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19.北へ

2023年6月30日(金)5:00

空子は外の明るさとともに目を覚ました。

スマホのアラームは6時にセットしてある。

『さすがにまだ早いな』

『もうひと眠り出来ないかな』

目を閉じて見ても眠ることは出来ない。

『しゃーない、起きるか』

布団から這い上がると鏡を見つめる。

「やっぱり、今日は宙子さん出てこなかったな」


とりあえず、スマホを取り出してブログやSNSを開くといいねをして歩くが昨日はいろいろありすぎた。

昨日の今日では心に余裕がなくネットの仲間にも共感できない。

巧司はその後どうしているだろうか?

LINEを開いてみても巧司からのトークはない。


兎に角帰り支度をはじめるか。。。

部屋にはまだ来ていない下着だの汚れ物だのが店を開いている。

パッキングを始めてみるがなかなか集中力が続かない。


今回の旅はいろいろありすぎた。

楽しかったことも、辛い話も、死を覚悟した昨日の妖竿も、頭の中でも心の中でも、まだまだ消化どころか咀嚼もしきれていない。

でも、これからやるべきことだけは分かっている。

「宙子から巧司の事をお願いなんてされてやらない」

「巧司は私じゃなくて宙子さんが背負ったお荷物や。たとえ、宙子さんがあたしであっても、あたしが宙子さんであっても巧司はあんたの持ち物や」

「宙子さんはあたしで、あたしは宙子さん。だから救える。救ってみせる」

「必ずや」

昨日、最後に巧司に言った言葉を思い出して、なかなかはかどらないパッキングを終わらせると時刻は6時半を回っている。

9泊するつもりで持ってきた荷物を両手で持てるだけ持って駐車場の愛車CASTとの往復を3回行ったところで残りは竿だけになった。

部屋に最後に残ったG社の8.5m胴調子の竿を手にするとケースから出して紅い3本ラインを触って愛でる。

「すまんかったなぁ、一時でも妖竿なんぞに魅入られたへっぽこ主人を許しておくれ」

軽く3本ラインにKISSすると再びケースに仕舞ってCASTに運んだ。


車に積み込みが終わるといごっ荘最後の朝食を取りにカフェに向かう。

カフェでは朝食の準備は万端にテーブルの準備が出来ていた。

テーブルの上にはサラダ、ポタージュスープ、ソーセージとポテトのソテー、厚切りフランスパンのフレンチトーストなどがところ狭しと並んでいる。

扉から入ってきた空子に向かって美和子が「おはよう」と声をかけてくれた。

奥には新聞を逆さに読む勇夫の姿もある。

勇夫も平静を装いながら

「おはよう」と声をかけてくれた。

空子は「おはよう」の挨拶だけで涙が溢れそうになるが、ぐっとこらえて「おはよう」と返した。


空子はテーブルに着くと「美味しそうや」と言ってスマホを取り出して写真を撮った。

『そうや、一昨日くらいから写真を撮る余裕もなくなっていたんやな。巧司は必死に写真を撮っていたのにな。。。』

やはり、涙が一滴流れ落ちてしまった。

涙が堰を切ってあふれ出さないように必死にこらえるが少しくらい人生を重ねても涙を止めるのは難しい。

空子は食べる前に泣き出してしまった。

「何を泣いてるの?おかしな子だねぇ。。。もう、良い年してるくせに」

美和子の棘を装った優しい言葉に空子は完全に泣き出してしまった。

「まったくもう、冷めちゃうよ。せっかく作ったんだから一番美味しいうちに食べてよね」

「うん、わかっとる」

「カフェオレ?」

「うん。。。朝ご飯、ありがとう。いただきます」

空子は食べることの大切さを知っている。どんな心の状況でも食べることは次につながる。【クーの今日は何喰う?】それは空子のブログのタイトルにもつけられた座右の銘と言ってもいい。


『なんで、こんなことで自分は泣いているんやろうか?確かにいろいろあったけどここにはまた来るんやし。少しくらいは迷惑も掛けたかもしれんけど。。。必ずまた来るんやし。兎に角今行先は決めたんやから泣く必要なんてないやろ。そや、泣く必要なんてないここから全部いい方向に進むんや。何とかなれ!何とかなる!何とかする!必ず』

ぐちゃぐちゃになった自分の心の中を自分自身の力技で蹴りをつけると朝食を食べ始めた。


朝食が食べ終わってカフェオレを飲む。

『焦らない、今日焦っても変わらん。焦ったところで時間通りに事が進むだけや』

美和子の入れてくれた熱いカフェオレ

ゆっくり時間をかけて飲み終わると

「美和子さん。美味しかった。今日は行くけどまた美味しいコーヒー飲みに来るわ」

「飲むのはコーヒーだけじゃないくせに、それでも待ってるわ、いつでもいらっしゃい」

「ありがとう。それじゃ。また」


言い残すと空子は駐車場へ向かって愛車CASTのエンジンを掛ける。

「忘れもんはないな?いや、財布とスマホさえ持っとれば忘れてもええわいつでも取りくりゃあええもんな」


車は一路、岡山の自宅マンションへ向けて走り出す。

「一度、家に帰らんとな。洗濯くらいせんと、次の旅で着るものがなくなる」


帰りはほとんど高速道路で寄り道もせず自宅マンションへたどり着いた。

時刻は11時


金曜日だから瑞恵も翠もすでに各々の学校に出掛けた後だった。

6泊7日も家を空けていたとに家の中は散らかる様子もなく出て行った朝と同じ見た目だ。

出来のいい娘たちには本当に頭が下がるわ。。。

こうしては居れんな、先ずは洗濯をして乾燥機に入れていいものは乾燥機で乾かそう。

洗濯もスピードモードだ。

いくら焦っても仕方がないと言っても、それなりに余裕をもって目的地には到着したい。

空子は洗濯機を回し始めると駐車場へ戻って鮎装備を部屋に持ってきて風呂場で掃除を始める。

タビにタイツ、引き船にオトリ缶にタモ一通り水通しするとベランダに持っていて壁に立て掛けて乾かし、最後に竿を持ち出すと上栓と下栓を抜いて口金を下に向けて浴槽の角にあてる。

シャワーで水を竿の中に通したら。元竿から#7,6,5,4,3,2,1と一本ずつばらばらにして表面をタオルで拭いて、竿袋で結わえて部屋の片隅に立て掛けた。Youtubeで見た名人の手法をそのまま真似たものだ。名人は外の物干しにぶら下げていたが部屋の中でも1週間もすればなかまで乾くだろう。


30分ほどでスピードモードの洗濯は終了した。

洗濯機から洗濯物を取り出すとすぐに乾かす下着だけ洗濯機に戻して乾燥モードを掛ける。

これだけならだいたい1時間もあれば乾くだろう。

乾燥機に入れたくないものは自分の部屋の洗濯ロープに吊るしておく。

一つづつ丁寧に取り出すと乾燥用のハンガーにかける。

シャツなどの大物を吊るし終えると、瑞恵からのプレゼントの下着を取り出し。巧司と走った海岸線の風景が脳裏に浮かんだ。しばらく思い出にふけりそうになったが

「ダメやダメや、ふけっとる場合やない」


これまでの旅の片付けが粗方終わったので次の旅の準備だ。

今度の旅はおそらく1週間くらいになる。

スーツケースをクローゼットから引っ張り出すと1週間分の着替えを詰め込む

『あとは乾燥が終わってから足りない分の下着だけ詰め込んだら終了や』



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