとしている。
温かいカフェオレがゆっくりと空子の身体に染み入る。
カフェオレを飲みながら少し待っていると、空子の前には朝食が並び始める。。
トーストに自家製夏みかんのマーマレード、軽いサラダと半熟に仕上げたベーコンエッグ、搾りたてのオレンジジュース。
昨晩の炉端焼きフルコースから比べると何の変哲もない朝食であるが丁度いい具合の朝食で味はどれも抜群に美味しい。
あまり手を加えていない料理のようでもちゃんとした食材が選ばれているのがよく分かる。
料理に口をつける毎に幸せな気分も味わうことができた。
食べ終わるとカフェオレをもう一杯お替りして美和子との何気ない会話を楽しんだ。
このまま優雅な時間を満喫しいたがあまりゆっくりもしていられない。
「ごちそうさま」
美和子に告げると部屋に戻り釣りの支度をするのだった。
女性釣り師はどうしても釣り場での着替えには難がある。
だからいつも釣りに行くときは、ある程度の釣りの恰好に着替えてから出発する。
空子は鮎釣りの時のスタイルにはメーカーのこだわりはほとんどない。
自分の気に入ったデザインのシャツやタイツを選んでいる。
今日はV社のシャツにSM社の鮎タイツを身に着けた。
ただ、川以外の場所を鮎タイツで歩くのは少し抵抗があるので移動の時は上からD社のハーフパンツを履いた。
年齢は40代半ば、努力の甲斐もあり若い頃から変わらないスタイルを維持している。
スタイルには少しは自身もあるが、線がくっきりと出る鮎タイツだけで川以外を出歩くというのは流石に照れる。
着替えを終えて外に出ると勇夫に挨拶をして釣りに行く旨を伝える。
「オトリ準備しちゅーき持ってき」
勇夫はそう言って庭の生簀からオトリ鮎を出してくれた。
なんでも、近所の名人に頼んで天然鮎のオトリを用意してくれていたそうだ。
それを聞くと空子は車にオトリ缶を取りに行き、D社の15Lのオトリ缶を抱えてきた。
生簀には活きの良い天然オトリが4匹も入っていて全部オトリ缶へ入れてくれた。
「すまんこってす」
空子が申し訳ない気持ちで言うと
「構わん。うちの釣った魚やない。鮎釣り名人が持ってきてくれたものやき。」
勇夫は満面の笑みで返した。
さて、オトリを積んでブクブクを確認して
『いざ、出発』
空子はいごっ荘を後にして、向かうは一路、久保オトリ店
漁協の地図では久保オトリ店は26番付近なので、今日狙いを定めたポイントよりも上流だ。
一度、目的の釣り場を通り過ぎて戻ることになるが、吉野川に来るたびに世話になっているオトリ屋さんに顔を出したい。
車を運転すること30分、昨日、虹色の竿を握る名手を見た21番のポイントを通過する。
『こんなに、近かったんやなぁ』
昨日は、順繰りに川見をしてきたからすごく時間が掛かって遠く感じたけど、意外と近い感覚だ。
『そりゃ、そうか、久保さんのところより下流だもんな』
その後、15分で久保オトリ店に到着。
車を降りて、オトリ缶を出して、職場のある神戸で買って来た手土産の日本酒を手にする。
『土佐の男には焼酎の方が良かったかな?』
そんなことを考えながら、店の前へ立つと
「おはようございます。オトリください」
大きな声で叫びながら店の中を覗き込んだ。
すると、待っていたかのようにタイミングよく店主の久保が顔を出し、まだ6月だというのに真っ黒に日焼けした肌に深い皺が刻まれたしわくちゃの顔でニカッと笑って見せた。
「おー、クーちゃんか、いつからこっちに来たんや?まだ、尺鮎は釣れんぜよ。」
そう言いながら手際よくオトリを掬う網とタライを準備する。
久保は空子のオトリ缶に手をかけて水を入れようとすると
「なんや?重い?あれ?オトリ入っちゅーぜよ。これなら買わいでもええろ」
久保は空子の方を見上げるように言う。
