1.看護師 青野 空子
2023年6月23日(金)夕刻
「どうぞ、お大事に!」
診療終了間際に腹痛で飛び込んできた男性患者に点滴を施したところ、すぐに回復したので家族を呼んで迎えに来手もらったので玄関まで送り出したところだ。
夕刻と言っても日が長い6月、時間は既に20時近くになっていた。
「あー、もう、よりによってこんな日に~!」
患者が悪いわけではないことはわかっているが翌日からの休暇を思うと何ともやるせない。
「今日は早く帰って準備したかったのに、これじゃ、明日からの準備ができん」
空子は時計を眺めながら、周りに聞こえる音量でぼやいた。
「クーちゃん、お疲れさん。もう帰っていいよ」
初老の院長先生が空子に言った。
「いいなぁ、クー先輩は明日から10日も連休なんてー」
後輩ナースの赤井 楓が話しかけてきた。
青野 空子、空子は「そらこ」と訓読みで読むが幼少のころから親しい人からは音読みで「クー」と呼ばれていた。
「あんたは、来月に夏休みが1週間とれるでしょ。梅雨明けの最高の季節を譲ってあげているんだから文句言わないの!しかも、彼氏と南の島に行くんだって?私がいない間くらいは、しっかりと働いて頂だい、GWだってしっかりとMAXで休ませてあげたんだから」
空子は矢継ぎ早に楓に反論した。
「でも~。。。クー先輩は休み中何をするんですか?」
楓は不平の声を言いそうになったが、それ以上の不平はやめて話題を切り替えた。
「へへ、良いところに行くの、あんたが遠い南の島なら私は近くの南の島に行くのよ」
空子は声を弾ませ、楓と休暇の話に花を咲かせそうになった。
が、こうしてはいられない。
「ごめん、明日の準備があるの、帰るね。あとはよろしく!」
早々に着替えると勤務先のクリニックを後にした。
勤務先の新神戸のクリニックは駅から徒歩10分程度のところにあり、自宅マンションのある岡山から新幹線で通勤している。
「よし。20時過ぎの電車に間に合う。ご飯も新幹線の中で食べちゃおう」
新幹線改札の中にある駅弁は高くつくから普段は食べないが今日はとにかく時間が惜しい。
駅弁と一緒に350mlアルコール度数5%の缶酎ハイと一緒に購入すると自由席に駆け込んだ。
新神戸から岡山までは約30分アルコールを飲みながらお弁当を食べるには丁度いい時間ではある。が、
「やっぱ500にしとくんやった」
弁当のお供に買った缶酎ハイのアルコールが少々物足りない
「でも、ここで飲みすぎたらあかんのや」
明日の準備を考えると追加接種は帰って準備が終わってからにすることにした。
「ただいまー」
岡山の自宅マンションの玄関を開けると
「おかえりー」
下の娘の翠の声が聞こえた。
玄関の靴を見ると、上の娘の瑞恵はまだ帰っていなさそうである。
空子は岡山駅近くのマンションに娘二人と三人暮らしである。
若くして結婚し娘を二人設けたが、いろいろ上手くいかずに二人がまだ小さいうちに別れてしまった。
上の娘は大学二年生の瑞恵、大学の演劇サークルに所属し演劇の練習とかバイトとか大概飛び回っている。
下の娘は高校三年生の翠、自由奔放な姉と比べると出来のいい優等生タイプである。
一見するとタイプの違う二人なのだが、何かと仲のいい姉妹で空子としても助かっている。
「お母さんご飯は?」
「新幹線で食べた。ごめん連絡してなかった。作っちゃった?」
「ううん、そう思って自分の分だけ作って食べた」
空子がキッチンを見渡すといつも通りキレイに片付いている。
『食べ終わって、洗い物も終了した後か・・・本当に出来のいい娘だ』
「お母さん明日は早くに出発するんでしょ?お風呂も沸いてるよ」
『ほんと、出来がいい娘だ』空子は声には出さなかったが感謝して
「わかった、準備ができたら入るわ」
そう答えると自室に入って明日からの計画の準備を進め始めた。