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17.プラチナとゴールド

『「空子さん」』

『「ん?誰や」』

『「私です。宙子です」』

『「なんや?宙子さんか?今日は宙子さんの記憶の中やないのか」』

『「はい、波長はどんどん重なり合って行って、こうして話ができるまでになりました」』

『「そっか?話は巧司から聞いとる。宙子はん。大変な状況なんやな?」』

『「はい、でも大丈夫です。こうして空子さんと繋がれたおかげで凄く楽しかった。巧司の成長を見ることも出来た」』

『「あかん、そないなこと言ったらあかん。旗じいも死なんと言っておった」』

『「ありがとうございます。みんな優しい」』

『「優しくなんてない。だから宙子はんが巧司を置いて向こうに行くのは絶対に許さん」』

『「クーさんは強いですね。私とクーさんはほとんど同じ生命波長を持っているのにどうしてこんなに違うんでしょうね」』

『「そんなん、知らんわ。こうやって繋がっておったら似た者どうしに慣れるんやないか?」』

『「はい、繋がっていればそうなるかもしれません。でも、今日でおしまいです」』

『「なんでや?」』

『「巧司が旅立つと決めました。いくらクーさんと私の生命波長が似ていると言っても、巧司というアンテナがあってこそです。ラジオのチューナーを発信と同じ周波数に合わせてもアンテナがないとクリアに聞こえないでしょう?」』

『「難しいことはよく分からんが巧司が離れたら、もうシンクロすることはないってことやな」』

『「そうです。だから今日でお別れ。魂が交わるのも今日が最後です」』

『「分かった」』

『「三日間短い間ですけど楽しかった。クーさんを通して見る巧司はまた違った感じでした。おかげで巧司も成長したんだと思います」』

『「お礼なんていらんわ」』

『「そうですね。あなたは私ですものね」』

『「そうやな、おそらくあんたはあたしや」』


2023年6月29日(木)眠りから覚めると、まだ4時前だった。

「あと、ちょっと眠りたいわ」

と、眠りに入るところを踏みとどまって起き上がると

「いかんいかん、今日は早いんやった」


起きて行動を開始すると、お尻とか股の辺りに痛みがあるのを感じる。

「そういや、昨日は初めてのツーリングに行ったんやな。楽しかったなぁ」

「あまりに楽しそうやったから、宙子さんも焼きもち焼いてとうとうしゃべりかけてきたんかなぁ?」

さっき見た夢を思い出す。

「・・・夢なんかな?夢やろうな?」

「それよりも支度や」


ちゃっちゃと髪をとかして軽く化粧をしたら、いつもの鮎釣りスタイルに着替える。

竿をもって駐車場に向かうと5時前だというのに旗野も巧司も集まっている。

その上、美和子も待ち構えている。

「おはよ、今日は朝からロングドライブでしょ?ホットコーヒーをボトルに作っておいたわよ。それとこっちは昨日の残りで作ったサンドイッチ。みんな話に夢中であまり食べてくれなかったからね。しっかり食べて頂戴」