「いや、今年の解禁なんで、やっぱり久保さんのオトリが使いたいんですよ。2匹お願いします」
それを聞くと久保は
「そんな気を使わんでええぜよ。」
そうは言いながらもタライにオトリ鮎を数匹入れてみせた。
「あ、忘れてた。これどうぞ」
空子は持っていた日本酒の4合瓶を久保に手渡すとオトリを見定めてタライに両手を入れた。
シーズン最初のオトリ購入なのでオトリが手につくか心配だったが体は覚えている。
手をたらいに浸すと、手が自然動いて養殖オトリの泳ぎを拘束する。
「えーっと、背が黒くて浮いていなくて、大きすぎない。。。」
そんなことを言いながら2匹オトリ缶に追加した。
「これでいっぱい鮎を釣ってきます」
空子が言いながらオトリ缶の蓋を締めようとすると、久保はタライのオトリを一匹つかんでヒョイっとオトリ缶に入れてくれた。
「酒のお礼やき」
空子が申し訳なさそうに頭を下げると久保は
「4匹も天然鮎が入っちゅーのに、うちのが2匹じゃかわいそうろ」
そう言って笑って見せた。
「そうしたら、あと一匹いないと釣り合わんやないの?」
いい返す空子に久保は続けて
「うちのオトリは生きがええき3対4で充分負けん」
もう一度笑って見せた。
「ありがとうございます。それじゃ行ってみます。」
「気を付けてな」
空子はオトリ鮎が7匹も入ったオトリ缶を抱え上げて車に積み込むと久保オトリ店を後にして、昨日狙いをつけた21番のポイントへ向かった。
駐車スペースには先行者の車が2台停まっていたが、昨日見た感じでは空子が入るスペースもあるだろう。
体力的な面でどうしても浅いポイントや流れの緩いポイントでしか竿が出せない空子にとっては、他の男性釣り師の狙うポイントとバッティングすること少ない。
車から降りると鮎タイツの上に履いていたハーフパンツを脱いで、靴をウェーディングシューズに履き替える。
ベルトを付けてベストを羽織って。
帽子を被って、偏光サングラスをして。
『あー、早く釣りたいのにやることが多い!』
急いだって仕方がないのに気が競る。
『グローブをつけて、タモを挿して、竿をもって、曳舟もって。。。あ、水分も忘れたらあかんな。昨日コンビニで買った麦茶ももって。』
そして一つ一つ確認しながら準備を終え、いざ、川へ降りようと思ったところで
『あーっ!ダメ押しの日焼け止め塗るの忘れた!!』
グローブを取って、サングラスを外して。。。
『キーーーーーッ!』
そんな毎度のあたふた儀式の後ようやく川に下りられた。
「ちょっと、手間取ったけどオトリは元気よな?」
オトリ缶の蓋を少し開けてみてみると腹を横に向けている魚がいなさそうだ。
川の水を触ってみると「冷たい!」これならば水アワセの必要もないね。
オトリ缶から曳舟にオトリを移す。
『何匹にしよう?なんてカッコつけたこと考えても仕方ない。全部持ってこう』
曳舟に7匹のオトリ鮎を移すとオトリ缶をダミーで川の中につけ石を乗せた。
「あたしが帰ってくるまでここにおるんやぞ!」
オトリ缶に言い聞かせるようにつぶやくと川へ入って行った。
あたりを見渡して入れそうなところを探す。
セオリー通りに朝一は瀬肩からやりたいところではあるが、空子にとって瀬肩は危険と安全のボーダーラインだ。
危険な瀬肩は流れも速く、とても立っていられない。その上もしも流されたら下流はすぐに瀬だ。
安全な瀬肩との危険な瀬のボーダーラインの見極めは遠くからではわかりにくい。恐る恐るゆっくりと近づいてみる。
大丈夫っぽい。
下流の瀬もそんなに荒くなく、チャラ瀬に毛が生えた程度の早瀬だ。
石の大きさも丁度よく足で掴まることができる。
まずは一度バックして踝くらいの流れに立って、竿を出すと仕掛けをセットした。
