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6.虹色竿の鮎釣り師

コーヒーが飲み終わり一息ついた空子は少し手持ち無沙汰になってきた。

女将の美和子も他のランチ客が来たので接客に入っている。

美和子がカウンタの奥に入るのを見送ると、自分もテーブルの席を立ち置いてあった食器をカウンタまで持って行って

「コーヒーご馳走様、食器ここに置いときますね。私は少し川見にでも行ってきます」

カウンターの奥の美和子に届く声で話しかけた。

それを聞くと美和子は注文の入ったランチの準備をする手を止め

「それじゃ、うちの人がクーちゃん用のオトリを庭の生簀に準備してたはずだから、声をかけて貰って行って」

と奥から大きな声で言ってくれたが

「いいえ、今日は見るだけで明日からの釣りに備えます。夕方また戻ってきますね」

そういうと空子は店の外の駐車場に停めてある車に乗り込み、今回の釣行の目的地である吉野川へ向かった。

民宿いごっ荘から吉野川までは支流の支流南大王川、支流の南小川を川沿いに道を下って行けば合流できる。

空子は車の窓を全開に開けると、窓から入る山の空気を思いっきり吸い込み深呼吸をした。

川沿いを走る高揚感で思わず鼻歌とはいいがたい大きな声で歌っていた。

空子の歌声が聞こえたのかすれ違う車の運転手がちょっと笑いながらこっちを見ていたが全然気にも止まらなかった。

15分くらい車を走らせると南小川が吉野川へ合流し、道もT字路となる。T字路の向こうに吉野川が目に入ると

「久しぶり!戻って来たよ!!」

川に向かって挨拶をした。

T字路を左折して長静橋の袂の路肩に車を停めると、偏光グラスを取り出して掛けながら車を降りる。

そのまま橋の中ほどまで歩いて行って川の下流側を覗き込んだ。

高所恐怖症の空子には橋の上からの川見は毎度のこと緊張するのだが鮎を見たいという欲求が恐怖心を上回る。

恐る恐る橋の下の流れに目を向けると、ギラギラを石を食む鮎の姿まっ黄色になって縄張りをもって他の鮎を盛んに追う鮎の姿が見つかり気分は最高潮に盛り上がる。

長静橋の下には、そんな鮎たちの営みが見て取れ、あっちの鮎こっちの鮎と暫し時間を忘れて鮎たちの姿を追った。

暫くは橋の下流側を覗いていたが道を渡って上流側も覗くとやはり元気な鮎たちが居て嬉しくなった。

「結構みんな大きいなぁ」

空子はひとり呟いて、明日からの釣りの道具立てを考えた。

「まだ6月やから小物用の仕掛けも準備してきたけど、そんなに細仕掛けじゃなくてもええな」

空子の仕掛けはメーカーの完全仕掛けか、知り合いが作ってくれる仕掛けである。


空子は鮎釣りコミュニティの中ではなかなか名の通ったブロガーなのだが仕掛けづくりのハードルを越えられずにいた。ブログやSNS仲間からは「仕掛けくらい作れるようになりな」と言われっぱなしなのだが自分の不器用さを考えてはなかなか踏み出せない。


仕事柄で針とか糸とかは使い慣れているはずなのだが、趣味にまで仕事を連想させる行いはあまりしたくないという気持ちも、いざとなると仕掛けを作りを覚えようという気持ちにブレーキを掛けている。


それだからと言って仕掛けに無頓着というわけではなく、どちらかというとこだわりは強い方だ。


数釣りよりも大物釣りがしたい。、大物を狙うには相応の太仕掛けがいる。

活発な性格で無鉄砲なところもあるが、男のような腕力はない、大きな鮎を掛けて走られても機敏に下る脚力もない。

そのせいでバラしたり、仕掛けを切られたりと悔しい想いをすることも茶飯事で自然に太仕掛けに傾倒していった。

一方で鮎釣りが太仕掛けだけで成立しないことも知っている。

もともと、何事にも策を練るのは嫌いじゃない。今日はこの仕掛け、今度はこっちを試してみようと鮎の大きさや流れの強さを思い描いては戦略を練っている。


もっとも、大概の鮎釣り師は一年中そんなことばかり考えているもので、夏場の漁期は鮎を追い、冬場の禁漁期には仕掛け作りに没頭する。四六時中、寝ても覚めても鮎釣りの事ばかり考えているものではあるが。。。


仕掛けのことを考えながらも、川を前にしてはポイントのことの方が大事だ。

明日、朝から入る釣り場をきめておきたい。

車に戻ると、漁協のHPから得られる釣り場のポイントマップと過去に行ったことのあるポイントで考える。

「明日の釣りは一人だしなぁ。やっぱり知っているポイントの方ががハードルは低いんやけどなぁ」

今回の釣行は長丁場だし、徐々にポイントの見識は広げて行けばよい。

『まずは、上流に行こう』

そう思うと車に乗り込み上流に向けて車を発進させた。

高知吉野川への釣行は今回で3回目だが、これまでポイントは人任せでSNSで知り合った友人を頼りに釣りをしてきた。

鮎釣りコミュニティの人たちは少々年配者が多いが、それでも男性の体力は空子の何倍も優れている。

彼らと一緒の釣行では女性である空子に合わせて緩めのポイントを紹介してくれるのだが、それでも空子にとってはいっぱいいっぱいのポイントが多い。


なので、今回は一日目にじっくり下見をして自分の目で、自分の入れるポイントを探したい。

吉野川に限らず川のセオリーとして上流部の方が水量は少ない。石も大きくなるので空子の得意な泳がせ系の釣りも行いやすい。これまで案内してもらったポイントもみんな空子の体力に気にかけてくれているのか上流部ばかりであった。


荒瀬に入り、竿を寝かせ、自分の思った筋を引き上げる釣りの方が、鮎釣りの醍醐味と感じる人が男性には多いが、空子のように体力に自信のない女性には瀬の引き釣りはハードルが高い釣りだとみんなそう思ったのだろう。

まあ、事実引き釣りは苦手だ。。。

でも、大河川で釣りをしていて上流部にしか行ったことがないというのも少し悲しい。


そんな相反する希望を叶えてくれるポイントはどこかにないだろうか?