「申し訳なかったなぁ」

「まあ、しょうがないわね。昨日の流れじゃなかなか難しいわよ」


「よし、それじゃ行くとするかのう。巧司は嬢ちゃんの車に乗せてもらえ。わしは自分の軽トラで行くわ」

「え?旗じいもこっちに乗ればええやん。後ろ片付ければもう一人くらい乗れるわ」

「今日の写真スポットへの道のりはなかなかに険しいでのう。嬢ちゃんの車じゃちょっと無理なところに行こうと思って居る。だからってわしの軽トラには3人は乗れん」

「そしたら巧司は旗じいの方に乗ったらええやん。まだ教えてもらいたいことだってあるやろう?」

「余計な心配はいらんわ、嬢ちゃんを鮎釣りポイントへ置いた後はしばらく二人でドライブじゃ」

「そっか、それならええわ。巧司、狭いクルマで悪いんやけど堪忍してな」

「ありがとうございます。全然狭くなんてないですよ」

「よし、乗り込んだらわしの後に付いて来るんじゃぞ。さっそく出発じゃ」


二台の車は仁淀川に向けて走り出す。

昨日、巧司が話してくれた宙子のことが空子の脳裏からは離れない。

「なあ、巧司。。。」

二人きりの車内で無言の雰囲気に耐えられなくなった空子は巧司に話しかけようとするが何を言っていいのか分からない。

すると、巧司が口を開いた。

「クーさん、一つ聞いていいですか?」

「なんや?」

「星のピアスの事」

「ん?」

「やっぱり、クーさんが知っていたことが不思議なんです」

「不思議か?」

「はい」

「不思議やろうなぁ。あたしも不思議や。でも、巧司がいごっ荘に来てからなんやけど、夢を見るようになってな」

「夢?」

「夢と言えば夢なんやけど、なんか、宙子さんの記憶が見えるようになったんや。その。。。巧司が宙子さんにフレンチレストランで告白している夢を宙子さんの立場で見たんや。宙子さんの立場で見ているから巧司はまるであたしに告白しているようにも見えたんやけどな。。。その時にもらったのが星のピアスだった。だから宙子さんは星のピアスをしているもんだと思ったんや。いや、思ったというよりは知っていたんやな」

「。。。それは宙子の誕生日に初めて誘ったレストランです。3年前の9月21日」

「9月21日?宙子さんの誕生日は9月21日なんか?あたしの誕生日も9月21日や、歳は丁度一回り違っておったな。ちなみに宙子さんの血液型は何型や?」

「B型です」

「血液型も一緒や、丁度12年後に生まれた自分が宙子さんってことか。。。」

「なんですか?それは?確かにクーさんと宙子は凄く似ているところがあって、一緒に居ると僕も宙子といるような錯覚を起こすことがあったのですが」

「夢ん中で宙子さんが言ったんや、「あなたは私、私はあなた」まあ夢の中で言っていることやからわけわかんないけどな。生命波長がほとんど同じなんやて」

「宙子はそんなオカルトじみたことは普段は言わないので、クーさんとの間で成り立つ話なんでしょうか?」

「わからん。わからんが違和感はない。すんなり受け入れられる」

「そうですね。僕も不思議と違和感を感じません。きっと宙子とクーさんは波長が一緒なんです。だからたまに重なっちゃうんですよ。僕もそういう事ってあまり信じないのですが、違和感がないのでそういう風に自然と受け入れてしまうんです」

「そうやな、あたしも同意や」


およそ2時間のドライブの後、仁淀川に到着した。

「とりあえず、ここが仁淀川じゃ。わしもあまり釣りに来ることはないので細かいポイントまでは教えてやれんがこの辺りならどこでも釣れるはずじゃ」

「そうなんやなぁ?仁淀川って言うのは思っていたよりもフラットな川なんやな?瀬よりトロが多い感じもするしなあ」

「そうじゃな、まあ、安全な川な方じゃと思うが底石が小さい。見た目よりも推しが強い流れがあるで事故に遭う人間は毎年居るでな嬢ちゃんも気を付けて釣りをするんじゃぞ」

「ところで、せっかくここまで来たんじゃから嬢ちゃんも有名な仁淀ブルーを見て言ったらどうじゃ?すでに観光地化されておるから、そんなに険しい道を歩いたりせんでも見ることは出来るぞ」

「そうやなぁ。一緒に見たいのは山々なんやけど。。。その青を巧司と一緒に見ていいのはあたしやないと思うわ」

「クーさん、宙子に気を使っているのですか?宙子はそんなことを気にするタイプじゃないので大丈夫ですよ。僕は今はクーさんと一緒に見たいです」

「嬉しいことを言ってくれるな、そやけど。。。やっぱり、宙子さんでも焼きもち焼くと思うわ。同じ生命波長のあたしが言うんやから間違いない」

「わかりました。いずれ機会があればよろしくおねがいします」

「おう、わかった。あたしは今日はここに釣りに来たんや、今回は本懐を全うする」


「よし。嬢ちゃんはこの辺りで釣りをしておれ。ただし末永は使うな。末永を出すのはわしらが戻ってからじゃ、わしらはすぐそこの安居渓谷で有名な青を写真に収めた後、もう少し険しい沢へ行って写真を撮ってくるでな。今はまだ7時過ぎじゃから昼前には戻ってくるでな」

