15.タンデムシート
『「もう、そんなに強くもないくせにワインなんか飲んで」』
『「・・・」』
『『夢?』』
『「どうしたの?いつもはこうなる前に自分でやめるじゃない」』
『『便器の前で巧司の背中を擦っているが、さっきまでの自分の手ではない』』
『『記憶?宙子さんの?記憶?』』
『「ごめん、宙子、迷惑かけて、ごめん」』
『「迷惑だって分かっているんだったら飲みすぎないで頂戴、でも、迷惑かけてでも飲みたかったんでしょ?」』
『「うー。。。」』
『「巧司、泣いているの?」』
『「宙子、ごめん、シリーズチャンプになって宙子にとっておきの記事を書いてもらう。その夢は、もう、無理だ。。。せっかく身体治ったのに、前のようには走れない。何度も試したけど、やっぱりブレーキを握っちゃう。この半年いろいろ試したんだ。でも、もう、無理。頭ではブレーキを握らないって思っても、手が動く。右手が勝手にブレーキを握っている。どうにもできない。だから。。。ごめん」』
『「。。。」』
『「俺、レーサーやめる」』
『「そっか。。。」』
2023年6月28日(水)朝6時、空子は目を覚ました。
目からは知らずに涙があふれ出ている。
「そう言えば巧司は?」
昨晩は巧司を介抱した後は自室に戻ってすぐに眠ってしまった。
そう思ったとき
「ピンポーン」
スマホからラインの着信音だ。
差出人は巧司からだ、ラインのトークを開くと
「昨日は、すみませんでした。介抱してくれたおかげで今は何ともありません」
空子もラインのトークで返す。
「良かった。何ともなくて二日酔いはキツイからなぁ」
「はい、おかげさまで大丈夫です。それより、今日のツーリング行けそうですか?」
「なんや?覚えておったんか?酒の席の勢いやと思ったわ」
「酒の勢いではありましたが、一緒にツーリングに行きたいと思ったのは本当です」
「ダメですか?」
「ダメやない。ありがとな」
「良かった、昨日の失態もあるし、幻滅されたらどうしようかと思っていました」
「幻滅なんてせんよ。必要以上に酔ったら吐く。自然の摂理や」
「ありがとうございます。酒の力を借りないと女性をデートにも誘えない情けないやつですが、今日はよろしくお願いします」
「デートなんて言ってええんか?彼女が居るんやろうに」
「旅先の事ですから、少しくらいなら気が緩んでも仕方ないですよね?」
「そうやな、それじゃ、あたしも旅先で気が緩んでおる」
「それじゃ、あとで」
「ああ、あとでな」
『まったく、本気でもなかろうに。だいぶ年上のおばはんを女性として扱おうなんて、若いくせにいろいろ気を使いすぎや』
「さて、シャワーでも浴びさせてもらおう。今日はいつもの鮎シャツ鮎タイツって訳じゃないからなぁ。ちゃんとした服に着替えんとな。着替えをもって風呂場に行こう」
1人でぶつぶつ言いながら支度を開始すると
「着替えはどれがええかなぁ?」
旅行中に着る分の着替えは全部持ってきているので、まだ、着ていないものの袋の中から着るものを選び始めると
あの下着に目が留まった。
岡山のマンションを出るときに持ってきてしまった瑞恵からの旅の餞別だ。
「こらこら、自分、何を期待しておる?」
「いや、しかし、ついさっきデートと言われたくらいではあるし」
「何もないことが前提やけど、旅先で勝負下着をつけるくらい浮かれてみるのも良いのではないか?」
「そうやな、それくらいはありやなぁ」
実際のところ空子にとっては期待という程ものではない。
ただ、こういう事にいつまでも浮かれてドキドキできる自分で居たいと思っている。
瑞恵から授かった派手な下着とデニムのパンツ、下着が透けないように色つきのTシャツを大き目の巾着袋に突っ込んで、風呂場に向かって行った。
風呂は軽くシャワーを浴びた程度だが、いつもより少し丁寧なブローといつもより少し厚めの化粧、そしていつもより少し薄めの日焼け止め。
「やっぱり、川に行くのとはわけが違うなぁ」
いつもは川に行くにしても、仕事に行くにしてもちゃっちゃと済ませる身支度だが、やはりデートと名が付く以上はどうしても念入りになっていまう。
支度を済ませて朝食を取りにカフェに向かうと既に8時を回っていた。
「おはようございます」
カフェのドアをくぐると空子の朝食の準備を疾うに終えた美和子が自分用の大きなマグカップでコーヒーを飲んでいるところであった。
「おはよう、クーちゃん、今日は随分キレイね」
「ははは、一応なぁ、ほんでも別に何もないんやからな!」