竿はG社 8.5m胴調子、昨日の夜に穂先を入れたり戻したりを繰り返した竿に仕掛けはS社の完全仕掛け水中糸は複合0.01号を選択した。
S社の水中糸は表記よりもだいぶ太目に作られているので細すぎるという事はないだろう。
穂先に仕掛けをセットすると、そのまま竿を伸ばす。
途中、天井糸の移動部分が出てくるので1m程上の方にずらしておく。
メーカーの完全仕掛けは大概9mで出来上がっているので8.5mの空子の竿では糸が余ることになる。
天井糸は折り返して2重になる部分の長さを調節することにより、全体の長さ調整が可能なようにできている。1mずらしておけば折り返しで丁度50cm縮めることができるという仕掛けになっている。
竿を全部伸ばして仕掛けの長さをチェックすると丁度鼻カンの位置が竿尻とトントンくらいに調節できている。
仕掛けの手尻は竿より15cmくらい長く設定するのが一般的で、空子もその辺りの長さを基本としている。
15cmくらい伸ばすのが良いか悩んだが、『これも何かのおぼし召し』とまずはそのまま使ってみることにした。
鼻カンの位置を調整して、逆さ針に掛け針をつける。
掛け針はG社の7号3本錨を空子の指で3本くらいの大分短めにセットしてみた。
初めてのポイントでいきなり根掛りしたくない、川に立ち込むのが苦手な空子には根掛は天敵で外しに行くのは毎回四苦八苦する。
少し深いポイントや流れの早いポイントで根掛かってしまうと引き切る以外の手段がないのだ。
例え、根掛かって悩まし気な声を上げたところで、都合よく白馬の王子様が通りかかって根掛を外してくれるなんて幸運は滅多なことでは訪れることはない。
そんなことをうだうだ考えても仕方ない。
『兎に角打つべし!』
背中に刺しておいたタモを左の脇腹付近へ回し、タモ網の下2割が川の水に付くくらいになるようしゃがむ。
流れが踝くらいの流れの中に居るので完全にしゃがんだ方が安定しやすいのだ。
そのままの姿勢を維持して曳舟を引っ張り寄せると水を半分切り曳舟ごとタモ網の中に突っ込む。タモ網の中で作業をおこなえばオトリに逃げられる可能性が激減するのでシーズン始まってすぐなどはこのように行う。
曳舟の蓋をあけて右手を突っ込む。
まず、最初の一匹は養殖オトリから循環させたい。
右手には逃げ惑う鮎を感じつつ、手に着いたオトリを軽く握ってみる。
表面の鱗が荒くざらついた感じがするのが養殖オトリだ。
手探りで養殖オトリを探し当てるとつかんで外へ出してすぐにタモの中に放りこんだ。
曳舟の蓋を締めるとタモ網の中から出して自分の下流へ流した。
曳舟は腰のベルトにロープで繋がれているのでそれ以上は下流へ流れていくことはない。
右手の親指と人差し指で鼻カンを摘まみ、掛け針と逆さ針は悪さをしないように手のひらに包み込む。
タモ網の中で泳いでいるオトリ鮎を左手で優しく握って、鼻カンを鮎の鼻に押し通す。
鼻カンさえ通ってしまえば逃げられることはないので左手で握ったままオトリをタモ網から出して川の流れに泳がせる。
最後は尻ビレの辺りに逆さ針を刺すとオトリを流れの中に解き放った。
オトリが流れの中に入ったら、あとは竿操作でオトリをポイントへ誘導する。
この時、釣り人の意思でオトリを入れたいポイントに引き入れる引き釣りと、オトリの意思を尊重してオトリ任せに行きたいポイントへ行かせる泳がせ釣りの2通りが鮎の友釣りの主な釣り方となるが、空子は後者の泳がせ釣りを主体に釣りを組み立てるのが得意だ。
まずはオトリ鮎が行きたいように行かせる。
竿を立て糸をほんの少し緩めるとオトリは元気に流れの中に入って行った。
「さすが、久保さんのオトリは生きがええなぁ」
良さそうな石の辺りに行くと竿を少し寝かせて、オトリがフワフワと漂うような泳ぎを意識してさせる。
縄張りを持った野鮎がいれば一発で追ってくるような良い泳ぎをしているが反応はない。