「おう、いい写真をいっぱい撮ってくるとええ」


そこで二手に分かれると空子はオトリ屋を探してオトリを購入することにする。

スマホで検索すると比較的近い所にもオトリ屋さんはあるようだ。

オトリ屋さんでは主人に物珍し気に顔を見られたが挨拶以外の会話もせずにオトリだけ購入して釣り場に急いだ。


比較的入選しやすいポイントを選んで川に下りて川を見渡す。

「あんまり、釣り人はおらんようやなぁ」

石色を見ると悪くはないように思えるが、青藻が生えていて釣りにくそうだ。

「兎に角、竿を出してみないとわからんなぁ。まあ、流れはそれほど激しくないしそれなりに足でかせげるかな?」

とりあえずはGoogleMapで現在地を巧司に送って「ここで釣りしてる」とメッセージを添えた。

空子は例の妖竿 末永を出すと穂先に仕掛けを張り始めた。

旗野からは自分たちが戻るまでは使うなと止められていたはずで空子も了承したのだが、理由は分からないが躊躇いもなく自然に末永を手にしていた。、

「どういうサイズが釣れるかわからんし、先ずは005の複合メタルで始めとくかな」

仕掛けを貼って掛け針を逆針にセットして準備は万端。

とりあえず手前の分流から竿を出すことにする。

「それじゃ、オトリを出して、いってらっしゃい」

買って来たばかりのオトリは沖に向かって元気に泳いで行こうとするが青藻を拾ってしまう。

青藻を取って再び送り出すがまた同じになる。

「埒があかんなあ」

だからと言って分流となった流れの川幅は広くないので少し立ち込んだらポイントの向こうに届いてしまう。

「竿が長すぎやわ・・・」

試行錯誤してオトリを流れに入れようとするがうまくいかない。

オトリをポイントに入れられないのではいかに妖竿であれど魚を掛けることは出来ない。

「あー、もうダメや。オトリがどんどん弱ってまう。養殖オトリちゃんすまんなぁ。。。」

オトリを引き戻して2匹目のオトリに替えようと思ったが

「単純にオトリを変えても同じことの繰り返しやろうなぁ。2匹目のオトリを弱らせる前に竿変えようかなぁ?」

「あたしのGちゃんなら8.5mだし幾分マシやろ」

空子は竿を交換しようと車に戻るとG社の愛竿に手を伸ばしと、その時不意に布袋に入った短い棒に手が触た。

その瞬間に電気が走ったような感覚が襲う。

一瞬、ビクッとして手を引いたが

「こいつの方が短くなるなぁ」

「良し!」

空子は躊躇いもせずに布袋に入った短い棒を手にすると袋の中から妖竿 末永のオリジナル袴を手にして先ほどまで使っていた大輪の9mの元竿と入れ替えた。

「これならええやろ」


川原に戻り再び仕掛けを出すと先ほどまでの竿に合わせてあった仕掛けでは長すぎる。

「あー、めんどくさいなぁ」

普段、その程度の事ではイライラしない空子なのだが妙にイライラする。

急いで仕掛けの長さを合わせてオトリを着けるといきなり放り投げる。

キャストはキレイに決まってこれまで入れられなかった流れにオトリが入ると川底に馴染む。すぐに一匹目が掛かった。

一気に下流に走られるが、竿が勝手にいなす。

一昨日9mの状態で使ったときには伸され気味になって返し抜きを行っていたが8.2mのオリジナル末永は返し抜きの必要なんてない。

竿を立てると奇麗に自分の左手にオトリと掛かり鮎が飛んできて難なくキャッチ出来た。

「す、すごい、これがオリジナル妖竿 末永の力か?」

オトリを変えて、もう一回キャストすると狙ったポイントにすっとオトリが入る。

オトリが着水するときもバシャ!って感じの入り方ではなく、空中を泳いで水の中に戻って行くような静かな入り方だ。

次の魚も難なく掛かる。

走られることもなく竿を立てると手元に飛んでくる。

頭に思い描いた動作がそのまま現実となる感覚。

入れ掛りは考える間もないほどだ。

まさに循環の釣りを実践している。

『楽しい』

他には何も考えない。ただただ釣れる鮎に没頭している。楽しくて楽しくて仕方がない。


入れ掛りは何匹続いたかわからない。

数える余裕もないし、いや数を数えることも忘れている。もちろんいつものSNSへ上げる事なんて全く頭からなくなっている。

入れ掛りが始まって3時間、休む間もなく釣れ続けている。