漁協の案内地図と実際の景色を照らし合わせながら、ポイント毎に川を覗いては上流に車を走らせる。

どのポイントも水の澄んだ吉野川ではたくさんの鮎が見えるのだが、空子が竿を出しやすそうなポイントは少ない。

漁協の地図には下流の1番から上流に向けて31番までのポイントが記されている。

13番の辺りから川を見ているが水量が多すぎたり、流れが早すぎたり、なかなか空子好みのポイントは見つからない。ポイントを探してすでに20番のポイントを通過していた。


21番より上流側には【水量多い】という表記がなくなっているので21番よりも上流に狙いを定めて川見をする。

それでも、今までに仲間が案内してくれたポイントよりはだいぶ下流だ・・・


ゆっくりと釣り場や釣り人の釣り方を見ながらの移動で時間は既に16時近い時間となっていた。

『21番 葛原まで見てダメそうやったら明日は行ったことがある実績ポイントに入るぁ?』

そう思いながら車の駐車スペースに駐車すると運転席から下りて川原に歩いて行った。

漁協の地図ではここは【比較的緩やかな瀬】と記されているが、実際に川を見ると空子にはちょっと難しいかもしれない。

それでも

『なんとか竿は出せなくはなさそうだし。ここにしてみようかなぁ?』

そんなことを考えながら他の釣り人の釣れ具合を観察する。


川には見える範囲で3人の釣り師が竿を出していたが、真ん中の男性釣師に目が留まった。

歳のころは初老を迎えたくらいに見えるが、背筋がシャンとしていて、天秤に竿を構える姿も決まっている。

決して大柄ではないが、流れに負ける感はみじんもなく腰まで浸かってオトリを操作している。

そして、その男性の握る虹色の竿が、南西からの陽の光を浴びて妖艶と言えるほど美しく艶やかに光っていた。

その竿は道具に疎い空子でもS社の最高ランクの竿であると分かった。

『いつか使ってみたい』

そんな憧れともいえる眼差しで、その釣り師を見ていると、目印が大きく下流へ飛んだ。

その瞬間、初老の男性は竿を寝かせたまま思いっきり力を込めると、掛かり鮎にそれ以上は下られないよう動きを止めた。

竿が絞りこまれる。

竿を握る両腕が小刻みに震え力の入れ具合が見ている空子にまで伝わってきた。

見ている空子も両手に力が入る。目の前で釣っているのは見知らぬ誰かなので、声こそ出さないが心の中では一生懸命応援した。

そして初老の男性が竿を立てた瞬間にオトリとの鮎が一瞬に宙を舞った。

そのまま両方の腕をいっぱいに宙高く上げると、竿を時計回りに半回転程回すように、鮎を自分の上流に飛ばした。

2匹の鮎がキレイに宙を舞い上流側に飛ばされ水面に落とされる。

水面に落ちる前には完全にブレーキが掛けられ静かに着水するのが見て取れる。

そのまま自分の場所まで掛かり鮎を誘導すると、タモも出さずに左手でツマミ糸を摘まんで持ち上げた。

鼻カンを軸にぶら下がるオトリ。

その下には水平になって体を震わせる掛かり鮎。完璧な背掛りだ。

竿を担ぎ、左手で摘まんでいた糸を右手に持ち替え空いた左手で背中に指していたタモを左腰にスライドさせると絡ませないようにゆっくりと掛かり鮎をタモの中に落としてゆく。

完全にタモに掛かり鮎が落ちたところで左手でオトリ鮎を握ると右手で鼻カンを外して、曳舟を引き寄せてオトリ鮎を曳舟に戻した。

今度は掛かり鮎を左手で取り、外したばかりの鼻カンを掛かり鮎の鼻に通し、タモから川の流れに魚を入れると尻尾だけ水面からだして逆針を打つ。

逆針をうつやすぐに手を離してオトリを解き放つ。


さっき釣ったばかりの野鮎はオトリとなり元に居た場所に戻ろうとする。

もとの流れに入る瞬間にまた掛った。

大きく竿が曲がる。

引き抜く、飛ばす、取り込む、オトリとして再び送り出す。

空子は呼吸をするのも忘れて見入った。

『なんて、無駄のない動きだろう』

そう思いながら、名前も知らない初老の男性が腰まで立ち込み入れ掛りする姿を暫く眺めていた。

キレイだ。無駄のない動きはずっと見ていられる。

でも、いごっ壮ではそろそろ部屋の準備もできるだろう。

『もう少し見ていたいなぁ』

少し後ろ髪を引かれる想いだったが民宿いごっ荘へ戻ることにした。


車に乗り込みエンジンをかけ走り出す。

『明日のポイントはここにしよう。自分には少し難しい流れだけど竿が出せそうなポイントもいくつかあった。そして何よりあの虹色の竿の鮎師にまた会えるかもしれない』


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