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14.民宿いごっ荘 第四夜

昼食後の写真レクチャーのあとは雨が降っていることもあって、どこにも出ださずに各々の部屋で過ごすことになった。

外の雨は降ったりやんだりで、夕方には雷を伴って激しい豪雨となった。

「これじゃ、明日は釣りは無理やなぁ」

もともと休肝日ならぬ休竿日にする予定であったはずなのにどうしても釣りの事を考えてしまう。

スマホを取り出して天気予報を確認すると雨は雷が通り過ぎればもう降らなさそうだ。

「あんまり、濁りが入らんと良いけどなぁ」


スマホを出したついでにブログやSNSを確認するが、平日という事もあって釣果をUPするネット仲間も少ないようだ。

そして、ついつい【戦場カメラマン 旗野】について検索してしまう。

「やっぱり、大したこと載ってないんやなぁ、確かに戦場カメラマンに旗野という人物が居ったことに間違いはなさそうやけど」

巧司が言うような記事は載っていない。

ただ、気になるのはFLAGという単語、英語や訳の分からん文字ではFLAGという文字がHATANOとともに出てくることが多い。

「ダメや、わからん、翻訳掛けてもイマイチや。スマホじゃ限界やぁ」

「斯くなる上は、翠に」

高校三年で外語大学を志望する次女の翠は英語が得意だ。

趣味で外語分権の翻訳などもしているので、海外のサイトで情報を探るのなどはお手の物だ。

「でも、やめておこう。明日になれば話してくれるんやし、余計な詮索はせんで本人の言葉で聞かせてもらったほうがええやろ」


時間はまだ17時

晩御飯は19時にカフェと言われている

今日は宿泊者に巧司もいるので風呂も18時と21時に割り当てられた。

風呂の時間が2回あるのは食事の後、寝る前にも入れるようにという心遣いだ。

まだ、時間もあるしなぁ、退屈な時間がうたた寝を誘う。

目を閉じた瞬間に、すーっと夢の中にいざなわれる。

不思議な夢だ

『自分は大きなカメラを首からぶら下げている。巧司のカメラとは少し違うようだがニコンのロゴは入っている。

どうやらどこかの会社のオフィスに居るようだ。』

『「はい、わかっています。今、上昇中のバイクレーサー岬 巧司ですね」』

『「ばっちり取材してきますよ」』

『その後は場面が変わってサーキット』

『「岬選手、優勝、おめでとうございます」』

『『あ、巧司だ。なんか、少し若いなぁ』』

『「はい、東日スポーツの〇〇です。今日からあなたの担当カメラマンになります。今日のレースを振返って一言お願いします」』

『また、場面が変わっておしゃれなレストラン』

『高級そうな店内はお客さんはまばらで、目の前にはろうそくの炎と巧司がいる』

『「乾杯、〇〇さん、誕生日おめでとうございます。これプレゼントです。〇〇さんが担当になってくれて成績もすごく上がって、凄くうれしくて、こうして一緒に居てくれるとすごく安らいで。。。これからも一緒に居てほしくて。。。あの、付き合ってください。お願いします」』

『プレゼントの星の形をした銀のピアスには見覚えがないが、なぜかすごく懐かしい』

『いま、ここで自分に向かって告白をする巧司は、自分ではない誰かに告白をしている』

『『何だろう?』』

『『この不思議な夢は』』

『『夢?そうだ、これは夢だ。夢の中でこの告白をされている人の記憶をトレースしている』』

『「あなたは誰?私じゃない、私の記憶、あなたは誰?」』

『「・・・」』

『「私は、あなた、あなたとは違う私」』

その言葉を聞いたとき空子はうたた寝から目を覚ました。

ぼんやりと時計を見ると時刻は18時

『お風呂行って来よう。それにしても、今の夢は。。。』


19時になりカフェへ向かうと一つのテーブルの上に向い合せに二人分の席が用意され、テーブルの上にはろうそくの炎がともっている。

巧司はまだ来ていないようだ。

カウンタの中ではせっせと料理の準備をしている白衣にコック帽の美和子の姿がある。

「何、いらんムード作ってんのよ!」

「え?素敵でしょ?せっかくいい男、連れ込んだんだからこれくらいのサービスはするわよ」

「まったく、もう・・・」

「はい、これ今日のメニューね。片方は巧司君の席の前に置いといて」

中身を覗くと

 アミューズ:きゅうりとなすの漬物

 オードブル:肉じゃが

 スープ:コーンポタージュ

 ポワソン:トラウトのソテー

 ソルベ:ガリガリ君 ソーダ味

 アントレ:チョップドステーキ ハンブルグ風

 デザート:アイスクリン

「何これ?笑わそうとしてるの?」

「だって、巧司君の懐事情を考えるとねぇ。これくらいしか出せないわよ。サービスで土佐牛ステーキをだしてあげてもいいと思ったけど、あんまり、サービスしすぎも気を使わせちゃうから」