まだまだ、入れ掛りは続きそうなのに引き船がいっぱいになってきたのが煩わしい。

『ええところなのにオトリ缶に移さなあかんかな?』

でも、釣りたいの気持ちが止まらない。

空子は気が付かないまま、いつもは絶対に立ち入らないような荒い瀬に入り込んでいた。


そんな時、旗野と巧司が戻ってきて遠くから声を掛ける。

「クーさーん!」

「おーい、どうじゃ調子は?」

「チッ!」

旗野と巧司の声に気づいた空子は小さく舌打ちをして釣りを続けている。

返事がないので聞こえなかったのかと思った巧司は走って空子の近くまでやってきた。

「どうですか?釣れましたか?」

「・・・」

空子はシカトしている。

遅れて旗野がやってくると

「どうかしたのか?」

いつもの口調で声を掛けた。

「ドウモシナイ、入レ掛カリ中ヤ、邪魔ヲスルナ」

空子の様子を不審に思いながらも、旗野も巧司もなんか気に障るようなことでもあったのか?と思って少し距離を置いて見守ることにした。

旗野と巧司は少し下流へ歩くと、空子の釣りを写真に収めようとカメラを向ける。


旗野がF4のファインダー越しに空子を覗くと異変に気が付いた。

『モヤだ』

かつて戦場でも見たことのない禍々しい濃い紫色のモヤが掛かっている。

そして旗野はここでようやく気が付いた。

空子が持っている竿が短い。

『ダメっじゃ!すぐにその竿を離すのじゃ!』

でも、声にならない。

戦場にいたあの頃のように、ターゲットを狙うスナイパーのようにファインダーから目が離せない。

『ダメじゃ。巧司気が付いてくれ』

頭で考えても、心は決定的な瞬間を撮りたくて仕方がない。

そんな、衝動は戦場を出たときにとっくに捨て去ったはずなのに。。。


空子は水深はないがかなり急で流れの早いザラ瀬に入っていて、下流はゴンゴンとした波立ちの荒瀬になっている。


「ゴロゴロゴロゴロ」

急に雷の音がし始める。

巧司はもう一度空子の近くまで行って声を掛ける。

「ゴロゴロゴロゴロ」

声はかき消され空子は釣りを止めない。

その時、竿が大きく曲がるこれまでにない引きだ。


空子は両手に力を入れるとしっかり竿に溜めて抜き上げた。

タモに収まった魚を見ると20cm程の真っ白な鮎だ。

「なんや?群れ鮎か?それにしても妖艶なほどキレイな魚やな?まるでプラチナや」

あまりに美しい魚体に瞳が吸い込まれる。いや、意識ごとが吸い込まれる。


「クーさん、雷が鳴ってますよ。危ないですよ」

不意に巧司の声も耳に届いた。さっきまではこの世の物とは思えないようなうつろな感覚の中にいたのだが、うつろな感覚は妖艶な魚体へ吸い込まれたようだった。

「あー。巧司かいつ戻ったんや?」

「何言ってるんですか?さっきから声を掛けたのに」

「そうやったか?すまんなぁ。つい夢中になってなぁ」

「雷が鳴ってるんでやめましょう」

「そやな、もう一匹釣ったらやめるわ」


「もう、一匹だけですよ!」

巧司は自分の言葉が届いたことに安堵して少し後ろに下がって見守ることにした。


空子はオトリを付け替えるとまたもキャストで入れたい流れに打ち込んだ。

オトリはすぐに潜って流れになじむ。

その時、急に雨が降り出した。辺りは晴れているのに雨脚は急激に激しくなり川の流れも勢いが出てくる。

「クーさん。危ないですって!」

巧司が心配して声を掛けると、巧司の声は空子の耳に入るが釣りはやめられない。

その時オトリをひったくるようなアタリが目印を吹っ飛ばす。

「キター」

空子は再び両手にいっぱいの力を込めて竿を握るが走りが止まらない。

「こいつはデカいぞ!」


「ピカッ!ゴゴゴゴゴゴ」

雷がすぐ近くの山の木に落ちた。。

半分妖竿に魅入られた空子であってもびっくりして一瞬手を離しそうなった。

しかし再び竿を握りしめ、伸されそうになるのを必死に耐えている。

必死に耐えているとプラチナのように輝くオトリが水面を切った。

それを見ると空子は一瞬で竿を立て強引に抜き上げた。

全身まっ黄色のまるで黄金のような鮎が勢いよく宙を舞う。

宙を舞った魚体はロケットのような速さで真っ直ぐ空子に向かってくる。

『これはキャッチできない。返し抜きや、燕返しや!』

