2.バツイチ子持ちクー
2023年6月24日(土)朝の6時、空子は自然と目を覚ました。
そんなに早く出発するつもりはなかったが夜明けの早い季節である。
寝室のカーテンは閉まっていたが遮光カーテンではないので部屋の中もだいぶ明るくなっていた。
娘たちの朝食と自分の弁当を作ってから出掛けようと、ベッドから起きだしてダイニングに行くとテーブルの上には包み紙と付箋で『お母さんへ、良い旅になりますように』というメモが貼り付いていた。
バイトを終えて夜遅くに帰宅した上の娘の瑞恵の文字だ。
どうやら休暇で旅立つ母への餞別ってことらしい。
丁寧に包装紙をほどいて中身を取り出す。
「あんにゃろうめ!」
早朝なので小さな声であるが力がこもった声で口走った。
中身は黒い下地に赤いバラの模様をあしらった何とも挑発的な上下セットの下着であった。
いつも一緒に生活しているだけあってサイズはピッタリであるが布の面積はだいぶ小さいようだ。
『勝負の時が来たら着けてね』
メモには何も書いていないが、奔放な瑞恵の声が聞こえてくるようだ。
「あたしは男を釣りに行くんじゃなくて、魚を釣りに行くの!ターゲットは鮎!まったく根は真面目な癖にこういう行動は誰に似たんだか。。。?」
そうつぶやくと外した包装紙と一緒にダイニングテーブルとセットであしらった椅子の上に置いて朝食の準備を始めた。
二人の娘も今日は休みだから何時に起きてくるかわからない。
時間が経っても美味しく食べられるようにサンドイッチを作ると銘銘の皿にカットしたオレンジとプチトマトと一緒に盛り付けてキレイにラップを被せた。
エアコンはつけたままなので夏だからと言って痛むこともないだろう。
さて、自分の分は朝食用と昼食用を別々にラップに包んでバッグの中に詰め込んだ。
そうそう、先ほどの上の娘からのプレゼント
『このままここに置いて行くわけにはいかんな』
翠も年頃だからこんな下着程度で卒倒することもないとは思うが、
『翠は真面目過ぎるところがあるからなぁ』
見つからないうちに隠しておいた方が無難だろう。
そう思うと、とりあえず近くに置いていたバッグの中に詰め込んだ。
台所仕事を終わりにして自室に戻り出発の準備に入る。
旅の準備は昨日のうちに済ませたつもりでいたが、いざ、出発前にリストと照らし合わせるとあれがないこれがないとはじまった。
『なんで、鮎釣りはこんなに道具が多いんや!』
しかも、今回の釣行は10日間の長丁場だ。
着替えなんかのアメニティもだいぶ嵩張る量になった。
愛車の軽自動車CASTの荷室は決して大きいとは言い難い。
後ろの席を倒してオトリ缶やら曳舟やら詰め込んでいく。
まだ、梅雨明け前なのでタイツもドライにウェット、シューズも2足、ベストも通常仕様に大鮎仕様。忘れちゃいけない竿も調子や予備を考えて3本にもなってしまった。
詰め込みが終わったころには8時近くになっている。マンションの5階の部屋からエレベーターでの往復も時間を消費する要因だ。
さて、すべて全ての装備が積み終わりもう一度部屋へ戻る。
最後娘へ挨拶して行こう、二人とも寝ているだろうけど小声であれ心の声であれ相手が聞いていようと聞いていまいと、少しでも近くから「行ってきます」を伝えてから部屋を後にしたい。
玄関から娘たち各々の部屋の前で小声て「行ってきます」とつぶやくと二人とも「いってらっしゃい」と中から聞こえてきた。
姉妹そろって律儀な娘たちだ。
玄関のカギを閉めてエレベーターで下へ降りる。
少し離れた駐車場の荷物満載、準備万端のCAST号の運転席に乗り込むとエンジンをスタートさせ暖気もそこそこにクルマを走らせた。
目指すは高知県四国三郎吉野川