「あら?私は何もそんなことは聞いてないわよ」
「ははははは。。。」
「まあ、いいじゃないの、頑張ってらっしゃい!」
「何も頑張りません!」
「はいはい、スクランブルエッグやベーコンは冷めちゃったけど、トーストは今から焼くわね。それと、カフェオレも今から淹れるからちょっと待ってて頂だい」
「はい、ありがとうございます」
カフェのテーブルの席について窓の外を見ると巧司がバイクを磨いている。
顔色は良く、どことなく晴れやかな表情を浮かべている。
『心配はなさそうやな』
巧司のバイクを磨く姿をボート眺めていると、トーストとカフェオレが目の前に運ばれてきた。
「いただきます」
釣りに行くのとはまた違った時間の流れを感じながらゆっくりと朝食を味わった。
朝食を済ませて駐車場の巧司のところに向かう
「おやようございます。クーさん。いつでも行けますよ」
「おはよう。そっか、それじゃ上着取って靴を履き替えてくるわ。ヘルメットもやったな。すぐに戻ってくるわ」
そう言い残すと、すぐに最後の支度をしに部屋に戻った。
「デニムジャケット、ヘルメット、靴は玄関に置いてある。財布、化粧ポーチ、ハンカチ、ティッシュ。。。」
必要なものをリュックに詰めて
「それじゃ、行ってくるわ」
誰もいない部屋に一言いい残すとそのまま玄関へ向かった。
玄関を出て駐車場に向かうと美和子が見送りに出て巧司と何か話をしている様子だ。
「おまたせ、行こか?」
「はい、それじゃまず、自分が前に乗りますからクーさんも後ろの席に跨ってください」
「よっしゃ、わかった」
巧司の見よう見まねで跨ろうとするが、なかなか足が上がらない。
「それじゃダメよ、私が見本見せてあげるわ。後ろの席に座るんだから足を上げる必要はないでしょ?右足を後ろから回し蹴りするみたいに回して、はい!ほら、跨れた」
後ろで見ていた美和子がバイクに近づいてきてはスッと手本を見せてくれた。
「そっか、こうやな?なんや、簡単やないか。ほいじゃ、いくぞー」
空子は拳を空に付き上げると、両手を巧司の方の上に置いた。
「クーさん、出来れば手は腰にお願いします」
「え?そうなんか?こうか?」
いきなり後ろから両手を腰からお腹に回して思いっきりギューッと抱き着く形になった。
「い。。。いえ、それでも悪くはないのですが、夏場で暑いですし、腰の横辺り、僕のベルトを握るかジャケットの横腹の辺りを握ってください」
「そ、そやな。。。そしたら、ベルトを握らせてもらうわ。でも、なんで肩はあかんのや?肩の方が乗せやすいし運転もしやすいのと違うんか?」
「肩に手を置かれると、出だしの時に加速で後ろに肩を引っ張られて仰け反っちゃうんですよ」
「そっか、そんなもんなんやな?やっぱり、初めての事って言うのはなかなかわからんもんや」
巧司のベルトをしっかりと握ると
「ほな、行ってくるわ」
美和子に挨拶をすると同時に巧司はギアをローに入れてアクセルを開けて滑り出した。
100m程走ると
「乗り心地大丈夫ですか?」
「おう、ばっちりや」
「行先は任せてもらってもいいですか?」
「オッケーや、どこにでも連れて行ってくれ」
「それじゃ、本格的に走ります。ヘルメットのシールドを閉じてください。もし用事があるときは信号待ちのタイミングとかシールドを開けて話しかけてください」
「了解や!」
空子がヘルメットのシールドを閉じたのを背中越しに感じると、巧司はアクセルを開けて加速していった。
いつもの道を下り国道439号に出ると、いつもの吉野川へ行くのとは逆の方向に折れた。
そこで一度立ち止まると巧司は振り返り、空子の様子を伺う。
「少しスピード出しましたが大丈夫でしたか?」
空子はシールドを上げると巧司の振り返り切れない、ヘルメットを被った横顔に
「最高や!もっと飛ばしてもええくらいや」
「分かりました。もう少しスピード出しますね。でも、この先は峠道もあってワインディングになります。ワインディングは体重移動で曲がりますが先ずは荷物になってください」
「???荷物になれって、そりゃ、あたしはお荷物かもしれんが荷物は酷くないか?」
「いや、そうじゃなくて、先ずは荷物の用に固まってくださいってことです。カーブの時に怖がって逆側に体重移動されるとバランスを崩しちゃいます。だから、慣れないうちは兎に角荷物に成り切って変に体重移動しないようにしてください。カーブをこなしていくうちには意識しなくても自然な体重移動が出来るようになると思います」