『タモの事は忘れて、両手を高く上げる』

『そのまま、空にのの字を描くように後ろに返す』

『上流に飛ばした鮎は糸を緩めることなく上死点から着水させる』

『上流からの流れに乗って自分のところまで寄ってきたら手を伸ばして』

『よし、完璧や、もらった!』

そう思って左手を伸ばしたとき、信じられない猛烈な勢いで再び掛かり鮎が走り出した。

掛かり鮎はオトリを引き釣り沖へ沖へ、下流へ下流へと突き進む。

竿が満月に曲がり、竿を持っている空子諸共引きずり込もうとしている。

空子は必死に耐えようとするが徐々に徐々に沖の方へ引っ張られて深みに入って行ってしまう。

「何やってるんですかクーさん。そっちはダメです!」

巧司は川に入って空子に近づくと

「ダメですよ!それ以上行ったら流されます」

「分かってるでも身体が引っ張られるんや」

「竿なんて放してください。命の方が大事でしょ」

「そうしたいんやが、手が離れんのや」

そうしているうちにまた沖に引きずられてしまう空子を止めようと、巧司は後ろから空子の身体に手を回してがっちりと抑え込もうとした。

一瞬、動きが止まったように感じられたが、引っ張る力はより一層強くなり後ろから空子を抱え込んだ巧司ごと引きずり込んで行く。

「ダメや、巧司、巧司まで道ずれになってしまう。手を離してくれ」

「そんなことできません」

「お願いや、離してくれー!」

二人とも足の踏ん張りがきかずに身体が流れ始めた。もう一歩でも引きずられたら一気に流れに持ってかれる。

巧司は必死に空子を抱きかかえるが、流れだした足元が踏ん張りを奪っていく。

「もう、無理や!」

そう思った。

死ぬことも覚悟した。

その瞬間。

「パンッ!」

何かが破裂したような大きな音が鳴り、瞬間空子と巧司は後ろに弾かれた。

後ろに弾かれたので背中から水の中に倒れ込んでしまうが、浅い方に弾かれているので上手く足場を得ることが出来た。

巧司はどうにか立ち上がると、放心する空子を引き起こした。


空子の手には元竿の部分のみが握られていた。

元上から先の部分が川の流れに乗ってどんどん下流に流されて行くのが見える。

竿は石にぶつかって、2本3本に折れるとやがて川の底に沈んでいった。


「竿が折れたおかげで助かったんですね」

「ああ、そうやな。。。」

巧司の言葉に短く答えたが

「巧司をお願い」

竿が折れた時に聞き覚えのある声で確かに聞こえていた。


「おう、大変じゃったなぁ」

おっとり刀で旗野も近寄ってきた。


「ごめんなさい。大切な竿を折ってしまいました」

空子は旗野の顔見るや泣き出してしまい持っていた袴を旗野に差し出した。

「ホンマにごめんなさい。どうしてオリジナルを持ち出してしまったんやろ。あたしが持ちだしさえしないで、大人しく自分の竿で釣りをしていればこんな迷惑を掛けなくすんだのに」

「仕方ないじゃろ、嬢ちゃんが持ち出さなかったらわしが魅入られていたかもしれん。この袴は寺に持って行って供養して貰う事にするわい」


「巧司もごめん、あたしと一緒に死なせるところやった」

「ほんとですよ。クーさんに何かあったら、僕は。。。」

巧司にはそれ以上の言葉は出せなかった。

「そうじゃのう、それも、大変なことになっておるようじゃのう」

そう言って旗野ははD6を指さした。

D6は見事に川に沈んでいた。

「フラッグシップのカメラは頑丈に出来ておるし、気密も高いから少しぐらいの雨は平気じゃろうが、さすがに川底はまずかろう」

巧司は駆け寄って急いで拾い上げると外観を確認して愕然とした。

「カードスロットの蓋が開いています」

「それはまた最悪じゃのう。。。」

巧司が慌てて電源を入れて動作確認をしようとすると

「それはやめておいた方が良いじゃろ。そのまま電源は入れずにバッテリーも外してサービスセンターに持ち込んだ方がええ。電源入れた瞬間におジャンってことが、この手の電化製品でのあるあるじゃからのう」

「巧司、ごめんな。大事な物なのにな修理代で済むとは思わんが修理代はきちんと払うからな。それにもし壊れていても弁償する。今まで撮った写真が無事じゃなかったらあたしはいったいどうやって償えばいい?」