「そんなもんやろか?」

「そんなもんよ。ささ、メニューを置いたら一度部屋へお戻り。愛しののレディーは遅れてやってくるものよ。巧司君が来たら、スマホをワンギリするからそれまで部屋で待ってなさい」

「あーあ、すっかり楽しんじゃって、こりゃ、何を言っても無駄やなぁ。美和子さんの遊びに乗っかるしかないか」

「そそ、乗っかるしかないのよ、乗っからないとご飯食べられないんだから。分かったら、はい、回れ右して部屋へお戻り!」

「へーい」


部屋に戻ると、なぜか薄い水色のワンピースが置いてある。

「これを着ろってことか?」

「ヘェーへェー、もう、言われた通りに美和子さんの遊びに乗っかります」

美和子の物らしいワンピースを着てみると、ちょっとだけ胸の部分が窮屈いが、ほぼほぼぴったりだった。

「でも胸の部分が窮屈いのは、私の方がちょっとでかいってことやろ?ちょっとだけ優越感やな」

「せっかく風呂にはいったけど、ヘアスプレーでちょっとだけ髪を上げるかな、そしたら、何かアクセも欲しいなぁ。星のピアスはないが、三日月のピアスなら持って来ている」

髪を上げて、ピアスを付けたところでスマホのコール音がなった。


「それじゃ、改めてしゅっぱーっつ!」


カフェに着くと巧司は既にテーブルについている。

『って当たり前やな、巧司が来たから呼び出されたんやし』


それにしても、巧司もワイシャツを着てジャケットを羽織っている。

『いや、羽織らされておるのか?』


巧司の座るテーブルの向かいへ進むと、わざとらしくワンピースの腿の部分をちょっと摘まみ上げ片足を引いてお辞儀をしてみせた。

「遅れてすみません。お招きいただき、ありがとうございます」

「こちらこそ、お呼び建てして申し訳ございません。来ていただき光栄です」

巧司も乗せられているようだ。美和子の書いたシナリオのセリフを言わされているのだろう。


巧司も席に着くと、決められた役を演じるようにウエーターを呼ぶ。

すると、ギャルソン風の出で立ちをした、勇夫が登場して

「お呼びでしょうか?」


その瞬間、空子は「ぷっ」と吹き出してしまった。

大柄で強面の勇夫がそんな恰好で現れたのがあまりにも不釣り合いだ。

しかも「お呼びでしょうか?」そんな言葉使いは聞いたことがない。

ツボに入ってケラケラと笑い出してしまった。巧司も釣られて笑っていだした。


「なあ、こがなんもうやめよう、わしには無理ちや」

勇夫が泣きそうな顔をして、カウンタの奥に居る美和子に懇願する。

それが、また、ツボに入って笑いが止まらない。


「あら、残念。配役を間違えたかしらね。恰好だけされればどうにかなると思ったんだけど。芋役者は芋役者か」

美和子は悪ぶれもせずにちょっと舌を出して

「でも、もうちょっと行けるかと思ったんだけどねぇ」

言いながら自分でも笑っている。


勇夫は笑われてムスッとしているがどこかほっとした様子だ。

「それじゃ、終わりでええか?」

返事も効かずにギャルソン風の黒いエプロンを外して、カウンタの奥に引っ込むとワインボトルとオープナーをもって戻ってきた。

「赤か白かわからんき、とりあえずロゼにしちょいた」

そう言うと、ナイフで封を切り、オープナーでコルクを抜いて見せる。

その姿は、ソムリエの作法とは思えないが手慣れていて様になってる。

空子は少し見直した様子で

「大将、なかなかの手さばきでカッコええな?」

「当たり前や、酒の扱い方は万国共通や」

そう言うと、手早く二人のワイングラスにワインを注いで見せた。

「ごゆっくり、どうぞ」

一応、最後に〆の言葉を言いたかったのか、二人の笑いを誘った形でカウンタの奥に戻って行った。


「大将、強面だけど良い人なんですね?」