「分かった。荷物やな?しっかり固まっとくわ」
「それじゃ走り出します。シールド閉めてください」
「オーケー!」
W800はバーチカルツインの独特のサウンドを響かせながら峠道を超えて行く。
バイクの鼓動に合わせて、ハンドルを握る巧司もタンデムに跨る空子も一体になってコーナーをパスする。
『バイクって楽しいなぁ、一つ一つのコーナーを抜ける楽しみ、風を受ける心地よさ、直に伝わるエンジン音に振動、そして巧司の背中のぬくもり、いろいろな感覚が混じりあって一体になる。こんなに楽しい乗り物やったんだな。この歳になっても初めて出会う感動はまだまだあるもんやなぁ』
いくつかのコーナーをパスすると空子は何時しか夢中になって体重移動をしていた、後ろに乗っていてもコーナーに合わせた体重移動で曲がるスピードが全然変わるのがとても楽しかった。
約40分で目的地の【祖谷のかずら橋】に到着した。
とても変わった吊り橋は日本三奇橋に数えられている。
山の中に突然現れる大きな駐車場に入ってW800を停めた。
観光スポットだが平日なのもあり人はまばらだ。
「今日の目的地はここです。クーさんは初めてのツーリングなので、様子見で近いところをセッティングしたのですが、近すぎましたか?途中のスポットを見ながらくればそれなりにいい時間になると思っていたのですが、クーさんがあまりに楽しそうだったので一気に走りきちゃいました」
「うん!ええよ、ええよ、バイクに乗るってことがこんなに楽しいものだとは思ってなかったわ。ただ、時間はまだ9時前だし、他にもどこかに行きたい気がするなぁ。ところでここは?」
「祖谷のかずら橋というスポットです。日本三奇橋という事で変わっていて見てみたいと思ったんですよ。川が好きなクーさんにもいいかな?って」
それを聞いて空子は押し黙っている様子だ。
「もしかして?来たことありました?」
「いや、初めてや、いごっ荘の近くにそんなスポットがあったんやな?どんな橋やろうな?楽しみやな」
「良かった、それじゃ橋に向かいましょう。ここから少し歩くみたいです」
「そっか、そっか、行こかぁ。。。」
それを聞くと巧司はバイクのサイドバッグの中から、いつものカメラ ニコンD6を取り出すとストラップを首にかけて歩き出したので、空子も横を歩いていった。
「なんか、申し訳ないなあ。隣にいるのがこんなおばちゃんで」
「そんなことないですよ。隣を歩けて光栄です。クーさん若いし普通のカップルにしか見えないと思いますよ」
「なんか、優しい事いってくれてありがとなぁ」
「いえいえ、お礼を言いたいのは僕の方です。本当にありがとうございます」
巧司の言葉にはお世辞や忖度は感じられない
『こんなことさらって言えるなんて、巧司って実は女たらしなのかもしれんな』
坂を下って行くと、やがて”あやとり”で作ったようなスッカスカの吊り橋が現れた。
「すごい!キレイですね。青いキレイな川とそれに掛かるアドベンチャー全開って感じのわくわくする橋ですねー!」
巧司はその光景を見るやカメラを構えてシャッターボタンを押した。
「キレイだって思った瞬間が、心が動いた瞬間が一番撮りたいものを見たときだってクーさんを撮らせてもらった二日間で学びました。ちょっと、そこに立ってください」
橋と川をバックにした空子にレンズを向けてシャッターボタンを押す。
「やっぱりだ、クーさんはキレイです。川をバックにしたクーさんが僕の撮りたい被写体の一つです」
「やめてーや、もう、オバハン持ち上げてもなんもでんからなぁ、ささ、行こか~」
『急にそんなこと言われたら心臓がバクバクするやろ。。。しかも、こいつは下心やなくんて素で言ってのけおった。間違いない巧司は天然の女たらしや。ヤバいヤバい。悪意がないだけにコロッと持っていかれそうや一番ヤバいタイプの奴や』
『心臓がドキドキする。まずいなぁ。って言う間に橋まで来てしもうたやないかい』
「なあ、これ、ホントに渡れるんか?」
「もちろんですよ、見た目は植物の蔓ですけど中にはちゃんと硬質ワイヤーが入っているそうです。だから安心ですよ」
「そ、そうか、な、なら、安心やな。。。い、行こかぁ」
そう言うと空子は吊り橋に踏み出し巧司も後に続いく
数歩歩いたところで
「巧司、お願いがあるんやけど。。。手ぇ握ってもええか?」
「ええ?ああ、はいどうぞ」
空子は巧司の差し伸べた手をしっかりと握った。
というよりしがみついた。
恐る恐る足を出す空子に巧司もようやく状況が理解できた。