「やっぱ、もう少し奥の深い場所へ挿ささんと、あかんかなぁ?水も冷たいしなぁ」
そんなことをつぶやきながら少しずつ奥へ足を踏み入れて行く。
じりじりと半歩5分くらいの歩みで奥に入っていき三歩分くらい奥に立ち込んだところで、もう一度ポイントを見定める。
大きな沈み石の回りで、盛んに石を食む野鮎の姿が見えた。
ここからなら何とかオトリが届く範囲だ。
「何とか泳いで行ってよ」
泳がせ釣りにおいては、釣り人の誘導の技術も大事だが、それ以上にオトリが泳いでくれて初めて勝負になる。
オトリが自力でそっちに泳いで行ってくれるよう誘導半分、神様にお祈り半分の感覚でオトリに念を送る。
「そっちやない、あっちや~」
すると、自分の仕掛けの目印がゆっくりと大石の回りで石を食む野鮎の方向へ進んでいく
『もうちょっとで狙いの大石や』
と思った刹那、目印が大石の方向へ一気に吹き飛んだ。
大石に着いた野鮎の威嚇行動でオトリに凄い勢いで体当たりして、オトリについていた掛け針に引っ掛かかったのだ。
まだ、心の準備が出来ていなかった空子は一瞬、頭が真っ白になったが、野鮎が掛かった感覚に身体が反応して瞬時に竿を立てた。
引っ張られ身体の自由を拘束されたの野鮎は振りほどこうと一気に逆側に泳ぎオトリ鮎と仕掛けと竿を通して空子を引っ張る。
8.5mの竿が満月のように円くしなる。
空子は野鮎の泳ぎを止めるため両手に思いっきり力を込めて竿が伸されないようにそのままの姿勢で耐えるとやがて少しずつ野鮎の引きが弱くなってくきた。
竿を下流側から岸側に寝かせて、オトリを流れの緩い方へ誘導したところでオトリ鮎が水面を切って空中に出てきた。
「あとは竿が反発して跳ね上がるのを待つだけだ。」
左手でタモを抜いて竿に添えて構えると野鮎が水を切り空中に飛び出しこちらに飛んでくる。
水平に宙を舞う魚体はキレイな背掛りだ。
タモ網を構えて飛んできた野鮎を見事にキャッチし、流れる動作でタモ網の下の部分2割程度を水に付けた。
2023シーズン空子の解禁鮎は20cmのまっ黄色な鮎であった。
タモの中に居る2匹の鮎を眺めて初めて自分の心臓の鼓動の早さに気が付く、知らぬ間にはあはあと肩で息をしていた。
そして次第に込上げてくる嬉しさと感動。
暫く、美しい魚体をうっとりと眺め、息を整える。
心臓の鼓動はまだ早いが、スマホを取り出すと、2023年の初鮎の姿を写真に収め、そのままインスタへ投稿した。
コメントはあえて付けなかったが、みんなはどんな反応をしてくれるか?
そんなみんなの反応を考えたがそれどころではない。
釣り上げた野鮎とオトリを交換して早く元の流れに戻さねば!
【鮎は循環の釣り】鮎の友釣りを語る上でよく言われる言葉である。
鮎の友釣りは釣り上げた野鮎にオトリを交換する。釣りあげたばかりの野鮎は元気ですぐに元居た流れに戻ろとする。その時の元気な泳ぎに近くの鮎は反応してまた針に掛かる。すると釣り上げた野鮎がまたオトリとなり、好循環となれば何度も繰り返される。これが循環の釣りと言われる由縁である。
本当は鮎の友釣りには写真を撮ってSNSにアップなんて余計な行動でしかないのだ。
でも、やはり、嬉しさは共有したいのもネット民としての性だ。
空子はスマホをしまうとオトリ鮎の鼻カンを外して、曳舟の中に戻した。
今度は釣れた野鮎を左手で包み込むように持って鼻カンを通し、手慣れた手つきで逆さ針を打って送り出した。
竿を両手で構えて自分の姿勢を整える。
次の野鮎がすぐに掛る【入れ掛り】を期待しながらも、先ほどの余韻に浸っていた。
昨年の10月末に竿をしまってから約9カ月。
一連の動作は体がちゃんと覚えていた。
嬉しさがまた込上げる、このまま次の入れ掛りが来れば何も言う事はないのだが・・・