巧司が切り出すと

「そうやろ、たまに、こないな変なイベントに付き合わされるけど、これもゲストに楽しんでもらおうって根っからのおもてなしや」


「と思う。。。」

最近、美和子に遊ばれることが多くなった空子はちょっと不安になり

「いや、心底、おちょくって楽しんでおるのかもしれん・・・」


「ともかく飲もう、お酒は飲めるんやろ?」

「はい、少しくらいなら飲めます」

「それじゃ、乾杯!」

二人がグラスを合わせると、キーン!という音共に、空子の脳裏には夕方、うたた寝で見た夢の画像が映し出された。


「ひろこ・・・」

巧司は空子の方を見つめながら思わず名前を呼んだ。

空子は一瞬グラスを持つ手を止めそうになったが、そのままワインを口へ運んで一口注ぎ込んだ。

ワインの味を確かめてゆっくり飲み込んで

「彼女、ひろこさんって言うんか?」

「はい、宇宙の宙で宙子です。。。なんか「そらこ」とも読めそうですね。。。」

少し口をつぐみそうになったが巧司は続けて

「以前、こういうシチュエーションがあったのです。その時の光景と重なってしまい思わず声に出てしまいました。あの時はキャンドルの炎の向こう側で、今、クーさんが付けているような三日月のピアスを付けた宙子が座っていました」

「星のピアスじゃないんか?」

空子は小さく呟いてからハッとした。

巧司は怪訝な顔をしている。

「どうして、星のピアスって?その時に僕が宙子に送ったものが星のピアスなんです。そして、その時まではよく三日月のピアスを付けていたんです」

「いやぁ、何でやろうなぁ。。。なんか巧司の隣には星のピアスの女性が似合いそうだなぁって・・・な。。。ほら、あれや、わかっちゃうのよ年上のおねえさんにはね」

自分でも無理くりな言い訳をしていることに気づきながらも、どうにかその場を取り繕った。


「ええから、食べよなぁ」

「美和子さーん、コース料理の順番なんてどうでもええから、あるもんから持ってきて目の前に並べてぇ。おなかペコペコやー」

それを聞いて勇夫はそれ来たとばかりに準備してあった料理をテーブルに運んび、テーブルの上は急にカラフルになった。

「やっぱり、日本人はテーブルの上の肴を適当に摘まみながら飲むんがええな。知っとるか?食事を三角に食べられるのは日本人だけなんやて?」

空子は言いながら巧司のグラスにワインを注いで、自分は手酌でワイングラスをいっぱいにした。

「ウエーターさん、ワイン追加で頼むなぁ」

「ロゼはそれで終わりや。赤と白どちらがよろしいか?」

「赤い方頼むはー」


そこからは勇夫も美和子も加わっていつもの飲み会のスタイルになって夜も更けていく

「クーさん明日は何するんですか?」

唐突に巧司が切り出す。

「せやなぁ?どないしようなぁ?多分クルマでふらついて終わりかなぁ。。。少し身体を休ませないとなぁ」

「でしたら、ツーリング行きませんか?僕のバイクの後ろに乗って」

「ええ?ほんまか?ええんか?こんなオバハン乗っけて」

「もちろん!あ、いえオバハンってところにもちろんじゃなくて、乗っけてって方に対してのもちろんです。クーさんの事はおばさんだなんて思ってないです」

「嬉しい事行ってくれるやないの、もちろん行くわ、元レーサーの後ろに乗せてもらえるなんて、今後一生訪れるとは思えん」

「よかった、それじゃ疲れない程度の距離でツーリング行きましょう。写真のモデルになってもらっているので何かお礼がしたいのですがこれくらいの事しか出来そうなことがありません。。。」

「そんなんお礼なんてどうでもええんやけどなぁ。。。ところで、何か準備するものとかあるんか?あたし、大きいバイクの後ろになんて乗せてもらったことないんでようわからんが」