「クーさん。もしかして?こういうのダメでしたか?」
「い、いや、大丈夫や、あまり得意ではないけど。。。大丈夫や」
自分に言い聞かせながら言葉を発した。
「ごめんなさい、クーさん川が好きそうだしアウトドアも得意そうだし、こういうのも大丈夫だろうって勝手に思っちゃって。本当にごめんなさい」
「大丈夫や、行ける」
そのまま何とか足を出して歩いてゆくと丁度中ほどに差し掛かった時に橋が大きく揺れ空子は思わず巧司の身体に抱き着いてしまった。
巧司もとっさに受け止める。。。
思っていたよりも厚い巧司の胸板に顔を預けるとそのまま吸い込まれそうになる。
「ダメや!」
両腕に力を入れて突っ張ると上半身を仰け反らせた。
その反動でまた橋が揺れる。
「ほら、危ないですよ。少し落ち着いてください」
そう言うと、空子の身体を優しく抱きかかえる。
『ドキドキドキ』
空子はそのまま呼吸を整えようと深呼吸をするがドキドキは止まらない。
『吊り橋効果や、空子、このドキドキはは吊り橋効果や騙されたらあかん。巧司に対するドキドキやない』
空子が必死に平静を取り戻そうとするなか
「クーさん、このまま動かないで」
「え?」
見上げると巧司は川の上流に向けてカメラを構えている。
「ここから見る青、最高に青いんです。凄くキレイなんです」
『そっか、巧司はそういう気は全然ないんやな』
そう思うと少しずつ動揺は収まってくる。橋の揺れにも身体が慣れてきて高さにも目が慣れてきた。
巧司がカメラを向ける方向に目を向けると、そこには今まで見たこともない青が静かに流れていた。
「確かにこの川の流れを目にしたら、キレイで勝負を挑んでは相手にならんか」
「え?」
「もう大丈夫や、歩ける」
そう言うと巧司から少しだけ離れた。
橋の上に立ち止まって流れを止めてしまったので、後ろから歩いてきた他のカップルに申し訳なさそうに頭を下げると頭を下げるついでに自分のスマホを取り出し
「すみません、ここからの景色が凄くきれいなんで2ショット写真を撮ってもらえませんか?代わりにそちらも撮りますよ。どうですか?」
空子の申し出に見知らぬカップルは快く応じてくれた。
後に思い返すと二人で映った写真はこの一枚きりであった。
その後は普通にとは言えないまでも巧司の手を握って最後まで渡り切ることが出来た。
渡り切ったところで
「ありがとうな、すっごく怖くてすっごくドキドキしたけどすっごく楽しかった」
そして最後に握った手をぎゅーっと力を込めるとパッと離した。
橋から駐車場に戻る道すがら
「なあ、巧司。お願いがあるんやけど」
「なんです?」
「あたしなぁ折角バイクに乗せてもらったんやし、やっぱり海に行きたい。昔の映画とかドラマみたいに海岸線を走ってみたい」
「え?ここほとんど四国の背骨ですよ真ん中辺。海までは結構な距離がありますけど」
「ええ、それでも行ってみたい。わがまま言ってごめんな。それでもお願いや」
「分かりました。途中から高速を使えば海に出られます。土佐市に向かいます。2時間までは掛からないと思いますがそれでいいですか?」
「そっちに行けば太平洋が見れるな?太平洋がええ、そっちに行ってくれ」
巧司は空子を後ろに乗せると来た道とは逆の方向へバイクを走らせる。道は環状線のようにつながっているため、土佐市に向かうにはそちら側から回った方が早いらしい。
吉野川の北側の道を上流へ走らせるとやがて大豊インターが現れ高速道路へ滑りこむ。
高速道路の入り口ゲートを過ぎたところでいったん路肩によせて停車すると巧司は振り返って空子の様子を伺った。
「ここまでの道のり大丈夫でしたか?ここからは高速道路に入ります。道は真っ直ぐですがスピードが出ますので怖い様なら脇腹をつねってください。その場で停める訳にはいきませんがスピードを緩めて走るようにしますから」
「大丈夫や、スピードは怖くない。と思うわ。ここまでの道でも真っ直ぐな道は気持ち良かった。一気に走ってもらってええ」
「それじゃ、しっかり掴まっててください」
巧司はすぐに走り出して一気に本線へと合流しスロットルを開けると大排気量のオートバイはぐんぐん加速していく。
これまでとは違ったヘルメット越しに見る高速道路の風景は景色の流れる速度が車よりも格段に早く感じられ、全身に風を感じるのがまた新鮮だ。
高速道路を走ること1時間あっという間に土佐市の高知龍馬空港インターチェンジへ到着した。
高速の出口を抜けるとまた路肩に寄せて停まり空子の様子を伺う。