結局、午前中はこの1匹で終わった。
曳舟が流れないように石を乗せて固定し、一度車に戻ってお昼ご飯にする。
車に戻ると駐車スペースにはもう一台車が増えていて、先行者の2台の車の人たちはどうやら知り合いで二人で一緒にお昼を食べているところだった。
川から上がってきた空子に気が付くと、珍しそうに空子を眺めては一人が空子に話しかけてきた。
「鮎釣りに来たのやか?掛かったか?岡山ナンバーけんど岡山から一人で来たのやか?」
喋り言葉から地元の人のようだ
「はい、岡山から一人で鮎釣りに来ました。何とか一匹だけ釣れましたが、なかなか難しいです。」
「一匹でも釣れたら大したものちや。わしゃ3匹でこっちは、まだゼロや。」
「ご飯食べるなら、こっちで一緒に食べんか?きゅうりの漬物うまいぜよ。」
「ありがとうございます。それじゃお言葉に甘えて」
そういうと空子は一度車に戻り、竿をしまって、いごっ荘の女将の美和子が作ってくれた、おむすび弁当とよく冷えたお茶をクーラーボックスから取り出した。
二人の方へ行くとどこからともなく椅子が用意され
「どうぞ、座っとーせ」
空子は遠慮なく座らせてもらい、おむすびを食べ始めた。
ご飯を食べながらの、地元の人との釣り談議を堪能すると、お礼を言って午後の釣りの支度に入る。
「何で釣れんかなぁ?」
地元の二人の話だと夜中に降った雨で水温が急に下がったせいで活性が悪いってことのようだが
「でも、こういう日は午後は水温が上がって入れ掛りになるとも言ってたなぁ」
自分の車の脇に立ちぶつくさ言いながらお化粧直しとはいかないまでも、車の窓に反射する自分の顔を確認しながら日焼け止めを念入りに塗り直し、午後の釣りについて考える。
「まあ、オトリはまだまだ元気なのがいっぱいおる、何とかなるわな」
顔弄りを終えるとベルトを装着して、ベストを羽織り、偏光サングラスを掛ける。
午前中まで使っていた愛竿を再び手にすると
「なんとかなれっ~!」
最近、口癖のようになっているお気に入りのフレーズを竿に向けて、魔法少女にでもなったような気持ちで唱えた。
地元の方との釣り談議のおかげでいつもより長めのお昼となったので時刻は13時を回っている。
「午後になると水温も上がって入れ掛り」その言葉を信じて朝一の浅いポイントへ足を入れる。
ウェットシューズ越しに感じる水の温度は確かに朝よりも温く感じる。
これなら、空子の得意とする『チャラ瀬に野鮎が出てきているかもしれない。場所も休んだ事だろう。』そう思うとあまり音が立たないよう、その場で慎重に仕掛けを準備し始めた。午前中は複合0.01号の水中糸をチョイスしたが、『いっそのこと太仕掛けに替えてみよう。』フロロ0.25号の仕掛けをベストのポケットから出すと竿の穂先にセットした。朝と同じ要領で仕掛けの長さを合わせ、目印を低めに調整する。
曳舟に入っている8匹の鮎をタモの中へ一度全部出してみて、生きのよいオトリを確認する。午前中は養殖オトリ3匹と自分で釣った1匹でローテーションしていたので、みんな元気に息を吹き返している。
今日はまだ登場していない、いごっ荘の生簀から入れてもらってきた4匹の天然オトリの方はもちろん元気だ。
『午後は天然オトリで勝負をかける』そう思うと、3匹の養殖のオトリを曳舟にしまった。
タモ網の中で泳ぎまわる5匹の天然鮎、いずれも背掛り釣られた鮎なのだが、いごっ荘の生簀からもらった4匹は鼻カンは通されていないらしく逆針を打った後もない。
『この子にお願いする』
空子は午前中に自分で釣った野鮎を残して、まだ鼻カンを通していない4匹の更の天然オトリは曳舟に戻した。
鮎釣り師の信条として自分の釣った魚で循環させたい。シーズン初日の空子にとってその思いはシーズンオフの間の約8カ月の想いでもある。