「そうですね。できれば下はジーンズとかで、上は長袖の上着と靴は踝まで隠れるブーツなんかあると良いんですが」

「ジーンズは履いてきたけど、長袖なぁ。。。鮎シャツならあるけど、あとは鮎釣り用のレインジャケットくらいやな、ブーツも踝隠れるようなのは鮎タビくらいしかあらへんなぁ。梅雨明け前と言っても十分暑い季節やし、もってないわ。あした、買いに行ってからでもええか?」

「そんな、買うなんてもったいないわよ、昔、私が来てたGジャン貸してあげる。Gジャンなんて今は言わないかな?デニムのジャケットで良かったら貸すわよ。靴もトレッキングシューズがあるからそれで良いでしょ?」

隣で聞いていた美和子が提案してくれると

「美和子はーん、助かるわぁ。ありがとうなー」

「それに、大事なものも忘れてない?」

「大事なもの?」

「ヘルメット!今の日本の法律じゃヘルメット無しじゃタンデムだってできないでしょ。巧司君もどうするつもりだったのかしら?」

そう言って美和子は巧司の方を見ると、巧司自身考えていなかったようすで

「忘れてました」

「ほらね。ヘルメットもだいぶ古いけど残っているから一日くらい被っていきなさいな。今から洗ってドライヤーで乾かせば被れるでしょ」

「ありがとなー。恩に着るわ」

「どういたしまして」

美和子は立ち上がると自室の方へ空子の明日の装備を取りに行った。

しかし美和子が戻ると巧司は酔いつぶれた状態で、勇夫と空子が背中をさすって介抱している。。。

「情けないのう、それほど飲んだわけじゃないろう」

勇夫が肩を貸して担ぎ上げると

「すみません。ちょっとトイレに・・・」

「分かった、分かった、歩けるか?」

「はい、何とか」

カフェのトイレに連れてくと、すぐに吐いてしまった。

空子は職業柄そのような光景は慣れているので身じろぎもせずに、寄り添って優しく背中をさすってやった。

「すみません。迷惑かけて。。。」

巧司の声は苦しそうだ。

「いや、すまんのは、こっちの方や、ほんまにすまんかったなぁ。許容値オーバーに気づいてやれんで、ついつい飲ませすぎやったなぁ」

「いえ、飲んだのは自分なので。。。久しぶりに楽しかったんです。このところ、ずっと、いろいろあったので、ずっと緊張していて、クーさんも、美和子さんも、大将も、そして旗じいさんも、みんな良い人で、楽しくて久しぶりに緊張がほぐれて。。。」

巧司は少し涙を浮かべているように見えた。

「もう、ええから、何も言わんで、ええからな」

「ありがとうございます」

そう言うとそのままスヤスヤと眠ってしまった。


「容体はどうぜよ?」

トイレの前に立っていた勇夫が尋ねる。

「まだ、消化する前にほとんど出したからそれほど吸収されんと思う。救急車呼ぶほどの事もないやろ。もう少ししたら部屋に運ぶから手伝ってな。本気で眠ってしまったあとでは、さすがの、大将でも部屋まで運ぶのは大事やろ」

5分ほどして、巧司に声を掛けると、朦朧とした感じではあるが反応がある。

コップに水を入れて差し出して

「少しずつ飲んでみぃ」

巧司は素直に従って水を少しずつ飲んでいったが、1分もしないうちに、また吐いてしまった。

「よし、今度は飲まんでええから、口の中をゆすいでなぁ、口に水を入れたら飲み込まんでブクブクぺーや」

ブクブクぺーを2回3回行うと少し意識ははっきりした様子で

「そしたら、部屋に行こうな、大将に手伝ってもらうから、少し自分の力で立ち上がってな」

巧司は言われた通り、勇夫の手を借りると支えらえながらも自分で歩けるようだ。

「よし、それじゃ行こうな、ゆっくりでええからな」


部屋に着くと布団の上に巧司を寝かし、ベルトだけ弛めてやった。

これが病院のへ担ぎ込まれた緊急搬送の急性アルコール中毒の患者であれば服まで脱がせるところであるが、そこまでされては巧司の面目もなかろう。

そのまま30分ほど横で見ていたがそれ以上に吐く様子もなくスヤスヤと寝息を立てている。

「大丈夫そうやな」

空子は巧司の横に座っていたが、立ち上がると巧司の部屋を出て自分の部屋に向かった。

巧司の部屋を出るとき「ありがとう」どこかで聞いた女性の声を聴いた気がしたが、そのまま、振り返らずに出ていった。



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