「どうでした?」
「めっちゃ、早かった。オートバイって凄いなぁ」
空子は興奮冷めやらぬという感じだ。
「時間はまだ11時を回ったところですね。とりあえず、近くのコンビニに寄ります。そこで休憩しましょう」
「わかった。任せる!」
巧司はスマホのナビを頼りに国道55号線にでて安芸方面へバイクを走らせるとしばらくしてファミマの黄緑色の看板を見つけ駐車場に入って行った。
到着するとトイレ休憩をしてアイスコーヒーを買って外の輪留めに二人並んで腰かけストローでアイスコーヒーを啜る。
目の前に停めてあるW800が何とも絵になりコンビニアイスコーヒーがいつもより美味しく感じる。
巧司はスマホでグーグルマップを見ながら思案している。
「安芸方面に向かうと20分くらいで海岸線ですかね。高速道路も走っているようですがスマホのナビでは道が切れ切れでよくわかんないんですよね。だから下道で行こうと思います。この辺りに来ればクーさんのご所望の景色になると思います」
空子にもスマホの画面を見せて説明するがあまりピンとこない様子だ。
「う。うん。全部お任せで・・・」
「はい、それじゃ任せてもらいますね。安芸市辺りでお昼ご飯を食べましょう。何がいいか全然わかりませんから、もし走っていて良さそうなお店を見つけたら脇腹をつねってください。今度は高速道路じゃないのですぐに停まりますから」
「分かった。美味しそうなお店を見つければええんやな?何か食べたいもんはあるか?」
「いえ、特にはないですが、ここまで来たらやっぱり海鮮ですかね?」
「そうやな。賛成や。そういう事にはあたしは鼻が利くから任せてもらってええ」
コンビニを出て国道55号線を安芸方面へ走らせるとしばらくして目の前に青い海が広がった。
「うあーっ!」
空子が思わず声を上げる。
きれいな景色にまたまたテンションが上がる。
「これや!こういうところをバイクの後ろに乗って走ってみたかったんや」
でも、暫くすると海は見えなくなってしまう。
それでも、どことなく潮の香を感じると海まで来たという感慨がわき上がる。
そのまま走らせると巧司は右の脇腹付近に違和感を感じた。どうやら空子からの合図らしい。
少しして安全そうなところに横付けしてブレーキを掛ける。
「さっきな、しらす食堂って看板があった。あたしの鼻がここや!って言うとるわ」
「了解です。自分は気が付きませんでしたがあの辺ですか?」
「そや、少し戻ってあそこを海の方へ曲がればええらしい」
店に入ると平日なのに昼時だけあってお客さんが多い様子だ。
少し待ちになるそうだがお客さんが多いってことはきっとおいしいに違いない。
「巧司ここでええか?メインはしらすやけど」
しらすがメインの店なのはの名前からして当然だがメニューをみてもほとんどしらす尽くしだ。
「もしかして、しらす嫌いやったりするか?」
「いえ、しらす大好きです」
「値段か?安心せ、今日のお礼にここはあたしが持つ」
「いいえ、今日は僕がクーさんへのお礼をするために誘ったのですから僕が払います」
「よし、そしたら漢気じゃんけんやな」
「漢気ってクーさんは女性ですよ」
「ええね。今日は漢らしく払いたいんや」
「僕だって負けません」
「漢気じゃんけんじゃんけんポン!」
「悪いな巧司ここはあたしが持たせてもらうわ」
「ゴチになります。。。」
店の前で少し待って席に案内される。
案内してくれた店のウェイトレスからメニューを渡されたが待っている間に注文はほぼ決めている。。
「どろめ丼のセットとかき揚げを単品で、巧司は何にする?」
「僕も同じものでお願いします」
「ええんか?刺身とかもどうや?」
「いえ、そこまでは大丈夫です」
「ねえさん、こっちのは刺身付きで、あとご飯大盛な」
店員さんはにっこり笑って、ご注文繰り返します。
「どろめ丼セットとどろめ丼セットお刺身付きのご飯大盛。それとかき揚げがお2つでいいジャコ?」
「はい、それとちょっとだけ聞きたいんやけど。この辺の道で海が良く見える海岸線の道ないですか?」
「それなら55号線を奈半利の方向に向かって川を2つ超えると55号線より海岸線を走れます。道の駅大山をナビでセットすると良いと思うジャコよ」
「ありがとう」
「では、少々お待ちジャコ」
『語尾にジャコつけるのがこの店のスタイルなんかな?』
「巧司、今の話ちゃんと覚えたか?」
「はい、もうスマホにインプットしました。ここです」
スマホの画面をみるとそこには
【恋人の聖地大山岬】と記されていて、思わず苦笑いしてしまった。
