5.民宿いごっ荘 大将、勇夫
ゆっくりと味わいながら食べたつもりでも、サンドイッチとサラダもあっという間になくなってしまった。
『カロリーなんて気にせずにもう少しサンドイッチを作ってくるんだったな』
そんなことを考えながら空子が顔をあげると美和子がコーヒーカップを2客持ってきた。
空子と同じテーブルに座ると片方を空子に差し出した。
もう片方は自分用という事のようだ。
美和子はテーブルの向かいに座ると
「クーちゃんは、ブラックで良かったわよね?」
気兼ねしない言葉遣いで空子に話しかけた。
「はい、よっぽど空腹じゃなければ昼間はブラックです」
そういいながら空子は出されたコーヒーに口をつけた。
丁度よい苦みで酸味の少ないまろやかな味わいは空子の好みのコーヒーの味そのもので
「美味しい!」
自然と口から感想が出た。
この民宿にお世話になるのは今回で3回目だが、こういう細やかな好みを覚えていてくれるのはとても嬉しい。
宿についてもカフェについてもあまり宣伝をしていないので一見さんは少ないようだが、その代わりにリピーターのお客さんは多い。
もう一口口をつけると。
「本当に、美味しいです。あたしの好みの通りのコーヒーです」
「ありがとう、口の肥えたクーちゃんに褒めてもらえてうれしいわ」
そう答えると美和子はちょっと恥ずかしそうに少しだけ舌を出して見せた。
「ところで大将はどちらに?」
「全くどこまで行っちゃったんだろうね?今日はクーちゃんが来るって張り切って、早朝からアメゴ釣りに出掛けたんだけど。。。普通ならお客さん一人分のアメゴくらいすぐに釣って帰ってくるんだけどねぇ」
「大将はアメゴ釣りの名人ですものね?」
美和子の言葉に同調しつつ、今晩はさっそく天然アメゴにありつけるのかな?と空子は言葉にはせずに期待した。
そんな話をしていると丁度、民宿いごっ荘の大将の勇夫が四輪駆動の軽トラで帰ってくるのが見えた。
駐車場に停まっている空子のCASTに気が付いたのか勇夫はカフェへやってきて
「クーちゃん来ゆうが?」
店に響く大きな声で言いながら入ってきた。
「こじゃんと早かったのじゃのぉ」
空子を見ると続けて言った。。
土佐弁丸出しのその言葉は空子にはわからない単語もあるが何となくの雰囲気では十分に伝わる。
「早く着くつもりじゃなかったんですが、ついついアクセルを踏んでしまったみたいです」
空子は美和子に言ったように勇夫にも話をした。
「ええぜよ、ええぜよ、やけんど、まだ、部屋の準備はできんなのや。ここでごとごと休憩しとーせ」
「ところで、アメゴは釣れましたか?」
「それが、ちっとも釣れいで、こがな時間になってしもうた。それでもクーちゃんの晩飯ばあは準備できたぜよ生簀に魚を移してくるき、ごとごとしていっとーせ」
空子の顔を見て満足したのか軽トラの方へ戻って行った。