再び鼻カンを通し、逆針を打つと、オトリとして川の流れに戻した。
なんとか流れに馴染んでいったが午前中に釣った直後のような勢いのある泳ぎではない。
空子は竿を寝かせオトリに糸の負荷が掛からないように早い流れに引き込んだ。
川の流れを横切るオトリがチャラ瀬の三角の波に入ったその瞬間に目印がぶっ飛ぶ。
今度はいつ掛かっても対応できる心構えで挑んでいたのですぐに反応し、竿を立て背中のタモを左脇腹付近に移動して次の動作に備える。
浅い流れで掛かった野鮎は、下にもぐる事が出来ないので右往左往走り回るがやがて、水面を切って、飛び上がり、一直線に空子の元へ飛んできた。すかさず左手で左脇腹のタモを抜いて、飛んでくる野鮎に向けるとオトリ諸共吸い込まれた。
「やった!」
図らずも居合抜きでのキャッチとなった。今まで挑戦してもたどたどしい動きになる為、諦めていた居合抜きキャッチが図らずも決まり。思わず感嘆の声が漏れた。
この感動は写真に撮って、また、インスタへと思ったが、今はそんなことはしていなれない。
出来るだけ短時間でオトリを交換して釣った野鮎を再び流れに戻すことを優先する。
すると、出て行ったオトリの傍でギラっと光りが見えたと思った瞬間に目印が飛んだ。
入れ掛りだ。
お昼に話で聞いた通り、午後、水が温んで活性が上がっているらしい。
無事に取り込み。
また流れに戻し、次か掛かる。
循環の釣りが始まった。
循環の釣りと言っても釣り人が一歩も動かずに同じポイントで釣れ続ける循環もあれば、そうでないこともある。
オトリ任せで行きたいところに泳いで行けばすぐに次が掛かる場合もあるし、釣り人が違う石や流れを見定めて誘導することによって次が掛かることもある。
釣った鮎の掛かりどころが悪く、上手く泳がなくなることもある。鮎は一匹一匹性格が違うので、それを川の中で縄張りを持つ野鮎にどうオフセットさせるか?
また、針や糸の道具の加減でも釣れ続くこともあれば、パタリと止まることもある。
その辺りの匙加減で同じ入れ掛りでも釣果は変わるのが鮎釣りの醍醐味の一つだ。
今回の入れ掛りの循環も5匹目を釣り上げたところで、掛かりどころが悪くオトリとして使えなかったことで掛かりが遠のいた。
『午前の1匹と、午後の5匹。合計6匹か、時間は14時を回ったところで、あと2時間は釣りができるな』そう考えると一度落ち着いて仕切り直すことにした。
竿とオトリを出したまま、左手で竿を持って竿尻を腰に当てて固定する。右手で腰のベルトにつけてあるペットボトルを取り出すと器用に片手でキャップを外し口への注ぎ込んだ。麦茶は温くなっているが喉の渇きを潤して気持ちを切り替えるには十分だ。
温くなった麦茶をゴクゴクと音を立てて喉へ流し込む。
入れ掛りが始まると夢中になって水分補給は忘れがちだが、川の中で水分不足の熱中症で倒れたりしたら一大事だ。
『命の危険もあるからなぁ、しっかり飲んどかな』
自分に言い聞かせると、あと少しボトルを煽った。
呼吸を落ち着け、再び目印に集中しようとしたその時
「見事な入れ掛りじゃったのう」
後ろから声を掛けられ振り向くと振り向いた瞬間に
「カシャッ!」
カメラのシャッターが切られた。
空子は状況が理解できずに、カメラを構えたまたこちらを見て話しかけてくる初老の男性の姿を見た。
「カシャッ!」
「うむ、竿を持った立ち姿も絵になるのう」
「ちょっと、サングラスを外して顔を見せてくれんかのう?」
カメラを向けられた時の悪い癖で思わず要望に応えて、サングラスを外しそうになったが踏みとどまって
「あの、いきなり、許可もなく写真を撮るなんて失礼じゃないですか!?」