「高知の女って言うのはみんな美和子さんみたいに計算高いんやろうか。。。」
10分ほどで食事は到着した。
望んだとおりの鮮度で大満足の美味しさだった。
巧司も残さずに全部平らげた。
後から思えばSNS映えしそうなランチだったのに写真も撮らずに食べ終わってしまっていた。
それだけ舞い上がっていたのかもしれない。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
支払いをすませて表に出てバイクに跨る。
その時股関節とお尻に少し痛みがあることに気が付いた。
これまで楽しさのあまりに気が付かなかったが、知らないうちに疲労は蓄積しているようだ。
『でも、まだ、平気やろ』
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないわ」
まだ、13時をまわったところだ。
再び走り出し市街地を抜け川を渡ると海岸線を通る道に出られた。
「しらす食堂のねえさんの言った通りやな」
6月の太陽はまだ真上にある。
青い空と青い海を右手に見ながら走る海岸線は望んだ以上に素晴らしいものだ。
「この走っている姿で海を背景に誰か写真に収めてくれんかな?」
1人でつぶやいた声が巧司に聞こえてしまったようで
「え?何か言いましたか?」
巧司が少しだけ振り返る。
「なんでもない!キレイやな!そう言っただけや!!」
暫くして道の駅大山の看板が見えると巧司はバイクを道の駅は侵入させた。
道の駅にはレストランやお土産さんがあって旅人の二人にとっては新鮮だったが、ご飯は食べたばかりでお腹に隙がない。お土産物も食べ物がメインなので、まだしばらく旅の日程が続く二人には無用な物であった。
道の駅から少し歩くと防波堤に展望台がある。
展望台からの眺めは最高で海の絶景が満喫できた。
巧司はここでも写真を撮っている。もちろん空子の事も撮ってくれたが、徐々に被写体が空子より他のものの割合が増えているようで少し寂しい。
「さて、これからどうしますか?あと1時間も走れば室戸岬まで行けそうですけど」
「室戸岬ってなんかあるんか?」
「さー?でもライダーという物はこういう尖がった場所に吸い寄せられるものなのですよ。最北端とか最南端という言葉にはなぜか弱いのです」
「そっか、ほんでも今日はもうええわ。実はさっきから股の辺りやお尻の辺りが痛くてな」
「え?大丈夫ですか?すみません。気が付かないでバイクって乗り慣れている人でも1日ツーリングするとそうなるんですよ。もう少し気を回さないとダメですね。本当に申し訳ないです」
「いや、巧司のせいやないやろ。もともと海岸線を走りたいとか言い出しだしたのはあたしの方やしな」
「ちょっと待ってください」
巧司はスマホを取り出すと何やら検索を始める。
「100均が近くにありますね。ちょっとそこによってゲルクッションを買いましょう。申し訳程度ですが何もないよりはずいぶん楽になるはずです」
「そっか、ありがとな。そしたらついでにリカーショップを検索してくれるか?旗じいのためにいい酒を用意することになってたからな」
「そうでしたね。忘れていました。何もかもしっかりしていなくてすみません」
巧司は空子のそういう気配りに関心感動した。
先にリカーショップに着くと空子は箱入りの一升瓶の酒をもって
「これ、持って帰れるやろか?」
「サイドバッグに余裕があるので大丈夫ですよ」
「そっか、そしたら一升買ってくかな」
「それは僕に買わせてください」
「えっ?でも、昼飯よりも高くつくしあたしが言い出したことやのに」
「写真の授業料にしては安いくらいです。旗じいさんには僕の方が世話になってますから是非買わせてください」
「そうやな。その方がええのかもしれんな」
『ここは巧司の漢気に花を持たせてやらなあかん所やな』
「そしたら頼むは」
そう言うと箱入りの一升瓶を渡した。
その後100均で無事ゲルクッションを2枚購入してお尻の下に敷いてみると幾分振動が和らぐ感じだ。
信号待ちの際に巧司は振り向くと
「どうですか?大丈夫そうですか?」
「うん、何とかなりそうや」
暫く走って行くと不意にスコールのようなゲリラ豪雨に突入してしまう。
突然滝のような豪雨を浴びることになり一瞬で衣類がびしょ濡れになってしまった。
巧司は雨宿りできそうなところを探している感じだが、なかなかいいところは見つからない。とりあえずコンビニがあったので駐車場に滑り込んでバイクを降りて軒下に隠れた。