自分のやってしまったことが招いたことに空子の涙が止まらなくなった。


その時に巧司のスマホの呼び出し音が鳴った。

巧司は二人から少し離れるように電話に出ると深刻な話をしている様子で離れていても空気が伝わってくる。

電話を切ると巧司は向き直って

「宙子の容態が急変したので、明日にも無菌病棟へ移送するそうです」

「容体の急変って何が起こったんや?そんなに急に容体が変わる病気やないと思うが」

「分かりませんが、急に意識が戻らなくなったって」

「そうか、今話をしたのは誰や?」

「宙子のお母さんです」

「それじゃ詳しいことは分からんな。お母さん医療関係者でもなければ気も動転しているやろうし伝言ゲームはあてにならんと思うわ。自分で行って確認するのが一番やろ。。。ただ、無菌病棟にも入っていなかった初期の患者さんがいきなり意識を失うなんてことはあんまり考えにくいと思うから冷静にな。それと本当に危険な状態なら明日から無菌病棟なんて悠長なことは言わずにすぐにICUやと思う。大丈夫や気をしっかり持ってな。ちなみに病院はどこの病院や?」

「聖帝十字病院です」

「聖帝やな」

空子も先ほどの自分の過ちを嘆いている場合ではなくなった。

『一刻も早く巧司を東京に返す』


「兎に角、一度いごっ荘に戻って荷物を取って来よう。荷物取ったらすぐに東京に帰るんや」

「はい」


空子も大急ぎで片付けを始める。

片付けと言っても竿はなくなってしまっているので時間は掛からない。

引き船の蓋を開けると中にいた鮎を全て、その場で全部川に返した。

「クーさん、それ?」

「ええんや、これはあたしの力で釣った魚やない。妖竿が釣った魚や。鮎はまた釣ればええ」

「そうですか、すみません。。。」

「巧司は他に考えることがあるやろ。鮎の心配もあたしの心配も無用や」

「。。。」


「旗じい、はよ、戻るよ」

「いや、わしは少し残って流れて行った竿を探すことにする。もし、万が一にも誰かが拾って大変なことになってしまったら取り返しがつかん」

「そうやな。。。わかったわ。すまんけど頼むわ」


時間は正午を回ったところで仁淀川を後にすると、いごっ荘までの2時間ほど道のりは会話をする気にもなれず二人とも黙ったままで空子は黙々とナビを頼りに車を走らせた。


14時にいごっ荘に到着すると巧司は玄関で荷物を受け取った。

今朝5時に出発したにもかかわらず荷物のパッキングを済ませチェックアウトの支払いもしてあったので時間は掛からない。

ただ、二人とも川に浸かってしまっていたので着替えだけはさせてもらった。

勇夫と美和子が見送りに出て来てくれるが別れを惜しむ時間も惜しい

それでも美和子は持っていた紙袋を巧司に差し出して

「巧司君、これ、時間がなくて何も作れなかったけど帰りに食べて」

「すみません。ありがとうございます」

巧司は素直に受け取って、バイクに向かおうとする。

すると空子は間に立ちはだかって

「あかんわ、今の巧司にそれは運転させられん空港まで送って行くから飛行機で帰るんや。飛行機の方が断然早く着くし安心や。飛行機のチケットは既に予約して支払いも済ませてある。夕方の羽田行きの便にのるんや。聖帝なら羽田からも遠くない」

「そうやな、バイクは預かっちょく、悪い様にはせん」

大将も空子の話に頷く。

「くーさん。大将も。。。ありがとうございます。いろいろ済んだらまた来ます。それまで僕のバイクをよろしくお願いします」

「分かったき、心配いらん」


巧司は再び空子の車の助手席に乗り込むといごっ荘を後にした。

いごっ荘から高知龍馬空港までは2時間弱の道のりだ。

大豊から高速道路に乗ったところで空子が口を開いた。

「巧司のバイクの後ろに乗ってこの道を通ったのは昨日の事なのになんかずっと前の気がするわ」

「。。。」

黙っている巧司に空子は続ける。

「楽しかった。ありがとうな。絶対忘れん思い出になった」

隣の巧司が涙をこらえているのが分かる。

「お礼を言わなければならないのはこっちです。本当に。。。」

その後、二人とも言葉はなく、車内にはFMラジオの陽気なDJの声だけがやたらと賑やかに響いていた。


空港に着くとターミナル前の有料駐車場に車を停めて一緒に中まで入って行った。

巧司は航空会社のカウンタで予約したチケットを受け取ると財布からお金を取り出して空子に渡そうと差し出した。

「クーさん、これチケット代」

「これは貸しとく。でも必ず返しに来い。宙子さんと一緒に返しに来てくれるんが一番の望みや」

「分かりました。いずれ必ず」

「必ずや」

巧司が差し出した右手を空子は両手で握り返して

「必ずや」

手を離すと巧司は出発ゲートに向けて歩き出した。

空子は巧司が見えなくなるまで見ていたが巧司は一度も振り返らなかった。



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