「ああ、これは失礼、すまなんだ。どうも、昔からの癖でな。ついつい指が勝手にシャッターを切ってしまうのじゃ、わしはこういうもんじゃ」と言って首からぶら下げた身分証のようなものをこちらに向けて差し出した。
「ちょっと、今、手がふさがっているんで」ぶっきらぼうに言い返すと
「高知の地方新聞で契約ライターをやっている。旗野っちゅうもんで、新聞に載せる釣果情報の取材をしておるところじゃ、取材させてはもらえんかのう?」
そういうと、旗野はニカッと笑って白い歯を見せた。
その笑顔は何となく憎めない。空子は溜飲を下げて「ちょっとだけなら」と取材に応じることにした。
「ほう、岡山から一人で鮎釣り旅に来てるのかゃ。そいつは凄いのう。ほいで、今日は何匹釣れたのじゃ?」
「まだ、6匹です」
「ほいじゃ、さっきの入れ掛りの前は1匹だったんじゃなぁ?」
「え?入れ掛かり全部見てたんですか?」
「そりゃ、こないな別嬪な嬢ちゃんが川の中で鮎釣りをして、しかも入れ掛りをしてたら新聞記者じゃなくても、足を止めて見入ってしまうじゃろ」
「そんな、こんな、おばさん捕まえて別嬪さんとか嬢ちゃんとかやめてくださいよ」
空子は謙遜してはいるがまんざらでもない。
「そうじゃった、別嬪さんかちゃんと確認してなかったのう、99%別嬪さんやろうと思うけど、ちょっとサングラス外してもらえんじゃろうか?」
空子は負けました。という素振りを見せるとサングラスを外して見せた。
『まあ、万が一高知の地方新聞に顔が出たくらいでは何も不都合は起こらんやろ。。。』
「カシャッ!」
「ありがとうなぁ、でも、鮎が釣れたところの写真があると完璧なんじゃが?」
旗野はちょっと考えた素振りのあと川を眺める。
「あと、3歩下流に下りて、あそこの流れの向こうの小さい泡立ちの中にオトリを入れてみてくれんかのう?」
空子は言われた通り3歩ほど下流へ降りると
「そうそう、そのあたり、そこからオトリを下流へ送って」
「そしたら竿を自分の真ん前に倒して糸を張る。オトリが扇に沖に出て行くのが見えるじゃろ?」
「目印が流れに対して穂先と一直線に並んだら、ゆうっくりと、オトリの泳ぎに合わせて2歩上流へ登ってみるのじゃ」
言われるがままの操作を行う。
オトリの動きに合わせゆっくりと一歩、もう一歩登ったところで向こうの小さい泡立ちにオトリが入り、それと同時に目印が飛んだ。
空子が竿を立てようと腕を引き付けようとすると
「まだじゃ、そのままの姿勢で堪えて、下流は流れが速いからのう。鮎に下らせたら負じゃ。そのまま堪えて、野鮎が浮いてくるのを待つ、まだじゃ、もう少し。。。よし、今じゃ、竿を立て!」
竿を立てた瞬間に野鮎は空子に向けて飛んできた。
タモの準備はしていない、慌てて左を背に回しタモを探る空子に
「一度後ろに飛ばしゃ、ええ」
空子に向かって飛んできた野鮎は、空子の横を通り過ぎ上流へ飛ばされる。
「振り子になって戻ってきたら、キャッチせぇ」
言われた通りに、タモを出し構えると、野鮎とオトリははタモに収まった。
「よっしゃ、上出来じゃ、ツマミ糸を摘まんで、こっちに向けてくれ」
空子は言われた通りにツマミ糸を摘まんでオトリ鮎と野鮎を上まで持ち上げると、満面の笑みで答えて見せた。
「わしは帰って原稿を仕上げるのでな、明日の新聞楽しみにしておってな」
そういうと、旗野はこの場を離れようとして、思い出したようにもう一言付け加えた。
「今日は、このあと18時半までここの浅いところで粘るといいぞ。あと30は掛かるわ、特に17時半からの入れ掛りは間違いないぞ」
空子は去っていく旗野の背中を見送ると
『あの後姿は、どこかで見たような?』
「あ、昨日の夕方ここで入れ掛りをしていた虹色の竿を持った初老の鮎師だ」
釣りの恰好をしていないのでわかりにくいが、あのベストは釣りの時に着ていたのと同じ渓流ベストだ。