巧司はスマホを出して雨雲レーダーを確認してくれているが、この辺りの雨はしばらくやみそうにない。
「兎に角カッパを着ましょう。僕のレインコートはクーさんが使ってください。僕はここでビニールのカッパを買います」
「何を言ってるんや、安物のビニールカッパはあたしが着るわ。私は巧司の背中に隠れらるし、どう考えても巧司の方が過酷やろ?それに安物のビニールカッパではサイズも合わんやろ」
空子はコンビニに入ると巧司に買われる前に自分にしか着れないSサイズのレインコートをレジに出すと体をあっためるためにホットコーヒーも2つ注文した」
店の外で巧司と二人で砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを啜る。
身体の内側がわから温かさが伝わってくる。
「ホンマは体を温めるにはココアの方がええんやけどな。さすがにこの時期にホットココアは売っておらんなぁ」
「これでじゅうぶん温かいですよ」
甘いホットコーヒーを飲み終えると身体が温まり鋭気が戻った気がする。
「クーさん行きましょう」
何となく巧司の言葉が今までよりも男らしく聞こえる。
「ああ、行こうか」
空子と巧司はレインコートに着替えると再びW800の背に跨っった。
ヘルメットも襟足の部分は濡れて冷たく感じる。
「クーさんの手を僕のお腹に回してください。身体が密着すると温かく感じます」
「あ、ああ、これでええか?」
「はい、思いっきり体重を僕に預けてください。僕はバイクに乗るだけが取り柄の男です。信じて下さい」
「・・・」
『やっぱり、巧司は天然の女たらしやなぁ。そんなことを言われたらコロッといってまうやろ』
走り出すと巧司の鼓動を感じる。
自分の鼓動は吊り橋の時よりも早い。苦しいくらいのドキドキを感じる。
暫く進むとラブホの看板がたくさん目に付く。。。
思わず、付けてきた勝負下着のことが頭をよぎる。。。
『そうなったら、そうなったやな。。。いや、あかんあかん』
そんなことをどうしても考えてしまうが、ホテルの前で信号待ちになる。
巧司は前を向いたまま
「入ります」
その言葉に空子はドキドキがピークに達する。
「い、いや、それは、あかんのとちゃうか?」
「え?ダメですか?でも、このままだと二人とも風邪ひいちゃいますよ。手遅れになる前に手を打ちましょう」
「そ、そうやな、分かった」
『え?自分何を言っとる?ホンマにわかっとるのか???』
巧司は信号が青になったところでウェインカーを出して曲がってく。向かう先には高速道路入口の看板がある。
『あ?入るって。。。高速道路に入るってことか』
『そやな、そりゃ、そうなるわな。。。』
いろんな想像をしてしまった自分に恥ずかしくなりながらも、空子は巧司のお腹に回した腕により一層の力を込めてしがみついた。
その後、雨のエリアは通り過ぎたものの濡れた体は気持ちが悪い。
「一気に行きますね。早く着いた方が負担は少ないですから。もし停まりたい時は」
「脇腹をつねればええんやろ、後の事は任せる、信頼しとるわ」
その後は大豊インターまで高速をひた走り、高速を降りた後も無休憩でいごっ荘へ向かう。
その間、空子は後ろから巧司の事をギュッと抱えていた。
濡れた衣服越しにもぬくもりを感じる。
ぬくもりにドキドキする。
『まだ、そんな乙女な部分が自分にも残っていたんやな』
自分の中にはもう枯れてしまったと思っていた感情がちゃんと残っていたを確認できて嬉しい。
いごっ荘に着いて玄関に入ると美和子が出迎えてくれ
「あら?びしょ濡れじゃないの?この辺りは雨なんて降らなかったけど」
「途中ゲリラにあってびしょ濡れや、美和子さんから借りた服も靴も濡れてしまって申し訳ない。クリーニング代は払うから堪忍して」
「そんなの良いわよ、箪笥の奥でずっと眠っていたものだもの気にしないで。それよりちょっと待ってねタオル持ってくるから」
いつも川に行って帰ってくる空子のために玄関にタオルが用意されているが、さすがに今日は濡れて帰るとは思っていなかったようだ。
少し奥に引っ込んだが美和子はすぐにタオルを持ってきて渡してくれた。
乾いたタオルの暖かさは頬に感じる。
濡れた衣服越しに感じた巧司のぬくもりとは全然違うぬくもりはこれまで持っていた緊張感から解放してくれる。
「お風呂入れるわよ、風邪ひく前に入ってきたら?」
「そうやな、そうさせてもらうわ」
「巧司、先に入ってええわ」
「いえ、僕は平気なんでクーさんが入ってきてください」
「いや、巧司が」
「はいはい、いっそ一緒に入っちゃえば?」
美和子の言葉に空気が固まる。
「・・・」
「だって、クーちゃんは嫌じゃないわよねぇ?」
美和子は笑みを浮かべながら続ける。
「冗談よ、巧司君が先に入ってらっしゃい。女はお風呂に入ると長いから。でも出来るだけすぐに出るのよ」
「分かりました、それじゃ先に入ってすぐに出ます」
「素直でよろしい。実直すぎるわね。でも3分間くらいは湯船で温まりなさいな、あなただって風邪ひきたくないでしょ?」
「はい、3分間湯船ですね。それじゃお先に入らせてもらいます」
「着替え持ってくのよー」
「了解です」
風呂場へ向かう巧司を見送る。
「ちょっと待っててね」
美和子は玄関の隣の部屋へ入るとすぐに熱いココアを持ってきてくれた。
「インスタントでごめんね。でも早い方がいいでしょ」
「ありがとう」
カップを受け取ると両手で持ってフーフーを息を吹きかける。
両手から伝わるぬくもりも心地いい
『今日はいろんなぬくもりに出会った日やなぁ』
しみじみと考えていた。
5分後、髪の毛を拭きながら巧司が出てきた。
「もうちょっとゆっくり入ってきても良かったのに」
熱いココアはまだカップに半分以上残っているが一気に飲み干すこともできない。
「巧司君もココア飲む?」
「ありがとうございます。でも、体は温まりましたし喉が渇いているので冷たいお茶とかあれば頂きたいです」
「了解、ここにはペットボトルしかないけど良いわね」
「はい、ありがとうございます」
「ほら、ココアは良いから、あなたもお風呂に行って頂だい」
「そやな、行ってくるわ、ココア半分残ってるけどごめんな。美味しかった。ごちそうさま」
「着替え持ってくのよー、バスタオル一枚でうろうろしないでね」
「。。。気を付けます」
空子は一度部屋に戻って着替えを取るとすぐに風呂場へ向かった。
脱衣場は整理されていて2番風呂とは思えない。巧司は出るときに脱衣所辺りを拭きとってくれているのだろう。
「マメな奴やなぁ」
空子は着ていた服を脱いで脱衣かごに入れると下着姿になった。
いつもよりも艶っぽい下着姿が洗面台の鏡に映る。
「うーん。まだまだいけとると思うんやがなぁ」
鏡の前で少しなまめかしいポーズをとってみる。
と、その瞬間に脱衣所の扉が開いて美和子が顔を覗かせる。
「クーちゃん、巧司君部屋の鍵忘れちゃったんだって」
鏡の前でなまめかしいポーズの派手な下着姿の空子が目に入るが何もなかったかのような素振りで
「あ、そこに鍵あるわね」
美和子はそう言って鍵を取ると空子を見つめニコリと微笑みを浮かべ
「ごゆっくりどうぞ」
一言だけ言い残して脱衣場から出て行った。
『また、変なところを見られたぁ』
空子は素に戻って下着も脱ぐと脱衣所から浴場へと逃げるように入っていった。
身体を洗って湯船に浸かると全身から疲れが抜けていく。
「一日中バイクの後ろに跨ってとるんがこんなにタフな作業やとは思っていなかったわ」
『「一日中バイクの後ろに跨っているのがこんなにタフな作業だとは思っていなかったわ」』
『「見るてるだけとは違うだろ」』
『「うん、もう、身体中ボロボロ」』
『「しかも、まさか、あそこで雨が降るとは思わなかったよな」』
『「ごめんなさいね。雨女で」』
『「ほんと、宙子と居ると雨が多いなぁ。バイクに乗るときは特に雨が多いな」』
・・・
「は!」
「また夢?いや、宙子の記憶とシンクロしたんやな」
オカルトなんて信じない。それが空子の信条であったが【宙子の記憶】については何の疑いもなく自然と受け入れている自分がいた。
「それにしても風呂場で気が抜けるのは危険やなぁ」
毎年何人もの人が風呂場で溺れることを空子は知っている。
「気を付けなあかんなぁ」
空子は湯船から立ち上がると、最後にもう一度シャワーを浴びて風呂から上がった。
脱衣場で体を拭いて髪を乾かすとスマホにライン着信が入っているようだ。
確認すると2件入っていて、片方は巧司、片方は美和子からだ
「今日はツーリング付き合っていただきありがとうございました。身体疲れてるでしょう?たくさん連れまわしてごめんなさい。でも、凄く楽しかったです」
「今日の晩御飯は囲炉裏端で19時から」+【いやらしい笑顔のスタンプ】
「今日も旗じいが来るんやったなぁ」
「そうや、日本酒!」
ラインで美和子に日本酒を冷やしてもらえるか聞いてみると、すでに巧司から
 




